第224話 魔闘会でショータイム!⑪



     ☆




 留置所でリッキー家を追い詰めるやり取りがされているとは夢にも思わないジョン・リッキーは、半殺しの目に合う覚悟でガブリエル・ガブルのいるガブル家邸宅へとやってきた。


 彼の顔はひどいありさまだった。


 ここ数日ろくに寝ていないため目に隈ができ、頬が痩け、血の巡りが悪いのか顔色が青い。

 普段から“蛇男”と陰口を叩かれており、健康そうには見えない彼の顔は、もはや幽鬼やゾンビのようであった。


「入れ」


 傲岸不遜な執事らしき男に指示され、ジョン・リッキーはガブル家の接待室へ入室する。豪華で大きい調度品や家具が並び、煌々と照明器具が光っているため、疲労の濃い両目にはいささかつらかった。


 ジョン・リッキーは目をしばたき、ソファに座らず立ったままガブリエル・ガブルを待った。


 十分ほどすると乱暴に奥の扉が開き、二メートルを超える体躯を有する狼人男、ガブリエル・ガブルが部屋に入ってきた。付き人の二人である熊人族の男と牛人族の女が彼のあとについて背後に陣取る。


 途端に部屋の空気が圧迫されたように感じた。


 どかりとソファに腰を下ろし、ジョンに座るよう促すと、ガブリエル・ガブルは背後に控えている牛人族の女にワインを持ってくるように指示を出す。

 ジョン・リッキーは音を立てぬように対面のソファに腰を下ろした。


「夜更けに俺を呼び出すとはいい度胸だな、ジョン」


 ガブリエル・ガブルが波々と注がれたワイングラスを受け取り、高圧的な物言いで尋ねてくる。

 鋭い双眸にジョン・リッキーは軽く身震いした。


「大変なことになりました……」


 叱責され、魔法を何発かもらう覚悟でジョン・リッキーは状況を説明する。

 言葉を重ねるにつれてガブリエル・ガブルの眉間に皺が寄る。


 それでもジョンは話をやめるわけにはいかない。

 ここで助けを求めねば、リッキー家はボロボロになる。


「……ということになり……我がリッキー家の戦力は著しく減りました。つきましては……どうにか魔闘会で取引する人魚オークションを延期できないでしょうか……」


 言い切ったジョン・リッキーは頭を垂れて目をつぶる。

 ガブリエルの顔を見るのが恐ろしかった。

 どんな獰猛な顔で見下ろしてくるか分からない。ただ、奇跡的に許してもらえることを祈った。


「ジョンよぉ……」


 グルルルル、と喉を鳴らす不穏な音が聞こえると、続いてとんでもない破壊音が響いた。

 思わずジョンはソファから飛び上がった。


 顔を上げれば、目の前にある高級なテーブルが真っ二つになっており、その中央でガブリエル・ガブルの大きな拳が浮いていた。


「おまえはどこまでグズなんだ、ああっ?」

「も、申し訳ございません!」


 ぺこぺこと頭を下げるジョン。

 その様子にさらに苛ついたらしいガブリエルは立ち上がってジョン・リッキーの胸ぐらをつかみ、片手で宙吊りにした。


「ぁ………く……苦し………で………」

「人魚オークションとバラライの取引は絶対にやるんだよ。何度も言わせるなよぉ」

「………っ」


 ジョン・リッキーは苦しさと絶望で涙目になりながら、壊れた機械のように首を縦に振る。


 ガブリエル・ガブルはジョン・リッキーの青い顔を見て、ゴミを捨てるようにソファへ放り投げた。


「げほっ、ごほっ、ごほっ」

「ジョンよぉ、取引場所はあそこを使え」

「はぁ……はぁ……あそこ、ですか?」

「四番街の『甘い社交場』だ。人魚オークション、バラライ取引、両方やればいい」


 ジョン・リッキーは喉をさすりながら、まじまじとガブリエルの顔を見つめた。


 たしかに『甘い社交場』は地下に広大な設備があり、表向きはダンスホールなので人が出入りしても疑いは持たれない。取引場所の候補には入っていた。


 だが、王宮の中心部に近いことと、魔闘会で入り乱れる人々が不正行為や犯罪を犯していないか屋内点検という体で警邏隊が乗り込んでくる可能性も高かった。しかも同場所で“人魚オークション”“魔薬バラライ”の取引を行って摘発された場合、一網打尽にされてしまう危険もある。

 ジョンとしては、取引場所はバラバラにするつもりであった。


「心配するな。警邏隊はこちらで買収しておく」


 ガブリエル・ガブルが無表情に言った。

 この男、傲岸不遜で常に態度は大きいが、一度言葉にした事柄は必ずやってくれる。その一点だけ、ジョン・リッキーは彼を信用していた。


「あ、ありがとうございます……」


 ジョンは身体に入っていた力が弛緩した。

 救われた気分になった。


 しかし、ジョン・リッキーは知らない。

 その場所は重要な取引で多々使われるため、焼肉レバニラ、カリカリ梅の両名が出入りをしている。


 面が割れた焼肉レバニラのモンタージュ照合が済めば、エリィ陣営は『甘い社交場』を取引候補として考えるだろう。

 追加でカリカリ梅の面が割れれば、エリィ陣営は『甘い社交場』を確実に怪しいと思い、スパイを潜り込ませて取引当日に摘発する算段をつけるはずだ。


「ふん……」


 ガブリエル・ガブルはワインをぐいと煽った。


 さすがのガブリエルもリッキー家の所有する店や建物にエリィ陣営が膨大な人員を配置し、出入りしている怪しい人間のモンタージュを片っ端から作っているという発想は浮かんでこない。


 ジョン・リッキーは、どうも熱のこもっていないガブリエルの様子に不安を覚えた。

 リッキー家は切り捨てられる……。


 そんな後ろ向きな発想ばかりが浮かぶも、何かの勘違いだと自分に言い聞かせた。



「………」



 その後、簡単な打ち合わせを済ませ、ジョン・リッキーは入室前より僅かばかり軽い足取りでガブル邸宅を後にした。




     ☆




 ジョン・リッキーが帰った後、ガブリエル・ガブルは自室に戻った。

 その直後、魔闘会の戦いで指名を受けていると運営から連絡が入ったことに顔をしかめた。


 ガブリエル・ガブルは狼人族特有の大きな手でメイドから手紙を受け取り、 不機嫌になると喉を鳴らす癖があることに頓着せず、グルルルルと唸り声を漏らしてそれを見つめた。



「指名戦・下剋上、か……」



 魔闘会は国を挙げての一大イベントであり、王国主導のギャンブル大会である。そのため、参加貴族は当日に対戦相手を知らされる。


 指名戦では矢文でブラフを送ったりすることもあるが、ほとんどの場合はない。

 それもそのはず、先に対戦相手が分かってしまうと大金を賭ける大店や金持ち貴族から余計な圧力がかかり、八百長が行われてしまう可能性があるからだ。魔闘会運営陣にとって情報漏えいを最小にし、八百長への対策を講じる業務は重要であった。


 だが唯一の特例がある。


『指名戦・下剋上』だ。


 この『指名戦・下剋上』は領地10以下の貴族が領地300以上の家に戦いを挑むことができる、『倍返し』に並ぶ大博打システムだ。


 賭ける領地は持ち領地のすべて。

 勝てば指定した領地を1つ奪うことができ、負ければすべてを失う。


 使えるのは一度きりで、過去成功した例はほとんどなく、使用する家も稀だ。


 一見すると領地が1つしかもらえないため下剋上システムは割に合わない、と考える者もいるが、家が取り潰しになる可能性をはらんだ一世一代の大博打なので見返りは非常に大きい。


 グレイフナー王国では領地を約15000に細分化し、すべてに名前と番号を振って土地の価値を金額で計上して均一化し、勝利者に領地を割り振っている。


 魔闘会で増える領地は自領地と地続きになった場所を与えられることが多いが、全然違う場所を与えられたりもする。王国側の意図が多く含まれたものであり、家々は場所を指定できない。


 そして、重要拠点は割譲が難しいため滅多にトレードされない。


 例えば、王国が接収したサークレット家のミスリル鉱山街は価値が高いので、街一つで領地10個分とカウントされる。

 サークレット家と戦って勝利した家がミスリル鉱山街の10分の1を獲得した場合、統治がややこしくなるため、サークレット家がそのまま管理をし、収入の10%を割譲することになる。半数以上、つまり6個奪えば統治権利も獲得できる仕組みだ。


 王国側も猥雑な処理が増えるため、わざわざそんな場所を勝利者に与えない。

 よって、重要拠点は最後まで残ることが多く、家々の重要拠点を魔闘会で奪うことはなかなかに難しいというのが現状であった。


 しかし、この『下克上』システムは領地を一つ指定できる。


 下位貴族が利権の大きい領地を一つ得られれば、それだけで大きな収入源となることは明白だ。


 仮に、対戦者がガブル家の城があり金脈のある本拠地『サレセテレス』という街を指名し、下剋上で獲得すればその有用性は計り知れないものになる。

 有利な条件でどこかの領地とトレードしても良し、ガブル家に莫大な金で売っても良し、様々な交渉に使える。


 勝てば天国負ければ地獄。


『指名戦・下克上』はまさに一攫千金、諸刃の刃だ。


 下剋上システムが使われた場合に限り、会場を盛り上げるため王国が先んじて大々的に対戦相手と日時を発表するのは通例だった。


 魔闘会三日前のタイミングで対戦相手が知らされることなど、『指名戦・下剋上』以外にありえない。


 それを悟り、ガブリエルは不愉快になった。

 ガブル家に喧嘩を売るなど馬鹿か阿呆の所業。家の権威が落ちる。


「……クソが」


 グレイフナー王宮の魔蝋印を割り、ガブリエルが苛立たしさを感じながら筒状になっている羊皮紙を開くと、黒々とした魔インクで書かれた文字が彼の眼前に浮かび上がった。




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グレイフナー王国魔闘会運営より通達



 グランティーノ家が下剋上を発動。条件を満たしているため運営はこれを受諾す。


 魔闘会の規約に基づき、貴公が勝利した場合はグランティーノ家が所有するすべての領地権利がガブル家へ移行し、敗北した場合はグランティーノ家へ指定領地「狐人の里」の権利が移行する。


 指定領地・「狐人の里」


 対戦日時・魔闘会五日目


 ガブリエル・ガブル 対 アリアナ・グランティーノ



 以上


     魔闘会運営責任者 チョべリ・グー・パルメザン

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 ガブリエルは最後まで手紙を読むと、ぐしゃりと羊皮紙を握りつぶした。


 狐人族の男で黒魔法の使い手、“漆黒のグランティーノ”。

 その娘が、生意気にも楯突いてきた。


 あの狐人の男は自分と同等の強さを誇っていたため、罠に嵌め、妻を人質にして『生死不問・パリオポテスの決闘法』で殺した。


 決闘に勝ったはいいが、女は後宮侍女として手出しのできぬ王宮へ逃げてしまい、愛人にすることができなかった。


 今でもあのけぶるように長い睫毛や蠱惑的な瞳を思い出すことができる。

 誰もが振り返るいい女であり、狼人族の男として奪わずにはいられなかった。


「グルルルル……」


 ガブリエルは潰した手紙を壁に向かって放り投げ、腰から杖を引き抜き、無詠唱で氷魔法下級“氷牙アイスファング”を唱えた。


 杖の先から氷結した三十ほどの牙が現れ、弾丸のように前方へ飛んでいく。


 ダダダダダッ、と壁を穿つ音が室内に響き、手紙が“氷牙アイスファング”によってはりつけにされた。


 ガブリエル・ガブルは忌々しげに杖をホルスターへ戻し、大きな舌打ちをして備え付けのソファへ乱雑に座った。



「グランティーノ……」



 ガブリエルのつぶやきは暗い室内の空気に飲まれてどろりと消えた。

 窓の外からは三日後に迫る魔闘会の熱気が漂っており、夜空へ喧騒が吸い込まれ、高い塀に囲まれたガブル家の邸宅まで薄っすらと響いてくる。


 “ライト”の照明が首都グレイフナーから消える様子はなく、ガブリエルは外界のらんちき騒ぎに胸糞が悪くなり、もう一度舌打ちをした。





      ☆





 ゆっくりと、しかし確実に時は進む。



 ゴールデン家の思惑に迎合した、サウザンド家、ヤナギハラ家、ピーチャン家、ササイランサ家、ワイルド家。



 ジャックとグレンフィディックは暗躍し、ジョン・リッキーは闇取引の準備を進める。



 ミラーズとコバシガワ商会はファッションショーの準備で寝る時間もなかった。



 応援練習に余念のないクラリス、バリー、エイミー、ゴールデン家一同。



 勝利を求め、ポカじいの指導を深夜まで受けるアリアナと、腹に一物を抱えていそうな対戦相手のガブリエル・ガブル。



 魔闘会初出場となるエリィと、馬車に揺られてグレイフナーへ向かう、複合魔法・天視魔法の使い手——クリフ・スチュワード。



 様々な思惑と感情が交錯する中、魔闘会の幕が開けようとしていた。






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