第243話 グレイフナーに舞い降りし女神②


 ファッションショーの片付けが済んだあと、コバシガワ商会とミラーズ関係者一同で集まり、ゴールデン家の中庭で打ち上げとなった。例によって立食形式のラフなものだ。


 不参加者は当然なく、二百名以上が集まった。


 俺やエイミー、アリアナ、エリザベス、パンジーと話したいため、現モデルのいるテーブルの人口密度がめちゃくちゃ高い。ジョーとミサのいる場所にも輪ができていた。


 乾杯のあと招待した貴族と挨拶を交わし、モデル候補の子たちと握手をして洋服談義に花を咲かせる。専属モデルの座を勝ち取ったアリス・ライラックは飽きることなくこちらの披露する知識を聞いてくれた。


 これでビールと日本酒があれば最高だった。ワインとチーズでもいいぞ。

 まぁ飲まないけど。

 飲んだらエリィがはじけ飛ぶ。


「エリィ嬢! 誠に素晴らしいショーだったよ! そう、君の可憐な瞳のようにいつまでも輝く光景が脳裏から離れない!」


 いつの間にか登場した隣にいるイケメン皇太子がぐいぐい距離を詰めてきた。


「あ、あのぉ……少し近いのですが……」


 だーもう!

 まーたエリィの顔赤くなってもじもじしてるじゃねえか!

 皇太子、ゲラウェイ!


 エリィの反応を見て、皇太子が「これはイケる」みたいな顔になってるぞ。

 いやいや、恥ずかしがってるだけだからな?

 このもじもじと顔が赤いのはあんたの距離が近いだけだからな?


 と思ってたら皇太子の身体がズズズ、と少しずつ離れていく。

 本人も不思議に思って首をかしげ、またこっちに近づこうとしているが身体はそれ以上動かない。


 魔力を感じて横を見れば、おにぎりをもりもり頬張っているアリアナが指を動かして重力魔法で皇太子を俺から引っぺがそうとしていた。

 そして一人分のスペースができると、俺と皇太子のあいだに素早く滑り込んだ。


「助かったわ」

「ん…」


 小声で言うとアリアナがぴくりと狐耳を動かしてた。

 皇太子は隣で悔しげに笑顔を引きつらせている。残念でした。


 ラブコメ波動はこれ以上いらねえよ。


「テンメイ! ウサックス! ちょっといいかしら?!」


 写真をバシャバシャ撮っているテンメイと、人数を数えて回っているウサックスを見つけたので呼んだ。


「皇太子殿下。雑誌Eimyの専属カメラマン、テンメイ・カニヨーンと、敏腕事務員マックス・デノンスラートですわ。貴族ではございませんが、二人とも才能にあふれております。ぜひともご紹介を」

「カメラマン? 興味深いね」


 皇太子がうなずくと、人垣をかきわけてテンメイとウサックスが膝をついて頭を下げた。


「私が無理を言って打ち上げに参加したんだ。今日は無礼講で結構」


 皇太子の言葉で二人は立ち上がった。


「お言葉を交わすなど望外の喜びでございます。専属カメラマンのテンメイ・カニヨーンです。パリオポテスの生まれ変わりのような凛々しい皇太子殿下のご尊顔をこのような間近で拝見できて光栄でございます。あ、一枚いいですか?」


「しがない事務員のマックス・デノンスラートであります。ウサックスとお嬢様には呼ばれております。いかようにもお呼びくだされ」


 この二人の共通点。

 態度は慇懃だが、誰にでも遠慮がないところだ。


 おーおー、テンメイが写真を撮りまくってる。いいぞ。

 うまいこと皇太子を除去してくれた。会社の飲み会での立ち回りが活きた瞬間だ。

 自慢話ばかりする酔っぱらいの上司をうまく田中へホーミングさせる技術に比べれば、テンメイ&ウサックスを皇太子に押し付けるなどあまりにもたやすい。


 俺とアリアナはこっそりと移動し、建物のかげになっているベンチに腰を下ろした。


「ショー、大成功だったね…」

「そうね」


 アリアナがファッションショーで流れていた歌姫マリリンムーンの曲を口ずさんでいる。

 とりあえず可愛いので、狐耳をもっふもっふわっさわっさしておく。



 彼女の言うとおり、アイデアを溜め込んでいただけあって現段階で披露できるほぼ満点の完成度だったな。

 だが、課題点も浮き彫りになった。

 完璧主義の血がうずくね。


 気になったところはやはり音楽と照明だ。

 どう考えても地球の技術と比較すると見劣りしてしまう。


 いずれ余裕ができたら適当な音楽家をつかまえてきて、スピーカーと録音技術の向上を目指したいところだな。


 照明に関しては魔法である程度カバーできるが、それでもレーザー演出や瞬間的に光を照明器具で照射する技術はない。ショーの最後にビカッと光らせた演出は、目くらましの光弾を大量に使用した使い切りだ。


 映像装置がないこともかなり痛いよなぁ。

 ショーの背後に巨大モニターを設置して映像の演出とかも色々したかった。


 コロッセオにあるモニターは古代技術を利用したアーティファクトらしいから、解析して量産を目指すべきだな。この世界で電子技術を発展させるのは不可能に近い。魔法による技術が発展しすぎて科学技術の下地が皆無だからなぁ。


 あとは、映像関係を牛耳ることができれば広告で他社にとてつもない差をつけることができるぞ。現段階で『雑誌』という紙媒体を手中におさめているため、他の店に比喩抜きで百歩ぐらいリードしている。さらに映像技術まで手に入れれば、広告における情報戦は間違いなくコバシガワ商会の一人勝ちだ。


 ちなみに、グレイフナーに現存するアーティファクト解析のアテは、ない。


 グレイフナー王国が数百年前からやってるらしい。何か根本的に魔法とは違う技術が組み込まれているのかもしれんな。


 まあ俺の専門分野ではない。

 ひとまず映像関係は放置か。

 餅は餅屋にぶん投げておくとしようぜ。


「エリィ、考えごと…?」


 アリアナが狐耳をぴくぴくさせながら首をかしげた。

 彼女は右手におにぎりを山盛りにした皿を持っていて、口の横に米粒をつけている。ショーのあいだ、何も食べられなかったからお腹がすいていたらしい。


 可愛いから米粒取らないでおこ。


「ええ、そうよ。来年やるファッションショーをもっとよくしようと思ってね」

「あれよりすごいのなんてできる…?」

「できるわ。人間に不可能はないのよ」


 俺が胸を張るとアリアナが嬉しそうにはにかんだ。


「そだね」

「でも、基本を忘れてはいけないわ。まず地道な努力。その土台があってこそ不可能を可能にできると思うのよ」


 雑誌と洋服、この二つをおろそかにはできない。

 両方ともさらなる発展をさせれば、おのずと次回ファッションショーの構想も湧いてくるってやつだ。


 しばらくアリアナとファッションショーについて話していると、エリィを呼ぶ声が聞こえた。


「エリィ、こんなところにいたのね」


 エリザベスが片眉を上げてこちらを見下ろした。

 この表情、彼女を知らない人が見ると怒っているように見えるが、仕方ないわねぇもう、という意味合いが込められている。怒ってはいない。


「ついさっき召喚魔法陣解析班のラブ・エヴァンス班長から連絡があったの。あなたがポカ老師からもらった召喚魔法・補助魔法陣の解析が進んだそうよ」

「まあ!」


 ついに進展が!

 日本へ帰還する手がかりになるか?


「魔法陣の中に描かれている四つの円。1〜4のうち、一つが何か分かったようね」

「内容はどんなもの?」

「まだ聞いていないわ。今からエドウィーナ姉様と魔導研究所へ行って私達も作業に加わるつもりよ」

「一緒に行ってもいいかしら」

「エリィは明日の魔闘会に備えてゆっくりしておきなさい。エドウィーナ姉様もそう言うでしょうから無理に来ないようにね」

「……そうね。行ってもエドウィーナ姉様に追い返されそう」

「そうよ。帰ってきたら詳しく話してあげるから」

「はい!」


 喜んでうなずくとエリザベスが微笑んでエリィの頬を撫でた。


「それじゃあアリアナちゃん。エリィが出歩かないように見張っておいてね」


 そう言ってエリザベスはアリアナの頬についている米粒をつまんで、ポケットからハンカチを出して包んだ。

 アリアナは恥ずかしかったのか、うつむいてほんのり顔を赤くした。


 エリザベスが中庭から出ていくとアリアナが口を開いた。


「もうっ。気づいてたなら言って…」

「ごめんね。可愛くてつい」


 アリアナのふくらんだ頬を人差し指でしぼませた。




      ◯




 今日もお泊りをするアリアナと風呂に入り、部屋で麻袋叩きの修業をしていると、酒瓶を片手にポカじいが入ってきた。


「うむ、やっておるようじゃな。手は止めんでよいぞ」


 酒瓶を持っていない手で髭をさすり、じっとこちらを見ている。

 さすがに修業中は師匠らしい顔つきだ。


 ベッドで修業ボックスと向き合っているアリアナにもポカじいは視線を飛ばし、おもむろにうなずいた。


 ガシャ、ガシャ、という麻袋に入った魔力結晶と石の音が部屋に響く。


 しばらくして俺の麻袋叩きが終わると、ポカじいが口を開いた。


「うむ。出来は七割といったところか。とてつもない成長スピードじゃな。若さと才能が尻に現れておる」

「やっぱりお尻も見るのね?!」


 じじいは平常運転だった。


『ひひっ、おしかったな〜』


 アリアナの抱えている修業ボックスから人形の声が聞こえた。


「あとちょっとだったのに…」

「魔力操作の上達はアリアナのほうが早いのう。この様子なら身体強化しつつ魔法行使もそのうちできるようになりそうじゃ」

「うん」


 ポカじいはアリアナの持っているボックスをひょいと手に取ると、仕掛けを起動させて“重力弾グラビティバレット”を踊る騎士人形めがけて三発撃った。


『やられた〜』


 人形からおもちゃっぽい断末魔が響く。

 おお、やっぱポカじいの魔力操作は神業だ。


「今ならわしの魔力の流れがよく分かるであろう」

「うん…」

「そんな顔をするでない。高みへと少しずつのぼればいいのじゃからのう。時間はまだまだあるぞい」

「そだね」


 アリアナが納得したのを見届けると、ポカじいがこちらに向き直った。


「おぬしらに話しておかねばならんことがある。セラー神国の大使団についてじゃ」

「何かあったの?」

「うむ」


 首肯しながらポカじいは窓の外へと視線を走らせ、すぐに戻した。


「偵察に向かったところ、よくない魔力を感じ取った。いま大使団はバルドバッド家の邸宅に宿泊しているようじゃが……わしの存在に気づきおった者がおる」

「ポカじいの気配に気づいたってこと?」


 じいさんの気配遮断は目の前にいても存在感が希薄になるほどの技術だ。俺とアリアナもポカじいを捕まえるという修業でずいぶん苦労させられた記憶がある。

 それを見破ったとなると、セラー神国大使団の中には相当の使い手がいる。もしくは気配遮断が効かない魔法使いがいる、ということになるぞ。


 しかもバルドバッド家といえば、言わずと知れたグレイフナー王国領地数一位の家だ。保守的な家柄で防御魔法が得意であり、グレイフナー国民からも根強い人気がある。


 バルドバッド家がグレイフナー王国の大貴族として責任を持ってセラー神国大使団をもてなす、というのは何もおかしくないことだ。

 それゆえに胡散臭さを感じてしまうのは俺だけか?


「腰痛がひどくて深追いはせず帰ってきたんじゃがな、放っておくにはいささか問題があるじゃろう」

「どうするの? あと腰痛、だいじょうぶかしら?」

「うむ。サキュバス族のヴァルヴァラちゃんに潜入してもろうた。これである程度の情報は入ってくることじゃろう。腰痛は歳のせいじゃ、気にするでない」

「“加護の光”」


 ポカじいの腰めがけて白魔法を使った。

 まばゆい光が円柱状に突き上がり、温かい明るさが部屋に満ちる。


「ふぉぉぉっ……。エリィの白魔法は効くのぉ」

「あまり無理しないでちょうだい」


 さすがのじいさんでも歳には勝てないみたいだ。


「すまんの。して、エリィに伝えておきたいことがある」

「なにかしら」

「万が一危機に陥った場合、迷わず落雷魔法を使うのじゃ。何かイヤな予感がする、という程度でもかまわん。出し惜しみをして窮地になるなら、落雷魔法を使って危険を排除するほうがよい」

「私が……狙われているの?」

「セラー神国は複合魔法の使い手を探しておる。ピンチになって落雷魔法を使えばおぬしの身元が判明してしまうが、やむを得ないじゃろう」

「黙っていれば相手に私が落雷魔法の使い手だと分からないんじゃない?」

「相手の実力を看破する魔法はこの世にいくつか存在しておる。ほとんどが失われた禁魔法にあたるんじゃが、セラー神国であればアーティファクトを利用して使ってくるやもしれん」

「……そういうことね」


 俺が落雷魔法を使えると見破り、予告なしで攻撃される可能性があるってことかよ。

 厄介なことになってきたな。


「わしもしばらくはおぬしらと行動をともにしよう。エリィの身に何かあってからでは遅い。おぬしの尻がなくなるなど世界的損失じゃ。いや、損尻じゃ」

「お尻基準なの?! 私個人も大切よね?!」

「ほっほ、冗談じゃ」

「とかなんとか言ってお尻をさわろうとしないで!」


 尻をめぐる十二元素拳の攻防が数秒行われ、ビシリとポカじいの腕をはたき落とすことに成功した。

 あぶないあぶない。油断も隙もあったもんじゃないな。


「いい動きじゃ」

「スケベ、めっ…」

「ほっ、ほっほっほっほ」


 アリアナの軽蔑した視線を浴びてポカじいが空笑いをした。


 そのとき、窓ガラスを叩く音が響いた。


 そっちを見ると、やけにセクシーな姉ちゃんがふわふわと空中に浮かんでいた。エリィの部屋は二階なのでそれなりの高さがある。空魔法、“浮遊フライ”で浮いているのだろう。


 ポカじいが指を曲げると、絶妙な魔力操作による“ウインド”で窓が開いた。


「あらぁ、こんばんは。私、ヴァルヴァラでぇす」


 お色気ムンムンなミニスカ女子が部屋に入ってきた。

 ポカじいが言っていたサキュバス族のねーちゃんか。


「ごきげんよう。ゴールデン家四女、エリィ・ゴールデンです」

「アリアナ・グランティーノ…」


 挨拶を交わすと、彼女が部屋の真ん中に立った。


 大きな瞳と高い鼻。口はサキュバス族特有の真っ赤なもの。薄紫色の髪の毛は大きくウェーブしており、頭部にはコウモリの羽の形をした耳がくっついている。


 あと、尻がぷりんっ、としている。

 エリィといい勝負だ。

 尻じじいが彼女を気に入っている理由がよく分かった。


「あなた達がエリィちゃんとアリアナちゃんね。アリアナちゃんのほうはうちのお姉ちゃんがお世話になっているわ。あなたの鞭センスをお姉ちゃん、すごく褒めていたわよ。もう教えることもないぐらいだってね」

「ありがと…」


 アリアナに鞭を教えているのがこのヴァルヴァラちゃんの姉ってことか。

 なるほど、姉妹だけあって似てるな。


「こんな夜更けにどうしたのじゃ」

「潜入依頼の報告よ」


 ヴァルヴァラちゃんはポカじいにウインクをすると、甘ったるい雰囲気を消して真剣な表情になった。


 急に温度感が変わったので、俺達は居住まいを正した。


「バルドバッド家はどこかおかしいわ。当主が変なの。魔力循環がぐちゃぐちゃに乱れているのに平然とした顔でいるのよ。あんな顔、普通できないわ」


 ヴァルヴァラちゃんは怖くなったのか、ポカじいに抱きついた。

 美女に抱きつかれたじいさんは「怖かったのう」とか言いながら鼻の下を伸ばして尻を撫でている。


「家の中にいるのに魔力認識妨害のローブをずっと着ていたわ。それに、セラー神国の連中ともずいぶん熱心に話していたみたいで、なんだか来客をもてなすというよりは、もっと親密な雰囲気がしたわ。新人メイドのふりをして潜入したからあまり近づけなかったけど」

「ふむ」

「私の目と耳でやっと魔力の乱れが分かったぐらいだから、他の使用人やメイドは当主がおかしくなったことに気づいてないと思う」

「挙動不信であったんじゃろう? 他の人間もあやしいと思うのではないかのう」

「不信、というよりは表情がほとんどなかったの。魔力が自分の中で暴れていたら、普通苦しいでしょう?」

「ローブのせいで皆が気づかないということか。確かにバルドバッド家の当主は無口な男らしいからのう。黙っていれば誰も異変に気づかぬやもしれぬ」


 ポカじいはヴァルヴァラちゃんの尻から手を放して思案顔になった。


「それから、セラー神国大使団の中にいた金髪の男に呼び止められて立ち去るように言われたわ。隣にいた宣教師の男も不気味だった。こっちをじろじろ見て、笑っていたの。まるで私が潜入しているのがわかっているみたいだった。サキュバスの魅了の力もあまり効いていなかったから、すぐ帰ってきたのよ」

「ヴァルヴァラちゃんの魅了能力が効かないとはのう」

「たいていの人間はコロッと私の味方になってくれるのにぃ。私、自信なくしちゃった」

「うむ、うむ。気に病むことはない。ヴァルヴァラちゃんの笑顔と尻は男の希望じゃ」

「ああんポカじい〜」


 ヴァルヴァラちゃんがポカじいに抱きついているせいで、なんだかイケない雰囲気になりそうだ。

 エリィの顔が熱くなってきたので二人を引き離した。


「私の部屋でやめてちょうだいっ」

「スケベ、めっめっ…」


 アリアナがちょっぴり怒り、ヴァルヴァラちゃんの背中をねぎらうようにさすった。潜入お疲れ様、ということだろう。


「ありがとう……ああん本当に怖かったわぁ〜。誰かが近くにいることがすごく心強い。ありがとう」

「そのように危険な状況とは知らず誠に申し訳ないのう。バルドバッド家潜入任務はもう終わりとしよう」


 ポカじいが厳かに言った。


「セラー神国にもぐりこんでいる家族が心配になってきたわ」


 ヴァルヴァラちゃんが自分の腕を抱いて、頭の上についているコウモリの羽みたいな耳を動かした。とりあえずいちいち仕草がエロい。ここがクラブならコンマ一秒で声をかけているところだ。


「他に得た情報はあるかの?」

「うーんとね、ガブル家の人間が数名いたわ。何を話しているかまでは分からなかったの。ごめんね」

「ふむ。魔力が乱れても平然とするバルドバッド家当主、魅了が効かぬセラー神国大使団、来訪するガブル家……」

「あ、そういえば、ガブル家の男が『リッキー家を隠れ蓑にして取引はうまくいった』という話しだけすれ違ったとき聞いたわ。そのあとの会話は小声で分からなかったけど……。私の耳でも拾えないくらい小さな声で話していたもの」


 それってあれか?

 ガブル家はリッキー家をわざと俺達に検挙されるよう誘導し、トカゲの尻尾切りをしたってことか。


 これはガブル家に一杯食わされたかもしれねえ。


 ……トカゲの尻尾切りというよりは、リッキー家は単なる防弾チョッキ代わりか。

 リッキー家に視線を集めさせ、その裏で別の取引をしていた。


 味方であろうとも切り捨てる容赦ないやり方をガブリエル・ガブルは己の方針としているみたいだ。


 俺とは相容れない感性だ。これは何かあった際、交渉にならなそうな気配がする。アリアナの仇敵だし、もともと迎合するつもりはないが。


「ポカじい。ガブガブが取引しているのはハーヒホーヘーヒホーじゃないかしら?」

「エリィ、どれはどういうことじゃい?」

「セラー神国とガブガブは何かしらの密約を交わしているんだと思うわ。子どもの誘拐しかり、魔薬しかり、セラー神国からトップダウンがガブル家にあった。ということは、彼らが取引と言っていたのは魔薬の受け渡し……すなわちハーヒホーヘーヒホーと考えれば辻褄が合うわね」

「ふむ。ガブルが子どもと魔薬をセラー神国に売買する。あながち間違いではなさそうじゃ。そうなると、ハーヒホーヘーヒホーの採取をガブルがしているということになるのう」

「それか栽培しているのかも。人工的に砂漠に近い環境を作ることはできない?」

「はて、どうかの? 空魔法、炎魔法を使えばできなくはなさそうじゃが」


 セラー神国とガブル家の目的はなんなのか?

 特に、セラー神国は魔法使いの子どもを作ろうとしていて不気味だ。


 皇太子経由で国王に報告しておいたほうがいいかもしれないな。

 ガブル家領地を調査するにしても、王国に動いてもらったほうがいいだろう。俺達だけでどうこうできる問題ではない。


「ひとまず、奴らの目的が分かるまでエリィは一人で行動するのをひかえるのじゃぞ」

「分かったわ」


 ポカじいの言うとおり、魔闘会が終わるまで目立った動きはしないほうがいいな。




      ◯




 魔闘会四日目の朝が来た。


 朝食前に興奮したクラリスが顔を寄せてくるのも慣れたもので、ゴールデン家全員で集合して朝ごはんを食べる。

 母アメリアが朝食を終わりにすると言ってメイド達に食器をさげさせたところで、執事が部屋に入ってきた。


「でました! 四日目の対戦表です!」

「来たわね。さ、広げてちょうだい」


 半ば食い気味にエドウィーナが指示を出すと、執事は丸まっている羊皮紙を広げた。

 父、母、俺、エイミー、エリザベス、エドウィーナ、クラリス、客人のアリアナが対戦表を覗き込んだ。バリーは輪に入れずクラリスの後ろでやきもきしている。



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魔闘会四日目・日程

『一騎討ち/くじ引き戦・1』

『一騎討ち/指名戦・3』



対戦表

『一騎討ち/くじ引き戦・1』

◯領地数1〜99個

      ・

      ・

      ・

◯領地数100個以上

バルドバット家(1002)対 サウザンド家 (1001)

テイラー家  (822)対 エヴァンス家 (252)

ヤナギハラ家 (746)対 サークレット家(420)

ジャクソン家 (470)対 ショフス家  (111)

ウォーカー家 (340)対 ヤングマン家 (322)

ストライク家 (209)対 マウンテン家 (124)

ゴールデン家 (100)対 パンタ国・特別選手



『一騎討ち/指名戦・3』

◯領地数1〜99個 ※親が左、子が右。括弧内が賭けた領地数

      ・

      ・

      ・

◯領地数100個以上

【ヤナギハラ家 (746)→(倍返し10)リッキー家】

【ジャクソン家 (470)→(1)ヤナギハラ家】

【ピーチャン家 (402)→(倍返し10)リッキー家】

【エヴァンス家 (252)→(3)サークレット家】

【マウンテン家 (124)→(1)モッツ家】

【シルバー家  (119)→(3)ゴールデン家】

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 くじ引き戦の対戦相手がなぜパンタ国?!

 いやいや、意味が分からん!


「くじ引き戦の相手はパンタ国大使団から出るのね」

「おお、これは名誉なことだぞ」


 母アメリアと父ハワードがうれしそうな声を上げた。


 詳しく話を聞くと、どうやら友好国であるパンタ国はたまに魔闘会に参加するらしい。気に入った選手のいる家としか戦わないことから、こうしてくじ引き線で現れるのは誉れ高いことだそうだ。しかも、めっぽう強いらしい。


「勝てば領地プラス1個にパンタ国から報奨金一千万ロンが出るわよ」


 マミーが嬉しそうに言った。

 よっしゃ。お小遣い一千万円ほしい。ぜってー勝とう。


「えいえいお〜! しゃかりき十万馬力っ!」


 エイミーが後ろで謎の盛り上げダブルコンボを叫ぶ。


「エリィ、シルバー家は絶対に倒してちょうだい」

「わかっているわ、エリザベス姉様」

「ベスケ・シルバーの顔を思い出すと……背筋が震えるわ……」


 エリザベスは舞踏会でベスケ・シルバーという名のヅラげろガエル男に言い寄られ、泣かされている。俺とクラリスの新魔法“ハゲチャビン貴族のヅラを飛ばす砲”でヅラをふっ飛ばしたのは約一年前だ。

 ちなみに、昨日話していた魔法陣解析の報告は魔闘会後に関係者を集めて発表する運びとなっている。


「シルバー家など、こうしてこうやって、こうでございますっ!」

「こうして、こうやって、こうでこうでこうだッ!」


 クラリスとバリーが背後でカンフーの真似をしていた。


 へたくそすぎて笑えるな。でも、やけに楽しそうだ。

 いい歳なのに無邪気な夫婦……ちょっとうらやましい。


「パンタ国の選手ということは腕相撲格闘術の使い手が出てくるとみてまず間違いないだろう」


 父ハワードが腕を組んでうなった。


「そうでしょうね。エリィの習得した十二元素拳とどちらが強いか楽しみだわ」


 母アメリアが切れ長の瞳を細めて薄っすらと笑う。


「シルバー家は有能な闘士が今年辞めたらしいから問題ないだろう。エリィはパンタ国との試合に集中しなさい。ポカ老師に対策を聞いておくんだ」

「分かりましたわ」


 俺がうなずくと、ハワードが顔をほころばせた。

 父ハワードのエリィ溺愛ぶりはなかなかのもんだ。いつになるか分からないが、もしエリィが結婚することになったら大変な騒ぎになりそうだ。


「では全員、応援の準備! 解散っ!」


 ハワードの号令に一同が元気よく返事をすると、全員が行動を開始した。


 俺もとりあえずアリアナの狐耳をもふもふし、準備のために二人で自室へと戻った。


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