第229話 魔闘会でショータイム!⑯
ゴォォンと銅鑼が鳴り、俺は前方へと突進し、ジョン・リッキーは杖を一振りした。
「“
ジョン・リッキーの杖から風が吹き荒れ、オレンジ色の髪を後ろで束ねた顔色の悪い男が分裂していき、ジョン・リッキーが一人から五人に増えた。
空魔法中級“
この魔法は実体が存在し、術者が分体を操ることができ魔法を唱えさせることができる。そして難易度の高さから、限りなく上級に近い上位中級魔法として魔法使いに認識されており、使用者はかなり少ない。
ジョン・リッキーの得意技ってのはクラリスの資料通りだな——!
「やあっ!」
開始位置から二十メートルの距離を数歩で縮め、一番近くにいたジョン・リッキーに右拳打を打ち込んだ。
丸めた布団を殴ったような沈み込む衝撃が走り、痩身のジョン・リッキーが後ろに吹っ飛んで闘技台にバウンドすると、掻き消えた。
やっぱ偽物か!
「小娘っ!」
五人から四人に減ったジョン・リッキーが苦々しげに顔を歪ませつつ後方に下がる。
『エリィ・ゴールデン嬢の鋭いパンチッ!!』
『“
『可愛らしい顔をしてとんでもないスピードですわねっ』
『ジョン・リッキー氏も分裂魔法を使いこなすとはなかなか器用ですな。白魔法の浄化魔法と同等レベルで難しいとされている魔法ですぞ』
解説のアナウンスが入ると、会場がガンガンガンと鉄板を叩く音に包まれた。
いったん距離を取って風の型を構え直す。
ジョン・リッキーが持っているあの杖……何か不吉なものが込められているのが感覚で分かる。気のせいかもしれないが、あまり素手で受け止めたくない。
時間稼ぎをする必要もあるし、無難にまずは魔法で牽制するか。
素早くベルトから杖もどきを引き抜き、身体強化を切って魔法を唱えた。
「“エアハンマー”!」
ポカじい直伝、風魔法上級“エアハンマー”の連射攻撃。
さらに風魔法上級“ウインドソード”による攻撃を混ぜる。
球体の“エアハンマー”と三日月型の“ウインドソード”が不規則にジョン・リッキーへと飛んでいく。
さぁ、せいぜい頑張って防いでくれよ。
四人のジョン・リッキーは各々が的確に魔法を使ってこちらの攻撃を防ぐ。
「“ファイアウォール”!」
「“エアハンマー”!」
「“ウォーターウォール”!」
「“サンドウォール”!」
本体を悟らせないためにバラバラの系統の魔法を使って迎撃か。
“
かなり動きはいいものの、やっぱ分裂しているだけあって魔力が分散している。十二元素拳で本気出したらあっという間に終わるな、これ。
「あらあら、ずいぶんと必死ね」
「ふん。余裕の面がいつまでもつか見ものだな」
とか言って結構辛そうなジョンさんね。
杖にだけ注意だな。
五本すべて、分体全員に持たせた実物だろう。どうにも俺とエリィの勘があの杖を警戒するべしと信号を送っている。
息切れの直前まで風魔法を唱えていく。
魔法を唱えるたびにツインテールがパッと風で跳ねる。
『エリィ・ゴールデン嬢、怒涛の風魔法攻撃! ジョン・リッキー氏はそれを相殺していますわ!』
『魔法の連続詠唱による“魔力息切れ”までこの攻防は続きますな』
『エリィ・ゴールデン嬢は風魔法が得意な様子!』
『ジョン・リッキー氏は胸中で驚愕している可能性が高いですぞ』
『それはどういう意味ですの?!』
『“
こちらの連続風魔法とジョン・リッキーの防ぎっぷりに、会場が沸き立った。
わあああああっ、という歓声と拍手が巻き起こり、ゴールデン家応援席の方向からはうっすら「お嬢様ぁぁああぁぁっ!!!」と魂の叫びが聞こえる。
ちらりと見ると、エイミーが顔を真っ赤にして旗を振り、「がんばれがんばれ」と言っている様子が小さく見えた。
「くっ……」
ジョン・リッキーは青白い眉間に皺を寄せる。
魔法は同時に行使できない。
そのため分裂した分体がいようとも、必ずタイミングはズレるし多く魔法を放てるわけではない。分体を操りながら魔法の種類を変えて連射するのは集中力が必要だ。
「舐めるなよ……」
四人の中の一人が、苛立った顔で杖を振り下ろす。
「“
魔力が練り込まれた空魔法下級“
上位魔法を入れてくるとはやるじゃねえか!
「えいっ!」
風魔法の詠唱を中断して身体強化“上の下”を全身に施し、ガンマンのごとくベルトに杖もどきを収めて横一文字に放たれた“
「たあっ!」
そのまま強引に““
『エリィ・ゴールデン嬢、空魔法を素手で受け止めたぁ!!』
『身体強化によほど自信がないとできない芸当ですぞっ』
『ジョン・リッキー氏、息切れか?!』
『両者、呼吸を整えておりますな』
「はぁ……ふぅ……」
深呼吸しているフリをする。
分裂魔法である“
「ピギャゴフゥゥンンッ!」
五分経過を伝える時計怪鳥ピギャレスの鳴き声が風魔法の拡声器で拡散された。
初めてみたときは心の中で、どんな鳥やねん、とツッコミを入れたね。
『早くも五分経過ですわ!』
『いまのところ判定はドローと見受けられますぞ』
いい時間稼ぎになっているな。
今頃、コバシガワ商会の連中とサウザンド家、ゴールデン家の合同部隊がリッキー家の闇取引場所を摘発しているはずだ。
「遊びは終わりだ。小娘と違って俺は忙しい」
「レディに合わせるのが殿方の優しさというものよ?」
「少しばかり魔力操作が達者だからといって調子に乗るなよ」
四人いるジョン・リッキーが一列に並んだ。
なんだ。前にならえでもするのか……?
「死ねっ」
身体強化したジョン・リッキーがこちらに飛び込んできた。
“
四人一列になったジョン・リッキーは先頭が杖を振り下ろすと、後方の三人が一気にバラけて左右から攻撃を入れてきた。
『ジョン・リッキー氏、身体強化での攻撃ぃ!』
『これは勝負に出ましたな』
『果たして魔力はもつのか?!』
先頭のジョン・リッキーが振り下ろした杖をかわして懐に入り込む。
「えいっ!」
踏み込みを利用した“体当て”でジョン・リッキー一号を押し出すように吹き飛ばした。さらに二号の脳天振り下ろし攻撃は手首に狙いをつけて左手で払い、三号のみぞおち狙いの杖攻撃は右膝で腕を打って軌道を逸らす。
「やあっ!」
そのまま跳躍し、両足を全開まで広げる脚技でジョン・リッキー二号、三号を攻撃。
ドドッ、という鈍い音が響いて二人のジョン・リッキーが左右に飛んでいく。
倒さないように加減するのも大変だ。
おっと、後ろから魔法攻撃がくるな——
「“
ドパァンッ!!!
後方から敵による空魔法中級“
即座に身体強化を“上の中”に上げ、身体をひねって両手を交差させ正面で受け止める。
「——ッ!!」
強烈な空魔法で身体が弾け飛んでくるくると回り、景色が空の青色と闘技台の灰色に何度も切り替わる。
『あああああっ!? 空魔法中級“
『ジョン・リッキー氏、四位一体の攻撃ですな』
『エリィ嬢このままではコロッセオの強固な壁に激突してしまう!!』
ゴールデン家応援席からは「ぎゃあぁぁあぁぁっ」という絶叫が響く。
激しいアナウンスと叫ぶ会場の悲鳴を聞きながら、身体をひねって空中で体勢を立て直し、コロッセオの壁に両足で着地する。
「やっ!」
そのまま発射台よろしく、ジョン・リッキーに向かって飛び出した。
結構な衝撃だが、ポカじいと身体強化で魔法を受け止める訓練をしていたため全く問題ない。
距離が開いたのも好都合だな。
飛び出しの勢いを殺さないように着地し、その足で走り出す。
『無傷です! エリィ・ゴールデン嬢、無傷ですわッ!!!』
『魔法攻撃を予測していたようですな』
『上位中級魔法の攻撃にも耐えうる身体強化ッ! 相当の使い手ですわよ!』
『彼女が着ているペラペラの洋服が破れないことも驚きですな』
コロッセオ中に歓声が爆発し、ゴールデン家応援席付近からは「ぶちのめせぇぇーーーっ!」という雄叫びがあがった。
てか五割クラリスの声だな。どんだけ声でけえんだよ……。
『エリィ嬢が矢のように前方へ駆けていくぅ! ジョン・リッキー氏、迎え撃つためにまた縦一列の陣形を取ったぁ!!』
魔法の連続使用は全力疾走と似ており、使い過ぎは息が上がる。
分体全員に身体強化。さらに魔力消費の多い空魔法中級を一発使ったジョン・リッキーはまだ呼吸が整っていないはずだ。
ジョン・リッキーが闘杖術の構えで睨んでくる。
『エリィ嬢、果敢にも四人のジョン・リッキー氏へ飛び込もうとするぅ!』
『手に汗握りますな』
『進路は一直線っ!』
呼吸の整わないジョン・リッキー四人組に正面から突撃する。
「“
「“
「“
「“
いやらしくタイミングをズラした火魔法上級の多重攻撃。
ロングスピアのような火の槍がゴオオッと不吉な音を立てて飛んでくる。
身体強化中の右足と左足の魔力循環を片方僅かに弱くし、強引に歩幅を変える十二元素拳の歩行技、“縮脚”で高速移動している身体の軌道を変えた。
『エリィ嬢に“
『いや、ギリギリで避けてますぞっ』
『エリィ嬢がアタックをかけるぅ!』
“
「はあっ!」
バシュン、バシュン!
赤いハイカットスニーカーが“
スニーカーを広告費なしで宣伝するチャンス!
『ダンスのようなエリィ嬢の体術で“
『目が離せませんぞっ』
わっ、と周囲から一気に歓声が湧くと同時に、着地した足に力を入れてジョン・リッキーに迫る。
『エリィ嬢ついに懐に飛び込んだ!』
『ジョン・リッキー氏は魔法から身体強化に移行したようですなっ』
特大のアナウンスが響き、ジョン・リッキー一号から四号までが一斉に顔をしかめて後方へとステップを踏む。
どれが本体かは分からないが、全部に拳打をお見舞いしてやればいいだけの話だ。
ステップをしながら呼吸を整えるジョン・リッキー。
一秒、二秒、三秒、ちょっと待ってあげてから……手前にいた隙だらけの一号に強烈な上段蹴りを食らわせた。
「ぐっ!」
赤いハイカットスニーカーがジョン・リッキーのこめかみを捉え、エリィの美脚が振り抜かれると、一号がダンプカーに激突したような勢いで闘技台を奥へとすっ飛んでいく。
『見た目からは想像できないエリィ嬢の爆裂キックゥッッ!!!』
『あれは痛いですな』
うおおおおおおおおおおおおっ、と湧き上がるコロッセオ。
一号は闘技台から飛び出してバウンドすると、煙のように蒸発した。
あいつも偽者ね。
ジョン・リッキー二号から四号の三人が額に脂汗を浮かべ、一斉に飛び込んできて杖を振り下ろした。そろそろ魔力枯渇か?
蹴りの体勢からすぐ十二元素拳「風の型」へと構えを戻し、杖に触れないように最小限の動きでかわしていく。
右へ左へ、あやしげな杖へ直で触れることをせず、確実にいなして避け、細かいカウンター攻撃も忘れない。
『とてつもなく速い攻防!』
『目で追いきれませんな』
ツインテールがひらりと舞い、拳打が飛んでジョン・リッキーの着ているローブがばさりとはためく。
はい、右。左。いいよ〜もっと攻撃してちょうだいな。
踏み込みが甘いね。運動不足じゃない?
「ピギャジュプウゥゥンッ!」
ギャグみたいな鳴き方で十分経過を伝える時計怪鳥ピギャレスが鳴く。
いきなり鳴くとちょっとびっくりするわ。
残りあと五分、ぼちぼち決めるか!
『エリィ・エリィ・エリィ・ゴールデンッ!』
『エリィ・エリィ・エリィ・ゴールデンッ!』
『エリィ・エリィ・エリィ・ゴールデンッ!』
ゴールデン家応援席からは熱烈なエールが送られ、ガンッ、ガンッ、ガンッ、ガガガンと背もたれの鉄板がリズミカルに叩かれる。リッキー家の集まる応援席からも当主を鼓舞する声が広がっていく。
コロッセオは『エリィ・ゴールデン』コールと『ジョン・リッキー』コールで埋め尽くされ、耳が痛くなるほどの歓声が沸き起こった。
「“ウインドソード”!」
「“ウインドソード”!」
二号がこちらの攻撃を受け止め、三号と四号が身体強化を切って“ウインドソード”を唱えてくる。
「たっ! はっ!」
拳打二発で粉砕する。
気の早いギャンブラーが魔法賭博チケットを投げている姿が目の端に映る。
ジョン・リッキーは魔力が底を付きそうなのか、苦悶の表情を浮かべている。
「死ね小娘ッ!!!」
平行線をたどる攻防に耐えきれなくなったジョン・リッキーが玉の汗を額に浮かべ、三人一斉の杖攻撃を仕掛けてきた。
正面、二号の攻撃は囮——
三号と四号が死角から杖を振り抜いてくる。
「やっ!」
二号の振り下ろしを半身になってかわし、さらに伸びた腕をつかんで引っ張り、相手の身体をなぞるようにしてその場で素早く一回転する。
———!!?
ジョン・リッキー二号が横顔で驚愕の表情を作る。
十二元素拳の投げ技と歩行技の多重利用、“変り身”によって二号と俺の位置が一瞬にして入れ替わり、相手の背中が丸見えになった。
もう時間稼ぎは充分だろ。
「たあああっ!!」
背中丸出し、ジョン・リッキー二号の腰骨付近に右掌打を炸裂させた。
ズム、という鈍い音とともに二号の身体が掻き消え、杖だけが闘技台の上に転がる。
さらに追撃を仕掛けるため一歩足を踏み出すと、ジョン・リッキー三号が捨て身で四号の前に移動する。
四号が本体か?
それならこのまま二人同時にやってやる。
「“エアハンマー”!」
後ろに隠れた本体らしきジョン・リッキー四号が最後の悪あがきで下位上級の風魔法を発射した。
拳打一発で消せる俺には関係が——
「うぐぅ!!!」
味方の背中を撃った?!
ジョン・リッキー本体が三号の背中めがけて“エアハンマー”を唱え、その力でゴリ押しされた三号がつんのめった姿勢のまま滑べるようにこちらに迫ってくる。
ちょっと待て!
思った以上にスピードが乗ってるぞ?!
「はっ!」
十二元素拳歩行技“縮脚”で強引に歩幅と進路を変えてわずかに動線をズラし、三号との正面衝突を避けてそのまま蹴りをお見舞いしようと足を振り上げた。
が、三号は自爆覚悟らしいのか俺の蹴りを避けようとせず、持っていた杖をこっちに投げつけた。
「ッ?!」
さすがに杖を投げてくるとは思わず三号を蹴り飛ばして消滅させると同時に、咄嗟に手で杖を払ってしまった。
転がった杖を見れば、何か禍々しい魔力が揺らいでいるのがぼんやりと確認でき、先端からは無数の棘が飛び出していた。身体強化しているのでダメージは負っていないが……杖の棘に触れてしまった。
「あっ」
途端、足に力が入らなくなった。
なんだ?!
魔力が妨害されている?
うまく魔力が循環できない。
くっそ、油断した。
やっぱ……本気で戦わないのは性に合わないな。
『一瞬のできごと! エリィ嬢なぜか足を止めたぁ!』
『むっ。魔力切れですかな?』
じわじわとイヤな感覚が腕から体内へと潜り込んできて、魔力炉のあるヘソ付近へと迫ってくる。
これ、どうにかしないといかんやつだ。
毒か?
「“再生の光”!」
ベルトに差した杖もどきに触れる仕草をし、白魔法下級を唱えて回復をはかる。
『まばゆい光がエリィ嬢を包み込む!』
『白魔法ですな』
『エリィ嬢がダメージを負うようなシーンはなかったですわよ?!』
『何かあったのでしょうな。でなければあれだけ有利に事を運んでいたエリィ嬢が攻撃をやめるとは思えませんぞ』
悪寒で身体が震える。
立っていられない。
やはりあの杖、ただの杖じゃなかったってことか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます