第181話 オシャレ戦争・その15

オシャレ戦争・その8



     ◯



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コバシガワ商会会長 エリィ・ゴールデン様


 お久しぶりですエリィちゃん。

 クチビールです。


 白の女神がいなくなったオアシス・ジェラは灯台の光を失った港のようでしたが、だんだんとエリィちゃんがいないことに慣れてきたのか、最近では以前に増して活気づいています。


 戦争も終わり、物資の流れが良くなってきました。


 西の商店街は観光客がうまく来客してくれており、経営は順調で、去年の閑古鳥状態とは雲泥の差です。たこ焼きの売上げも順調なので、南の商店街と協力し、二店舗目の出店を決定しました。現在、場所探しに尽力しております。


 西の商店街と話し合った結果、コバシガワ商会ジェラ支部でたこ焼き販売の主導権を握ることになりました。経営の手綱を操っておりますので、いずれサンディ国全域に事業を拡大できるしょう。利益の計上を楽しみにしていてください。


 ジャンとコゼットが手伝ってくれ、商会の人数も増えてきました。エリィちゃんが砂漠にいたあいだ頑張ってくれたおかげで、資金集めも非常にスムーズで、人材にも事欠かない素晴らしい状態です。ルイス様が毎日コバシガワ商会に顔を出されるので、ジェラではコバシガワ商会は領主公認という認識になっております。


 また、化粧品の原材料である『ニコスクワラン』の採取にルイス様が力を入れているようで、いずれその件についての連絡がエリィちゃんのもとへ行くでしょう。ルイス様が、エリィと一儲けするのよ、と鼻息を荒くされておりました。


 オアシス・ジェラは元気です。

 みんなエリィちゃんに会いたがっています。


 状況説明はここまでにして、速達で手紙をお送りした理由を書きたいと思います。


 つい先日、デニムの素材となる魔物『デニムートン』が大量発生しました。

 冒険者とジェラ兵士に協力を要請して概ね狩ることに成功し、大量のデニムを手に入れました。グレイフナーで新しいファッション旋風を巻き起こすエリィちゃんの助けになればと、早ウマラクダで郵送します。


 デニム生地を有効活用し、無駄なく縫製すれば、


 ジーンズ300着

 デニムサロペットスカート150着

 デニムミドルスカート100着

 デニムシャツ50着


 これぐらいは生産可能です。


 すべてコゼットが徹夜で採寸して出してくれたデータで、彼女はエリィちゃんが困っている気がすると言って頑張っていました。女の勘、というやつでしょうか。僕ら男にはよく分からない感覚です。


 デニム生地はこれですべてではありません。

 まだ在庫はあるので、準備でき次第、発送します。そちらに余裕があればなのですが、グレイフナーで縫製した商品のサンプルを送ってもらえれば、こちらで加工、縫製し、すぐ売れる状態での発送が可能です。ご検討ください。


 手紙の内容は以上になります。


 グレイフナー王国オシャレ化計画は順調でしょうか?

 風邪は引いていないでしょうか?

 十二元素拳の稽古は順調でしょうか?


 寂しいですが、これ以上書くとラブレターになりそうなので書くのをやめます。


 P.Sその1

 ジャンとコゼットはところかまわずイチャイチャしているので、すぐ子どもができるでしょう。


 P.Sその2

 エリィちゃんに会いたいです。

 君の優しい笑顔がたまに夢に出てきて、僕をなぐさめてくれます。

 夢でならエリィちゃんに会えるのでもう少し頑張れそうです。


 それでは健康に気をつけて。

 手紙のお返事を待っております。


 コバシガワ商会ジェラ支部支部長 ビール・アレサンドロ

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 俺は手紙を最後まで呼んで、もう一度読み直した。


 クチビールありがとう!

 お前はイケてる支部長だよ!

 最高のタイミングでデニムを送ってくれた!


 あとエリィのこと好きすぎて夢に出てくるって?!

 リアクションに困るからな!


 ともあれ、これで損失していたアイテムをひとつ増やせるぞ。

 値段を高設定にし、チェック柄特集をデニム特集へスライドさせるか。


「エリィはモテモテだねぇ〜」

「クチビール、元気そうだね…」

「砂漠の国からお手紙ですか?」


 妙に暑いと思ったら、エイミー、アリアナ、パンジーがぴったりくっついて後ろから手紙を覗き込んでいた。集中してて気づかなかったよ。女の子三人のフローラルな香りが鼻孔をくすぐる。


「エリィお嬢様! 見たことのない生地が大量に届いておりますが、どうされますか?!」


 手紙を渡してくれた従業員のひとりが興奮した様子で聞いてくる。


「すべて『ヒーホーぬいもの専門店』に送ってちょうだい。あとで私とジョーが行くわ。このタイミングで生地が届くなんて運がいいわね!」

「エリィお嬢様はいつでも運がいいです! 輝いています! 女神です!」

「褒めても何も出ないわよ」


 ちょっぴり頬が熱くなる。


「これで損失分の15%〜20%は埋められるわね。デニムは間違いなく人気が出るわよ」


 デニム商品は高級品扱いにして、すべてエリィモデルにしよう。


 これでピックアップ商品が増えた。

 ミラーズに並ぶ商品数も増えるので、離反の可能性がある残り二店舗をこちらに引き込めば、『Eimy』の刊行は可能になる。


 だが、やはりここは完璧主義の俺。


 離反した『ウォーカー商会』『サナガーラ』へ依頼していた商品を、別商品に置き換えて、構想通りのアイテム数まで増やしたい。となると、やはり生地が足りない。


 湖の国メソッドからどれだけ優良品が輸入できるかが鍵だ。


 時間があるなら俺が買い付けに行くんだが、そういうわけにもいかない。

 撮影があるし、今回の雑誌は相当気合いを入れて作っているため、自分が抜けると指標がなくなって空中分解する恐れがある。


「メソッドへはわたくしが参りましょうか?」


 こちらの考えが分かっているのか、背後にいたクラリスが口を開いた。


「あなたが行ったら収集がつかなくなる。スケジュール管理と補佐がいなくなったら、私、ダメになる自信があるわ」

「さようでございますか。わたくしもご提案してからお嬢様と離れるのは辛いと思ったので、このお話はなかったことにしてください」

「ええ、もちろんよ」

「それならサツキちゃんにお願いしてみる?」


 エイミーが、そういえば、といった顔で小首をかしげた。


「サツキちゃん、メソッドにいる親戚に会いに行くんだって」

「それはいいわね。いつからいくの?」

「明日だよ」


 六大貴族のヤナギハラ家の娘が行けば、説得力は大きくなるな。

 彼女に交渉はできないと思うが、本人がいいと言うなら手伝ってもらうか。


 ついでにヤナギハラ家も巻き込めたら最高だ。


「よし、頼みましょう。デメリットが見当たらないわ」

「オッケ〜! じゃあ今からサツキちゃん家に行ってくるね」


 プリーツスカートをひるがえし、気軽に商会から出ていこうとするエイミー。


「姉様、馬車は使わないの?」

「身体強化して行くから大丈夫。最近、魔法使ってないからなまっちゃうよ」

「クラリス、身体強化についていける根性のある従業員を姉様の付き人にしてちょうだい」


 エイミーは唯一無二の看板モデルだ。一人で行かせるのは抵抗がある。


「かしこまりました」


 クラリスが体育会系の女子をひとり選抜してエイミーに付け、二人は颯爽と商会から出ていった。


「クラリス、スケジュールの確認をしましょう」


 洋服の生産、撮影、雑誌制作が複雑に入り乱れているため、進行状況を確かめておかないと理解が追いつかない。デニムが加わったことにより、リスケが必要だ。


 メインフロアの奥にある応接用のソファへ移動する。

 アリアナとパンジーが、左右にくっついたままソファに腰を下ろした。ちょっと暑い。


 クラリスは恭しく一礼すると立ったまま手帳を取り出した。

 気づけばウサックスが正面のソファに座って、ノートを持って手もみしている。複雑な話が大好物なウサ耳のおっさんはウキウキと楽しげだ。


「まずは現状の進行状況です。雑誌の企画制作は100%でしたが、デニム特集を組むのであれば、企画会議が必要でございます。モノクロページ特集は35%。取材・文書作成が40%。撮影は37%。雑誌デザインは20%。印刷はできている部分から刷っており、5%といった進行状況でございます」


 クラリスが淡々とした口調で言う。


『Eimy』進行状況をまとめるとこんな感じか。

 企画制作・100%(ただし、デニム特集を追加)

 モノクロページ特集・35%。

 取材、文書作成・40%。

 撮影・37%。

 雑誌デザイン・20%。

 印刷・5%。


 あと一ヶ月しかねえよ。これは徹夜しないと間に合わないレベルだな。

 特に印刷がやばい。

 できているページからどんどん刷ってもらわないと販売延期だ。

 ページ数を倍にする予定だから、どのみち印刷班が悲鳴を上げるな。スルメに活きのいい火魔法使いを紹介してもらうか?

 いや、その辺の手配は、ウサックスがすでにやっているかもしれない。あとで確認しよう。


「ミラーズの報告をしますぞ。雑誌掲載分の商品発注は100%。デニムを入れるとなると、追加発注になります。輸入商品を除外した洋服別の進行状況は、トップスが32%。アウターが40%。ワンピース22%。スカート7%。パンツ50%。靴70%。帽子80%。アクセサリは110%で予定分より超過しているので別注は必要ありませんな」


 ウサックスが興奮した様子でまとめたデータを伝える。


 ミラーズの服はこんな按配か。


 商品の発注・100%(デニム、輸入生地の加工は除外)

 以下、縫製達成率

 トップス・32%。

 アウター・40%。

 ワンピース・22%。

 スカート・7%。

 パンツ・50%。

 靴・70%。

 帽子・80%。

 アクセサリ・110%。


 スカートとワンピースの需要が高い分、生産数も多いから進行が遅い。

 それにしたって、スカート7%って全然足りないじゃん。これは縫製専門店に死ぬ気でやってもらわないと雑誌刊行後に在庫切れでアウトだ。


 この後、ジョッパー・ブタペコンドにデニムの加工を注文するから、エリィスマイルで発破をかけてやろう。


「エリィお嬢様のスケジュールは撮影に合わせて組み直します」

「アリアナ嬢とパンジー嬢の撮影日も変更が必要ですな」


 その発言後にクラリスから、組み直したスケジュールが発表され、ウサックスが二人の撮影日を三月二十六日に変更した。



   ◯



 ヒーホーぬいもの専門店へ行き、ジョーと合流してデニム生地を使ったデザインを決め、その場で発注をかける。

 ジョッパー・ブタペコンドはタイトなスケジュールに困惑していたが、デニムの魔法防御力を先日見ていたことが幸いし、何とか雑誌発売までにデニム商品の目標数を揃えると明言してくれた。


 そのあと商会へ取って返し、新しい企画を立て、予算と販売戦略を決めつつモノクロページの構成を一部やり直したり、テンメイが撮影してきた写真の確認をしたりとバタバタして一日が終わった。


 次の日は未攻略の二店舗へ営業をかけた。

 俺、アリアナ、エイミー、クラリスの四人で『靴下工房』『ソネェット』へ出向き、手慣れたプレゼンを展開して見事に契約を勝ち取った。


 ふっ、どうだサウザンドのじじいよ。

 十店舗中、八店舗がミラーズ陣営についたぞ。


 そしてサークレット家とバイマル商会の営業陣に言いたい。

 手ごたえがなさすぎる。


 殿様営業しかしてこなかった会社は、こういったしのぎを削る戦いになるとめっぽう弱い。営業陣の経験が往々にして低いことが多いんだよな。弱点が露出した結果になって、サークレット家、バイマル商会、残念でした!


 そもそも現在のトレンドはミスリルなんかではなく、ミラーズの防御力が低い洋服だ。


 バイマル商会主導の雑誌が『Eimy』と同じ発売日に刊行されるらしいが、中身を見るのが楽しみだぜ。

 日本で培った知識力を活かした雑誌と、流行りの後追いをした付け焼き刃の雑誌、果たしてどちらが勝つかね。いやー楽しみだ。楽しみすぎちゃってバク宙しちゃうもんね。


「わぁ! エリィさんカッコいい!」


 パンジーが急にバク宙した俺をみて歓声を上げる。

 彼女は俺達と一緒にいるのが心底嬉しいのか、いつも楽しげだ。初めて会ったときの暗さや迷いはかなり薄れてきている。いい兆候だ。


「ん…」


 アリアナも負けじとバク宙する。しかも身体強化して三回転。


「すごいすごーい!」


 パンジーがのんきに手を叩いて、長い前髪のあいだからこちらを交互に見つめてくる。


 俺はそのとき、以前から考えていた人類の七不思議の一つについて熟考していた。



 ——なぜなんだろう



 ——なぜアリアナのパンツは見えないんだろう



 おかしい。バク宙で三回転もしてるのに、どうして見えないんだ。

 スカートが膝上丈で結構短いのに見えないのが解せない。

 砂漠でミニスカートはいているときも見えなかったし、魔改造施設で戦っているときもかなりきわどかったのにノーパンチラだった。いや別にね、パンチラが見たい変態ではないよ? 何度も言うけど俺は脱がせたい派だからな。


 でもそれにしたって、一回ぐらい見えたっていいんじゃないかと思うわけよ。

 こんだけ一緒にいて一度も見えないって、アリアナのスカートは鉄壁だってことだな。そうか。それだけは分かった。

 この人類の七不思議が解明されるのは、彼女がパンチィラをし、それを俺が垣間見て、宇宙の真理に到達したときだけだ。


 うん、久々の意味分からねえ思考。アホか。

 なんか自らへのツッコミも久々な気がするな。


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