第227話 魔闘会でショータイム!⑭


 対戦が終わってアリアナが狐耳をぴくぴくと動かしながら、選手専用の特別通路から階段を上がってこちらにやってきた。


「アリアナちゃーーん!」「こっち向いて〜!」「可愛いっス!」「まじ抱きしめたい」「生きる活力ぅぅ!」「どうしたらあんな可愛くなれますのっ?!」「んあああっ!」「ビュゥティフォウ!!」


 周囲の観客からは惜しみない拍手と悲鳴が送られ、新しいもの好きのレディ達はライダースジャケットを買いにミラーズへと走り出し、ギャンブル狂い達はアリアナを真剣な目で見つめながら対戦表に羽ペンで何やら書き込んでいる。


「おつかれさま」

「ん…余裕」


 アリアナは嬉しそうに尻尾を左右にゆらりと振り、隣の席にちょこんと腰を下ろした。

 彼女の弟妹達が集まってきてアリアナに抱きつくので、彼女は優しげな目で一人ずつ頭と狐耳をなでていき、長いまつげをこちらへ向けた。


「領地1個ゲットした…」

「おめでとう。グランティーノ家再興への第一歩ね」

「うん。全部エリィのおかげ…」

「そんなことないわ。アリアナが頑張って魔法の修業をしたからよ」

「ううん…、エリィがいなかったら私は今の私になっていなかった」

「そうなの?」

「そうなの」


 彼女は真剣な顔で何度も瞳を瞬かせて、こちらをじっと見つめてくる。

 この目で見られると弱いんだよなぁ。

 ま、アリアナがそう言うなら、全部じゃないにしろ俺とエリィのおかげってことにしておくか。


「そう言ってもらえるなら友達として嬉しいわ」

「ん…」


 うなずいて、少し恥ずかしそうに下唇を噛んじゃうアリアナさんね。

 最近どうも可愛すぎる。いかんなこれは。


 アリアナと話しているとゴールデン家の面々も集まってきて、彼女を胴上げしかねない勢いでねぎらい、ウサックスサインを交換していく。


 エイミーの嬉しそうな顔といったらなかった。

 癒やし効果抜群すぎて、是非とも残業帰りで疲れきったリーマン達に見せてやりたい。田中とか大喜びするだろうな。……あいつ、元気かな。


 やがて第5試合が始まり、全員の視線が闘技台へと向いた。




     ◯




 昼食を挟み、試合が消化されていく。

 領地数1〜99個貴族の対戦が終わると楽器隊による華麗な演奏ショーが行われ、続いて各国より有名な役者が集まって寸劇が披露された。崩れた闘技台の準備や移動のための休憩時間ではあるが、楽器隊や役者を目的に来ている観客もいるのかずっと盛り上がった空気のままで、一度も弛緩していない。


「お嬢様。ご報告でございます」


 寸劇が終わってエリィの綺麗な手で惜しみない拍手を送っていると、クラリスが忍者のごとく近づいてきて俺の耳に顔を寄せた。


「準備完了でございます。予定通り、リッキー家の闇取引場所の候補地に集結しているとのことです」

「ご苦労様。ササイランサ家対リッキー家の戦いが始まったら、即座にモンタージュの照合ね」

「さようでございます」


 クラリスが神妙にうなずいたので、出場者の書かれた一騎討ち対戦表へ目を落とした。領地100個以上の貴族一騎討ちは早朝に対戦家が公表されるが、選手名までは発表されない。


 発表のタイミングは休憩ショーの前と決まっている。


 直前まで選手名が明かされないことは魔闘会賭博で勝利者を当てる難しい理由になっており、ショータイムが終わったコロッセオは対戦者名を目にしてギャンブル予想で大いに盛り上がっていた。


 ちなみに、対戦表をもらったあと休憩ショーをしっかり見るのが魔闘会を楽しむマナーとして浸透しているため、対戦表を手にしてすぐに騒ぎ出すことは誰もしなかった。


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領地数100個以上対戦表

一日目

『一騎討ち/指名戦・1』

 ※親が左、子が右。括弧内が賭けた領地数


第1試合

【ストライク家 →(3) サークレット家】

 ラッキー・ストライク × ヴァイオレット・サークレット


第2試合

【ジュウモンジ家 →(3) サークレット家】

 ヤズル・ジュウモンジ × イエロー・サークレット


第3試合

【ササイランサ家 →(倍返し10) リッキー家】

 ササル・ササイランサ × カリオ・ウェーメン


第4試合

【リッキー家 →(倍返し10)←ゴールデン家】

 ジョン・リッキー × エリィ・ゴールデン

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 第1試合、スカーレットの姉ちゃんであるヴァイオレットが出場することも驚きだが、第3試合でカリカリ梅が登場し、そして第4試合でリッキー家当主ジョン・リッキーが現れることにもびっくりしている。


 リッキー家は俺にこてんぱんのヘロヘロにされたいらしいな。


 そして何より、カリカリ梅の出場でついに奴の顔面が白昼のもとに晒されるため、サウザンド家とコバシガワ商会は裏取引の検挙準備をすでに開始している。


「リッキー家の裏取引場所は二十五ヶ所から七ヶ所まで絞っているのよね? 戦力は七分割しているのかしら」

「『焼肉レバニラ』が頻繁に出入りしていた四つの施設へ重点的に戦闘力と諜報力が高い人間を配置しております。また、諜報部が本日魔薬バラライの取引が行われるという情報を入手いたしました。よって、第3試合でカリカリ梅の面が割れ次第、取引現場を押さえようと思います」

「一気にいくのね。そういうの好きよ」


 本日をもってリッキー家がポシャる可能性大だな。


「そこで、突入部隊の指揮を取っておられるジャック殿とグレンフィディック様から伝言を預かっております」

「あら、何かしら?」

「お嬢様とリッキー家の対戦をできるだけ長引かせてほしい、とのことです」

「ああ……そういうことね」


 カリカリ梅とササイランサ当主の試合中にモンタージュの照合を行い、裏取引場所を割り出して人員の配置換えをし、その後に突入する。そのため、リッキー家当主がなるべく長く戦ってくれたほうが、向こうの対応が遅れるため成功率が上がる、という考えだろう。


「もちろんいいわよ。でもノックアウトは絶対にさせるから、制限時間少し前ぐらいに試合を終わらせるわね」

「ノックアウトは必須でございます。ええ。それはもう間違いなく。けちょんけちょんにしてください」

「分かってるわ。……クラリス、今日までご苦労様。あとはジャックとグレンフィディック様がうまくやってくれるでしょう」

「はい。わたくし、お嬢様の試合を見れなかったら熱で一年は寝込む自信がございました。この作戦がわたくしの手を離れてくれ、望外の喜びでございます」

「うふふ、良かったわね」


 エリィスマイルをクラリスに向けると、彼女は嬉し涙を流してハンカチで目元を覆った。

 試合を見れなかったら文句を一年間グレンフィディックに言ったんだろうなぁと思い、つい苦笑してしまう。


 クラリスは泣き止むとポケットにハンカチをしまって顔を上げた。

 その顔には真剣さが含まれていたので、こちらも気を再度引き締め直した。


「加えて伝言でございます。ジャック殿が、先日入国したセラー神国の者がガブル家に出入りしている情報を得ており、両者に関連性が見出だせないためひどく怪しげだ、とおっしゃっております。リッキー家滅亡への倍返し作戦が終わりましたら全面調査にあたるそうでございます」

「嫌な予感……セラー神国絡みなのね?」


 あの国は得体が知れない。

 サークレット家の貯蓄していたミスリル強盗はセラー神国が主犯だとされている。グレイフナー王国の諜報力は相当なものだとジャックが言っていたが、もし犯行がセラー神国主導であるなら完全に出し抜かれていないか?


 しかも魔闘会の観戦とかこつけて、セラー神国は親善大使を送ってくるふてぶてしいまでの態度を見せている。魔闘会の四日目、五日目を堂々と観戦するつもりらしい。


 自分達が犯人ではないと主張するにはいささか面の皮が厚すぎる。

 国の代表である教皇自らが来国するのであれば多少嫌疑がやわらぐであろうが、親善大使は向こうの国で国政を担う司祭という役職の者がほとんどで、教皇の血縁者は数名という話だ。


 そんな顔ぶれで来るなら自粛したほうがまだマシだろ。


 まぁ……怒りそうなグレイフナー国王がなぜか沈黙しているんだけどな。

 そこに関しても違和感が半端ではない。


 俺には分からない高度な政治戦略が繰り広げられており、水面下ですでに戦いが起きていてもおかしくはないぞ。


 グレイフナー王国はユキムラ・セキノが立案に参加した憲法に『領土戦争をするなかれ』とあるものの、国の資源を盗られて黙っているお気楽な国ではなく喧嘩をふっかけられたら徹底抗戦に打って出る国柄だ。むしろ殴り合い上等の国風だ。


「ともあれ、まずはリッキー家の者どもでございます」


 クラリスは完璧なメイドの一礼をし、両目を大きく開いて拳を突き上げた。


「な、なに?」


 何事かと思い、コロッセオの鉄板製背もたれに背中をくっつけて彼女から離れ、ついでに隣でおにぎりをもりもり食べているアリアナの手を握った。


 横目で俺とクラリスの話をずっと聞いていたアリアナはほっぺたに米粒をつけたまま、オバハンメイドを見て何度かまばたきをした。


「ああああっ! 他の試合などどうでもいいから早くお嬢様の試合をっ! 試合をおぉぉおおっ!!」


 真剣モードから一気にテンションをあげないでくれ。

 回りの使用人軍団も同意して叫ばないでくれ。


「エリィ、クラリスが興奮したね…」

「しばらく放っておきましょう」

「そだね…」


 俺とアリアナはそそくさと席を立ち、ゴールデン家三姉妹が話している前列の席へと移動した。




    ◯




 貴賓席に王族やお偉方が現れた。

 国王がグレイフナー王国の反映を宣言するとコロッセオは大いに湧き、第1試合のラッキー・ストライク対ヴァイオレット・サークレットは空前の盛り上がりを見せた。


 喫煙者が好きそうな名前のストライク家当主と縦巻きドリルのヴァイオレットはかなりいい試合をし、判定までもつれ込んだ。


 ラッキー・ストライクは冒険者協会定期試験777点。

 ヴァイオレットは758点。


 ラッキー・ストライクは空魔法派生“幸運の呼ぶ魔法ラッキーマジカル”というオリジナル魔法で有名な人物らしく、大した魔法は使わないくせにやたらと強かった。

 このオリジナル魔法はとにかく運が良くなるというもので、使用者のご都合主義になる。攻略法は、ラッキーでは抵抗できない圧倒的な魔法でねじ伏せるか、彼よりラッキーになるしかない。


 このように各家はオリジナル魔法を有していることが多く、詠唱呪文を門外不出にしており、秘術として独占している。ストライク家の“幸運の呼ぶ魔法ラッキーマジカル”もその一つだ。


 詠唱呪文を知るか魔法陣をそっくりそのまま記憶すればオリジナル魔法を盗むこともできるが、無詠唱か略式詠唱で唱え、魔法陣を消せば第三者は知ることができない。


 そんなこんなで、度々起こる都合の良いラッキーにヴァイオレットは焦り、もてる魔力のほとんどを使い切って制限時間十五分が経った頃には魔力枯渇で顔面を蒼白にした。


 結果はヴァイオレットの判定負け。


 ヴァイオレットは悔しそうに去っていったが、会場からは惜しみない拍手が送られた。

 根性と負けん気が強い。妹のスカーレットと全然違う。

 俺からも拍手を送っておいた。


 その試合を見届けたあと、観客席から立ち上がって選手控室へと続く階段を下りる。

 俺が「選手控室に移動するわ」と言った瞬間のゴールデン家といったら……もう全員目が血走った視線で駆け寄ってきてまじで怖かった。


 集中したかったのでクラリスの付き添いも断り、一人でゴールデン家専用の選手控室に入った。


 室内はひんやりとしていた。

 十畳ほどの部屋は隣からの攻撃を防ぐために魔力妨害の特別な壁てできており、ぼんやりと魔法陣が光っている。部屋の入り口はシールド団員が一名警護にあたってくれていた。


「着替えましょ」


 何となく独り言をつぶやいて、ハンガーにかけられている“ミラーズ特別戦闘服モデル”の上着を手に取った。

 そういえば、一人で着替えるのは久々かもしれない。

 いつも近くにはクラリスがいて、彼女がいないときは他のメイドやアリアナが手伝ってくれるからなぁ。


 トップスは『白いオーバーサイズロングTシャツ』

 ゴールデッシュ・ヘアで生地が作られており、下位中級魔法を七発、下位上級を二発防御してくれる高性能な一品。試作段階のため、特別価格30万ロン。高え。ゴールディッシュ・ヘアの加工技術が高まれば量産できるし値段を下げれるんだけどな。ミラーズではまだ販売はなく、先払いの予約のみ承っている。


 エリィが着ると……白Tシャツに金髪のツインテールがふんわり乗ってめっさ可愛い。やばい。


 ボトムスは『デニムショートパンツ』

 これはもう趣味と言えるぐらいエリィの着る服の中でお気に入りだ。デニム生地の防御力はいわずもがな、ゴールディッシュ・ヘアほどではないものの下位中級魔法を三発ほど防御してくれる。エリィの生足、最高。

 希望小売価格5万8000ロン。輸送費と加工費が高いのでこれでも割りと譲歩しているほうだ。ミラーズで絶賛販売中であり、雑誌に掲載しているので在庫は品薄。このあとの魔闘会で戦闘服として俺が穿けば、瞬く間に完売だろう。


 靴は『異世界初のスニーカー』

 パンジーが知り合いになった靴屋のおっさんに作ってもらった念願のローテクスニーカー! やっとお披露目だ。

 デザインは赤のハイカット。紐で結ぶ仕様になっており、靴底には女性物のパンツに使われていたゴムっぽい素材を使っている。かなり頑丈で、エリィが身体強化して誰かに蹴りを入れても壊れない。

 靴のサイドには星マークではなく、グレイフナー王国民に馴染み深い六芒星をデフォルメしたマークを入れている。


 ちなみに靴下は白にしており、ワンポイントの六芒星マークを入れておいた。

 ゆくゆくはデフォルメ六芒星マークのブランドを立ち上げるため、その布石になっている。ふふふ……儲かる未来予想図しか浮かばないぜ。


 Tシャツは当然デニムにinして、アクセントになる黒ベルトに杖もどきを差している。アリアナと違い、杖で魔法を唱える“ふり”をかなり練習してきた。ポカじいからは実戦に耐えうると言われているので、バレるまでは魔法を唱える際に杖もどきを使おうと思っている。


 着替えてしっかり靴紐を結び、ツインテールに乱れがないか据え置きの姿見で確認した。


 金髪ツインテールのカジュアル垂れ目ガールが鏡に映っている。

 白いTシャツに金髪がのってアクセントになり、デニムのショーパンからは美しいエリィの足が伸びていた。靴は赤いローテクスニーカー。シンプルな組み合わせだけに、エリィのスタイルと可憐さが引き立っていた。


 最後の仕上げにエリィの瞳と同じ、魔力結晶でできたブルーのペンダントを首から下げ、恋慕の神ベビールビルの絵姿が小さく彫られた銀色ブレスレットを装着した。


 ペンダントは六芒星の形で、真ん中に魔力結晶をはめ込んでいる。

 ブレスレットはさりげないワンポイントだ。


 こ、これは…………。


「めちゃくちゃ可愛いわね……」


 この格好で渋谷歩いたら一万人ぐらいにナンパされるぞ?!

 写メ勝手に撮られて「ゲロ可愛いパツキン美少女発見なう」とかSNSにアップされるぞ?!

 大丈夫かエリィ!! 行くときは俺と一緒に行くんだぞ?!


 ……とまあ冗談はさておき、カジュアル系も余裕で似合うから美少女はズルい。

 今日はこの服で決定だな。

 他のジャンルも準備しているので、それらは別日で使う計画だ。


 鏡の前でうんうんとうなずいていると、会場の方向から「わあああっ」という歓声がわずかに聞こえてきた。


『ノックアウトォォォッ! 勝者ぁ、ヤズゥゥゥル・ジュウモンーーーーーージィィィィッ!!!!』


 選手控室からでもアナウンスの声がうっすら聞こえるため、例の巻き舌コールが勝者を告げてくれた。

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