第205話 イケメン再び学校へゆく⑮



 案内役の猫人係員が、「3番ニャ。19番ニャ」と言って手際よく症状を見分けて診察台へ患者を振り分ける。


 傷の重い患者は15〜20番にいる白魔法師のところへ。

 その他は生徒達の診察台へと通される。


 一気に部屋が騒々しくなり、各診察台で光魔法が輝いた。


「傷を見せてくださいませ」


 俺達が担当する6番診察台のジェニピーが落ち着いた様子で患者と向かい合う。

 黒いローブを来た中年女性が、痛みで顔をしかめながら右腕を出した。


「屋根から落ちてしまってね。年甲斐もなく張り切りすぎたよ」


 四月になるとグレイフナー王国では魔除けの“屋根塗り”を一斉に行う。

 “屋根塗り”とは、金木犀の樹液と綺麗な地下水、オリュブのエキスを混ぜ、光魔法“ライト”を照射して作る『魔除け剤』を屋根に塗る作業のことをいう。安価で大量に作れるため、年に一度塗るのがグレイフナーの慣例になっていた。


 おばさんの右腕は腫れ上がって真っ青になっている。

 ひどい打撲だ。

 これは中級“治癒ヒール”だと治らない。

 上級“癒発光キュアライト”の力が必要だ。


「まあ……これは痛いでしょう? 動かさないでくださいまし」


 ジェニピーは杖を患部の上にかざし、丁寧に呪文を詠唱する。


「“癒発光キュアライト”」


 白く温かい光がおばさんの腕を包み、真っ青だった腕が綺麗な肌色に変わった。

 ジェニピー、光魔法上級まで習得しているんだな。しかも魔力循環が乱れていない。優秀な生徒だ。


「おお。痛くないよ。ありがとね」

「来年は気をつけてくださいませ」

「そうだね、気をつけるよぉ」


 おばさんは嬉しげに診察台から立ち上がり、ぺこりと礼をして部屋を出た。


「ふぅ……緊張しますわね」


 ジェニピーがため息をついて、丸椅子から立ち上がった。


「完璧よ」

「ジェニファーさんすごい! 私、できるか不安です」


 ハーベストちゃんが不安げな表情で丸椅子に座る。


「大丈夫。私とジェニピーでフォローするから」

「エリィちゃんがいると心強いよ」

「ほら、次の患者さんが来るみたい」


 入り口にいる案内役の猫人女性がこちらを指差している。

 患者は痛そうに包帯で巻いた左腕を右手で押さえていた。


 隣にいるスカーレットも最初の患者を治療し終えたみたいだ。嬉しげに顔を上げ、俺と目が合うと口元を歪めて「ふん」と顔を背けた。


 さ、無視していこう。


 肉付きのいい男性が俺達のいる6番診察台へ腰を下ろした。


「腕を仕事中に切っちまった。小さい傷だからいいと思ったんだけどよ、時間が経ったらひどく痛むんだ」

「では包帯を取りますね。痛かったら言ってください」


 ハーベストちゃんが背筋を伸ばして真剣な顔で、男性の包帯をほどいていく。

 血が付着した包帯をゆっくりと外し、途中で男性が痛がったので中級“治癒ヒール”を唱えた。


 光魔法中級“治癒ヒール”、光魔法上級“癒発光キュアライト”は患部が見えると効果が高い。

 光魔法の上位である白魔法になると、魔法が対象者の身体全体を包み込むため、着衣したままでも十分に効果がある。


 包帯をつけた状態でも切り傷程度なら“治癒ヒール”で治るものの、どうしても詠唱回数が増えてしまうのが下位魔法のネックだ。

 ハーベストちゃんが包帯を外すのは少しでも使用回数を減らすためだな。


 包帯から出てきた腕は、切り傷が十箇所ほどあった。

 しかも結構深い。これで我慢するとか根性ありすぎだろ。


 先ほどの“治癒ヒール”で三割ほど傷は治っている。

 ハーベストちゃんは丸いほっぺたを赤くさせ、じっと患部を見つめると、杖をかざした。


「“治癒ヒール”」


 腕にあった切り傷の出血が止まり、傷口が塞がった。

 一発で治すとは魔力循環が上手い。ハーベストちゃんもなかなか優秀だ。


「ありがとよ、お嬢ちゃん。勉強がんばってな」

「は、はい! ありがとうございます!」


 男性が礼を言って診察台から立ち、部屋から出ていった。ハーベストちゃんは何度も彼に頭を下げた。

 包帯をゴミ箱に捨て、彼女は軟体動物みたいに脱力した。


「よかったぁ。お父さんで練習しておいてよかったよぉ」


 ちょっと不穏なことを言うハーベストちゃん。

 彼女と交代して丸椅子に座った。


「次は私ね」


 ちょうど隣の7番診察台も終わったのか、背の高い女子が笑顔でスカーレットとゾーイと話している。

 三人は俺が丸椅子に座ったのを見て、悪意のある笑みを浮かべた。


「あら。あらあらぁ〜。次はエリィ・ゴールデンの番なのね。ちゃんと上手くできるかしらねぇ」


 スカーレットが顎を上げ、「オホホホッ」と高笑いする。

 ゾーイと背の高い女子が痛快だ、とお互いを肘で小突き合っていた。


「そうね。不安だわ……」


 俺が顔を伏せると、スカーレットは相手を騙した詐欺師のように、口角を上げた。


 そうこうしているうちに俺の前に患者が運ばれてきた。

 受付とは別の猫人女性が肩を貸し、一人で歩けないほど怪我をしている。


「エリィ・ゴールデン嬢なのニャ?」

「そうですわ」

「この人をお願いするニャ」


 そう言いつつ、猫人の女性が患者を診察台へ寝かせる。

 二十代前半の男性患者は胸元に深い裂傷があり、右足首が捻挫でボールのように腫れていた。


 気づけば後ろにハルシューゲ先生と、白魔法師のグレンキース・サウザンドが立っていた。どうやら俺の治療を見たいらしい。


 生徒の特別扱いはよくないと思います。

 ちらりと彼らを見ると、うむ、とうなずいた。


 いや、そうじゃなくってね。


 隣の7番診察台のスカーレットとゾーイがバシバシと足を叩いて、今すぐ大笑いしたい、といった表情をしている。


 ハーベストちゃんとジェニピーは、わくわくした顔で首を突き出し、両拳を握っていた。


 まあいいか。

 注目されるのは個人的に嫌いじゃない。

 唱える魔法を下位魔法にしておけば悪目立ちしないしな。


「痛みは胸と右足首だけでしょうか?」


 男性患者が両目をつぶり、今にも泣き出しそうな顔で必死にうなずく。

 これは相当に痛いだろう。


 なんだかオアシス・ジェラの治療院を思い出すな。

 ジャンジャン、コゼット、ルイボン、クチビール、アグナス、商店街のみんな、元気かな。


 ポケットからポカじいにもらった“杖もどき”を取り出し、一気に魔力を循環させて魔法を唱えた。


「“癒発光キュアライト”」


 患者を包み込むほどの白い光が円形に広がり、みるみるうちに胸の裂傷と右足首の腫れが引いた。


「おおっ!」

「これほどとは……」

「す、すごいですわ……」

「エリィちゃんうますぎ……」


 ハルシューゲ先生が嬉しそうに言い、グレンキース・サウザンド、ジェニピー、ハーベストちゃんがあまりの驚きでつぶやきを漏らす。


 俺がいま唱えた光魔法上級“癒発光キュアライト”は限界値まで魔力を込めたものだ。しかも無詠唱で、発動までのタイムラグが一秒ほど。ポカじいいわく、超熟練白魔法師レベルの技巧、とのこと。エリィの光魔法、白魔法への適性は抜群らしい。


「あれ、痛くない?」


 苦悶の表情を浮かべていた男性患者がむくりと起き上がって、自分の胸元と足首を見る。白魔法が必要な重症でなくて幸いだ。


「どこで怪我したのかしら?」

「え? ああ……屋根の上でふざけていたら落ちてしまって……」

「こらっ。ダメじゃないの」

「ご、ごめん」

「次は治さないからね」


 とか言いつつ絶対に治すエリィね。

 不注意や未然に防げる怪我などには、ちょっぴり厳しいことを言うんだよな。


「ほんとごめん。以後気をつけるから」


 急に焦り出す男性患者。


「痛いのは自分なんだから……。お大事にね」


 おーエリィがしゃべるしゃべる。

 男性患者が顔を赤くしてエリィに何度も礼を言い、名残惜しそうに部屋から出ていった。


「はーい、次の方どうぞ!」


 おっと、いけね。

 ジェラ治療院の癖で次の患者さん呼んじゃったよ。

 敬語も消えてついタメ口になっちゃうしな。


「手慣れているね……」


 ハルシューゲ先生が驚きつつ笑顔で言ってくる。


「エリィさん治療の女神みたいですわね」

「エリィちゃん女神すぎ」


 ジェニピーとハーベストちゃんがうんうんとやけに嬉しそうに首を振った。


「さすがはエリィ嬢だ」


 グレンキース・サウザンドが当然のように言って、周囲の巡回に戻った。ハルシューゲ先生も別の診察台へと足を向ける。


 隣から一部始終を見ていたスカーレットとゾーイ、背の高い女子は、渋柿の渋味を抽出した原液を一気飲みしたみたいな、苦い表情をしていた。特にスカーレットはひどく、顔中に皺を寄せ、手に持った杖で何度も自分の腕を叩き、奥歯を噛み締めている。


 どうやらぐうの根も出ないらしい。


「どうした7番。患者さんが来ているぞ」


 グレンキース・サウザンドがスカーレット班の診察が止まっていることを注意する。


 それを見たジェニピーが「ふふっ」と笑ってぱっと髪をはね上げたもんだから、いよいよスカーレットが顔面をトマト色に染めた。


「早くおやりなさいゾーイ!」

「は、はい!」


 あわてて丸椅子に座るゾーイは、俺とジェニピーを睨みつけ、患者を診察して“治癒ヒール”を唱えた。


「どうなっているんですの……!」


 スカーレットはゾーイの後ろ姿を見つめながらつぶやき、がちがちと親指の爪を噛み始めた。



      ◯



 昼食が終わり、診察が再開した。

 午後からはひっきりなしに患者がきて、生徒達にも余裕がなくなっていく。


 魔力切れで一人、また一人と治療から脱落していき、午後一時にハーベストちゃんがリタイア。それと同時にスカーレット班の背の高い女子もダウン。


 午後四時になる頃には残っている生徒は五人になった。


 2番診察台のボブ。

 6番診察台のジェニピーと俺。

 7番診察台のスカーレット、ゾーイ。


 ボブは軽い患者だけをやり、子分どもに魔力を使わせていたみたいだ。

 しかし、五分ほどすると一人の患者に“癒発光キュアライト”を唱えて継続を断念した。顔を蒼白にして悔しそうにこちらを見つめてくる。


 7番診察台のスカーレットは姑息にも高級魔力ポーションを三つ隠し持っており、先生に見つからないようゾーイに一本飲ませ、自分が二本飲んでいた。

 それでも魔力切れ寸前でふらふら状態だ。しかもスカーレットはどうやら光魔法上級が使えないらしい。


 あれだけ悔しがっていたのはそのせいだな。

 エリィが使えて、自分はまだ使えない。


 魔力循環も下手くそだし合宿から進歩していない。

 真面目に練習してない証拠だ。


 対するこちら6番診察台。

 エリィ&小橋川、この十倍はいけまっせ。


 ジェニピーはそろそろ魔力切れだ。

 彼女は真っ当な方法でここまで魔力がもつんだから大したもんだ。スカーレットやゾーイより魔力循環が上手く、魔力量も多い。俺がいなければ文句なしのクラス一位だろう。


「次で……ギブアップですわ」


 ジェニピーが青い顔をして言った。


「分かったわ」


 俺が多く患者を診ようか、という提案は無粋だろう。

 彼女は向上心が強く、結構負けず嫌いな性格みたいだ。


 切り傷の多い患者を診ると、ついにジェニピーが離脱した。

 脱落者は部屋の壁際にあるソファへ移動して見学となる。


 魔力切れで失神している生徒はいないが、誰も彼もみなぐったりして診察の様子を見守っていた。


「エリィ・ゴールデンの分際で最後まで残るなんて生意気よ」


 スカーレットが青い顔をして苦々しく眉を寄せる。


「もうポーションは持ってなくって?」

「な……なんのことかしら」


 案の定、白を切るつもりだ。

 目が泳いでる。


「早く脱落しろ、ブス」


 ゾーイが獰猛な顔でこちらを睨む。

 今のエリィを見てブスと言える君に大きな拍手を送りたい。


 そうこうしているうちに6番と7番診察台に患者がやってきた。

 相も変わらず俺のときだけ重症患者が多い。


 この時期は魔力不足になるから助かるよ、と昼休みにグレンキース・サウザンドに礼を言われた。怪我人が多ければ白魔法師が不足する。猫の手も借りたい気持ちは分かるが、一学生にバンバン重症患者を回すのはどうかと思うぞ。

 ま、エリィがやりたそうだからいいけどさ。


「“治癒ヒール”」

「“癒発光キュアライト”」


 ゾーイと俺が同時に魔法を唱える。

 白い光が輝き、患者が礼を言って離れていく。


「はーい、次の方どうぞ」


 一人になるとついつい言っちまうな。


「調子に乗ってんじゃ……ねえぞ」


 ゾーイが丸椅子から立とうとして、腰砕けになり床に座り込んだ。

 あの様子じゃ魔力はすっからかんだろう。


 さすがに魔力切れで失神すると後が大変なので、ハルシューゲ先生がゾーイに離脱を言い渡し、肩を抱えてソファへ座らせた。肘掛けにもたれ掛かり、ゾーイはじっとこちらを睨んでいる。


 残るは俺とスカーレットだ。


「ふ、ふん。いつまで強がっていられるかしらね」

「ゾーイがいなくなって不安でしょう」

「そんなことあるわけないわ」


 余裕ぶっているが、スカーレットは上級“癒発光キュアライト”が使えない。

 さっきまでずっとゾーイ頼りだった。

 現に、不安が隠せないのかそわそわと杖を振っている。


「あなたは7番ニャ。そちらのご婦人は6番ニャ」


 受付の猫人女性が指示を出すと、重い足取りで患者が二名こちらにやってきた。

 二名とも洋服のいたるところが破け、体中に切り傷と裂傷がみられた。


「馬車の事故で……」


 スカーレットの前に座った青年が、ちらりと俺の前に座るお年を召したご婦人を見た。

 しゃべるのも億劫なご婦人に手を貸し、診察台へ座ってもらう。

 座る瞬間も、傷が痛むのか「ううっ」とうめき声を上げた。


 肩に大きな裂傷。

 腕と足に打撲痕。

 複数箇所に切り傷がある。


「すぐ治しますね」


 にこりとエリィスマイルを送り、魔力全開の“癒発光キュアライト”を唱える。

 ご婦人の身体が淡い光に包まれ、傷口が塞がっていく。


「ああっ……」


 エリィの“癒発光キュアライト”が気持ちいいのか、ご婦人が温泉に浸かる瞬間みたいな声を漏らした。

 あっという間に怪我が治り、彼女の顔色がよくなった。


「ありがとねぇ」

「いいえ。それよりあちらの男性は」

「息子なのよ。私を馬車の激突からかばってくれてね……気丈に振る舞っているけど私より怪我がひどいと思うわ。お嬢ちゃん、すまないが治してやっておくれ」


 隣の7番診察台を見れば、スカーレットが顔面を蒼白にして杖を握りしめたまま固まっている。青年は診察台に寝ているが、治っていない。


「スカーレット、先生を呼びなさい」

「いや……いやよ……“治癒ヒール”!」


 白い小さな光が輝き、男性の傷の一部が塞がった。

 見た限り“治癒ヒール”ではあの傷は塞がらない。


 この患者は傷の痛みを限界まで我慢していたため、受付係がスカーレットでも治癒できると勘違いしたらしいな。シャツの下には酷い打撲痕が全面に広がっている。大きな裂傷もみられた。

 さすがに受付の段階で服を脱がして確認はしない。その弊害が出た。


「あなたじゃ無理よ! 早く先生を!」


 放っておくと傷口がどんどん開くぞ。

 部屋を見回すとなぜかハルシューゲ先生がいない。

 こんなときにどこいった?!


 監督役のグレンキース・サウザンドも、20番診察台いる重篤患者に白魔法を唱えている最中だ。

 他の白魔法師もすべて別の対応をしている。


 こうなったら患者のためだ。仕方ない。


「私がやるわ」

「か、勝手にこちらに来ないでちょうだいエリィ・ゴールデン!」

「じゃあ早く治してあげて。すごく辛そうよ」

「7番はわたくしの担当よ! 来ないでったら来ないで!」

「おだまりっ!!!」


 俺とエリィは聞き分けの悪いスカーレットを一喝した。


「できないならできないとはっきり言いなさい!」

「う、う、う、うるさいぃぃっ!」


 追い詰められたスカーレットが持っていた杖を振りかぶって殴りかかってきた。魔力切れ寸前でふらふらの状態だ。

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