第219話 魔闘会でショータイム!⑧


 ハルシューゲ先生による『魔法史Ⅳ』の抜き打ちテストが始まった。

 先生が魔闘会で緩み切った生徒の気を引き締め直す、というのはこのことだったようだ。


 忙しさにかまけてあまり勉強していなかったため、点数はよろしくなかった。エリィの分身たるスーパー営業マンとして、この結果はいただけない。


 エリィのためにも魔法、勉強、すべてにおいて好成績を維持したいところだ。


 一方、アリアナの闇クラスでも同じ科目の抜き打ちテストがあったらしく、彼女も成績が落ちていることを気にしていた。


 そんなこんなで、アリアナと一緒に放課後、ハルシューゲ先生の補習を受けた。

 いくら忙しいとは言っても学生の本分を忘れてはいけない。


 ざっと一時間でお願いした補習は終わった。

 ハルシューゲ先生は残業になるのも厭わず俺達に付き合ってくれた。いい教師。さすがはハゲ神だ。



 放課後の校舎は生徒達がまばらになり、普段の賑やかさは鳴りを潜めている。

 傾いた日差しが差し込んでいた。


 補習が終わった俺とアリアナは先生に帰りの挨拶をし、ファッションショーの最終打ち合わせへ向かうべく早足で昇降口から外へ出た。


 最終打ち合わせは音響と照明のタイミング確認と、ショータイム一連の流れ。

 プログラムは「Eimyモデルによる新作紹介」「モデルとデザイナー選抜ショー」「採用モデルとデザイナーの発表」「Eimyモデルがデザイナーの服を着て登場」の四つになる。


 ちなみに企画したモデル・デザイナーオーディション&ファッションショー。

 グレイフナー王国の若者から応募が殺到しており、特にモデル志望は全国民が応募しているのではと疑うレベルだ。年齢を制限したのは正解だった。


 ミサ、ジョー、ミラーズの社員は対応にてんてこ舞いしており、どうにか本日モデル候補を五十人までしぼった。


 新しい雑誌を四種類刊行する予定のため、モデルは二十人ほど欲しい。

 選抜者の中に表紙を飾れるほどの逸材がいればいいが。


「打ち合わせが終わったら魔導研究所で召喚魔法について皇太子と対談。しばらく会えないから孤児院の子ども達の様子を見に行って、招かれているヤナギハラ家の会食に参加して、そのあとポカじいと秘密特訓場で訓練……と」

「過密…」

「ええ……、毎度のことながらどこの売れっ子アイドルかと思うわね」


 俺とアリアナは校門への一本道を歩いていた。


 雑誌のおかげで有名人となった俺とアリアナの人気は相当なものだ。

 知らない生徒から「さよなら!」とか「ごきげんよう」などの挨拶を受ける。


 雑誌発売後は人だかりができて校内を歩けないほどだったが、エイミーエリィファン倶楽部なる存在が非常識な生徒を粛清してくれたおかげで、俺とアリアナの日常は保たれている。


 握手やサインは禁止。

 挨拶はオーケー。

 話しかけられるなら会話してよし。


 という三大規則なるものができたのは最近知ったことだ。

 実はエイミーが在学していた頃にもこのルールはあったらしい。



 それはさておき、めちゃめちゃ忙しい。

 今日は一秒も無駄にできない。



 そんなことを考えていたら、校門でオレンジのソフトモヒカンが待ち構えていた。


 ボブは腕を組んだ姿勢で苛立ちを隠そうともせず、自家の馬車を背に立っており、俺とアリアナを見つけると何やら物騒な笑みを浮かべた。


「おいブス。ちょっと付き合ってもらうぞ」

「……」

「…」


 ボブ郎は意味不明なボブ語でボブボブと鳴いている。


 朝といい今といい、どれだけエリィに執着しているんだろう。邪魔だから放っておいてくれないか。

 あいにく、クリーチャーにかまっている暇はない。


 アリアナが考えを察してくれたのか、ボブをいないことにして馬車に乗り込もうとした。


「エリィ・ゴールデン! そんな態度でいいのか?!」


 ちょうどゴールデン家の馬車が校門に到着した。

 御者をしているコック姿の強面なバリーがボブ郎の言葉を聞いていたのか、御者台の上からとんでもない形相で「ああん? おおん?」とメンチを切り始めた。


「バリー、ありがとう。そんな顔しないでちょうだい」

「かしこまりましたっ」


 エリィの一言でバリーはたちまち矛を収めた。


「お嬢様。そこの猿めを八つ裂きにする許可を」


 と思ったら全然収めていなかった。


 バリーはボブがエリィへ行った、いじめという名の所業をクラリスから聞いて知っているため、今にも飛びかかりそうなほど手綱を握りしめている。


 だが、俺とアリアナが無視を決め込んでいるのでそれを察し、少し考えた結果、バリーもボブ郎を無視することにしてくれた。


「では参りましょう。うちの嫁からスケジュールは聞いておりますので」


 バリーは御者台から下りて馬車のドアを開けた。

 クラリスはサウザンド家と連絡を取り合っているのでこの場にいない。


「ところで、本職の料理は大丈夫なの?」

「部下に任せてまいりました。エリィお嬢様の護衛が最優先でございます」

「いつもありがとう」

「何を仰るのです! 私はお嬢様のためとあらばファイアボールも飲み込む所存です!」

「……やりかねないから怖いのよね」


 馬車へ乗り込もうとすると、黙っていたボブがおもむろにゴールデン家の馬車に近づいてきて、閉じようとした扉を右手で押さえた。


「いいのかぁエリィ・ゴールデン……。おまえの大事にしている仲良しの子どもは俺が預かっているぞ……?」


 ボブは不遜な顔をして顎を上げた。


「今頃、びーびー泣いているだろうなぁ……」


 にやにやとこちらを見て髪型を気にしながら片眉を上げてみせるボブ郎。

 こいつ、正真正銘のクズらしい。


「エリィ…」


 アリアナがリッキー家の馬車へ目配せをする。



 御者席と馬車の屋根には見たことのない男が二人いた。



 御者席にいる黒ずくめの男は不穏な魔力を発しており、黒頭巾の隙間から目だけを出してじっとこちらをうかがっている。


 馬車の屋根に寝転がっている男からは嫌な魔力の波動を感じた。


 寝転がってる男の腕が異様なほど長い。

 自分の身長ぐらい腕があるぞ。ああいった種族なのか?


「大丈夫。何も問題ないわ」


 アリアナに小声で答えた。


 ボブは自分が卑劣な手を使って優位に立っている優越感からか、口元に気持ちの悪い笑みを浮かべ、粘着質な目で俺とアリアナの身体を舐め回すように見てくる。


 そんな卑猥な目でエリィとアリアナを見るんじゃねえよ。


 大体、ボブが言った「子どもを預かっている」という言葉は完全なブラフだ。


 孤児院の子ども達は先の誘拐事件でハーヒホーヘーヒホーの魔薬を摂取しているため、貴族の孤児などを預かる特殊孤児院に最近移動したばかりだ。そこの警備は厳重で王国最強騎士団シールドも護衛にあたっている徹底ぶり。リッキー家だけでどうこうするのは不可能に近い。


 こいつの言っている言葉はエリィを釣ろうとする虚言だ。


「黙ってついてこい。そうすれば子どもは助けてやる」


 ボブが無駄な言葉を重ねる。


「お嬢様」


 バリーが怒りもあらわに御者席から飛び降りた。


「お待ちなさい」


 ポケットから杖を引き抜いたバリーへ待ったをかけた。

 ここはボブの挑発に乗ってやるのも一興。

 どうやら魔闘会を待たずしてひぃひぃ言いたいらしい。


「あなたの要求は何かしら」


 俺が態度を崩さないのが気に入らないのか、ボブが舌打ちをし、そしてニヤリと顔を歪めた。



「俺の女になれ」



 ボブがはっきりとそう言った。


 御者席にいるバリーから怒気が発せられ、隣にいるアリアナの魔力が膨れ上がる。

 リッキー家の御者席にいた黒装束の男がぴくりと反応し、屋根で寝ていた手長男が顔を上げた。


「ダイエットを頑張ったご褒美として俺が可愛がってやる」


 ボブは格好をつけて肩をすくめ、いやらしい笑みを顔面に張り付けてゆっくりとこちらに歩いてくる。


 バリーとアリアナが手を出そうとしたので、それを目で制してボブを無表情に見つめた。


 ボブは俺の無言を殊勝な態度と受け取ったのか、欲望に染まりきった顔で右手を上げ、こともあろうにエリィの胸を触ろうと腕を伸ばした。



「なっ——!?」

「エリ——!?」



 突然胸を触ろうとするボブの野蛮な行動に、バリーとアリアナが思わず息を飲む。



 それと同時に、堪忍袋の緒が切れた。



 咄嗟に半身になってボブの手をかわし、左手の甲で腕を払う。


 続けざま、右足を踏み込んで首筋に肘打ちを食らわし、手の側面を当てる拳槌でこめかみ、右拳打で顎を撃ち抜いた。



「———ッ?!!」



 ドドドッ、という鈍い音が三回鳴ってボブが地面に崩れ落ちた。



「……」



 残心を取っていた体を元に戻した。



「私の胸を触るなんて百年早いわよ」



 パッとツインテールをはね上げながら言いたかったセリフをつぶやき、倒れているボブを一瞥した。

 十二元素拳「風の型」による基礎的な三連撃だ。



「お、お嬢様……??」

「エリィ…」


 俺が手を出すと思わなかったらしいバリーとが口をあんぐり開けて見つめ、アリアナは当然の行動だね、という顔をしている。


 ボブは仰向けに倒れて白目を剥き、完全にノビていた。

 いくらなんでも打たれ弱すぎるだろ。

 十二元素拳が強すぎるのか?


「お、お、お、おどうだばぁぁぁ! がっごいいいぃいぃぃっ!」


 バリーが例によって滂沱のごとく涙を流して拍手し始めた。

 ふっ。カッコいいだろうそうだろう。

 もっと褒めるんだ。


「くひっ。面白い体術だな」


 馬車の屋根に寝そべっていた手長男が腕立て伏せの要領で身体を上げた。

 そのままの体勢で浮き上がり、空中で回転して俺とアリアナの前に着地する。


 御者席にいる黒装束の男も無言で立ち上がり、素早い身のこなしでこちらに近づいてくる。


「ボブのお坊ちゃんからは女子生徒を手篭めにするとしか聞いていなかったからなぁ。とんだ退屈なお守りだと思ったが面白いじゃあねえか。くひっ」


 手長男がぶらぶらと両手を揺らした。

 上半身には何も着ておらず、杖らしき物も持っていない。

 魔力をかなりの勢いで循環させていることから、身体強化で戦うタイプだと予想できた。


 ポカじいからは、杖を持たず身体強化のみで戦う魔法使いもいると聞いている。

 その数は少なく、レアな戦闘方法だ。


「学校の校門で……いいんですかぃ?」


 ぼそぼそと言いつつ、黒装束の男は左手に杖、右手にナイフを装備する。


「知ったことか。やれ巡回だの警護だの飽き飽きしてたんだ。ちょうどいい暇つぶしだろうが」

「ここで問題を起こしたらボスに……」

「黙ってろ。言わなきゃバレねえ」

「しかし……」

「十秒で黙らせて拐えばいいだけじゃあねえか」

「……それもそうか」


 アリアナがぴくりと狐耳を動かし、腰のベルトに巻いてある鞭に手をかけた。

 バリーも剣呑な表情になって杖を構える。


「これが見つかったらボブは退学ね」


 左手を目の高さに上げ、右手を胸の前にし、両手を開いて縦にする——。


 十二元素拳『風の型』の構えだ。

 詠春拳に似たこの型は攻防に優れたもので、初見の相手にはもってこいの型だ。


「ぬるい処罰…」


 アリアナが魔力を循環させつつ冷たい視線を二人の男へ向けた。


「よく見たら二人ともとびきりの上玉じゃあねえか」

「坊っちゃんにはもったいない……」

「金髪の女をもらうぞ」

「俺は狐人の女だ」

「めずらしく話が合うな、毒男」

「女を殺すなよ」



 手長男、黒装束がそう言って笑った瞬間、アリアナが目を見開いた。



「“重力グラビトン”」



 二人の男の足元に突如として半径十メートルの黒い重力場が発生した。

 杖も構えず唱えられた黒魔法下級““重力グラビトン”に黒装束と手長男は驚愕する。


「えい」


 発動した““重力グラビトン”に追従するようにしてアリアナが身体強化をし、高速で鞭をふるった。


「——いぎぃっ!」

「——っと」


 黒装束の男は““重力グラビトン”に足を取られ、脳天に鞭が直撃し、黒頭巾が縦に裂けた。


 手長男は瞬時に身体強化したのか、““重力グラビトン”から飛び出してそのまま俺に殴りかかってきた。


「らぁ!」



——速い!?



 咄嗟にバックステップしながら両手で相手の拳をガードした。

 手のひらから衝撃が伝わり、身体がくの字に折れたままとんでもない勢いで地すべりする。

 地面に敷かれたレンガと学校指定のローファーが擦れて靴底がみるみるうちにすり減った。


「っ………はっ!」


 強引に後方へ足を出して踏ん張り、足首をひねって勢いを停止させる。


 あの野郎……身体強化“上の中”で殴りやがった。

 こっちの身体強化が“上の下”。

 後ろに跳んでなかったら両手が潰れていた。



「へぇ、耐えきったか。腕を吹っ飛ばすつもりで殴ったんだがなぁ。くひひっ」

「レディにひどいことするわね」



 手長男は二十メートルほどを跳躍して距離を詰め、俺と対峙した。


 前方ではアリアナが目に見えない勢いで鞭を振っている。

 黒装束の男は服を鞭術で引き裂かれ、早くも意識を飛ばしたようだ。

 バリーが素早くとびついて魔力妨害の縄でぐるぐる巻きにした。


「あらら。ヤラれちまったじゃねえかあのバカ」


 手長男は校門を振り返り、へらへらとした口調で言った。


「さーてお嬢ちゃん。あまり時間をかけさせるなよ」

「失礼しちゃうわね。私、あなたと違って多忙なのよ」


 十二元素拳『風の型』を構え直す。


「いいねえ〜くひっ。楽しいデートとしゃれこもうじゃあねえか」

「デートならナイトクルージングがいいわ」

「優しそうな顔して気が強えぇ女だなぁ。くひっ。たまらんっ」


 すると奇跡的に目を覚ましたのか、校門付近にいるボブがむくりと起き上がった。

 ガニ股で尻もちをついたまま頭を押さえ、うるさい声で喚き始めた。


「ヤギーク! その女は絶対に捕まえろぉ!!」

「へいへい了解だぁ、くひっ」

「いいかぁ! 絶対だぞ! 死ななければいい! 腕の一本でも吹っ飛ばしとけ!」

「言われないでも分かってますよぉ、お坊っちゃん」


 男はボブを見て、吐き捨てるように言った。


「ヤギーク……?」


 まさかこの男。

 リッキー家の隠し玉の一人、ヤギーク・ニレヴァーナ?

 例の“焼肉レバニラ”じゃね?


「自己紹介がまだだったわね。ゴールデン家四女、エリィ・ゴールデンよ」

「……この状況で自己紹介とは変わってんなぁ。ま、嫌いじゃないね……くひひひっ。俺はヤギーク・ニレヴァーナ。血拳のヤギークだ」

「あらあら、怖い二つ名ね」


 過度な自信があるから名乗ってくると思ったが、案の定誘いに乗ってきてくれた。こいつが俺達の探していた『焼肉レバニラ』だ。


 情報によればヤギーク・ニレヴァーナは902点。

 エリィマザーと同等かそれ以上の使い手と考えて戦う必要がある。


 にしても身体強化メインで戦う体術スタイルか。

 さっき感じた魔力循環からして、焼肉レバニラは身体強化“上の中”を数分は使えるだろう。

 対するこちらの身体強化“上の中”はせいぜい五十秒がいいところだ。



 勝つためには短期決戦だ。

 落雷魔法を使うか………。いや、学校の中で落雷魔法を使ったら噂があっという間に広まる。


 十二元素拳のみで倒すぞ。

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