第180話 オシャレ戦争・その14



     ☆



 大型店がミラーズによってすべて再契約された、三日後。


 サウザンド家の執事ジャックは、パンジーの様子を報告するために、執務室のドアをノックした。


 グレンフィディック・サウザンドの入室許可の声が響き、音を立てずにドアを開けてゆっくりと部屋に入る。


 仕事に追われるグレンフィディック・サウザンドが、書類から目だけを上げてジャックを一瞥する。その仕草のせいで、額に刻まれた皺がより深くなった。


「なんだ?」


 不機嫌な調子でグレンフィディック・サウザンドが尋ねる。

 くすんだ白髪が混じりの金髪は、彼の疲労を現すように前に力なく垂れていた。


「パンジーお嬢様とエリィお嬢様についてのご報告です」

「そうか」


 何の感慨もなくペンを机に置き、緩慢とした動きで姿勢を起こすと、彼はそのまま椅子の背もたれへ身を預けた。


「話せ」

「かしこまりました」


 ジャックは自分の主人がどう感じ、何を思うか予想しつつ、執事の礼を取って頭を上げた。


「パンジーお嬢様はこちらに戻ってくるおつもりはないようです。塞ぎがちだったお嬢様の性格も、エリィお嬢様やご友人のアリアナお嬢様と時を過ごすことで、本来の明るさを取り戻しているように思えます」


 ジャックがそこで一旦言葉を切ると、グレンフィディックは目を細め、両眉を山なりにさせた。灰色の瞳を、何の遠慮もなく不躾に執事へ向ける。


 ジャックは頭を上げて主人と目が合うと、不快にさせたと思い、また深々と腰を折った。


 だが、不興を買ったとしても、パンジーが家出をして明るくなった事実は伝えなければいけないことだった。上司が間違っていたら部下が諌めるものだ、というエリィの言葉が執事の頭で反響していた。


 このような報告の義務が発生したのは、彼女がグレイフナー魔法学校に通い始めてから極度に暗くなったことが理由であった。


 パンジーは魔法学校の入学式当日に重度の高熱を出して学校を休んだ。

 サウザンド家の抱える治療師達の魔法で彼女は全快したが、入学式から一週間が経過してしまった。友人を作る流れに乗り遅れ、彼女の引っ込み思案な性格が災いし、仲のいいクラスメイトができずに気持ちだけが焦って、ゆるやかに時間が過ぎていく。


 パンジーがサウザンド家の嫡女だったことも良くなかった。

 光適性クラスであるライトレイズの生徒達は、白魔法超級魔法使いを輩出したサウザンド家に一目置いており、誰もがパンジーに話しかけづらく、気軽に友人になっていいものかと遠巻きに見ていた。

 その年のライトレイズは珍しく貴族出身の光適性者が少なく平民が多かった。そのため、生活水準が同じで話の合う者同士でグループを作ってしまい、ますますパンジーは孤立した。


 少しのきっかけがあれば仲良くなれていただろう。

 自ら輪の中に入っていく勇気があれば状況は変わっていたかもしれない。


 友人ができるきっかけは全くなく、勇気を出すにはパンジーは臆病すぎた。


 いじめを受けていたエリィのように、邪険にされたり、実習授業で二人組になるのを嫌がられたりはしなかった。しかし、クラスメイトは誰しもが彼女への距離感を測りかねていた。


 そんな状態のまま、ずるずると一年生が終わり、二年生になり、十一ヶ月が経って春休みを迎えてしまった。


 パンジーは月日を重ねるごとに、クラスメイトと目を合わせなくなっていった。前髪を伸ばし、あくまでも髪型のせいで目が合わない理由付けにして、自身の勇気のなさから逃げた。家の庭いじりと、光魔法の練習をしているときだけ、心が安らいだ。


 パンジーが赤ん坊の頃から面倒を見ていたジャックは、学校に馴染めない彼女の様子に心を痛めた。

 幼い頃、草の冠を作って自分にプレゼントしてくれた、あの天真爛漫なパンジーの笑顔を思い出すと、涙が込み上げてくる。


 何度となくサウザンド家の権力を使ってパンジーに友人を作らせようと思ったが、パンジーの父親であり次期当主のグレイハウンド・サウザンドが子どもの人間関係に大人が介入することを嫌がる性格だったため、ただ見守ることしかできなかった。


 そんなパンジーが、エリィのおかげで明るくなっている。


 ジャックは心の中で歓喜し、グレンフィディックを一刻も早く正常な状態に戻したかった。サウザンド家のせいでエリィとパンジーの仲がこじれない、という保証はどこにもない。


 この場に次期当主でありパンジーの父親である彼がいれば、ジャックの心強い味方になってくれ、過去に捕らわれたグレンフィディックを引っ張り上げてくれる可能性があった。しかし、彼はいま領地内に出た魔獣の駆除に出ており、当分戻ってこない。残念なことに、母親もグレイハウンドの遠征に同行している。


 これは試練なのかもしれない、とジャックは勝手に考えた。

 契りの神ディアゴイスが与えた、パンジーとグレンフィディック、そして自分への試練だ。


 深々と頭を下げたまま、ジャックは瞠目する。

 様々な情景が、無作為に選んだ写真のように脳裏に焼き付いては霧散する。


 パンジーが悲しげにうつむきながら登校する姿。

 突然現れたエリィ・ゴールデンという少女の優しげな笑顔。

 目の前にいるグレンフィディックと彼が愛した女性が仲睦まじく笑い合う過去の思い出。

 ジャックは感情が抑えきれず、執事の表情を崩して顔中をしわくちゃにした。


「パンジーお嬢様は、ミラーズの女オーナーであるミサ、デザイナーのジョー、付き人の兎人族の男、ゴールデン家当主のハワード・ゴールデンとともに、布屋グレン・マイスターへと赴き、契約を取り交わしてパーティーにご出席されました。そこで、自ら知らぬ商人に話しかけている姿をお見かけ致しました」


 グレンフィディックからパンジーの護衛を任されているジャックは、尾行した祝賀パーティー先で見た彼女の姿を話した。


「少なくともここ数年、パンジーお嬢様が自発的に行動をしたのは、ミラーズの洋服についてだけです。それに関しても、買い付けをメイドに頼むのみ。それが、知らぬ商人に話しかけるなど……お嬢様は自分の持つ勇気すべてを振り絞ったはずでございます」


 グレンフィディックは深く頭を垂れながら状況報告をする長年連れ添った執事の頭部を見つめ、苦り切った顔を作った。


 彼にしてみれば、パンジーが家出をするなど、想像の埒外だった。

 引っ込み思案で、人見知りな可愛い孫を、どうにか一人前にしてやろうと四苦八苦していたのは自分だ。そういった強い自負があったため、グレンフィディックは臆病なパンジーが家出するぐらい怒りを感じている事実に、身体強化でぶん殴られたような激しい衝撃を受け、六十年生きてきた人生の中でも指折りに入るほど困惑していた。


 もはや、グレンフィディックは自分の気持ちを整理する余裕がなくなっていた。

 アメリアへの自責の念が膨らんで抑制が効かなくなり、現実逃避のため毎晩ワインを飲み、亡くなった恋人との甘い記憶の海に埋没している。酒でどうにか己の均衡を保っていた。


 いま作業している書類の処理も、自らがミラーズの邪魔をし、エリィを養子にするために行った強引な手段のツケの回収をしているにすぎない。


 ジャックは頭を上げ、痛ましく思いながらもグレンフィディックを見つめた。


「旦那様、エリィ嬢のお言葉は先日お伝えした通りでございます」

「謝罪すれば許してやらなくもない、というあれか」

「さようでございます。エリィ・ゴールデンという少女は、並の常人では持ち得ぬ何かを内に秘めております。おそらくは彼女なりの心慮があっての提案かと存じます故、謝る謝らないに関わらず、一度お会いして話し合うことを具申致します。彼女を養子にとお考えであれば、なおさら会って距離を縮めるべきかと」

「そうか」


 ジャックの言葉に、グレンフィディックは心を動かされた。


 ジャックとしては、もう一度二人が会えば、何かが起きるのではという希望的観測があった。エリィならば、会ってグレンフィディックを謝罪させることができるかもしれない。

 今回の騒動はグレンフィディックが謝れば丸く収まる。


 ちょっかいを出した店や、長年取引をしていた商品の再購入は、金でどうにかなるので問題ない。エリィが総合デザイナーであるミラーズとは完全に敵対してしまうが、グレンフィディックが謝罪し、まだ発展途上にあるミラーズを利益度外視で援助してやれば、関係値の回復は見込めるはずだ。


 究極のところ、パンジーが家に戻ってきてくれるなら、出費などどうでもよかった。なんなら自分が破産するまで身銭を切ってもいい。

 この騒動は、長引けばパンジーとグレンフィディックの溝は深まり、修復が不可能になってしまう。エリィやゴールデン家も二度と交流を持ってくれなくなるだろう。現状、この数週間が関係修復のタイムリミットではないか、とジャックは考えた。


 それに、パンジーが自分の殻を破って成長し、グレンフィディックが過去と決別できるチャンスが同時にやってくるなど、二度とないはずだ。仕組まれた運命に翻弄される旅人と同様、数多の出逢いがある中、この二名は時の導きに吸い寄せられ、契りの神ディアゴイスに課せられた試練の渦に飲み込まれている。ジャックにはそう思えてならなかった。


 今回の出逢いが神の導きであると断定すると、奇妙な縁の歯車に自分が巻き込まれた気がして、ジャックは背筋を震わせた。


 とにかく、どうにかしてグレンフィディックをエリィに会わせなければならない。話はそこからだ。


「いかがでございましょう旦那様。エリィ嬢とお会いされては?」

「あれはそう簡単にこちらへ来ないだろう。わしがゴールデン家に出向けと? お前はそう言っているのか?」

「できることならば、それが最善かと」


 飾り気なく、ストレートに本心を伝えた。


「ふん……」


 グレンフィディックは鼻で笑い、提案を一蹴する。

 手元にあった資料を引き抜き、ジャックに見えるよう前に出し、大声で言った。


「見ろ。大型店三店舗はすべてやられた。中型店もすでに半分が向こうの手に落ちている。あの娘、かなりの手腕だぞ。年端もいかぬ小娘が、どう成長すればこのように効率よく動けるのか不思議だ。ゴールデン家では特殊な教育訓練を施しているのかもしれんな」

「ゴールデン家の四姉妹は貴族の間で有名でございます。長女、次女が国家最高研究機関、魔導研究所に所属し、三女も同研究所への内定が決まっております。四女のエリィ嬢に至っては、わたくしの身体強化を上回る強化が可能。あの存在感でまだ魔法学校の四年生とは信じられません」

「エリィが身体強化できるなど、わしには想像できん」

「世の中には天才がいるものです。彼女ももれなくその一人なのかと」

「天才か……」


 嬉しそうな表情をグレンフィディックが一瞬だけ見せ、ジャックは不可解な気持ちになった。


「何か思うところがおありでございますか?」

「自分の孫が天才と言われて喜ばんじじいはおらん」

「……さようでございますか」

「お前にも孫ができたら分かるだろう」


 孫だと思っているなら味方をしてあげればいいじゃないか、という言葉を、ジャックは言いたくて仕方なかった。


「ここまできたら、エリィがどこまでやってくれるか見てみたい」


 言い訳がましく、グレンフィディックが額に皺を寄せて薄っすらと笑った。

 灰色の目には、特別な感情が見え隠れする。ジャックは気づかない振りをし、口を開いた。


「そのことについても報告がございます」

「なんだ」

「先ほど、営業陣から『シャーリー縫製』『シューベーン』の取引に失敗したとの報告がございました。サウザンドとは今後の取引をせず、ミラーズと専属契約を結ぶそうです」

「なんだと? いいようにやられているではないか」

「ご指示に従い、こちらも腕利きの営業を店に派遣したのですが……面目次第もございません」

「大型店をやられた三日後に、優勢であった二店舗の交渉も失敗するとはな」

「相手方の提案能力が相当に高い模様です。サウザンドの提案を蹴った店舗は、軒並みミラーズの未来性に賭けているようでした。しかも、エリィ嬢が自ら出向いた瞬間、契約を結んだとのことです」

「……あの娘、営業の女神か何かなのか?」

「そうでないと否定できぬところが末恐ろしい次第でございます」

「何としても養子に欲しい」


 グレンフィディックは自身を納得させるように首肯し、片眉を上げた。


「綿で攻めるか」

「綿……それはいささかやりすぎでは?」

「長期的にミラーズを相手取るなら必要だ」

「旦那様はそこまで彼女と敵対するおつもりでございますか?」

「わしはエリィを養子にほしいだけだ」

「それでしたら、もっと他の方法があるかと存じます。相手方と融和し、迎合することが良策でしょう」

「すでに賽は投げられた。いまさら迎合などできぬ」

「せめて綿の流通に手を出される前に、エリィ嬢と一度お話しをなさってください。それこそ取り返しのつかない事態になります」


 サウザンド家は領地内で綿を生産し、グレイフナー王国全体に満遍なく卸している。その流通をいじり、ミラーズの手に届くまで高単価になるよう細工をする。グレンフィディックはそう提案した。


 もしそんなことをしてミラーズを窮地に立たせた場合、エリィがグレンフィディックと金輪際関わりを持とうとしなくなるのは、火を見るより明らかだった。エリィの洋服に対する愛着は相当なものだ。ジャックは陰ながらエリィとパンジーの姿を見てきて、それを肌で感じている。


 そして何より、彼女を怒らせたくなかった。


 つい先日、サークレット家と深く取引をしている鞄専門店『ビビアンプライス』にエリィが出向いたとき、そこの女店主が同伴していたパンジーを揶揄した。


 パンジーの桃色の髪を甘ったるくて不愉快だと言い、ミスリルがお前達のせいで高くなっていると批難がましく叫んだ。パンジーの髪をすべて剃ってよこすなら再契約してやってもいいと、相手を不快にさせることが目的の交渉をしてきた。


 両目を身体強化し、窓の外から様子を見ていたジャックは怒りを感じた。

 パンジーに暴言を吐いた女主人に、拳を一発食らわせてやろうかと身構える。

 だが、すぐに怒りの熱は、驚愕に変換された。


 何があっても怒らなそうなエリィが、恐ろしげな微笑を浮かべ、髪の毛を逆立たせていた。


 金髪のツインテールが重力に逆らって天井を向き、ゆらゆらと揺れているのは、正直恐ろしかった。それを見た女店主は冷や汗を流し、後ろにいた専属メイドは顔を真っ青にしてどうにかエリィの怒りを鎮めようとした。


 エリィはその場で『ビビアンプライス』との契約を自ら破棄し、女店主に「後悔するわよ」と言い残して去っていった。


 髪がゆらゆらする原理は不明であったが、あれは絶対に怒らせてはいけない相手だと、長年の勘でジャックは悟った。ワイルド家に勤める友人の言い方を借りるならば、金の玉がヒュンとなる状態だ。あの店はサウザンド家が手を出さずとも、時を待たずして潰れる気がしてならない。


「旦那様。何卒、エリィ嬢とお話を」

「くどい。わしが向こうへ出向くなどあり得ぬ」

「そこを押して申し上げます。エリィ嬢と一度お会いしてお話をされてください。私が会合の日取りを決めて参ります。場所は旦那様がお決めくださって結構でございます故、どうか」

「ではサウザンド邸宅で会合だ」

「それは……」


 無理があるでしょうが、という言葉をどうにか飲み込んだ。謝罪しに来いと言っているエリィが、いまさらサウザンド邸に来るわけがない。


「それならば、サウザンド家邸宅とゴールデン家邸宅の間を取って、彼女らが拠点にしているコバシガワ商会を会合場所に指定しましょう。向こう側に出迎えの準備をさせ、業務の実状を探ればいいかと存じます」

「ふむ……」


 グレンフィディックは思案顔になり、眉間に深い皺を寄せた。

 普段の正常な彼であれば、即座に否定する提案だろう。だが、今の彼にもそこまでの余裕がなかった。連日飲んでいるワインで頭は鈍り、孫であるエリィの美しい姿ばかりがスライドショーのように浮かんでくる。


 グレンフィディックはエリィに会って話がしたいという欲求と、自らがそこまで足を運ぶ行動によって相手方にどう思われるかを天秤に掛け、判断のつかないまま空中を見上げた。


「それについては、保留する」

「是非とも前向きにご検討ください。長期的に事を構えるのであれば、相手の本拠地を視察しておく必要がございます。この提案にはそういった意味も含んでおります」


 ジャックはここぞと提案の利便性の高さを説く。

 彼の熱意にグレンフィディックは少しばかり揺らぎ、話を打ち切るためにワイングラスを取った。


 ジャックは空になっているグラスを見て、執務机へ歩み寄り、コルクの開いた便からワインを注いだ。赤い液体がグラスへと落ちていく。


 無音の室内に、ワインの滑べる音だけがわずかに響いた。


 ジャックはワインを注ぎ終わると、瓶を上げ、丁寧に白ナプキンで注ぎ口を拭き、コルク栓で蓋をしめた。


「……パンジーは、そこまで明るくなったのか?」


 グレンフィディックはかすれた声でジャックに尋ねた。

 彼の視線はじっとワイングラスに向けられている。


「はい。見違えるほどでございます」

「……そうか」


 どうにか無表情を取り繕うグレンフィディックはグラスを上げ、八割ほど注がれたワインを一気に飲み干した。


 ジャックは主人の感情を読み取ろうと注意深く見つめていたが、喜んでいるのか困惑しているのか、長年仕えている執事の目を持ってしても、うまく把握できなかった。




    ◯




 あと少しで怒涛の営業回りも終了だ。

 残りの二店舗が頑固者の店主で、なかなか首を縦に振ってくれないため、営業陣には任せず俺が直接行こうと思う。


 それにしてもさ、『ビビアンプライス』って店の女店主には頭きた。

 ガチで“落雷サンダーボルト”するところだったぜ。


 どうも身内がバカにされるとエリィが怒って抑えがきかなくなる。俺も怒ってエリィも怒って、感情が二倍になるんだよな。


 それに、あの店はもとからこちらの話を聞くつもりがなかった。別にわざと怒らせてこっちの出方を伺う方針でもなかったし、パンジーを泣かせた女店主がいる店など興味はない。一度会って分かったため、無駄な時間を使わずに済んだので良しとしよう。


「はぁ〜、雷雨こないかしらね」

「なぜでございます?」


 クラリスが次の洋服を差し出しながら聞いてきた。


 最近のたまり場になっているコバシガワ商会第一会議室には、俺とアリアナ、エイミー、クラリス、パンジーがおり、新作の商品を代わる代わる試着していた。


 男子入室厳禁と散々言ったのに、何かの手違いで入ってきたウサックスとジョーは、俺とアリアナの強烈なビンタを食らってドアの前で鼻血を垂らしてノビている。うらやまけしからん、ってことで誰も“治癒ヒール”してくれない悲しさね。


 ちらりとドアの方向を見て、クラリスからシャギーチェックのスカートを受け取った。


「ほら、あの店に“落雷サンダーボルト”できるでしょ? 雷雨なら落雷事故だって言えばバレないじゃない」

「お嬢様、それは素晴らしい考えでございます。嫉妬の神ティランシル・雨乞い音頭隊を呼びましょう!」

「なぁに、それ?」

「ずんどこずんどこ踊って雨乞いするのです。効果はいまいちですが、やらぬよりやったほうがいいでしょう」

「すごく嫌な予感がするからやめておくわ」

「さようでございますか? 上半身裸の男衆五十人が腰を縦横斜めに三時間振り続けるだけなのですが……」

「絶対に呼ばないでちょうだい。お願いッ!」


 エリィが心から叫んだ。


「ぶーぶー、でございます」

「その人達は私もやだなぁ」


 エイミーがぷちぷちとブラウスのボタンを留めつつ苦笑いをした。


 アリアナは獣人用の麦わらストローハットをかぶり、鏡を見てご機嫌に尻尾をふりふりしている。その横にいるパンジーが、目を輝かせて帽子の位置を調整していた。きゃわいい。


 俺とエイミーとクラリスは二人の後ろ姿を見て目を合わせ、含み笑いを交換した。


「あの店はおしおきするとして、問題は『ウォーカー商会』『サナガーラ』によって損失した30%の商品よねぇ。湖の国メソッドに行った買い付け部隊から連絡はあった?」

「色よい返事はございませんね。旦那様がヤナギハラ家の宰相様にお話を通してくれたので、生地選びには苦労していない様子でございますが、そこから先が難しいのでしょう」

「どういうこと?」

「あの国は根っからの商売人気質で、繋がりを求めます。大店との契約ともなれば、それなりの人物を呼んでほしいと向こうは言ってくるでしょう」

「くるっと回って、まいど、って言うだけじゃダメなのね」

「ダメでございます」

「それなら、然るべき人物に役職を付けて派遣しましょう。さすがに私やミサが隣国へ行く時間はないわよ」

「念のため、代替案を準備しておくべきかと」

「他の生地を今から作るの? 今すぐ発注している店舗でギリギリのラインなのよ? 厳しいわね」

「わたくしには妙案が思いつきません。お嬢様のアイデア待ちです」


 特にまずいのは生地だ。

 縫製は再契約した店に死ぬ気でやってもらえばどうにかなる。しかし、生地がなければ服は作れない。

 どうしようもなくごわごわした生地とか、防御力重視の分厚い生地ならそこら中に転がっているんだけどな。それをうまく加工してみるか?

 どうも碌な服になる気がしないぞ……。


 考えているところに、ノックが響いた。


「エリィお嬢様、お手紙が届いております!」


 興奮した声で、女性スタッフが伝えてくる。


「いま着替えているから少し待ってちょうだい。誰からなの?」

「はい! コバシガワ商会ジェラ支部支部長、クチビール様よりお手紙です!」

「まあ!」


 うおおおおっ、クチビール久々すぎる。

 まだオアシス・ジェラを出てから一ヶ月ぐらいしか経ってないのにやけに懐かしく感じるぜ。


 はやる気持ちを抑え、しっかりと洋服を着て、皺がないかクラリスに確認してもらい、第一会議室のドアを開けた。



―――――――――――――――――――――――――

◯離反確実

(✖)『ウォーカー商会』

(✖)『サナガーラ』

  (30%の商品が損失)


◯離反あやふや重要大型店

(◎)『ヒーホーぬいもの専門店』

(◎)『バグロック縫製』

(◎)『グレン・マイスター』


◯サウザンド家によって離反の可能性

 中型縫製・十店舗

(◎)『シャーリー縫製』

(◎)『六芒星縫製』

(◎)『エブリデイホリデイ』

(✖)『ビッグダンディ』

(◎)『愛妻縫製』

(◎)『シューベーン』

(−)『靴下工房』

(✖)『アイズワイズ』

(◎)『テラパラダイス』

(◎)『魔物び〜とる』


◯サークレット家によって離反の可能性

 その他・七店舗

(☠)『ビビアンプライス(鞄)』

(◎)『天使の息吹(ジュエリー)』

(−)『ソネェット(ジュエリー)

(◎)『KITSUNENE(帽子)』

(◎)『麦ワラ編み物(帽子)』

(◎)『レッグノーズ(靴)』

(◎)『オフトジェリコ(靴)』


 契約継続→(◎)離反→(✖)未確定→(−)おしおき確定→(☠)

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