第194話 イケメン再び学校へゆく④


 先生の背中をさすり、気分が落ち着くまで待つことにした。


 数分でどうにか復活したハルシューゲ先生はいくぶん疲れた様子で俺を見て、魂が抜け出るような深い溜息をついた。


「なんだかね……君にはいつも驚かされている気がするよ」

「そうですか?」

「まったくどうして誰が浄化魔法を使えるなんて思うんだい! ああ! すごいことだよこれは! エリィ君、是非私にコツを教えてくれないかな? ああ、もちろん君のプライベートに差し支えない範囲でいいからね」

「喜んで」


 先生にはかなりお世話になっている。

 合宿でボーンリザードが出てきたときは先生がいなければ間違いなく全滅していた。


「おお、そうかい! ありがとう!」


 喜ぶ先生を見て、俺は本題を切り出すことにした。

 ずっと試してみたいと思っていたことだ。

 だが、これを言ったら仏のような先生でも怒ってしまうかもしれない。


 どうする?

 提案するかしないか。

 君子危うきに近寄らず。虎穴に入らずんば虎児を得ず。

 どちらを取る!


 この提案は先生の利益になる可能性を十分に秘めている。

 どうする。どうする?!


 ええい、ままよ!

 このスーパー営業マン小橋川!

 どんな取引先の重圧にだって負けず、はっきりしっかりこちらの意思を伝えてきた。ここで逃げるなんてあり得ない!


「先生。私から一つご提案があるのですが……」

「合格! 二人とも文句なく合格だよ! 筆記なんてする必要がないっ! おっとすまない、少し興奮しすぎたようだ。なんだいエリィ君?」

「私から先生にご提案がございますの」

「提案?」

「はい。その……先生のデリケートな部分に関わることですので……とても言いづらのですが……」


 言葉を切り、先生の頭部へ視線をちらりとズラした。

 その目にすぐ気づいた先生は自分のハゲ頭をぺたりと触って、少し怒った顔をした。


「なんだいエリィ君? 君まで私のことをハゲだというのかい?」

「いいえ先生。あの……以前先生が私にお説教をしたとき、お亡くなりになったお毛毛の根っこを復活させるため色々な方法を試した、と仰っていましたよね?」

「……そうだね」

「浄化魔法は試されましたか?」

「……ああっ! していない! していないぞ!」


 超重要機密を思い出したかのような真剣な顔で、先生が素っ頓狂な声を上げる。


「エリィ君!」

「はい!」

「エリィ君!」

「は、はい!」

「その………試して………くれるのかい………?」

「はい………先生………」


 何ともいえない真剣な空気が俺とハルシューゲ先生の間に流れる。

 アリアナは鞄からおにぎりを取り出してもぐもぐ食べる。


「浄化魔法で……私の毛根を……綺麗に浄化してくれるの………かい?」

「はい………先生………」

「貴重な魔法を……ハゲ頭に……行使して………くれるのかい?」

「はい………先生………!」


 必死な形相で先生がこちらに詰め寄ってくる。

 俺も必死にうなずく。

 アリアナは具がシャケで嬉しいのか尻尾をぱたぱた揺らす。


「いいのかい? 貴重な魔法の無駄撃ちになってしまう……かもしれないよ?」

「大丈夫です………世の中に………無駄なことなんてきっとないですから……」

「ハゲの無駄撃ちになっても………君は………いいと?」

「ええ………ですので、やります先生!」

「分かった! 来たまえ! エリィ君! 来たまえ!」


 先生は教卓の端っこを両手で握り、ぐいとハゲ頭をこちらへ向けた。

 頭部は見事にハゲあがり、耳の上にほんの少し残存兵がいるだけだ。


 全身に魔力を巡らせ、呪文を唱えていく。


「黒き道を白き道標に変え………」

「うおおおおおお………!」


 ハゲ頭をこちらに突き出し、なぜか叫ぶ先生。


「汝ついにかの安住の地を見つけたり………」

「おおおおおおおおおおおおおおおお………!」


 さらに叫ぶハルシューゲ先生。

 おにぎりを食べるアリアナ。

 キラリと光る、頭頂部。


「愛しき我が子に聖なる祝福と………」

「お、お、お、お、お、お、お………!」


 防音の効いた教室に先生の心の叫びがこだまする。


「脈尽く命の熱き鼓動を与えたまえ………」

「ああああああああああああああああっ!」



 ハゲを治したい先生による魂の絶叫。



 目の前にはどんな雑草でも逃げ出す何もないハゲの荒野。

 無数の光を反射させる人間球体万華鏡、H・A・G・E。



 詠唱が完了し、込められる限界の魔力を注いで魔法を発動させた。

 いっけえええええええええええええええええ!



「“純潔なる聖光ピュアリーホーリー”!!!!!」

「生えろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!」


 超特大のド派手な魔法陣が先生の頭頂部を中心に展開された。


 ハゲの中心で愛を叫びながら魔法陣が青白く輝き、大量の星屑が流線型を描いて頭頂部から火山の爆発のごとく噴射される。銀色の星屑は先生の切なる希望を乗せ、空中を舞い、荒野が雨水を吸収するかのようにハゲへと吸い込まれていく。


「お願い! お願いいいいいいいいいいいいっ!!!!!」


 俺とエリィは渾身の魔力をつぎ込む。


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」


 先生は思い切り教卓を握りしめて叫ぶ。

 頭頂部に魔法陣が展開されてビッカビカに光っているため、先生のハゲ頭で何が起きているか全くもって視認できない。


 魔力総量の八割ほどを失ったところで、俺とエリィは“純潔なる聖光ピュアリーホーリー”の行使をストップさせた。


 みるみるうちに光が弱くなり、銀色の星屑が光の残滓となって空中とハゲへと消えていった。



 教室は静寂に包まれた。





        ◯





 ダメだった。



 先生の毛根は浄化魔法では生き返らなかった。



 これっぽっちも効果はなく、つるっつるのピッカピカのままだった。



 悔しい。これは悔しい。



「ありがとう、エリィ君………」

「いいえ……先生……」

「エリィ君、アリアナ君、二人とも試験は合格だよ。副担任がホームルーム中だと思うが……そのまま教室に入っていいからね……」

「はい……先生……」

「ん…」

「私は試験結果を校長に提出してくるよ……」

「ありがとうございます」

「では、教室を出なさい」


 意気消沈したハルシューゲ先生に促され、俺とアリアナは教室を出る。

 先生は鍵を締め、扉がしっかり閉じられているか確認した。


「あの、先生!」

「なんだいエリィ君?」

「まだ……まだ試したことのない魔法を教えてください!」


 俺の言葉ですべてを理解したのか、ハルシューゲ先生が両目を見開いた。

 そして考える間もなく、即答した。


「白魔法上級“万能の光”。白魔法超級“神秘の光”。それから上級、超級の浄化魔法だ」

「私……私……習得したら必ず先生のもとへ馳せ参じます!」

「エ……エリィ君………」

「お世話になった先生に恩返しがしたいんです。卒業までにどれか一つは絶対に習得してみせます!」

「君は………本当に優しいね」


 ハルシューゲ先生は瞳にキラリと涙を光らせ、ついでに照明をピカリと頭部で反射させ、大きくうなずいた。


「分かった! 待っている! 君こそが私の希望! 希望の女神だ!」


 ハルシューゲ先生に上級以上の白魔法を行使すると誓い、アリアナと廊下の途中で別れ、光クラス四年生の教室へと足を向けた。




      ☆




 一方その頃。

 女教師マダムボリスが試験官をする教室では実技試験の真っ最中だった。

 こちらはどうやら先に筆記試験を行ったらしい。



「みたまへ諸君ッ! 身体強化ぁ!」



 亜麻クソは全身に身体強化をかけた。

 なぜか尻だけに身体強化がかかり、スルメとガルガインは必死に笑いをこらえながら声を張り上げた。



「いくぜ先生! “ファイアボール”!」



 亜麻クソが本当に身体強化できているかどうかの確認のため、スルメが火魔法中級“ファイアボール”を唱えた。

 彼は気を利かせ、ズビシィとポーズを取る亜麻クソの尻に魔法を放つ。


 炎の球が飛んでいき、亜麻クソの尻にクリーンヒットした。



「みたまへ先生! ぶぉくの身体強化を!」



 炎が消え、焼け焦げたズボンから傷一つない尻が現れた。

 完全に天狗になっている亜麻クソ。

 ズボンが破けていることも忘れ、尻が無傷である事実をこれでもかとアピールする。



「ぷぅぅっ。まだ気づいてねぇよ……!」

「ヒィーッ、ヒィーッ、し、尻だけにしか身体強化できないって……笑い死ぬ……!」



 スルメとガルガインは大笑いをギリギリのところで耐えていた。

 ちなみに二人は合格している。



 未婚の女教師、マダムボリスは頬をちょっぴり赤らめ、こう告げた。



「合格です」



 こうして亜麻クソは“尻だけ身体強化”で進級を果たした。

 彼はポーズを三分間やめなかった。


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