第241話 魔闘会でファッションショータイム!④


 その後、ミラーズの新作である『プリントTシャツ』『ミニスカート』『オシャレ戦闘服』『ハイウエストスカートシリーズ』を披露した。


 それが終わるとゴールデッシュ・ヘア50%製の服装がどれだけ防御力が高いかの実演がミュージカル風の流れで入り、役者として雇ったスルメがランウェイに登場した。


「本日のスペシャルなゲスト! 昨日の魔闘会で見事な剣技をみせて大活躍したグレイフナー魔法学校四年生——ワンズ=スルメ=ワイルドの登場だぁッ!」


「誰がスルメだよ、誰がッ!」


 スルメのツッコミは観客の声援によってむなしく掻き消えた。

 続いてエイミーがランウェイに登場し、さらに拍手が起こる。


「火魔法で燃えない服はないぜ! オレはグレイフナーで有名な火魔法適性一族、ワイルド家の者だ!」

「撃ってみなさい! この洋服は特別製よ!」

「はっ、後悔するんじゃあねえぞ!」


 スルメが撃ち手で、ゴールディッシュ・ヘア製のワンピースを着ているのがエイミーだ。

 さて、劇場がどんな反応をするか楽しみだ。


 音楽とともに二人がセリフをつなぎ、背中を合わせて杖を構えた。


 決闘法の一つ、『嫉妬の神ティランシルの決闘法』だ。


 西部劇の早撃ちガンマンよろしく五歩歩いて振り返り、魔法を唱えるという決闘法で、魔法発動スピードと精度が問われる。

 向かい合って魔法を撃ち合う『偽りの神ワシャシールの決闘法』と似ているが、この決闘法では振り返ったあと一発しか魔法を撃ってはいけない。

 一撃で勝負がつかない場合はまた背中合わせになって魔法を撃ち合う。


 会場はミュージカル演出に、またしても盛り上がった。


「5……」

「4……」


 スルメとエイミーがまた一歩進む。

 音楽がうまいこと演奏で煽る。


「3……」

「2……」

「1……!」


 ジャン!


 音楽が止まったところで二人が振り返り、スルメがエイミーに向かって魔法を唱えた。


「いくぜ! “ファイアボール”!!」


 火球がエイミーに向かって直進する。

 魔法で相殺すると思いきや、彼女の身体に“ファイアボール”が直撃した。


 会場から「ぎゃああああっ」「きゃーーーっ」という悲鳴が上がった。


 火炎が消えると、中から無傷のエイミーとワンピースが現れる。

 ふふふ、これがゴールディッシュ・ヘアの性能だ。


 おおおおおおおおおおおっ、というどよめきが会場を埋め尽くし、やがて大きな拍手になった。



 気になるのは二階の招待席にいる客だが……



 よしよし、無料招待していた頭のお固い防御力派ご婦人集団からも好意的な拍手が寄せられているな。これで未開拓であった主婦層、高年齢層の支持を得る糸口が見えたぞ。


 分かっていたことではあるが、やはり防御力派の派閥は防御力の高いオシャレ服で粉砕するのが一番の近道らしいな。値段が通常の服より数倍高くても彼女達なら買ってくれるだろう。この実演ショーで実際に彼女らの反応を確認できてよかった。


 ゴールディッシュ・ヘア50%製の商品は今年中に販売の目処が立つからな。いよいよもってミラーズの洋服が王国中を席巻する日も近いぜ。


 この勢いで企業体力を蓄え、ゴールディッシュ・ヘアのさらなる改良を入れたら大量生産を目指す。そうすればミラーズの洋服が他国をも侵略することだろう。


 声援に応えていたエイミーが杖を大げさに振り上げた。


「ええいっ、“ファイアボール”!」


 エイミーからスルメにも魔法が撃ち込まれた。


 別にスルメの顎がしゃくれていて暑苦しい顔をしているから魔法を撃ったわけではない。


 スルメはジーンズにゴールディッシュ・ヘア50%カーゴジャケットを着ており、新登場した男性服を身にまとっている。もちろん火球の直撃を浴びてもまったくの無傷だ。


「オレの服もミラーズの新商品だ!」


 スルメがドヤ顔で叫ぶ。


 そして二人は締めの音楽と一緒に、優雅な仕草で観客に頭を下げた。

 スルメが優雅とか笑えるが、あいつも貴族の坊っちゃんだってことを思い出した。


 この実演は少々クサいが、分かりやすいことが好きなグレイフナー国民には好評のようだな。

 スルメは男どもからの熱い視線と、エイミーと共演した羨望の眼差しを浴びている。


「やっべ、この服すっげ。こんなに軽いくせに魔法ガードするとか奇跡かよ」


 ランウェイから去りながらスルメが呟いた。

 いやいや、その声会場中に聞こえてるからな。減給でございますわよ。


 それにしてもスルメはジーンズにカーゴパンツ、ブーツ、バスタードソード、という異世界アメカジスタイルがやたらと似合っている。


 男性服販売にも今後ミラーズとコバシカワ商会は乗り出す予定だ。

 ファッションショーに参加している男性服店の商人からは煮えたぎるようなビジネスの波動が発せられている。皆さん、一緒にビジネスしようぜ。


 ゴールディッシュ・ヘアの実演が終わると、俺の指揮による元グレイフナー孤児院の子どもたちによる合唱が行われた。


 現在、彼らはハーヒホーヘーヒホーの魔薬を投与されたため、グレイフナー王国の特殊孤児院で保護されている。当初の予定では一緒に住む家を探すつもりであったが、家を留守にしている時間が長いため防犯面が心配であった。特殊孤児院はクソじじい、もといグレンフィディック・サウザンドの紹介だ。


 子ども達はエリィに会えると聞いて毎日練習していたのか、高レベルな歌を披露してくれた。


 なんて美しい歌声。

 子どもの合唱っていいもんだな。


 いや、泣いてないよ。

 俺が泣くわけないじゃん。ずびぃっ。


 あまり子ども達に会えていないエリィは、心のどこかで寂しがっていたらしい。

 子ども達にもっと会いに行かないとなぁ。


 合唱が終わるとファッションショーが再開し、ジョーが五十着用意したスカートとシャツにモデル候補達が身を包んでランウェイを練り歩いた。もう見れないと思っていた彼女達の姿に会場は大いに盛り上がった。


 これも作戦通り。しかも五十人のモデルは同じデザインのワンピースで、色が徐々に変わっていくというね。

 ランウェイに色違いのワンピースを着た五十人が並ぶと圧巻だ。


 場の空気が一新されたところでエイミー、エリザベスペアが登場して、パンツスタイルを披露し、パンジー、アリアナ、俺の学生三人組が色違いのガーリースタイルで現れ交代した。


 さらに、ガーリー、清楚系、カジュアル、ロックテイストなどの新作を五人で入れ替わりに着て、ランウェイを華やかに彩った。



 さぁて、楽しい祭もいよいよ最後か……。



 やりたかったファッションショー!

 実現できて本当によかった……!



 歌姫マリリンムーンがラストナンバーを歌い上げると、ドンッ、と紙吹雪が劇場中にばらまかれた。

 氷魔法“雪降スノウ”が天井からゆっくりと落ち、色のついた照明が劇場を照らした。


「皆さま、長い時間お付き合いいただき誠にありがとうございました! 名残惜しいとは存じますが、グレイフナー初ミラーズファッションショーはこれにて閉幕でございます!」


 わああああああああああっ、という満足げな拍手と喝采が響き、貴族や一般人を問わず、皆がショーの終わりを惜しんだ。


 舞台袖にいる俺、エイミー、エリザベス、パンジー、アリアナの五人が最後の衣装を身に着け、全員が楽しげな表情で顔を見合った。


 エイミーは満面の笑みで、エリザベスはちょっと名残惜しそうな笑顔。

 パンジーは顔を赤くし、アリアナはゆったりした微笑を浮かべている。

 全員、ワンピース、パンツスタイル、ガーリースタイル、セットアップとデザインはバラバラだが色を白で統一した。


 五人全員で舞台袖から出て、ランウェイ手前で整列する。


 紙吹雪と粉雪が舞い散る王立劇場はなんとも言えず美しかった。



「みんな、またね〜!」

「ごきげんよう!」

「ありがとう! ありがとう!」

「ん…」

「ごきげんよう! また会いましょう!」



 俺達が叫びながら手を振っていると、デザイナーであるジョーがハンチング帽をかぶって舞台に登場した。


「皆さん、ありがとう!!!」


 彼が五人の前に立ち、拍手をしながらランウェイを歩き始めると、俺達も一斉に歩き始める。


 紙吹雪と”雪降スノウ”が舞い散って照明がきらびやかに全員を照らし、そこかしこで声援が響いて笑顔が弾けていた。


 いや〜これは脳汁めっちゃ出る。最高の気分だ!


 ランウェイの先端に着くと、ジョーがハンチング帽を取って胸に当て、エイミーが腰に手を当てポーズを取り、エリザベスがウインクを投げ、パンジーが手を頬に当て首をかしげ、アリアナがハートマークを指で作り——最後に、俺がエイミーとは逆の格好で腰に手を当ててポーズを取った。


 観客の目にはジョーの後ろにいる五人のモデルが決めポーズを取る、きらびやかな姿が映っていることだろう。



 ——ドン、ドンッ!



 “ファイアウォール”が舞台後方から上がり、照明が閃光弾のようにフラッシュした。


 あらかじめ用意していたランウェイの仕掛けが作動し、俺達の立っている場所に落とし穴が現れる。


 まぶしさに目を閉じていたが、はっきりと浮遊感を感じ、続いてクッションに身体が埋もれる感触があった。身体強化しているので痛くもなんともない。


 最後のサプライズ。

 ポーズを取った俺達が瞬時に消えるというものだ。


 これにはきっと貴族や皇太子もびっくりしているだろうよ。


 観客があまりのまぶしさに目を閉じ、五人のモデルが並んでいる素晴らしい光景を見ようとランウェイ先端へ瞳を向ける頃には……舞台上には誰もいないって寸法だ。


 目を開けると、クッションの上でもぞもぞしているみんながいた。


 閉じたランウェイの落とし穴付近を見上げると、劇場からはどよめきと拍手が起きた。


「うまくいったね!」


 クッションから這い出て舞台装置裏へ戻ると、エイミーが小声で抱きついてきた。彼女特有の甘い香りが鼻をくすぐった。


「エリィさぁん!」

「エリィ、素晴らしいショーだったわ!」


 パンジーとエリザベスが興奮ぎみに駆け寄ってエイミーごと俺に抱きついた。


「エリィ…」


 アリアナも嬉しそうに飛びついてくる。


「みんな、ありがとう!」


 俺も負けじと抱きしめ返した。

 抱き合うのはゴールデン家流ってやつだ!


「以上を持ちましてミラーズファッションショーを閉幕いたします! 皆さま、またお会いしましょう! シーユーアゲインッ!!!!」


 司会者の言葉が舞台上から聞こえてくる。

 今日一番の歓声と拍手が王国劇場に響き渡った。


 この場にいた誰しもが新しいファッションの到来を感じ、洋服が防御力だけではないことを知って胸を熱くさせたことだろう。


 抱き合っていた身体を離し、スタッフ達ともハイタッチを交わしていく。

 エイミー、パンジー、アリアナもそれぞれ手をパチリと合わせ、このときばかりはエリザベスもクールな顔を綻ばせてハイタッチを惜しみなく交換した。


「イエーイ!」


「エリィお嬢様!」「エリィ会長!」「一生ついていきます!」「ここに就職してよかったぁぁ!」「ばいぼうでぶ!」「やりましたね!」「素敵でしたよ!」「もうほんっっっとに素敵すぎてヤヴァイ!」


 一仕事終えたあとのこの一体感。

 たまらないね。


「おじょうざばぁ! 感動で涙がどばりばぜぇん!」


 いつの間にか近くにいたクラリスが這いつくばってぐいぐいと俺のスカートを引っ張ってきた。


 あぶねえぇぇぇぇぇぇぇぇっ。油断してたぁぁっ。

 この場にバリーがいたらスカートひっぺがされてたぞ!?

 クラリス単体だったからセーフッ。


「エリィ、大成功だったな」

「大活躍だったわね、ジョー」


 クラリスにスカートを引き下ろされないよう逆に引っ張りながら、正面にやってきたジョーと見つめ合った。

 ジョーは大活躍と言って何ら過言ではなく、むしろ大活躍では言葉が足りないほどに働いていた。ここまでこれたのはジョーの力があってこそだ。才能がありすぎて怖い。ま、俺のほうが天才ではあるがね。


 一言ずつ言葉をかわしたあと、なぜか俺とジョーは無言になった。


 ジョーは真摯な輝きで満ちた瞳でこちらをじっと見つめてくる。



「エリィ……」



「………」



 ワーニング! ワーニング!

 身体が動かないでござる!

 エリィたのむから見つめ合ってないでなんか言ってくれ!

 ラブコメの波動を激しく感じるッ!


 俺は男だからな?!

 断じて恋の駆け引きでラブ&シーソーゲームとか無理だからな!


「お嬢様! 素晴らしいっ……本当に素晴らしいショーでした!」


 そのラブコメの空気を引き裂いてきれたのはミサだった。

 これ幸いと彼女と抱き合って感動を交換する。


 ジョーは恥ずかしがってハンチングを取るとぼりぼりと頭をかき、スタッフに指示を出しながら舞台の袖へと行った。


 ふう〜っ。ヒヤヒヤさせんなよ……!


 ラブコメの空気になるとエリィがうまく動いてくれないから困る。

 エリィの恋愛耐性、まじでゼロな。


 まあ太ってたからそういう経験がほとんどないのは分かるけどよ……もうちょっと慣れてくれてもいいだろうよ?


 いやホントお願いします。

 俺の精神がヤラれちまう。


 そのあとは何事もなく、ウサックス管理のもと行われた撤収作業も無事時間に間に合い、魔闘会三日目、ミラーズファッションショーは大成功で幕を閉じた。


 新しいグレイフナー王国ファッション史の一ページに足跡を刻む、本当に素晴らしいショーだった。


 是非ともまたやりたいもんだ。

 苦労したかいがあったぜ。


 成功した感動で泣きそうになったが、どうにか涙はこらえたよね。

 まあね、涙を流さずに軽くやり過ごすなんて、スーパー営業マンの俺にとっては造作もないことだ。


 よかったよかった。終わりよければすべてよし。さぁて、明日からまた頑張りますかね!





 ずびぃぃっ。





      ☆





 ファッションショーが終わるその頃。


「面を上げよ」


 セラー神国大使団の十名はグレイフナー国王の言葉に、垂れていた頭を戻した。


 グレイフナー王国謁見の間には真っ白のローブに身を包んだセラー神国が、白いペンキを垂らしたかのように赤い絨毯の上でひざまずいていた。


 国王の背後ではグレイフナー筆頭魔法使いリンゴ・ジャララバードが鋭い視線を飛ばしており、謁見の間は戦闘が起きかねないピリピリとした空気で満たされている。


「今年も魔闘会の開催が無事に行われたことを我々セラー神国は祝福致します。グレイフナー王国とセラー神国、両国の安寧をセラー様も温かく見守っておられることでしょう」


 セラー神国大使が邪気のない完璧な笑顔を国王へ向けると、重苦しい空気のまま、謁見が始まった。



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