第204話 イケメン再び学校へゆく⑭


     ◯




 グレイフナー大通り、一番街の一等地に白魔法師協会は居を構えていた。

 冒険者協会兼魔導研究所よりもさらに王宮に近い場所にあるため、その重要性が伺えた。


 冒険者協会兼魔導研究所の壁面には『Eimy最新号』の特大ポスターが飾ってあるのが見える。エイミーが可愛らしくもどこか艶のある笑みを浮かべており、でかでかと『4月20日発売!』と書かれていた。


 四頭立ての馬車が四台並んでもまだ道幅に余裕のある大通り。

 歩行者用の道も広く道幅が取られており、レンガが綺麗に敷き詰めてある。


 先ほどのよい子ちゃんとのやり取りで遅刻しそうだったので、小走りで四年生光クラスの生徒達が集まる白魔法師協会の玄関前へ向かった。


 俺が走ってくるのを見つけ、スカーレットとゾーイはニヤリと笑い、ボブも憎たらしく含み笑いをしている。

 ごめんな。魔力ほぼ満タンで“治癒ヒール”1000回ぐらいいけるわ。


「エリィさん」


 赤毛ソバージュのジェニピーが手を振っていった。

 俺も笑顔で答え、行き交う人を間を縫ってなんとか時間に間に合った。


「ごきげんよう。お寝坊さんですの?」

「いいえ、ちょっと用事があって」

「間に合ってよかったですわ」


 ああ。やっぱクラスに友達がいるっていいな。


 ハルシューゲ先生は俺が合流するのを見届けると、全員出席している旨を伝え、協会内へ引率した。


 白魔法師協会は、洗練された白亜の柱を支柱にして造られた清潔な建物だった。ロビーには『診察受付』『派遣依頼』の二種類の大きな看板があり、銀の胸当てに白い法衣っぽい服を着た白魔法師が忙しそうに行き来している。


 二種類の窓口は早朝にも関わらず長い列ができていた。

『診察受付』には怪我人。

『派遣依頼』には金回りの良さそうな人が並んでいる。


 ハルシューゲ先生と副担任の指示に従い、三人グループに分かれ、『特設診察所』へと向かった。

 クラスは全部で四十一名。

 三名班が十三組。二名班が一組の内訳で組分けをし、十四グループになった。


 当然、俺はジェニピーとハーベストちゃんの二人とグループを組んだ。

 ハーベストちゃんがめっちゃ笑顔なのがなんとも愛くるしい。


 スカーレットはゾーイと取り巻き連中にいる背の高い女子と組んだようだ。


「ではこれから白魔法師協会の実習を行う。この実習は四年生が毎年行っており、学校にとって大変に意義のあるものだ。グレイフナー魔法学校の生徒として恥ずかしくない心構えで実習にあたるように。また、実際の患者さんに光魔法を唱えてもらうことになる。全員、昨晩から魔力は使ってないね?」


 真剣に話を聞く生徒から「はい!」という元気な声が上がる。

 俺もいい返事をしたが、スカーレット、ゾーイがこちらを見て笑いを堪えている様子が見えた。


 性格わっるいなーホント。


「よろしい。では、今回の実習を監督してくれる白魔法師の方を紹介しよう」


 ハルシューゲ先生が右手を広げると、純白の白魔法師の服に身を包んだ三十代の渋い兄ちゃんが一歩前へ出た。胸に銀のプレートを輝かせ、腰に白造りの杖とショートソードを装備している。髪と瞳は灰色で、顎髭を綺麗に整えていた。


「グレンキース・サウザンドさんだ。みんなが知っている通り、かの有名なサウザンド家の系譜を組んでいる優秀な御仁だ。粗相のないように」

「ハルシューゲ先生、お久しぶりです」


 グレンキース・サウザンドはまずハルシューゲ先生に一礼し、そして満面の笑みで俺のところまでやってきて右手を差し出した。


「エリィ・ゴールデン嬢! お会いしたかった!」


 向こうの勢いに流され、よく分からないままこちらも右手を差し出すと、グレンキース・サウザンドが手の甲に挨拶のキスをした。


 ちょっ!?

 そういう挨拶?!


 突然の指名にクラスメイトが騒然となった。

 女子からは黄色い悲鳴が上がり、男子生徒からはなぜか落胆の声が上がった。


「ご……ごきげんよう」


 途端にエリィの顔が熱くなる。


 もうやだ〜。

 いい加減慣れてよエリィ〜。

 これただの挨拶だから〜。


 手を離して姿勢を正すと、グレンキース・サウザンドは爽やかに笑い、こちらの耳元に口を寄せ、小声でしゃべった。


「実は先日、白魔法師隊の隊長としてあの現場にいたんですよ。君が使った浄化魔法には感激しました。こうして君が実習に来ると聞いて楽しみにしていたんです」


 マザーがグレンフィディックのじいさんにおしおきをしたあのときか。

 確かに白魔法師隊がいたな。


 よしわかった。

 それはいいとして、急に近づくのやめてくれるかな?

 絶対に顔真っ赤だから。


 彼は俺から離れ、軽く咳払いをして場の空気を戻した。


「失礼。私がご紹介にあずかったグレンキース・サウザンドだ! 本日は君達の実習監督を任される栄誉を手にすることができ、大変に光栄だ! 私もグレイフナー魔法学校の出身なので遠慮なく指導するぞ! 分からないことはすぐ聞いてくれ!」


 グレンキース・サウザンドが笑顔でハキハキと言うので、生徒達の緊張がほぐれていくのが見ていて分かる。そしてクラスメイトの俺を見る目が痛い。


 まあ、スカーレットが特別扱いされた俺を見て悔しがってるからよしとしよう。


「優秀な君達なら知っていることと思うが、四月は魔物が多く繁殖する時期だ。そのためかなりの人数の冒険者と腕利きの魔法使いが魔物狩りへと派遣されている。また、“屋根塗り”の時期でもあるため、国民に怪我人が多く出る時期でもある。要するに四月は怪我をする国民が多い。君達には軽症の患者を診てもらい、それに合わせた光魔法を行使してもらう。いいね!」


 全員が「はい!」と若さ溢れる威勢のいい返事をした。


 スカーレットとゾーイはじろじろとこちらを見て、もう勝負がついたような顔をしていた。




      ◯




 白魔法師協会『特別診察室』は教室の三倍ほどの広さの部屋に、診察台が二十個置いてあり、机と丸椅子もそれに合わせて二十個用意してあった。患者さんが見やすいように、1〜20の大きな番号札が机の上に乗っている。


 十四組に分かれた俺達は1〜14番の診察台に配置され、交代で治療にあたる。

 余った六つの診察台には協会の白魔法師が治療師として加わった。


 そんでもって、六人全員が俺のところに来て挨拶するもんだから、クラスメイトがいよいよ羨望の眼差しでこっちを見るようになった。なんでも、全員あのときの白魔法師隊らしく、是が非でもと志願したようだ。知らないところでエリィの人気がインフレしてるな。


「エリィちゃん! どうして白魔法師さんと知り合いなの?!」


 ハーベストちゃんが丸顔をふにゃりと崩し、目を輝かせて聞いてくる。


「本当ですわ! 一生徒にプライドの高い白魔法師が挨拶するなんて滅多にないことですわよ!」


 ジェニピーも興奮しているのか赤毛のソバージュをばっさばっさと手ではねている。それ、癖なのね。


「うん、ちょっと色々あってね……」


 言えない……。

 実は母親がグレンフィディック・サウザンドの娘で、しかも自分は浄化魔法中級まで唱えられる、とか言えねえよ。


「何か隠してるね。このこのぉ」

「あとで教えてくださいませんこと?」


 これは休憩時間に根掘り葉掘り聞かれるパターンか。

 でもそんなガールズトークも悪くねえよな、エリィ?


「ふん。どうせなけなしのお金で献金でもしたんでしょ」

「浅ましい女」

「ですわぁ〜」


 偶然にも隣の7番診察台になったスカーレット班が対抗意識をむき出しにして、揶揄してくる。

 スカーレットが最初の診察にあたるのか丸椅子に座ってふんぞり返り、その後ろで付き人のようにゾーイと背の高い女子生徒が控えていた。


「すぐにお金の話題ですの? これだからミスリル成金は困りますわ」


 ジェニピーの手厳しい返し。

 彼女は先日の言葉通りもう我慢するつもりがないようだ。


 スカーレットは奥歯を噛み、腕と足を組んで鼻を鳴らした。


「なぁんですってジェニファー・ピーチャン。あなたいつもピーチャン鳥のフンの臭いがしますわよ。近寄らないでくださいます?」

「それを言うならスカーレット・サークレット。あなたの金髪は金のメッキでしょう? 雨の日に剥がれないか心配ですわね」

「おだまりピーチャン! エリィ・ゴールデンなんかの友達になったことを後悔させてあげるわ!」

「あなた、そんな態度だといつか友達がいなくなりますわよ」

「何を言うのかと思えば……そんなこと起きないわよねぇゾーイ」


 スカーレットが後ろのゾーイを見ると、彼女はうなずき、ぐいと眉間に皺を寄せジェニピーを睨んだ。


「黙れピーチャンの卵売り。大人しくピーピー鳴いていろ」

「まあ……リトルリザードの尻尾みたいにスカーレット・サークレットにくっついて。あなたは言葉遣いも行動もお下品でございますわね、ゾーイ」

「おまえ……」


 ジェニピーが強い。

 全然言い負けない。


 てかね、怖いよ。女子の言い争い怖いよ!


 ゾーイがジェニピーに詰め寄ろうとしたとき、タイミングよく時間になった。


「ではこれから患者さんを入れるぞ! 無理せず、不明点があればすぐに私かハルシューゲ先生に聞くんだ!」


 舌打ちしてゾーイが姿勢を戻した。

 スカーレットも腕と足を組むのをやめ、患者を待つ。


 案内役の猫耳係員が「患者さん来たニャ」と言うと、扉が開いて怪我人が続々と入室してきた。



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