第225話 魔闘会でショータイム!⑫


 カーテンを開ける音で目が覚めた。

 窓際へ顔を向けると、朝の柔らかい光が室内に降り注いでいる。


 エリィの部屋は俺好みのシックでモノトーンな家具で統一されているが、多少なりとも女の子感は出さなければいけないので、ベッドだけは天蓋付きのオシャンティで可愛らしいものにしている。


 取引している布屋特性“ピンクの六芒星マーク生地”で作られた布団を脇へよけて身体を起こして振り返ってみれば、カーテンを開けて朝の準備をするクラリスが鼻歌交じりに一礼してきた。


「おはようございますお嬢様っ。本日は見事な快晴で魔闘会日和でございますねぇ! ああもうウキウキが止まりませんねぇ!」


 朝っぱらからオバハンメイドのテンションが高い。

 今日も絶好調だ。


「おはよう、クラリス。そんなに浮かれても魔闘会の開始時刻は早くならないわよ」

「お嬢様。そんなおすまし顔をしていてもわたくしにはしっかりと分かります。エリィお嬢様は昔から魔闘会を観戦するのがそれはもう大好きでございました。この五日間は、大人も子どもも犯罪者も浮かれて楽しむのでございます。お嬢様もウキウキが止まらないのでございますよね? ね? ねっ?」

「犯罪者は楽しんじゃダメだと思うけど……。あと顔が近いわ。近いというより密着してるわ」

「そうですね! お嬢様の仰るとおりでございますね!」


 クラリスのテンションがぶち上がり過ぎていて、何も言ってもあかんパターン。


「さ、準備でございます、お嬢様」

「そんなに急がなくってもいいじゃない。まだ時間があるわよ」

「この昂ぶっている気持ちを抑えきれません」


 急かすクラリスにされるがまま、浴室に移動してシャワーを浴び、身体を乾かして室内着に着替えた。ミラーズ特注、ピンクの半袖オールインワンだ。


 ダイニングルームへ行くと、父ハワード、母アメリア、エドウィーナ、エリザベス、エイミーがすでに席に付いており、何やらいつもより興奮して歓談に興じている。


 使用人も料理人をのぞいて全員が集まっており、壁際にビシッと整列していた。


『おはようございます、エリィお嬢様っ!!!』


 俺が入室すると一斉に唱和して使用人達が頭を下げた。

 なぜか全員、頭にハチマキを巻いており、手にはグローブを付けている。


「お、おはようみんな」


 ただならぬ熱気に気圧された。

 テンション上がりすぎだろ、これ。


「おはよう、エリィ。よく眠れたかい?」


 父ハワードがゴールデン家特有の垂れ目をさらに下げ、優しげな顔でこちらを見てくる。


「はい、お父様。万全の体調ですわ。今なら戦いの神パリオポテスにも勝てると思いますわ」


 おおおおおおおおおっ!!!


 ちょっとしたリップサービスにも関わらず、ゴールデン家の面々から歓声が上がる。

 俺もこういうお祭り騒ぎとかテンションが高いのは大好物なので、徐々に気分が高揚してくる感覚が楽しい。


 席につくと、美人な姉達が代わる代わる話しかけてきた。


「エリィ、絶対に勝つのよ。わたし、負けるの大嫌いなのよ」と、いつになく強気な長女エドウィーナ。


「頑張りなさい。あなたがいつも一生懸命練習してきたのは知っているわ」と、厳しい顔付きで言いつつも内容は優しい次女エリザベス。


「戦ってる最中に旗が見えたら手を振ってね! 手はウサックスサインね!」と、右手でピースを作って何度も曲げてみせるお気楽な三女エイミー。


「あなた達、まだ朝食も済んでいないのよ。今からそんなことを言ってエリィを困らせてはいけません」


 母アメリアがテーブルをわずかに乗り出す三人の美人姉妹をたしなめ、やれやれと軽い溜め息をついた。父ハワードは全員を目に入れても痛くないと相好を崩し、娘と妻を温かい目で見つめ、しばらくするとバリーに目配せをした。


 それが合図となり朝食タイムになった。


 昨晩、バリーには「何でも作ります!」と言われたが、いつも通りバランスのいい献立で、と頼んでおいた。やはり特別な日ほど変わらぬルーティーンを守りたいと思う。


 どこか興奮した雰囲気の中、和やかな朝食の時間が流れていく。

 すると、全員が食べ終わる頃合いで、ダイニングルームに執事が駆け込んできた。


「で、出ました! 魔闘会の時間割と一日目の対戦相手です!」


 がたり、と椅子を鳴らして父ハワードが立ち上がり、執事から羊皮紙を受け取った。


 彼は素早く羊皮紙に目を走らせると、内容に驚愕して眉間に皺を寄せる。その顔を見て、母アメリア、三姉妹、使用人らは「まずい相手か!」と息を飲み、ハワードの周囲にわらわらと集まった。


 せっかくなのでエイミーの後に続いて、彼女と顔をくっつけるようにしてハワードの持つ羊皮紙を覗き込んだ。邪魔にならないようツインテールを押さえるのも忘れない。



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第403回グレイフナー王国魔闘会日程表


一日目

『一般トーナメント・1』

『団体戦』

『一騎討ち/指名戦・1』


二日目

『一般トーナメント・2』

『一騎討ち/指名戦・2』


三日目

『個人技』

『既存魔法研究発表』

『新魔法発表』

『新武器発表』

『新防具発表』

『魔獣披露』


四日目

『一騎討ち/くじ引き戦・1』

『一騎討ち/指名戦・3』


五日目

『一騎討ち/くじ引き戦・2』

『一騎討ち/指名戦・4』

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 なるほど。一騎討ち・指名戦はまとめてやらずに、少しずつ消化していくのか。

 確かにこうして花形の一騎討ちを日程の最後にしておけば、魔闘会がその日その日で盛り上がる。タイムスケジュールを消化していくごとに、対戦カードが領地数の多い貴族——すなわち派手で迫力のある戦いになっていく仕様だろうな。


 三日目は休憩日のようなもので戦闘行為はなく、毎年恒例の学術発表会みたいなスケジュールとなっている。クラリスに聞いた限りでは、この日は学者や研究志向の魔法使いが命を賭けて一年行ってきた自分の研究成果を発表するらしく、この魔闘会三日目で過去様々な新技術が生まれたようだ。


 コバシガワ商会とミラーズが協力して作製した新素材『ゴールデッシュ・ヘア』もここで簡単に発表する予定だ。まあ、ファッションショーに注力しているから軽くになるが、やっておかないよりマシだろう。


 四日目と五日目は一騎討ちのくじ引き戦と指名戦のみになるから、大会で一番盛り上がるはずだ。


「えっ?!!」


 俺の横でエイミーが素っ頓狂な声を上げた。

 彼女の目線は日程表の下、対戦相手へ向けられており『一騎討ち/指名戦・1』の一点を見つめている。


 すぐに目線を下へと滑らせた。



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対戦表


一日目


『一騎討ち/指名戦・1』


◯領地数1〜99個 ※親が左、子が右。括弧内が賭けた領地数


【シャベルクリン家 →(1) オゥイエ家】

【サンシャイン家 →(1) ジャスティス家】

【ショボン家 →(1) ビロッサ家】

【パッシリー家 →(1) グランティーノ家】

      ・

      ・

      ・

      ・


◯領地数100個以上

【ストライク家 →(3) サークレット家】

【ジュウモンジ家 →(3) サークレット家】

【ササイランサ家 →(倍返し10) リッキー家】

【リッキー家 →(倍返し10) ゴールデン家】

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「倍返しですって!!?」


 うぉい!

 リッキー家もゴールデン家に倍返しだと?!

 しかも10個賭けかよ!

 これ、勝ったほうに領地30個プラスか?!


 敵さん、どんだけ強気なんだよ。

 戦力のである『焼肉レバニラ』はあえなく御用となってるから、ゴールデン家に残りの『カリカリ梅』を当ててくるってことか?


「うふふふふふふふふ……」

「あらあら……ホホホ………」


 俺とハワードが倍返しの意味を考えていると、背後から恐ろしげな笑い声が聞こえてきた。


 振り返ると、母アメリアとエドウィーナが黒い笑みでリッキー家の文字を睨んで額に青筋を浮かべていた。


 気の弱いメイドはその禍々しいオーラに尻もちをつき、新米らしきコックは「ひぃぃぃっ」と声をもらしながら生まれたての子鹿のように足を震わせ隣の先輩にすがりついた。


「リッキー家は髪だけじゃなくて頭の中もすっかりオレンジ色みたいねぇ」

「そうでございますね、お母様。負けたら領地が30も減りますのにねぇ」

「元シールドで“爆炎”と恐れられたわたくしに勝ったエリィがいるとも知らずにねぇ」

「まったくですわねぇ。格下だと思って舐めてますわねぇ」

「本当に、オツムの弱い家ですこと」

「オホホホホ、お母様ったらお言葉が過ぎますわよ」

「あらあら。それでは“脳みそが果実オレンジ”と言い直しましょうか」

「その呼び方が妥当だと思いますわオホホホホホホホホ」

「ありがとうウフフフフフフフフフフ」


 ひぃぃぃぃぃっ!

 マミーと姉ちゃんが怖ひぃぃっ。


「エリィッッ!!!」


 くわっと猛禽類のように両目をかっ開いてマミーが大声を出した。

 全員が思わずビクゥッ、と肩を震わせた。


 気の弱いメイドは気絶し、執事らは反射的に膝をついて頭を垂れていつでも叱責を受けれる体勢になった。いや、君たちは何も悪いことしてないからそんな畏まらないでいいんだぞと言いたいがとても言える雰囲気ではない。


「叩き潰しなさいっ! あそこの息子といい当主といい、調子に乗りすぎよ!」

「イ、イエスマムッ!」


 母のあまりの剣幕に、思わずシールド式の敬礼で返答した。

 なぜか使用人とハワードも冷や汗を垂らして敬礼をし、すぐさま軍隊のごとく応援の準備をし始めた。


「アメリアの言う通りだ! 今からエリィを鼓舞する応援練習をするぞぉ!」

「応っ!!!」


 父ハワードの号令でメイド、執事、自宅警護兵、料理人らが庭へと駆けていく。


「エリィ、応援の手旗をコバシガワ商会に配りに行くけど一緒に行く?」


 ハワードと使用人が去った後、何事もなかったようにエイミーがテーブルの下から手旗の入った大きな袋を引っ張り出して、にこにこ顔で聞いてきた。

 エイミーのマイペースさがすごい。


「行きますわ!」


 このままここにいたらマミー&エドウィーナの気合い入れ直し訓練を受けそうだったので、素早く手を挙げた。


「私も行くわ。応援用の洋服を確認したいし」


 エリザベスが言いながら荷物を運んでもらうためにメイドを呼ぶ。


「気をつけていってらっしゃい。と言っても、エリィは出場選手でシールドの護衛がつくからいつもより安全よ。逃亡とみなされないように、その方にも声を掛けてから出かけなさいね。玄関口にいらっしゃるから」


 母アメリアが厳しい口調で助言してくる。

 わかりましたわ、と返事をしてエイミー、エリザベスと部屋を出ようとすると、エドウィーナが声を上げた。


「エイミー、エリザベス、あなた達は金貨何枚がいいかしら」

「うーんとね、200枚!」

「私は150枚でお願いしますわ」

「手続きは私がしておくからね」

「はーい」

「お姉様におまかせしてしまい申し訳ございません」


 エイミーとエリザベスが嬉しそうにスカートの裾をつまんでレディの礼をした。


 金貨が200枚に150枚?

 何の話だ?


「まったく、勝ちが分かっているからつまらない賭けになるわね」

「あらあらお母様。そう言いつつも口元がほころんでおりますわよ」

「いやぁねぇ、昔は鉄仮面なんて呼ばれていたんだけど歳かしらねぇ」

「領地財政の足しになるんですもの、無理はないですわ」

「そうねぇ。ゴールデン家の評価は低いでしょうから倍率は最低でも3倍は見込めるわね」

「ご慧眼ですわ。わたくし、この日のために個人的な蓄えをすべて金貨にしましたの」

「まあまあ、怖い子ね。いくら賭けるつもりなの?」

「1500枚……1500万ロンほど。お母様はおいくら賭けるのですか?」

「わたくし? わたくしはね——」


 母アメリアがそれはもう爽やかな笑顔でパンパンと両手を叩くと、メイド長のハイジとメイド二名が重そうな手押し台車を押してダイニングルームに入ってきた。台車にはこんもりと何かが乗っており、白布がかぶせられている。


 アメリアは台車を一瞥し、パチンと指を鳴らした。


 ハイジ達がバサッと勢いよく白布をめくると、ぎっしり積まれた金貨の山が姿を現し、朝の太陽を浴びてキラキラと輝いた。


「エリィの勝ちに2億8500万ロン賭けるわ」


 俺が見た中で一番のドヤ顔を浮かべるマミー。


 賭けぇっ?!

 賭け金の話?!!

 マミーどんだけ強気ッ?!!!


 エドウィーナがお淑やかに右手で口元を隠し、声を上げた。


「お母様には敵いませんわね」

「エドウィーナもそのお金は研究で稼いだものでしょう? 可愛い子ねぇ」

「お母様の特別指導があったからこそ、ですわ」

「オホホホホホホホホホホホホホ」

「ウフフフフフフフフフフフフフ」


 二人は笑い合うとハイジから魔闘会一日目の対戦表を受け取り、ギャンブル予想をし始めた。


 ……これはあれだ。関わったら話が終わらないやつだ。


 エイミーとエリザベスも察したのか、いい笑顔で「さぁ行きましょう!」と言った。

 俺達三人は登録選手を護衛する筋肉……もといシールド団員とともに、バリーの運転する馬車へと乗り込んだ。


 ゴールデン家の庭からは応援練習の声が響いていた。


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