第220話 魔闘会でショータイム!⑨
捕まえてジャックの作った似顔絵と照らし合わせる。
こちらが動かずに睨んでいると、焼肉レバニラはポケットから紫色の瓶を取り出し、中身を鼻から思い切り吸い込み始めた。
「んふぅぅぅぅううっ。坊っちゃんはウザいが“バラライ”はやめれねぇなあ」
完全にキメてる奴じゃねえか!
エリィに見せたくねぇぇぇっ!
バラライといえばリッキー家がどこかで取引している禁制魔薬だ。
「こいつをヤると身体強化しやすくなるんだよなぁ。エリィちゃん、知ってたかぁ? くひひひっひっひぃ〜」
この魔薬、依存性も去ることながら魔力を薄っすら可視できる効果があるため身体強化の練習で稀に使われることがある。
身体強化は魔力を身体に覆うようにして留める繊細な技術だ。
魔力が目で見えたほうがやりやすく感じる魔法使いもいるんだろう。
緊張を解かず、男の身体に構えを向ける。
焼肉レバニラは天国へ旅立ちそうな恍惚とした表情で長い両手をぶらぶら揺らしている。
「エリィお嬢ちゃん。ごきげんよう。くひっ!」
何の前触れもなく焼肉レバニラは頭から突っ込んできた。
瞬時にかけた身体強化“上の中”による特攻?!
しかも頭突きかよ!
こちらも瞬時に身体強化“上の中”を全身にかける。
時速数百キロは出ている相手をどうにか見切って躱し、回し蹴りで側頭部を打ち抜いた。
———ゴッ!!!
巨大な鉛がぶつかったような鈍い音がし、焼肉レバニラと俺の足元から衝撃波が広がって地面のレンガがわずかに浮いた。
☆
「た、たいへんだ! エリィちゃんが暴漢に襲われている!」
「なんだとぉう!」
エイミーエリィファンクラブ会長、洗熊人のザッキー・ジェベルムーサは会員からとんでもない報告を受け、すぐさま集会小屋を飛び出した。
校内にみっしりと植林された樹木“
生徒がほとんどいない校舎から校門への一本道に、不穏な音が響いていた。
二百メートルほどを数秒で走り抜け、宙でひるがえる金髪のツインテールを見てザッキーは目の前の光景に釘付けになった。
「はっ! やあっ!」
「おらぁぁっ!」
———手長人族の男とエリィちゃんが戦っている。
———なぜか体術で。
身体強化を施しているザッキーの目でぎりぎり終えるスピードの攻防。
相当に速い。
麗しのエリィが鈴の鳴るような声で勇ましく拳打を繰り出し、手長人族の男が拳を肩で受け止める。
男はいわゆるストロングスタイル、という体術だった。
とにかく身体強化に魔力をつぎ込み一撃で相手を仕留めるという、パンタ国でもたまに見かける戦い方だ。
ストロングスタイルは殴られても我慢し、ひたすら相手に攻撃を仕掛ける防御無視の特攻型で、よほど身体強化に自信がなければできない。ザッキーは手長人族の男が相当の使い手だとすぐに分かった。
普通の魔法使いがこの戦法を取られると、瞬く間に負ける。
連射が難しい上位中級魔法を身体強化でガードされるからだ。
ストロングスタイルは飛んでくる魔法を身体強化で防ぎ、魔法を突破してそのまま相手をぶん殴るだけのシンプルな戦法だ。
防ぐ、走る、殴る。
シンプルで珍しいスタイルなだけに対策が確立されていない。
魔法の弾幕をかいくぐれればストロングスタイルの勝ち。
身体強化が切れるまで距離を保てれば魔法重視スタイルの勝ち。
ストロングスタイルの使い手が現れると、至って簡単な構図が生まれるのが常であった。
「すご………なんだあの体術………」
ザッキーは思わずつぶやく。
エリィが体術で対抗し、しかも圧倒的優位に立っていることに驚きを禁じ得ない。
可憐な彼女が優秀であり、白魔法の使い手であるという噂はファン倶楽部の情報網を通じて入手していた。
だが、これは何だ。
彼女の動きと強さは想像の埒外をいっている。
可憐、清楚、純情、自愛で包まれたエリィちゃん。
守ってあげたいエリィちゃん。
「………ふぁっ?」
ガラガラと音を立てて彼女へのイメージが崩れていく。
エリィの両手が尋常でない速さで動き、ことごとく男の攻撃をさばいてカウンターを入れる。しかもどの攻撃も人間の急所を狙ったものだ。
手長人族の男は的確に行われる急所への攻撃を、身体を捻ったり打点をズラしたりし、かろうじて防いでいる。
エリィの足が右に動けば肘打ちが飛び、半歩下がれば手の甲で相手の蹴りが弾かれる。
飛ぶように舞い、スカートがひるがえり、ツインテールがくるりと回って掌打が男の横腹へ食い込んだ。
男の魔力循環がぶれる。
身体強化が“上の中”から“上の下”に下がる。
エリィも強化時間が限界だったのか、それに合わせて一段下げた。
体勢をくずしたところを見逃さず、エリィが両手をカギ爪のようにして先ほどとは違った力強い攻めを見せた。
「えい、やっ、はっ!」
重い一撃が男の身体に吸い込まれていく。
素早い! 動きに淀みがない! 強い!
エリィの体術を見てザッキーは心の中で叫ぶ。
洗熊人特有の大きな手を握りしめ、脳内に直接ファイアボールを撃たれたみたいに熱く激しく興奮した。
ザッキーはエリィを助けることも忘れてその戦いを目で追った。
時間にしたらほんの二分程度の出来事だ。
やがて劣勢を悟った手長人族の男はダメージ覚悟で拳を受け止め、エリィの右腕をつかんで自分の身体へ引き寄せ、強引に殴りかかった。
「ああっ!」
確実に前へつんのめって体勢を崩される!
ザッキーが悲鳴を上げるが、エリィは予想外の回避行動を取った。
彼女は相手の引く力にあらがって踏ん張るのではなく、そのまま右足を投げだしてべったり地面に大開脚し、男の放った拳をかわした。
———!!?
これにはザッキーも手長人族の男も目を剥いた。
考える暇を与えず、エリィは両足に力を込めてバネ仕掛けのように立ち上がり、その勢いのまま右掌底で男の顎をかち上げた。
「あがっ……!」
強烈な一撃により、男の身体が宙に浮く。
エリィをつかんでいた手も離れる。
エリィは白い手をぎゅっと握り、「はぁっ!」と気合いを入れて右拳打を男の腹部へ打ち出し、左拳打を自らの後方へ打ち、相手に拳が当たるのと同時に右足を思い切り踏み込んだ。
「いぎゃっ———!」
レンガの地面にエリィの右足が埋まり、男が超重量のハンマーで打たれたかのように物凄い勢いで吹っ飛んだ。
十二元素拳決め技の一つである『通背拳』。
踏み込みと打ち出しのタイミングを合わせ、相手の内臓まで破壊する危険な技が炸裂した。
ザッキーはエリィの勝利を確信し、ただただ呆然と残心を取る彼女を見つめた。
男はヘソの下をエリィに打たれた。
ヘソの下は『魔力炉』と呼ばれる魔力の発生源がある。
魔法使いにとってもっとも弱い場所であり、守らなければいけない部位であった。
魔力炉をあのパワーで打たれたらしばらく魔法は使えない。
「………」
ザッキーはあまりの興奮で声が出なかった。
両手を伸ばし、足を大きく踏み込んでいるエリィの太ももに目が行くが、華麗な体術に圧倒されてスケベな気持ちは一切湧いてこなかった。
◯
危なかった。
腕を取られたときはヒヤッとしたぜ。
あやうく“
「うんしょ」
地面に埋まった右足に身体強化をかけて引き抜いた。
攻撃は受けていないが念のため白魔法で回復をしておく。
ポカじいから教わっていたストロングスタイルは十二元素拳との相性がよかった。相手の一撃が重く、一発躱せば三、四発こちらの攻撃を入れることができる。所詮、カンフーの前ではストロングスタイルなんて児戯みたいなもんだ。
さて、通背拳で吹き飛ばした焼肉レバニラを捕まえ……って、もうアリアナとバリーがとっ捕まえてふん縛ってるな。ついでにボブもお縄についている。
戦闘中に結構移動してしまったな。
校門までざっと百メートルはある。
ってことは通背拳でそれだけあいつをふっ飛ばしたんだよな。
やっぱ強いな十二元素拳。カンフー最強。
「あらまぁ」
——パァン! パァン! パァン!
アリアナが正座しているボブに当たるか当たらないかの鼻先を狙って鞭を振り始めた。
ボブが情けない顔で怯え「ひぃぃ」と言っているのがわずかに聞こえる。
アリアナのあの顔は完全に怒り100%だ。あとで狐耳をもっふもっふしないと機嫌がなおらないぞ。
「あの、エリィちゃん」
振り返ると、一度顔を合わせて倶楽部の説明をしてくれた、エイミーエリィファン倶楽部の会長さんが立っていた。
洗熊人は総じて身体が大きいらしい。彼も二メートル近い身長だ。
彼はこちらに近づくと、突然ひざまずいて両手を合わせた。
「弟子にしてください!」
………ホワッツ?
「あなたは体術の女神です!」
ああ、見られていたらしいな。
どうせ体術は魔闘会でお披露目されるから、落雷魔法を見られるよりは全然いいだろう。
どうやって断ろうか。
彼の目は天の星々を射抜かんばかりに真剣でまっすぐだ。
あまり適当なことを言ってはかわいそうだな。
そもそも、まだ俺だって修業中の身だから弟子を取る資格なんてない。
「……」
黙っていると騒ぎを聞きつけたハルシューゲ先生と、その他の教師達が走ってきた。
「エリィ君、大丈夫かい?!」
ハルシューゲ先生は毛が全部抜けそうなほど心配した表情で話しかけてくる。
「大丈夫です」
「何が起きたんだい?! すごい音と魔力の波動を感じた。ただ事ではないだろう?」
「誘拐されそうになって、賊を撃退しました。捕まえた者たちに事情聴取するべきかと思います」
「誘拐だって……?」
「私、人気者みたいです」
「……君ほど狙われた生徒は過去にいないだろうよ」
「困ります。私、忙しいんです」
「それは知っているよ。しかし、校内で起きた事件のためうやむやにはできない。悪いが事情を説明してもらうよ」
「はい、分かりました」
◯
あれよあれよと校門前に人が集まってきた。
ゴールデン家の馬車に常備している魔力妨害の縄にふん縛られて正座している、下着一枚の元黒装束の男、焼肉レバニラ、そしてボブ郎の姿に周囲の目が吸い寄せられた。
元黒装束の男はアリアナに鞭でかなり叩かれたのか、身体中にミミズ腫れができている。少し陶然とした顔をしているのは……新しい扉を開いてしまったらしい。アヘアヘした顔、やめれ。まじで。
焼肉レバニラは白目で気絶状態だ。
バリーが縄で巻いて強引に正座させたようだ。
倒れないようフライパンで背中を支えている。バリーの私物だろうか。
そしてボブは屈辱と絶望に顔を青くし、それでもまだ言い逃れをしようと考えているのか、無理に強がって「縄をほどけ。どうなるか知らないぞ」と凄んでキョロキョロと周囲を威嚇する。少し黙っとけ。脳みそピンクのポピ郎が。
グレイフナー魔法学校の教師十五人と、校長までやってきた。
さぁ校長が喋るぞ、と思ったそのときだった。
「エリィ嬢! 約束の時間に来ないと思ったら、これはどういう状況なんだい?」
うそっ?
まさかの皇太子登場だった。
俺の次ぐらいのイケメンフェイスに困惑を浮かべ、馬から飛び降りた。
彼の周囲を守っていた屈強……というよりボディビルダーのようなムッキムキの男たちも颯爽と馬から飛び降りた。
全員、防御力の高そうな銀のプレートと分厚いマントを羽織っている。
「殿下、大変申し訳ございません」
すぐに膝をついて頭を下げた。パンツが見えないようにエリィが脚の角度を調整してくれる。いつも助かるわ。
「やめないか。君の美しい膝が地面で汚れてしまう」
皇太子が白手ぶくろに包まれた右手を出したので、お言葉に甘えてつかまり、立ち上がった。
「ありがとうございます」
お淑やかなレディの礼を取って皇太子の手から逃れた。
おい。ずっと握っていそうな勢いだったぞ。
「いいんだよ。それより——何かの事件に巻き込まれたようだね」
「はい、おっしゃるとおりでございます。大変言いにくいことでございますが、わたくし、誘拐されそうになりました」
「誘拐?! エリィ嬢を誘拐だと!」
イケメン皇太子は校門前で正座している、アヘ顔、白目、ボブ郎を見て驚き、次期国王らしく即座に表情を冷静なものへ変えた。
召喚魔法の件で対談する予定だったが……。
まさか皇太子自らエリィを迎えに来るとはな。
警邏隊を呼ぼうとしていた俺たちにとっては最高のタイミング。
ボブにとっては最悪のタイミングだ。
◯
皇太子は差配役を買って出てくれた。
校門前にはお縄になっている、元黒装束、焼肉レバニラ、ボブ郎を囲むようにして、俺、アリアナ、バリー。
皇太子と護衛のボディビルダー……もといシールド団員五名。
ハルシューゲ先生を含む教師十五名とエルフの校長もいる。
皇太子とシールド団員がいるだけで場の空気が一気に重厚感のあるものに変わった。
ボブはさすがに自分の立場がヤバイと思ったのか、せわしなく身体を揺すっている。
シールド団員はたまに大胸筋をビクンと跳ねさせる。
「リッキー家の長男、ボブ・リッキーはこの賊を使ってエリィ嬢に襲わせた。エリィ嬢、その申告に相違ないか?」
「はい。ございません、皇太子様」
皇太子はエリィに対して好感度マックスらしく、ボブに対して激おこだ。
話の裏を取るべく、目撃者に話を聞いていく皇太子。
バリー、アリアナ、ザッキー会長に事情聴取し、たまたま最初から成り行きを見ていた一般人の証言を聞いて、瞠目した。
どうやら決め手になったみたいだな。
皇太子は無表情にうなずいて、ボブ郎に視線を向けた。
この聴衆が集まる場で裁きを与えようとしているのは、ボブを許すつもりがないことを意味していた。
「おれ………ぼくは知りません! こいつらが勝手にやったことです! それに、そこにいるゴールデン家の女がいきなり殴りかかってきたんです! 首と頭を何度も殴られたんだ! ぼくは何も知らないし何もやってません! 皇太子殿下、どうかぼくの話をきいて——」
ボブ郎はついに言い逃れができない状況だと思ったのか、意味不明なボブ語でボブボブとわめき始めた。
イケメン皇太子は豪奢で防御力が高そうなマントをひるがえし、ボブの言葉を遮った。
「黙りたまえ、被告人」
「………っ」
ボブは顔を真っ青にし、悲壮な表情で皇太子を見上げた。
その目は、なぜ学校にタイミング悪く皇太子が現れたんだと混乱が渦巻いており、必死に逃げる言い訳を考えて遊具で遊ぶハムスターのようにぐるぐると回っていた。
「私は裁判官の権利と資格を有している。非公式ではあるが、現行犯とあらば話は別だ。一刻も早く罪状を伝え、被害者を安心させてやらねばならない」
若いながらも国政に携わっている皇太子には得も言えぬ迫力があった。
「まず、ならず者二人は監獄行きだ。そしてその二人を先導したリッキー家長男、ボブ・リッキー。貴様はレディをいたわり、思いやる気持ちが欠如している。嫁入り前の麗しきレディを強引に襲って手篭めにしようとし、その行動を謝罪しようともせず相手のせいにする見下げた態度と性根は許し難く、気高き精神を尊ぶグレイフナー魔法学校の生徒とは到底思えない」
ボブは己の人生プランが崩れていく音を聞きたくないのか、むやみに首を左右に振った。
「ああっ! ああっ! ああああっ! 違うんです! ぼくは悪くないんです! そこの女が! 女が悪いんですぅぅぅ! ぼくは悪くないいぃぃぃぃいいぃっ!!!」
錯乱してボブ郎が叫んだ。
「ボブ・リッキーは現時刻をもってグレイフナー魔法学校を退学とする! 魔闘会終了まで自宅謹慎とし、魔力結晶鉱山で十年の労役を課す!」
「うわあああぁあああああああああああぁぁぁぁあぁぁぁっ! いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだぁぁぁああぁあぁぁあぁぁっ!」
ボブは涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにして泣き叫んだ。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!」
周囲を見渡すと、全員が白けた表情で彼を見ていた。
唯一ハルシューゲ先生だけが、ボブを更正させられなかったことを悔いるようにして顔を伏せている。
エリィは散々辛辣な言葉を投げてきた男の末路を見て、複雑な心境になったのか、俺の胸にもやもやとした気分が広がった。
エリィ。
これが犯罪者の行末ってもんだ。
お前が気に病むことじゃない。
この男はエリィを散々おもちゃにしてブスだデブだと弄び、美人になったら手篭めにしようとするとんでもない悪党だ。生まれながらの“悪”だ。こんな不誠実な男は、俺の記憶にも存在しない。クズ男だ。……いや、こいつを男と呼ぶのも憚られる。ただのクズ、とでも言っておけばいい。
「ん…」
アリアナが気持ちを察してくれたのか手をつないでくれた。
強く彼女の手を握り返し、身を寄せる。
アリアナがぴったりとくっついてくれ、温かいぬくもりを感じた。
胸中にわだかまっていた気持ちが消えていき、普段のエリィらしい優しさにあふれる心が戻ってきた。
「連れて行け!」
皇太子が指示を出す。
駆けつけた警邏隊が悪党二人とボブを護送馬車に押し込み、三名は魔闘会で混み合うグレイフナー大通りへと消えていった。
「ぐぞぅ! エ゛リ゛ィ・ゴールデンッ!! あのブズが悪いんだぁぁぁあぁぁぁっ!!!」
ボブ郎は最後まで喚き散らし、護送馬車の鉄格子から俺を睨みつけていた。
エリィを二年間いじめ、手篭めにしようと賊を使って犯罪を犯し、反省の色もない人間として最低な男は、俺達の前から消えた。
せいぜい自分のやってきたことを思い返し、どれだけ己が卑劣で下衆な男だったかを理解するがいいさ。罪を償いながらな。
さて、残るは子どものボブに人間性を与える教育をしてこなかったリッキー家だ。
諸悪の根源は根本からぷっちんしてしまおう。
ともあれ、一段落ついたし、キツキツのスケジュールをこなすとしますか——
あ、大事なこと忘れてた。
「アリアナ」
「なに…?」
アリアナが長いまつ毛をぱちぱちさせ、上目遣いで見上げてくる。
彼女の細い身体を抱き寄せ、狐耳をこれでもかと揉んだ。
右から左から前後上下にもっふもっふゆっさゆっさ、手に滑らかな毛の感触と動物の耳特有の弾力が伝わり、自然と頬が緩んでくる。エリィも心から楽しんでいるらしく、笑顔が止まらない。
癒やしだ。癒やしはここにある。
もふもふもふもふもふ。
さわさわさわさわさわ。
つんつんつんつんつん。
もふもふもふもふもふ。
「エ、エリィ…ちょっと激しいかも…」
アリアナが顔を赤くして目を伏せた。
見れば、両手で制服のスカートをぎゅっと握り、足をもじもじさせている。
こ、これは……!
ちょっとイケない雰囲気になってしまったぞぉう……!!
お兄さんこんな教育に悪いことするつもりじゃあなかったんだ!
ただ、アリアナのストレスを解消しようとね……。
「あ、あら、ごめんなさい」
しどろもどろで謝罪し、アリアナの狐耳から手を離した。
手が離れたアリアナはほっと安堵の溜め息をついて、狐耳を自分の手で軽く撫で、ちらりとこちらを見てうつむいた。
アリアナがめずらしく口ごもっている。
俺が顔を寄せると、小さな口を開いた。
「たまになら…こういうのも…いいよ…」
尻尾をゆっくり振りながら、ためらいがちに言うアリアナ。
彼女は自身のプリティな破壊力を全く理解していない。
「ええ……」
ただうなずくしかない俺とエリィ。
どうにも気恥ずかしくなり顔を上げると、周囲の男たちが一斉にこちらから顔を逸らした。
「いやあああっ、肩が凝りましたな!」「まったくけしからんよ誘拐など!」「んああぁぁっ無性に宙へとパンチする俺氏!」「シールドに栄光あれっ」「シールド! シールド!」「は、鼻血が……!」「これが愛か」「もふもふ倶楽部を作ろうと思った今なうNew《にゅー》」
「エリィ君、アリアナ君」
ハルシューゲ先生が微妙な顔をしてこちらを見た。
「仲がいいことは何よりだが皆の前でスキンシップはやめたほうがいい。君たちを見ていると、何だか失った青春を思い出していたたまれない気持ちになるんだ……」
今にも先生は全毛根が死んでしまいそうな複雑なご尊顔をされている。
だがそこは先生。
すぐ気持ちを切り替えたのか、教師らしい表情に戻って俺とアリアナの背中を押した。
「ボブ君のことはこちら任せて行きたまえ。殿下をお待たせしてはいけないよ」
「はい、先生」
「ありがと…」
スカートの裾を持って、ハルシューゲ先生、諸先生方、シールド団員、ハンカチーフで鼻を押さえている皇太子へレディの礼をし、バリーの待つ馬車へと乗り込んだ。
すぐにシールドが馬に飛び乗り、先導を始めた。
イケメン皇太子もひらりと白馬に乗って馬車の窓を覗き込むと「では参りましょう、マイ・レディ」と臭いセリフを言う。鼻の下に鼻血の跡があるのが凄まじく気まずい。
皇太子とシールドが馬をゆったりと進める。
皇太子が堂々と背筋を伸ばし、国民へ挨拶をすると瞬く間に馬車や人が避けた。
その後ろをゴールデン家の馬車は悠々と進んだ。
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