第160話 お断りするエリィ①
「イヤですわ」
心の底からそう言った。
「ななっ…?!」
「えええっ!」
「ほっほっほ」
「で、殿下……!」
「あらら……」
アリアナとクラリスが驚きでなぜか身構え、ポカじいは笑い、リンゴ・ジャララバードは上腕二頭筋と上腕三頭筋を緊張させ、ササラ・ササイランサは残念そうに首を振った。
まさか皇太子も、こうもはっきりと断れると思っていなかったのか、顔を引き攣らせ、出した右手を引っ込めるタイミングを失っている。
ディル皇太子は次期グレイフナー国王。将来は安泰だと思うが、これがエリィの幸福に繋がるとは思えない。エリィにはもっとこう、自由恋愛で相手をゲットして欲しいんだよな。
それに、落雷魔法使用者を身内に取り込もうという国王の意図が透けて見える。息子の感情も計算に入れて、エリィを王国サイドに取り込もうって腹だろう。王国の求心力を高めたり、都市防衛のマスコットにしたりと、伝説の魔法を使える女の子が皇太子の嫁になるとなれば色々と利用価値も高い。さすがに抜け目がないな。
まあ何だかんだと告白したところで今は俺がエリィなわけだから、脈があるもクソもねえ。だって俺、男だからな。ムリなものはムリっ。
「朕は賛成だ! ダメか?」
「はい。ダメですわ、国王様」
「ディルよ、失恋したな」
「父上!」
茶化すように肩を叩く国王に、ディル皇太子は批難の目を向け、すぐさまこちらに振り返った。
これはラブコメパターンの波動?!
「エリィ嬢……では友人の間柄から始めませんか?」
「ううーん」
「私は誰よりもあなたを大切にします」
「ほんとかしら」
「本当ですとも! あなたのためなら幾千の魔物を打ち砕き、幾万の魔法を創造しましょう!」
「あら、それはすごいわ。でも……できるかしら……?」
「何か心配事がおありですか、エリィ嬢?」
結構な必死具合で皇太子が詰め寄ってくる。勝手に手を握ってくるので、やんわりと離し、人差し指を唇に当てて思案顔を作る。
あぶないあぶない。男に触れられるとエリィの顔面がすぐトマト色になって、ラブコメ一直線だ。ラブコメするなら男に戻って可愛い女の子としたい。本気で。
ともあれ、これは有力者が懸想する相手に愛を育むという名目の下、お願いを聞いてくれる流れじゃないか? タダでは転ばない小橋川流。ラブコメパターンを逆手に取って、こちらの目的に話題を寄せていく作戦でいくぜ。
「とある魔法の研究を始めようと思っていますの」
「おお! それはどんな魔法でしょうか。友人として、私にできることがあれば言ってください。幾らでもお手伝い致しましょう! 友人として!」
やけに友人を強調してくる皇太子。
食いつきがすごい。これならいける。
「私が研究したいのは転移魔法ですわ!」
「て、転移魔法……?」
「ええ、そうです。手がかりはあるのですが――」
「それは本当か!?」
今度はリンゴ・ジャララバードが食いついてくる。
いいぞ。このまま転移魔法のことを調べてもらう流れでいける。王国主体なら相当金のかかる実験もできるはずだ。なにより、転移魔法が完成すれば未曾有の移動革命が起きるし、新しい文明の発展に繋がるかもしれない。王国にとっても悪くない投資だろう。
「ええもちろん。こちらにいる砂漠の賢者様に教えてもらった、召喚魔法の補助魔法陣を持っております」
「ほう! 召喚魔法の補助……ちょっと待て。砂漠の賢者だとっ?」
さらりとポカじいを紹介した。
国王が本当にいいリアクションをしてくれる。合わせてリンゴが訝しげにポカじいを睨みつけ、皇太子が二人の視線に合わせて首を向けた。
じいさんは小難しい顔付きで、ササラ・ササイランサの騎士服のぴっちりしたズボンを押し上げている尻を見つめ続けている。いや、暇なのは分かるがもう少し自重してくれ。
「うむ、暴れん坊でやんちゃな尻じゃ」
「うそっ!?」
ササラ・ササイランサが回りこまれたことに気づいて、両手で尻を隠しながら飛び退いた。銀の鎧がガチャリと音を立て、右手に持っていた兜が赤絨毯に落ちた。
「ササラが後ろを取られた、だと?」
一番驚いていたのは、リンゴ・ジャララバードだった。
◯
その後、ポカじいが砂漠の賢者だという説明をした。
国王達がわりとあっさり認めたのは、落雷魔法を使う俺が弟子入りしていることと、その実力をリンゴ・ジャララバードが認めたことだ。勘の鋭いササラ・ササイランサが背後を取られた事実も大きい。
リンゴ・ジャララバードはポカじいを見た瞬間から、その強さに気づいていたようだ。さすがに砂漠の賢者だとは思わなかったらしく、それが分かってから是非とも手合わせしたい、と願い出たがあっさり断られた。ササラ・ササイランサも同じ進言をし、ポカじいが条件として尻を触らせてくれと、さも当たり前のごとく提案したので、彼女は無言になった。
「わしも無理にとは言わん。ただ、どうしてもというならば、尻を対価として手合わせしてやってもよい。古来よりこのような言葉があるのじゃ」
——尻を触れば桶屋が儲かる
「この世は何気ないことにも関連があるということわざじゃ。すべての事象には連続性がある。体術然り、魔法然り、尻然り。いまわしがここでおぬしの尻を触ることに、おぬしは納得できぬじゃろうが、いつの日かその意味を見出だせるときがくるじゃろう。だからのぅ。尻をわしに触らせ、認めるべきなのじゃ、己の若さ――」
——“
「若さサササササササササササササィランシリリリィィッッ!!」
スケベじじいは矢を放たれたあとの弓の弦のように震えながら痙攣し、キリキリと回転して、うつ伏せで赤絨毯へ倒れた。当然、黒焦げでアフロヘアーだ。両手両足が見事に九十度曲がり、ブロックのおもちゃみたいになっている。
「……」
国王、リンゴ、ササラ、ディル皇太子、アリアナ、クラリスが非常に残念なものを見る眼差しでポカじいを見下ろした。
「スケベは…めっ」
アリアナが冷酷な視線を向けながら、ササラ・ササイランサをかばうように立った。ササラはアリアナを可愛いと思ったのか、顔を赤らめて頬の筋肉を緩めた。
「因果応報でございます」
クラリスが静かにつぶやき、メイドとして完璧な一礼をする。
うん。尻を触る触らないの問答で話が逸れるパターンにも慣れたな。
ということで、何事もなかったかのように絨毯のオブジェとなったポカじいをよそに話を進めた。
転移魔法の研究は、エリィとの距離を縮めたいディル皇太子が俄然乗り気だ。魔導研究所へ解析を依頼してくれる運びになり、皇太子が公務のかたわら、顧問として進捗具合を見てくれる。エリィマザーも魔導研究所にお願いする、と言っていたので、トップダウンがより強烈になったわけだな。
マザーにはあとで皇太子のお墨付きをもらった旨を伝えておくか。
話を聞く限りだと、転移魔法陣の研究は昔から行っていたようで、手がかりがなく研究が頭打ちになっていたらしい。俺が持ち込んだ情報で、新たな資金が投入される運びとなった。魔導研究所の職員が歓喜して研究に打ち込んでくれそうだな。
「国王様。複合魔法については情報共有をお願いしたいですわ」
「して?」
二文字だけを発して国王は片眉を上げた。
して、それはどういう意味だ、と言っているらしい。さすがせっかちな国王。
「“有事”が起きると、複合魔法の使用者が集まる、と先ほど仰っておりました。王国側で使用者を見つけた場合、私に教えていただけないでしょうか。何かが起きるのであれば、他の複合魔法使いと協力体制を取らねばなりません」
「それは朕も思っていたところだ」
「ポカじい、少し話してもいいかしら?」
「ふむ。魔法名の開示ぐらいならええじゃろ」
いつの間にか“
ポカじいに礼を言い、国王に向き直る。
周囲の反応を見る限り、他の複合魔法を知らないようだ。
「いま分かっている複合魔法は、『生樹魔法』『天視魔法』『無喚魔法』『時刻魔法』と私が使える『落雷魔法』ですわ。他の効果や効力は不明ですが、名前が名前なので、すべて強力無比だと考えられます」
「な、なんと! それは重大な情報だ!」
国王が叫び、ディル皇太子、リンゴ・ジャララバード、ササラ・ササイランサが驚愕して顔を引き攣らせる。
「エリィ・ゴールデンよ、他の人間に話してはおらんな?」
「数人が知っております。信用できる友人達なので問題ございません」
「ならよい。ふむ……そうか……他の魔法はそのような名前なのだな」
国王はいかめしい表情を作ると、マントをひるがえした。重厚なマントが目の前で通り過ぎ、軽い風が巻き起こる。
「いいぞ! 朕の代で謎が解き明かされていくとはな! 愉快だ! これは愉快だぞ!」
「それは何よりですわ」
笑顔で返事をしておく。
もちろんとびきりの営業スマイルで。
俺の目的は、ずばり、転生するための魔法をゲットすることだ。“有事”とやらには興味がない。むしろ、危険なにおいがぷんぷんするのでどうにかして避けたいところだ。
複合魔法でも特に、『生樹魔法』『天視魔法』の使用者に会いたい。名前がそれっぽいから、人間の中身を入れ換える的なぶっとび魔法があってもいいはずだ。というより、そんな魔法であることを切に願う。頼む。まじで頼むっ。
こちらの手持ちカードである“複合魔法の種類と名前”の情報開示をしたので、王国側への要求は通りやすくなった。
「相わかった! どのような情報でもおぬしに与えよう!」
「こちらも何か発見次第、すぐにご報告いたしますわ」
「おう! おう! これは愉快だ! なあリンゴよ!」
「で、ありますな」
リンゴ・ジャララバードは複合魔法の名前を吟味しているのか、丁寧に礼をしつつも眼光が鋭い。
国王の言質が取れたので、グレイフナー王国は複合魔法使用者の情報を共有してくれることになった。ユキムラ・セキノに憧れや崇拝の念を抱いているグレイフナー王国にとって、複合魔法の使い手は神聖な魔法使いという位置付けだ。俺に偽の情報をつかませたりはしない。これだけでもかなり安心だ。
自分で調査をしつつも、王国側に情報が入ればこちらに流してくれる。
最高の形だな。
それから国王は、俺が落雷魔法使用者だという情報の入ったルートを教えてくれた。情報源はパンタ国らしい。確か、山脈を挟んで隣にある国で、グレイフナー王国とは友好国だったはず。パンタ国の国王は大熊猫族らしい。パンタ国の王パンダ。なんか海外のB級映画の題名っぽい。
しかも驚いたのが、パンタ国は『無喚魔法』と縁のある国らしい。ユキムラ・セキノの仲間、アン・グッドマンという人物が使い手で、無喚魔法使用者に託している置き手紙もあるそうだ。なんだか、ちょっとずつ事の真相に近づいている気がして気分がいいぜ。
にしてもやはり王国の情報網は侮れない。
敵に回すのは絶対にないな。このまま友好関係を保つ方向でいこう。
それから、パンタ国王に会うタイミングがあったら、是非とも無喚魔法について聞きたいところだ。
そんなこんなで話し込んでいると、犬の事務員が高速前転でやってきて謁見の時間が押していると伝えた。国王は不満そうであったが、話もそこそこに俺とクラリス、ポカじい、アリアナは王宮を後にし、バリーが御者をする馬車に乗り込んだ。
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