第230話 魔闘会でショータイム!⑰


『おおっとエリィ嬢、膝をついた!』

『ジョン・リッキー氏は急いで呼吸を整えておりますな。あの様子だともう魔力は残っておらんでしょう』

『エリィ嬢、何かの策にはまってしまったのか?!』


 会場がどよめき、ゴールデン家応援席からは、エリィコールが消え、「立て〜! 立つんだエリィィィィッ!!!」という悲鳴に近い怒涛のエールが送られる。


 悪寒はヘソ下の魔力炉まで到達していないので魔力はまだ練れる。


 これ……呪いの魔道具だな。

 ポカじいと解呪の訓練をしたときの感覚と似ている。


『なるほど。仕込み杖の可能性が高いですぞ。ジョン・リッキー氏の持っていた杖に何らかの毒が仕込んであったと考えると、エリィ嬢のダメージも理解できますな』

『立ち上がれるのかエリィ嬢ッ。ゴールデン家応援席からは希望と絶望が合わさった叫びが響いている!』


 本体のみになったジョン・リッキーがゆっくりと近づいてくる。

 ふらついている様子を見ると、魔力が尽きる一歩手前といったところだろう。


「“ウインド”」


 ジョン・リッキーは愉悦に満ちた表情で魔法を唱え、闘技台に散らばった杖を“ウインド”で手元に運んだ。


「残念だったな、小娘。おまえの触れた杖は俺のコレクションの中で一番の“ハズレ”だ」

「……ハズレ?」

「グレイフナーでも入困難な呪杖シリーズ。その内のNo.5『イパネマ婦人・魔力妨害の呪い』。ボタンを押すと棘が飛び出し、触れた魔法使いに呪いをプレゼントする素晴らしい杖だ」


 ジョン・リッキーが青い顔で杖の横についている小さな突起を押すと、棘が先端から現れた。


「ああ〜残念だったな〜小娘ぇ〜〜っ」


 息子のボブと同じような他人を小馬鹿にしたような顔を作り、気味悪く笑って自慢げに五本の杖を見せびらかすジョン・リッキー。

 完全に自分の収集物を見せたがるコレクターの顔だ。


『ジョン・リッキー氏、余裕の表情でエリィ嬢に歩み寄る!』

『エリィ嬢、このままでは負けますな』


 観客席からは「立てぇぇ、エリィ・ゴールデン!」とか「おれの金貨がかかってるーっ!」など多種多様な声が響き、騒然とした雰囲気になった。


「おまえにたまたま魔法の才能が備わっており、魔法の訓練を死ぬ気でしていれば“浄化魔法”を使えたかもなぁぁぁ………千億分の一ぐらいの確率で………なぁ〜?」


 ジョン・リッキーがいやらしく口元をゆがめ、杖をローブのポケットへしまい、一本だけ手に持った。


「制限時間はあと一分少々。種明かしも終わったところで楽にしてやろう」


 わざとらしくバッとローブをはね上げ、ジョン・リッキーが杖をこちらに向ける。


「領地30個は俺のものだ」


 狡猾にニヤリと笑い、ジョン・リッキーは魔力を循環させる。

 トドメをすぐ刺さずに言葉で相手を痛めつけようとする手口は実にボブの父親らしかった。


 いやいや、残念なのはおまえのほうだよ。

 状態異変を“呪い”だってなんで教えちゃうわけ?

 黙って攻撃魔法使うだろ普通は。虚栄心が強すぎるぞ。


「黒き道を白き道標に変え、汝ついにかの安住の地を見つけたり……」


 目を閉じて魔力妨害に負けないよう魔力を循環させる。

 このまま身体強化してワンパンで終わらせてもいいが、他に被害者が出ないよう呪杖シリーズとやらを俺とエリィで解呪してやろう。


『エリィ嬢が……魔法を詠唱しておりますわ!!!』

『このタイミングで詠唱ですと……?』

『そんな余力が?!』

『何の魔法を唱えているのかアナウンス席からは聞こえませんな』


「ガキの遊びか」


 ジョン・リッキーが吐き捨てるように言ってくる。

 向こうは魔力が少なく、循環に手間取っているらしい。


「愛しき我が子に聖なる祝福と脈尽く命の熱き鼓動を与えたまえ………“純潔なる聖光ピュアリーホーリー”!」


 浄化魔法特有のド派手な魔法陣が闘技台に展開された。

 月の雫のような美しい光が俺の全身を包み込むと、銀色の星屑が踊るように跳ねて身体へと染み込んでいく。


 予想はしてたが十二元素拳でこれだけエリィが目立ったからな。

 “純潔なる聖光ピュアリーホーリー”を隠していてもエリィが注目されてしまうのは目に見えている。それならいっそこの場で披露して、貴族間の交渉材料として積極的に使わせてもらうとしよう。


 お披露目の場所を提供してくれてありがとう、ジョン・リッキー。


『エリィ嬢が魔法を行使! 美麗な魔法陣が闘技台に広がっているぅぅ?!』

『なんと?!』

『な、な、なんてことですの?! この魔法は……!』

『ま、まさか……!』


『『浄化魔法!!!!?』』


『『しかも中級ッッ?!!』』


 実況席二人の声が重なると会場がしんと静まり返り、息を飲むような吐息が各所から漏れた。


「な……バカな………い、今すぐ魔法を止めろ!」


 ジョン・リッキーが慌てふためいて杖をバタバタと振りかぶる。


 “純潔なる聖光ピュアリーホーリー”の星屑が銀色に煌めきつつ、まず近くにあったNo.5『イパネマ婦人・魔力妨害の呪い』とやらに降り注ぎ、コーヒーに入れてかき混ぜた角砂糖みたいにじわじわ消滅させていく。


「その魔法をやめろぉぉぉおぉっ!」


 怒りと焦燥からかジョン・リッキーが急いで杖を振り下ろす。


 しかし、ジョン・リッキーの持っている杖にも“純潔なる聖光ピュアリーホーリー”の星屑が降り注ぎ、魔法が発動する前に先端からボロボロと崩れ落ちた。


「ぐああああっ! コレクションNo.1『メルル乙女・魔力循環の呪い』がぁぁっ!!」


 宝物を奪われたような悲痛な顔でジョン・リッキーがボロボロと崩れていく杖を見て悲鳴を上げる。


 さらに、奴のポケットにも銀色のまばゆい星屑が集まっていく。

 ジョン・リッキーは気づいたのかすぐさまポケットに右手を突っ込んでまさぐると、崩れかけた三本の杖を取り出して絶叫した。


「No.2『ワルツ店主・悪酔いの呪い』、No.3『シリアル夫妻・絶叫の呪い』、No.4『ポイン先輩・麻痺の呪い』がぜんぶぅっ!!!」


 細い目をかっ開いて、崩れ落ちていく杖を見てわなわなと震え、頭を掻きむしるジョン・リッキー。

 名前を叫ぶな、名前を。アホ丸出しだぞ。


 やがて完全に消えた五本の杖から呪いの怨霊らしき幽体が現れ、各々『ありがとう』『み、水くれる?』『お尻ピチィィィッ!!』『しびれるぅ』『よかったよかった』と捨てゼリフを残して成仏していった……。


 って、No.3『シリアル夫妻・絶叫の呪い』って絶対にお尻ピチィの呪いだよな?!


 あれに当たらなくてよかったぞ!

 本気で!

 あっぶね! あっぶね!


 “純潔なる聖光ピュアリーホーリー”を止めると、地面に展開された魔法陣が小さくなって消える。


『なんんんと、ジョン・リッキー氏が持っていたのは入手困難と言われているレアアイテム、呪いの杖でしたわ!!』

『だからエリィ嬢は触れないよう戦っていたんですな』

『一本一億ロンとも言われている杖を失い茫然自失のジョン・リッキー氏!』

『氏の強さは魔力操作だけでなく杖にもあったんですな』

『対するエリィ嬢はまだまだ魔力がありそうな顔をしているぞぉぉっ』

『風魔法の連射、身体強化、白魔法二回、浄化魔法中級。これだけ使ってまだ余裕があるとは凄まじい魔力保有量ですな』


 ゆっくり立ち上がって魔力を回し、身体に異変がないか素早く確認する。

 よし、ちゃんと解呪されているな。


「こむすめぇ……こむすめぇ……こむすめぇ……こむすめぇ……!」


 え、おむすび?

 ジョン・リッキーさん、怒りのあまり小娘しか言ってないぞ。

 呪いの杖を浄化しちゃったのはちょっと悪いかなーとも思うけど、これ、真剣な戦いだから仕方ないよな。うん。


 そんでもって息子のボブとしっかり親子のコミュニケーションを取っていれば、俺が浄化魔法の使い手だって分かったのにな。白魔法師協会の実習で浄化魔法を披露しているわけだし、いかにジョン・リッキーとボブ郎が会話をしていないかが浮き彫りになったな。


 ま、今となってはどうでもいい話か。

 結果、ボブ郎は炭坑送りだし。


「許さんっ!!!!!」


 ジョン・リッキーがごく普通っぽいスペアの杖を取り出し、「“火槍ファイアランス!」と唱えるが、魔力の消耗しすぎで発動しない。


「っ……?!」


『ジョン・リッキー氏、魔力切れだぁあああぁぁっ!!!』

『形勢逆転ですな』

『エリィ嬢、ツインテールを右手ではね上げ、独特のポーズを取ったぞ!』

『本当にこの体術は興味深いですな』

『腰を落として左手を前にし、右手を腰に当てている! カッコいい! カッコいいですわよッ!!』

『マネしたいですな。一刻も早く』


 俺の勝利を確信したコロッセオからは今日一番の大歓声が巻き起こり、ゴールデン家応援席からは「グレイフナーに舞い降りし女神! その名もエリィ・ゴールデン!」という恥ずかしすぎるコールが響いている。


 バリーと使用人達が作った特製ボードが引っくり返っており、そこもコールに合わせて『グレイフナーに舞い降りし女神! その名もエリィ・ゴールデェェン!』という文字に切り替わっていた。


 ほんと恥ずかしいからやめてくれ!

 デェェンてなんだよ、デェェンって!

 ちょうど正面に文字が見える位置にいるから、エリィの顔がめっちゃ赤くなってる。


 ともあれ制限時間はあとわずかだ。

 ノックアウトで決めるぞっ。


「許さんぞ小娘ぇ! 貴様なんぞ魔薬漬けにして娼館に売り払ってやる!」

「親子揃って下品ね」

「ボブがお前に執着していた理由がいま分かった!」

「さ、おしおきタイムよ」


 ジョン・リッキーがふらつきながら飛び出し、こちらは身体強化“下の下”で迎え撃つ。


『ジョン・リッキー氏、飛び出したぁ!』


 ジョン・リッキーのなよっちい杖の振り下ろしを躱し、腰だめにしていた右手を思い切り開いて、散々悪行を重ねたリッキー家のせいで不幸になった人々の万感の思いを込めて———エリィちゃんビンタをお見舞いした。


「それだけでかい乳ならさぞ娼館で稼げ——」



 バチィィィン!!!



「ひぶぅっ!!!!」



 エリィのビンタがジョン助の頬にクリーンヒットした。


 飛び込みの勢いが完全にカウンターになっており、ジョン助はローブをバサバサとはためかせながらアイススケートのスピンみたいにくるくると回りまくった。


「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ」


 か細い悲鳴とともに回転でつむじ風が起き、時間とともにスピンが弱くなって、ジョン助が止まった。


「ぃぃぃぃぃ…………いっ」


 そして、ぱたり、と白目を剥いて仰向けに倒れた。


 い、いかん……。

 ちょっと本気で叩きすぎたかもしれない………。



『きょ、強烈なビンタが決まったぁーーーーーーーーーーーーーーーっ!』

『あれは痛いでしょうな』

『ジョン・リッキー氏、白目を向いて完全にノビているぅーーー!』

『エリィ嬢だけは怒らせたくないですな』


 ジョン助は悪に手を染めず、真っ当に魔法訓練をして善行を積んでいたら誰からも尊敬される素晴らしい魔法使いなれたのにな。親子そろって残念な人間になっちまって……。


「……治癒ヒール


 気休め程度にジョン助を回復しておく。

 このままだとエリィが泣きそうだ。


 即座に審判のシールド団員が両手を交差させて首を横に振った。


 それと同時に「ピギャジュウゴフゥゥンン!」と時計怪鳥が鳴き、試合終了を告げる銅鑼の音が盛大に鳴り響いた。


 ゴォォォォン。


 よし、時間稼ぎの役割は果たしたな。

 んでもって領地30個ゲット!!


『ノックアウーーーーーーーーッツ! 勝者ぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーッ、閃光のごとく魔闘会に現れた浄化魔法と体術を操る金髪ツインテール美少女ぉ! グレイフナーに舞い降りし、めぇぇぇぇがぁぁぁみぃぃぃっ! エルルルルルルルルィィィッ・ゴゥゥゥゥゥゥルデェェェェェェェェン!』


 巻き舌最高潮の勝利宣言がレイニー・ハートから繰り出されると、コロッセオ全体から爆発せんばかりの歓声と拍手、鉄板を叩くガンガンガンという音が一斉に巻き起こり、鼓膜が破れそうな大音量が響き渡る。音が会場に反響し、ビリビリと地鳴りのごとく会場全体が揺れた。


 魔導カメラが近づいてきたのでサービス精神でバク宙を決め、笑顔で拳打するポーズを送ると、特大モニターの画面いっぱいにエリィスマイルが映し出された。


「うおおおおおおおっ!」「かわいいいいっ!」「素敵ぃっ!!」「女神降臨だぁ!」「あの体術習いたいですわ!」「おっぱい」「おれっち感動して脳みそパァン!」「もう大ファンです!」「結婚式に呼んで浄化魔法を! 金はいくら積んでも構わん!」「生足に朕パニックでおじゃる」


 各所から思い思いの声が聞こえるのは相も変わらずグレイフナー流だ。


 声援に応えて上品に手を振りつつ闘技台から下り、選手通用口へと入る。

 門番らしき白マントの二人が、熱っぽい視線を向けて敬礼してきたのでレディの礼を返した。


 さて、今頃リッキー家の裏取引先を襲撃している頃か。


 通路を歩いて控室へ向かい、裏取引の摘発にあたっているメンバーのことを考えながら、選手控室に入って一息ついた。




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