第196話 イケメン再び学校へゆく⑥


 誰しもが顔中に疑問を浮かべ、突きつけられた事柄が受け入れられないのか、狐につままれたような表情を作った。


 スカーレットはレディであることを忘れたのか、口をあんぐり開けて完全に放心している。


 ボブなんかは驚愕で茶化すこともできずに両目をかっ開いていた。

 子分達はあうあうとバカみたいに口を動かしている。


「訳あって休学しておりましたが、先ほど進級試験を受けて無事に合格できましたわ。今期もよろしくお願いします」


 有無を言わせぬ口調で言い切り、お淑やかに裾をつまんでレディの礼を取る。

 そしてさっさと席に座った。


 教室内にはエリィの制服が衣擦れする音だけが響く。

 誰も声を発さず、何も言えない。


 スカーレットの姿を盗み見ると、彼女はカチンコチンに固まった氷塊のごとく動きが停止していた。

 

 これ痛快の極み!


 スカーレットの顔といったらマヌケを天元突破しておバカ丸出しだ。

 ボブなんかは信じられないものを見たって顔をしていたぜ。


 さあお二人さん、どんな心境だよ?

 散々ブスだデブだといじめてきた女の子が太刀打ちできないレベルの美少女になっていた気分は?


 もうこれ以上エリィをいじめる口実がない。


 エリィはもともと性格がいいし、勉強もできる。


 あとは集団で取り囲んで手篭めにするぐらいしかないが……

 でもできないんですよねぇ。


 なぜなら、お前らの百倍強いからな。ふっ。


 あーまっじで気分いいわ。

 最高の営業成績を叩き出して酒飲んでるときぐらい気分いいわ。

 エリィを自殺にまで追い込んだあいつらのあの顔を見るだけで胸のつかえが取れるぜ。


 あの顔を酒の肴にしてビールでも飲みたいところだ。


 へい! とりあえず生!

 今日は俺のおごりで!

 じゃんじゃんいっちゃって!


 ……と、酒を飲むのは男の身体をゲットしてからにするとして——俺ってホントいい性格してるよな。


 ……いいじゃねえか。これが俺だ。

 味方にはとことん優しくして、嫌いになった奴はコテンパンにする。

 完璧主義で徹底的にやる男だ。


 いい。これでいい。

 エリィという優しい女の子をいじめてきた罪は果てしなく重い。


「はいみんな! こちらに注目!」


 収集がつかないので、ハルシューゲ先生が空気を断ち切るために声を張り上げた。


「エリィ君はとある事件に巻き込まれていたが、無事に生還してこのグレイフナー魔法学校に戻ってきた。彼女は一生懸命勉強してきた君達と同じように様々な経験をして復学したんだ。見た目は変わっていても、彼女の優しさは変わらないよ。半年以上いなかったため、必修科目に遅れが出ている。出来る限り全員でフォローするんだ。いいね!」


 先生の言葉を聞き、ようやく思考停止状態から回復した生徒達から悲鳴が上がった。

 そこかしこから椅子の擦れる音がし、数名が床へ転落した。


「えええええええええええええええっ?!?!」

「エ、エ、エ、エ、エリィ・ゴールデン?!」

「べ、別人ですわ!」

「うそだろぉぉぉおぉぉぉぉっ!!!」

「変わりすぎぃ! 変わりすぎぃ!」

「好みど真ん中すぎてイケイケドンドンファイアボールゥゥゥっ!」

「奇跡だ! 奇跡は本当にあったんだ!」

「俺をビンタしてくれぇぇええぇぇ!」

「心の中でデブと言ってごめんあそばせ! だからお友達になって!」

「しゅ、しゅごいいいいっ」

「ちょっとお漏らしいたしましたわオホホホ……」


 さぁ驚くがいい!

 俺だって鏡見たとき信じられなくて腰が抜けたからな!


「う、うそですわ………あれが………あの………?」


 スカーレットはまさに驚愕の極みといった表情で口元を手で押さえ、どうにかこの現実から逃げようとしている。いや、逃げられねえから。


 エリィ、人類の至宝。

 おまえ、性格ブス。

 これ、世界の理。


 オーケー?


「うそ……うそよ………なんであんなに………」


 スカーレットは追い詰められたときの癖なのか、右手の親指を唇に当て、ガリガリと噛み始めた。

 お、早くも精神ダメージを受けているらしい。いいね。


 一方、ボブは忌々しげにこちらを見つめ、粘着質な視線をエリィの身体に這わせている。

 あいつ……あれだけブスといった女子を狙うってのか?

 身体強化したビンタをされたいらしいな。


「諸君! 静粛に!」


 バンバンと教卓をハルシューゲ先生が叩いた。

 どうにか喧騒が収束し、先生の方向へと視線が集まる。


「彼女の話を聞きたいならホームルームが終わってからにしなさい。では自己紹介の続きだ」




      ◯




 ———リーンリーン



 予鈴が鳴ってホームルームが終了した。

 教室内は異様な空気になっていた。


 俺が立ち上がって鞄を手に取ると、誰しもが距離を測りかねて互いの顔を確認する。話しかけたくても話しかけられない。そんな感じだ。


 そんな空気を簡単に壊したのはスカーレットだった。

 お供を背後に五人引き連れ、俺の前で腕を組んでふんぞり返った。


「ちょっとあなた。少し見ないうちにずいぶん変わったじゃない」


 おっ。スカーレットとの久々の会話だ。

 まずはエリィが見た目も中身も変わったことを印象づけるか。


「……そうかしら?」

「少し可愛くなったぐらいで調子に乗らないでちょうだい」


 そうよそうよ、と取り巻き連中が合いの手を入れる。

 それに気を良くしたスカーレットはうふふ、と不敵な笑みを浮かべた。


「ごめんなさい。調子に乗っている、の意味が分からないわ。今後の参考にしたいから、どこでどういうふうに乗ったのか教えてもらえないかしら?」

「なんですって……?」


 これはちょうどいい。スカーレットが訳の分からないことで突っかかってきた。

 正論とトーク術で精神攻撃をしてやろう。


 エリィ・ゴールデンはお前が敵う相手じゃない。

 それを少しずつスカーレットの脳裏に擦り付けていく。

 ゆくゆくはエリィの姿を見たら条件反射でスカーレットの身体が縮こまるぐらいまでやり込めたいところだ。


「調子に乗るっていうのは、普通あれよね? 今までしていなかったことを急にしたりすると言われることよね? 私、そんなことしたかしら」

「し、したわよ」

「具体的にどこでしたのかしら」

「例えば……ホームルームの途中で入ってきたじゃない。あれは調子に乗っていたわ!」

「進級試験があったから仕方ないわよ。誰だって途中入室するしかないわ」

「っ……」

「どこか、どういうふうに、調子に乗っていたのか教えてほしいの。あなた、人に教えるのが得意でしょう?」


 適当に褒めておく。

 スカーレットは悔しそうに歯噛みして次の言葉を考える。

 そして思いついたのか、ニヤリと笑って俺を指差した。


「そうですわ! あなたのそういった態度が図に乗っているといっているのよ! そんなこともわからないの?! 本当にあなたは一年生のときから鈍くさいわね!」

「それだとさっきの主張が間違いになるわよ? この会話をする前から、あなたは私が『調子に乗っている』と言ったんだから。その説明だと間違いよね?」


 矛盾点を指摘する。

 スカーレットはぐっと押し黙って顔を赤くし始めた。


 このお嬢様、あまり頭は良くない。

 切れるビジネスマンならまずこんな会話に乗ってこず、別の話にすり替えるだろうよ。


 取り巻き連中は憎々しげにこちらを睨み、おさげのゾーイは顔を歪ませた。


「とにかく! 少しばかり痩せたからっていい気になるんじゃないわよエリィ・ゴールデンッ! あなたはいつだってグズでノロマでブスなんだから!」

「困ったときに大きな声を出すと学がない人だと思われるわよ、スカーレット」

「なな、なんですってぇ!」

「だから、そういう大声をおよしなさいと言っているのよ。ほら、みんなが見ているわ」


 クラスメイト達は興味深げに俺達を見ていた。


 スカーレットはその視線を受け、下唇を噛んでポケットから杖を取り出し、俺の顔に突きつけた。


 周囲からは驚きで息を飲む音が聞こえる。

 スカーレットの瞳には嫉妬や羞恥が浮かんでいた。


「エリィ・ゴールデンの分際でわたくしに意見しないでちょうだい」

「意見じゃないわ、忠告よ。まがりなりにもクラスメイトなんだし、おかしなところがあったら伝えるのがレディというものでしょう」

「いちいちうるさい女ね! どうしてこうも減らず口を叩くのかしら」

「正論を指摘され、追い詰められて暴力を振るうのは動物と同じね」

「動物! 動物ですって!? その言葉はあなたにお似合いよ!」

「私のどこが動物なのかしら」

「どこがって……」


 ここで究極ウエポン発動!

 エリィスマイル!


 スカーレットはエリィの顔を見ると驚いたような表情を作り、頭から爪先まで眺め、非の打ち所がなかったのか悔しげに奥歯を噛んで杖を握りしめた。


「………っ」


 何も言い返さない親分を見て、取り巻き連中が悔しげにじろじろと俺を睨む。

 おさげのゾーイは相当腹に据えかねるのか、目だけギョロギョロと動かして俺のダメなところを探している。


 そんなものあるわけない。

 制服も靴もシャツもすべてピシッと綺麗にしている。

 俺を誰だと思ってる。

 意識高い系ビジネスマンだぞ。


「ふ、ふん。あなたごときの小言に付き合っているほどわたくしは暇ではないのよ。皆さん、いきましょう」


 スカーレットは苦虫を噛み潰したような顔でポケットに杖をしまい、屈辱を隠そうともせず顔中に浮かべてスタスタと教室から出ていく。


 取り巻き連中が困った表情で追いかけた。

 おさげのゾーイは鬼の形相で俺を一睨みして去っていった。相変わらず見た目とのギャップがすごい。


 教室に残っていたクラスメイト達は、俺がスカーレットをやり込めたことに驚いて誰も言葉を発しない。ボブだけはニタニタと嫌な笑みを浮かべており、教室の一番後ろの席からこちらに向かってくる素振りをした。


 話しかけられるのは不快だ。

 素早く教室のドアから出る。


「おいエリィ・ゴールデン」


 背後からボブの呼び止めるこえが聞こえるが無視し、軽く身体強化して一気に廊下を走り、階段を下りて昇降口で通常の歩調に変えた。


「ふう」


 まずはスカーレット。そのあとにボブだ。

 どちらかというと、犯罪集団と手を組んでいるボブのリッキー家のほうが厄介なことになりそうだ。情報も足りない。ひとまず学校では付かず離れずの距離を保つべきだろう。


 さぁ、適性試験を受けに行こうか。

 去年までは適性試験のあとに各クラスのホームルームだったが、適性の変化はほぼないため非効率という話になり、順番が入れ替わったらしい。



     ◯



 試験会場へと歩きながらスカーレットとのやり取りを思い出す。



 さっきのやり取りで、言い知れぬ達成感のようなものをひしひしと感じた。

 別にあの会話が楽しかったわけじゃない。

 あんなものはただの挨拶代わり。ボクシングでいうならゴングの前の睨み合いみたいなものだ。


 自分の気分がなぜここまで高揚するのか。

 答えは簡単だ。


 今まで準備に準備を重ね、ついにそれを爆発させることができるからだ。

 それこそ、プレゼン準備を完璧終えた前夜のような、言いようのない興奮が身体を包む。脳内で巡らせた計画を実行し、相手がどんなリアクションをするのか楽しみで仕方ない。


 思い返せば、俺は運が良いのか悪いのか、交通事故直後に異世界へ転移した。

 エリィに乗り移り、最初は絶望した。


 しかしエリィの優しさに触れ、目標を見つけて立ち直り、その後はネガティブ思考に陥ることもなく前進してきた。


 まずダイエットして美人になり、ニキビを消してスタイルを整える。

 次に魔法の修業をして強くなる。

 さらにオシャレ。

 連動させてビジネスにし、金も稼ぐ。


 ダイエット、魔法、オシャレ、金。


 ほとんどゼロの状態から一年間でスカーレットが太刀打ちできないレベルにまで達した。唯一向こうが対抗できるのは「金」ぐらいだろう。

 グレイフナー王国国王、サウザンド家という最強の後ろ盾も手に入れ、金でサークレット家を凌駕するのは時間の問題だ。洋服に関しては今後徹底的に潰す。


 すべてを鑑みて計算すると、スカーレットへの復讐の準備が完全に整ったといえる。



「長かったわ……」



 思わず声が漏れた。


 今まで本当に色々なことがあった。

 この一年間で俺自身も人間的に成長できたような気がする。


 人間は向上心がなくなった時点で成長が止まるものだ。帰宅時間ばかりチェックする営業マンなんかはその典型だろう。


 俺は自分の信念に従ってここまでやってきた。

 異世界に来ても精神的に成長することができた。

 だから反撃の準備が整ったのだと思う。


 この考え方やスタイルは変えない。

 俺は成長する。

 エリィも成長する。


 絶対に諦めない。

 成功を信じ、常に前向きであろうとする。


 ここからだ。

 ここから小橋川によるスカーレットへの罰を執行する。

 題して小橋川プレゼンツ「楽しいワルツを躍るスカーレットお嬢様」という喜劇の幕開けだ。


 脳内では大体の道筋ができあがっている。これがすべてハマれば、スカーレットには立ち直れないぐらいの精神的負荷がかかるだろうよ。


 容赦はしないし許容もない。

 幕が開けた今、スカーレットは転がるようにして結末に向かうしかない。


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