第228話 魔闘会でショータイム!⑮


 ジュウモンジ家が勝ったってことはサークレット家が二連敗、領地マイナス6個か。ミスリルの件もあるし、グレイフナー中が予想していた通りサークレット家は今回で領地をかなり失うことになりそうだな。


 じっとしていられなくなり、選手控室で準備運動をして、十二元素拳の型を確認していく。


 まずは風の型。

 両手を手刀の形にし、右手を目の高さに合わせて左手を胸の前で構える。

 コンパクトな振りで右拳打、肘打ちなどをゆったりした動作で繰り返し、水の型へと繋げていく。水の型は防御に適しているので、風の型に織り交ぜていくことで効果を発揮する型だ。


 次は火の型。

 腰を深く落として右手を鉤爪の形にし、左手は握って腰だめにする。一撃一撃を確かめるようにしながら低い体勢で力強く拳を打ち込んでいく。洪家拳に似ているが、足技もかなり強力であり、決め技がいくつか存在する。

 相手の防護服を引き裂く、土の型へ繋げていく流れが今回の戦いではベストであろう。


 洋服に関しても大丈夫そうだな。デニムショーパンは生足のため下半身の動きを阻害されず、オーバーサイズロングTシャツもジョーと何度かやり取りして快適に動けるよう作り直しているので、十二元素拳を使うことにまったく問題はない。


「コンディションは抜群ね」


 忙しかったわりに体調がすこぶる良い。

 今なら身体強化“上の中”で一分は動けそうだ。


 理想は試合開始と同時に距離を詰め、猛ラッシュをかけて近接戦に持っていく身体強化メインのインファイト戦法だ。


 修業を長く続けて分かったのは、エリィは落雷魔法を除く才能のほとんどを光魔法と白魔法に使っていることだ。風魔法の上位である空魔法はどうにか習得してある程度使えるようになっているものの、それ以外の攻撃魔法を覚えていない。


 落雷魔法以外の攻撃魔法が極端に少ないんだよなぁ……。

 使えそうなのは風魔法中級“ウインドカッター”。

 上級“ウインドストーム”“ウインドソード”あと、“エアハンマー”だな。水魔法は操作が難しいからダメで、土魔法で得意な“サンドウォール”は防御って感じだし攻撃には使えない。あとは上位・空魔法の“空弾エアバレット”と“空圧エアプレス”の二つだ。


 緊急事態以外では落雷魔法を使わないと決めているので、近接戦こそ魔闘会で取るべき戦闘スタイルだな。


 風魔法、空魔法で牽制しつつ、身体強化と十二元素拳で距離をつめて戦うって感じか。


「あとは時間稼ぎね」


 頭の中で作戦を組み立て、型の確認をしているとあっという間に時間が過ぎてしまう。


 第3試合【ササル・ササイランサ対カリオ・ウェーメン】が始まった。


 会場からは強烈な歓声が響き、地下にある選手控室の壁が少し揺れるほどの振動が起きていた。


 今頃、『カリカリ梅』の顔が判明し、サウザンド家でモンタージュ照合が行われている。クラリスが報告に来ないところを見ると、万事うまく行っているのだろう。


 グレンフィディックのじいさんが突入部隊に加わると息巻いていたので、案外早く裏取引場所の現場を摘発できるかもな。


 クラリスが作った“対戦家リスト・対策ノート”に記載されているジョン・リッキーの資料を頭に入れ、時間稼ぎの対策を考えたところで大歓声が会場から聞こえた。


『ノックアウトォォォォッ! 勝者、ササルルルルルッ・ササイラァンサーーーーーーッ!!!』


 巻き舌コールが響き、リッキー家の敗北を知らせた。


 ふふっ、これでリッキー家は領地マイナス10個か。

 因縁があるササイランサ家は今頃、観客席で狂喜乱舞の大騒ぎをしているだろう。さすがササイランサ家当主のササラ・ササイランサだ。


 コンコン、と控室の扉がノックされた。


「エリィ・ゴールデン嬢、準備はよろしいでしょうか」


 扉の外からシールド団員が声をかけてきた。

 靴紐がしっかり結んであることを確認し、杖もどきがベルトにささっているのを目視して、「はい、いつでも行けますわ」と答えてドアを開けた。


「………では、コロッセオの選手入場口までご案内致します」


 団員がエリィの生足を見て固まったがすぐに正気に戻って慇懃に一礼してきたので、レディの返礼をして歩き出した彼の後ろ姿を追う。


 選手通路は紫色の魔法陣が延々と描かれ独特の緊張感をはらんでおり、これから戦うんだな、と漠然とした高揚感を覚えた。


 高さ五メートルはある重厚な鉄格子の前にたどり着いた。

 その両脇には戦槌を持った真っ白いマントを着た門番がおり、エリィの美貌と生足に見惚れて戦槌を取り落としそうになったあと、すぐさま正気に戻って団員同様、静かに一礼した。


 鉄格子のあいだからは大きな闘技台と観客席が見える。

 ドクドクとエリィの心臓の鼓動が聞こえてくる。


『レディィィィス&ジェントルメェェェン! 魔闘会一日目、最終試合ッ! 魔闘会初の両家“倍返し・領地10個賭け”の超注目のカードォ! リッキー家対ゴールデン家の戦いが間もなく開始いたしますわっ!!!』


 ほどなくして実況者のレイニー・ハートの盛大な煽りが入った。


 うおおおおおおおおっ、という地鳴りのような歓声が響き渡る。


『勝ったほうが領地プラス30個! こんな試合、あとにも先にもお目にかかれなくってよ!』

『記憶している限りでは二十九年前、サウザンド家とバルドバット家が互いに倍返しを行っておりますな。そのときは互いに5個賭けでしたがね』

『またもイーサン・ワールド氏が口を開きましたわ!』

『ゴールデン家は大丈夫なのでしょうかね。首都で有名な美人姉妹の末っ子が出場とは……。グレイフナー魔法学校四年生で光適性クラスと手元の資料には書かれておりますが、どれほどの使い手なのか甚だ疑問ですな』

『エリィ・ゴールデン嬢は大人気ファッション雑誌Eimyのモデルでもありますわよ!』

『ほほう、午前中の試合で軽快な鞭さばきを見せたアリアナ・グランティーノ嬢と同じですな』

『言われてみればそうですわね! どんな試合を見せてくれるのか、わたくしワクワクで心臓が張り裂けそうですわ!』

『対するジョン・リッキー氏は魔闘会戦歴、15勝6敗と好成績ですぞ』

『おっと! ここでようやく入場の時間だ!』


 実況と解説者のやり取りで会場が否応なく熱気に包まれ、ざわつきが収まった。

 ピリピリとした緊張と興奮が空気に乗ってこちらに伝播してくる。


 鉄格子の両脇にいる門番の一人が杖を引き抜き、何か魔法を唱えると、ギギギギギッと猛獣の唸り声のような音を立てて鉄格子が開いた。


『それでは選手の登場でございますわっ! 戦いの神パリオポテスコーナーよりぃぃぃッ、リッキー家当主ぅ、ジョンーーーーッ・リッキーーーーーーーーーーーーッ!!!』


 とてつもない大歓声と鉄板を叩く音が響き渡る。

 オレンジ色の髪をしたボブの親父が対面の鉄格子から姿を現し、ゆっくりと闘技台へ登った。


『契りの神ディアゴイスコーナーよりィィィィッ、ゴールデン家四女ぉ! エリィィィィィッ・ゴーーーーーーーーールデンッッ!!!!!』


 門番二人と護衛のシールド団員に礼をし、コロッセオ闘技場へと足を踏み入れた。硬い地面を歩き、中央の闘技台を目指して歩く。


 会場は俺が姿を見せると沈黙し、すぐに実況のレイニー・ハートがその静寂を破った。


『なああああぁぁぁぁんんと! 現れたのは雑誌で見るより遥かに可憐なご令嬢っ! しかも超刺激的な洋服に身を包んでいるぅぅぅ!』


 瞬時に「ぎゃーー!」とか「うおおおおお」という声で実況がかき消された。


 ゴールデン家が陣取る応援席を見上げると、『ぶちのめせエリィお嬢様!!!』と書かれた横断幕が飾られており、使用人達が必死に叫びながら『エリィお嬢様最強!』『孤高のプリティガール!』と書かれた特大ボードを数人がかりで掲げている。


 クラリスとバリーは早くも号泣して最前列の手すりから乗り出し、頭をぶんぶんと上下に振っている。

 獅子舞っ?! 獅子舞のごとく荒ぶってるな!?


 その脇ではエイミーが『エリィがんばれ! エリィがんばれ!』というド派手な応援旗を身体強化でばっさばっさと振り回していた。あまりに必死なので、エイミー目当てで近づいた観客を吹っ飛ばしていることにも気づいていない。無意識なのかゴールデン家の面々に応援旗を当てていないところがすごいぞ……。


 父ハワード、母アメリア、エドウィーナ、エリザベスが心配と期待をないまぜにした表情で見つめている。

 怪我しないようにしねえとな。


 応援団の後ろにはコバシガワ商会の面々約六十人、ミラーズの社員ら数十名が勢揃いしており、ジョー、ミサ、ウサックス指揮のもと、エリザベスお手製の手旗を皆で振っていた。


 アリアナが熱っぽい視線で俺を見つめている。


 オーケー盛り上がってきたぜ!

 悪くない。こういうのかなり好きだぞ。


 歩きながらゴールデン家応援席へ向かってエリィスマイルを送った。

 その様子が特大モニターに映し出されていたのか、さらに周囲の歓声が大きくなる。


 闘技台へ上がってジョン・リッキーと対峙すると、向こうが忌々しげに顔を歪めた。


 蛇のように鋭い目と病的に青白い顔をしている不気味な男だ。

 この親にしてあの子あり、と思わせるには充分な容姿と雰囲気をしており、彼らが後ろ暗い行為で金を稼いでいることが何となく臭ってくる。都内のクラブやバーにもこういった裏稼業に繋がっている連中がおり、そいつらと同じようなどことなく胡散臭い空気をジョン・リッキーは持っていた。


「貴様がゴールデン家の小娘か……。うちの息子が世話になったようだな」

「ごきげんよう。息子さんはお元気かしら?」

「ふん………学生の分際で魔闘会に出場したことを後悔するがいい」


 ジョン・リッキーはローブの内ポケットから長さ五十センチの杖を右手で取り出し、腰を落として左手を杖の切っ先に添えた。

 この構えは杖を得物として利用する“闘杖術”のごく一般的なスタイルだな。


 魔力を練っているところからすると、開始してすぐに魔法を唱えるつもりらしい。


「あら。自慢の息子さん、ボブ君はお元気ではないみたいですね」


 対するこちらは杖もどきを抜かず、十二元素拳“風の型”の構えを取った。

 戦い慣れているらしいジョン・リッキーが見たことのない構えに眉をひそめ、警戒の色を示した。


『エリィ・ゴールデン嬢! 何やら不可思議な構えを取っておりますわっ!』

『ジョン・リッキー氏の構えは闘杖術グレゴリウス流ですな。エリィ・ゴールデン嬢の構えは……正直、私にも検討がつきません。初めて見ます。杖を抜いていないところから見るに体術かと思いますが……』

『体術と言えば、“ストロングスタイル”やセラー神国の“セラー拳闘術”、“シールド護身術”などが有名ですけれど、そのどれにも当てはまらないのかしら?』

『そうですな。“シールド護身術”は杖を失った際の補助的な体術。最初から体術の構えを取るとなれば、“ストロングスタイル”と“セラー拳闘術”。あとはごく少数派ではありますが、パンタ王国の“腕相撲格闘術”が挙げられますな』


 二人の解説が会場中に響き、コロッセオにはどよめきが起きる。


 いいぞいいぞ、もっとやれ。ジョン・リッキーを疑心暗鬼にさせろ。精神的優位に立ったほうが戦いには勝つ。これはビジネスも同じだ。


「おまえごとき小娘が策を巡らせたところで私の勝ちは揺るがん。領地30個はもらうぞ」

「どうかしらね」

「抜かせ。子どものお遊びなどすぐに——」


 審判が「私語は厳禁だ」と注意をうながしてきたため、ボブの親父は口をつぐんだ。


『両者、睨み合っているー! エリィ・ゴールデン嬢は優しい顔のため全然怖くないぃぃぃっ!』

『しかし彼女の魔力はかなりのものですぞ』

『さあ、時間いっぱいですわ!』


 実況が場を盛り上げて会場がさらにヒートアップしたところで、審判が両手を上げて一気に振り下ろした。


 ゴォォンという試合開始の銅鑼の音が鳴り響いた。


 大歓声を背に感じながら全身を身体強化させて一気に前へ飛び出すと、ジョン・リッキーが杖を振って魔法を発動させた。

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