第195話 イケメン再び学校へゆく⑤
静まり返った廊下に学校指定のローファーの音が響く。
四年生、光適性クラスの教室が見えてくると、エリィの手が少し震えた。
光魔法はレア適性だけあって各学年一クラスのみとなっている。
そのため、生徒の入れ替えがなくメンバーはずっと同じだ。
エリィは自分の見た目が変わったから、クラスメイトにどんな反応をされるのか不安なのかもしれない。
廊下の途中で立ち止まった。
「大丈夫、私がついてるわ。もうあなたはデブでブスとは言われない。言われたって大したことない。あなたはいつだって真っ直ぐな気持ちでいたでしょう? あれだけ酷い目にあったのに、正しい自分でいたことを自信に変えましょう。あなたのように強い女はそういないわ。だから大丈夫。安心して」
声に出してエリィに話しかけるのは初めてだ。ちょっと変な感じがする。
俺としては「大丈夫、俺がついている。もうエリィはデブでブスなんて言われない。言われても気にするな。エリィはいつだって真っ直ぐだっただろ? 酷いいじめを受けて、卑屈にならなかった自分に自信を持て。おまえは強い女だ。おまえみたいな子はいないよ。だから大丈夫、安心しろ」
と声に出して言ったつもりだ。
口に出した言葉はだいぶ変わっていたものの、こちらの気持ちは伝わったのか、エリィの震えが綺麗に止まった。
よし。それでこそ俺のエリィだ。
「行くわよ」
教室内はホームルーム中なのか副担任の話す声がドア越しに聞こえる。
軽くノックをすると、教室内がぴたりと静かになった。
「どうぞ」
「失礼します」
ドアをスライドさせ、教室内に一歩入った。
約四十名が一斉にこちらを見つめてくる。
右側の中ほどにいるくるくる縦巻きロールのスカーレット。
左奥一番後ろの席にはオレンジ色の髪をしたボブ。
エリィのいじめに加担したスカーレット取巻き連中や、ボブの子分三人もいる。
なんだかこうして見るとめっちゃ懐かしい気分になるな。
かれこれ半年以上学校にいなかったからなぁ。
そんなことを考えつつ優雅に一礼し、話を中断した非礼をわびて、教卓前の最前席に腰を下ろした。
生徒達はぽかんと口を開け、餌を目で追う犬のように俺の姿を追いかけた。
くっくっく、いいぞいいぞ。度肝を抜かれただろう?!
見たかエリィの可愛さを! 可憐さを!
デブだブスだと言いたければ言ってみろってんだよ!
「あ………ごほん」
ハルシューゲ先生の副担任である女性教師は呆け顔をあわてて真面目な顔へ戻し、わざとらしく咳払いをした。年齢は二十代後半。そばかすのある垢抜けない雰囲気の人だ。
「進級試験は無事に終わったのね?」
「はい」
「ハルシューゲ先生は?」
「校長先生のところへ。そのあとすぐ戻られると思います」
にっこりと笑顔で先生に言葉を返す。
女教師は生気を抜かれた顔を一瞬し、すぐさま首を左右に振った。
「そう……ありがとう」
彼女は礼を言うと、またぼーっとした表情で俺の顔を見つめてくる。
どうやら美少女への免疫が皆無らしい。だからって放心しすぎだと思うが。
先生が何も言わないもんだから、生徒達が途端にひそひそ話を始める。
「誰? むちゃ可愛い」「転校生じゃ?」「四年生の光クラスに転入?」「そんな珍しいことあるかしら」「いやあの子はやばい可愛いって」「あとでお前話しかけろよ」「ムリムリ。緊張してチビりそう」「ふつくしぃぃぃ」「誰なんですの?」「転校生ではなくって?」
ざわつく教室内。呆けたままの副担任女教師。
なるほど。全員がエリィをエリィだとは思っていないらしい。
確かに別人だよなぁ。110キロの体重がいまや48キロだからな。
62キロの減量、そう考えると半端ない。
62キロって言ったら2リットルのペットボトル三十一個分だぞ?
米俵一つ分。10キロの鉄アレイが六個。小学生女子二人分。
それがエリィの身体から消滅したら、そりゃあ見た目だって分からないぐらい変わるわけだ。
一番良かったのは急激に痩せると皮膚が伸びたりするらしいけど、それがないってとこだな。魔力太りが関係しているのかもしれない。
まぁそれはいいとして、現在163.5センチ48キロ。
最近、身長が伸びて体重がちょっと落ちた。
しかもまだ身長伸びそうだし。
さあ下民どもよ!
エリィの美しさの前にひれ伏すがいい!
はーっはははははは!
教室内のざわつきがさらにひどくなってきて、いよいよ俺に話しかけようとクラスのお調子者担当の男子がこちらに向かってきたときだった。
「遅れてしまって申し訳ない。ホームルームは終わったかね?」
ガラリとドアを開けてハルシューゲ先生が笑顔で入ってきた。
室内の様子がおかしいことにすぐに気づいた先生は、副担任の肩を叩く。
「フリン先生? どうしたんだい?」
「はっ! ハハハ、ハルシューゲ先生!? いえ、なんでもありませんわ!」
我に返った副担任はあわてて姿勢を正すと、ぱんと手を叩いた。
「では全員が揃ったところで自己紹介を始めましょう! 立っている人は席に戻ってちょうだい!」
「ちぇっ」
猿っぽい見た目のお調子者男子生徒が席に戻ると、席から離れていた生徒達が自席へと戻っていく。
生徒達は自己紹介があるならいいか、と納得して静かになった。
それでも背後からは痛いぐらいに視線を感じた。
まあ気持ちは分かる。前触れもなく遅れて現れたスーパー美少女。誰だって気になるよな。
「うむ、毎年恒例だ。いいだろう」
ハルシューゲ先生が教師らしく重々しくうなずくと、最前列の一番右側を指名した。
今年の自己紹介は席順ではなく、先生が指名するという手法のようだ。
四回目の自己紹介ということもあり、三年生のときよりも砕けた雰囲気だった。自己紹介なのに自分の友人を茶化したりする生徒もいる。和気あいあいとした空気で自己紹介が進み、ボブの番になった。
「リッキー家長男、ボブ・リッキーだ。三年の最後に水魔法を習得してスクウェアになった。目標は上位白魔法の習得。よろしく」
憎たらしい声が背後から響くと、わっと子分達が拍手をして頭の悪そうな女子生徒がきゃあきゃあと黄色い声を上げる。相変わらずクラスに一人はいる不良系のモテる男子って感じだな。
顔を見たくなかったのでずっとハルシューゲ先生の頭を見ていた。
去年はトリプルで今年はスクウェア。いちお魔法の練習はしているみたいだ。
だがな、おまえみたいな奴に白魔法の習得は無理だ。白魔法は愛が必要なんだよ。見てみろよ俺とエリィを。身体を構成している物質の九割九分が愛のかたまりだ。
いや……エリィはそうかもしれないが、俺は九割九分が愛と金とエロスの混合物だった。すまんエリィ。嘘はよくないな。
「ちなみに恋人はいない。金髪でツインテールなんか結構好みだぞ」
ボブが自信たっぷりの声色で言った。
はぁ? 金髪ツインテールが結構好み?
おまえ俺がエリィだって分かってたら絶対そんなこと言わねえだろ。
いちいち癇に障る奴だな。
ボブファンらしい女子は明らかに落胆した声を上げ、こちらの様子をうかがう。
「おい聞いてんのか、教卓前に座ってるツインテールの転校生。その席はデブでブス専用の席だから他の席に移動したほうがいいぞ」
「ぎゃはははははっ」
ボブの言葉を受け、即座に子分と周囲の連中が笑う。
スカーレットと取り巻き連中の笑い声も聞こえてくる。
ボブには顔を向けず、ちらりと背後を見ると、数名の生徒が不快そうにしていた。彼らとは仲良くなれるかもしれない。今のうちに記憶しておくか。
ハルシューゲ先生はやれやれと言った様子でため息をつき、次の生徒を指名する。
十名ほどが終わり、スカーレットの番になった。
彼女の姿を観察しておこうと俺は堂々と振り返った。
「……っ!?」「ほわっ……」「ひゅ……っ?!」
急に後ろを向いたもんだから、数名の生徒がエリィの顔を見て息を飲んだ。
気にせずにスカーレットを見る。
彼女は以前と比べて大した変化もなく、まっ金金の髪を耳元から縦巻きのロールにしており、口元は皮肉たっぷりに曲がっている。目と鼻と口のバランスは良く、美少女といっても差し支えないが、見え隠れする自尊心と憎たらしさがすべてを台無しにしていた。
「サークレット家次女、スカーレット・サークレットですわ。皆さんもご存知の通り、わたくしの家ではいま新しい洋服屋を開いておりますの。4月20日にはファッション誌も創刊される予定で、目玉商品は防御力の高いミスリル製のスプリングコートですわ。ご来店した際、クラスメイトと言っていただければサービスいたしますわよ。よろしくお願いしますわ」
自己紹介なのに店の紹介を自慢げにするスカーレット。
さも自分が流行の最先端をいっていると言いたげだ。
当然のごとく取り巻き連中が「きゃぁー!」と言って力強く拍手をし始める。
時代遅れのミスリル製品が一押しとね。
これはとんだ笑い話だな。
サークレット家の手がけるバイマル服飾だって完全にミラーズの“後追い”だ。どっちが本物だっつー話だよ。
まぁいい。雑誌が発売されれば化けの皮はすぐに剥がれる。
スカーレットは女優気取りでやけにゆっくりレディの礼を取ると、席についた。途中で俺と目が合い、ほんの少し嫉妬したような顔を作って目を逸らした。エリィがボブに気に入られたのが悔しいのかもしれない。
「では、次は君だ」
ハルシューゲ先生はスカーレットの次に俺を指名した。
目を合わせると、先生の瞳は「大丈夫だから自信を持ってやりなさい」と言っているように見えた。
思えば先生にも散々心配かけた。今学期は一発逆転してやるぜ。
返事をして立ち上がる。
くるりと反転してクラスメイトを見た。
スカートがふわりと舞うと、クラスがしんと静まり返った。
今までのふざけた自己紹介とはわけが違う。
スカーレットは身を乗り出し、ボブは品定めをするかのように睨みつけ、他の生徒は唾を飲み込んだり息を止めたりしている。
俺とエリィは、はっきりした口調でこう告げた。
「ごきげんよう。ゴールデン家四女、エリィ・ゴールデンですわ」
————!!!!?
————!!!!!!?
————ッ??!!!!!!
教室の空気が凍りついた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます