第159話 国王に営業するエリィ②


 いや頑張ってるよ!?

 めっちゃ頑張ってるよ俺!

 突然異世界に来て女になってダイエットしたり魔法練習したり生死をかけた戦いをしたりさぁ!


 もっとこうほら! 情報プリーズ! ユキムラ・セキノさん! 情報っ! 欲しいのは世界の根幹に関わるようなすごい情報なのよ! いやピンポイントで転移の情報とかでも良かったわけよ! わざわざグレイフナー王国に手紙残して四百年越しに『がんばれ〜』て。アホかッ!


「ねえエリィ。何て書いてあるか分かるの…?」

「……え? それはどういう意味?」

「このミミーズみたいな文字、見たことない…」


 アリアナが細い指で文字をつついてくる。


 まてまて。アリアナが読めないってことは、これ、マジモンの日本語じゃ?

 こっちの世界に来てから、文字は脳内で自動変換されて全部日本語に見える。俺が読めてアリアナが読めないってことは、このユキムラ・セキノの手紙『がんばれ〜』は日本語で書かれていることになるぞ。


「ごめんなさい。すごいことが書いてあると思っていたから驚いたの。私にも、よく分からないわ」

「そう…」

「これは文字でしょうかね? ユキムラ・セキノ様は異国の方だったのでしょうか」


 アリアナが残念そうにうつむき、クラリスがしきりに疑問を浮かべながらも感心している。

 ここで日本語が読めると話したら、なぜ読めるんだということになり、俺が転生したことを説明しなければならない。二人には悪いが黙っておこう。


「どうだ。何か分かるか?」


 リンゴ・ジャララバードが期待を込めた声を上げる。


「いえ、何も」

「そうか」

「まあよい!」


 国王が手を上げて制した。


「おぬしにそれを持っていてもらおう。何か分かったらすぐ報告するのだぞ」

「かしこまりました」

「して、四百年前の“有事”について説明をしよう。朕も分かっている事柄は一つだけだ。“有事”が起こる際、古代六芒星魔法が一つに集まる、とな」

「それはどういう……」

「分からぬ。いつ、何が起きるのか、記された文献が消滅しているのだ。そもそもそのような文献が存在していたのかも分からず、四百年前から三百五十年前のあいだの文献がごっそり抜け落ちておる。ただ分かっていることは、その“有事”とは、この世界の成立ちに関する重大な“事”である、という口伝のみだ」


 ユキムラ・セキノが日本人だと分かった今、彼が日本から異世界へ転生、もしくは転移したのは確定だ。

 彼がこっちに来た理由は、やはりその“有事”とやらが原因なのだろう。てことは、俺もその“有事”のせいで召喚されたと考えるのが妥当か。


 うわー、何か面倒くさくなる予感しかしないんだけど。


「それで、国王様は私に何をさせたいのでしょうか?」

「特にない。何かあれば朕はおぬしの後ろ盾となろう」

「……本当ですか? どこかに連れだして魔法の実験をさせたり、そこのシュワちゃ――リンゴ・ジャララバード様と戦わせたりしないのですね?」

「当たり前だ。あの伝説のユキムラ・セキノと同じ落雷魔法使用者を家臣のごとく扱うなど、おこがましいにも程がある。朕はグレイフナー王国国王。ユキムラ・セキノの精神を受継ぐ誓いを立てたのだぞ」

「よかったぁ……」


 思わず声が漏れてしまった。

 今の言葉は俺の意思が三割、エリィの意思が七割、といったところだ。

 グレイフナー王国が落雷魔法使用者を利用しないことが分かっただけでも、ここに来た甲斐があった。

 それにしても、最近ちょいちょいエリィの意識が顔を覗かせるな。


「はははっ! その言葉を聞いて、ようやくおぬしが歳相応のおなごだと思えたぞ!」


 国王はバシン、と玉座を叩いた。


「我がグレイフナー王国は、王国民のおぬしが落雷魔法使用者であることを誇りに思う。決して無碍にせぬとここに宣言しよう。して、エリィ・ゴールデン。おぬしのほうからこちらに会いに来たのだ、何か理由があるのだろう。聞いてやろうではないか」

「ありがたきお言葉でございます、国王様」

「おう、おう、申してみよ」

「二つございます。まず一つ目は、グレイフナー大通りのメインストリート『冒険者協会兼魔導研究所』への特大広告を出す権利の延長をお願い致します」

「ふむ。あれ以来、使用許可を求める嘆願書が殺到している。有料賃貸を検討しているが……よかろう。おぬしの広告をそのモデルケースにしてやる。おぬしのやっている洋服にも興味があるからな。おいっ!」


 国王が一声呼ばわると、隣の部屋からごろごろと高速前転をして、犬獣人の男が現れた。国王が二、三言話せば、たちまち内容を理解し、高速後転で退出する。この間わずか十五秒。素早いっ。


「ありがたき幸せにございます」


 すんなり許可が下り、嬉しくなって頬を上げて破顔してしまう。

 それを見た国王は何か思う所があるのか、また、バシンと玉座を叩いた。どうやら人払いしているので、国王の素が出ているようだ。


「それでは男全員が惚れてしまうな! ハッハッハ!」

「……?」

「まあよい。して、もう一つは」

「はい。魔闘会の“中日”に王国劇場をお借りしとうございます」

「何をするのだ」

「ファッションショーです」

「なんだそれは?」

「新しい洋服の品評会のようなものですわ。最新の服とデザインが集まるショーで、流行の火付けになるかと存じます」


 これが俺の考えた秘策。

 題して『グレイフナー王国初のファッションショーで他社に差をつけちゃうぞ作戦』だ。安直なネーミング〜。


 最先端のオシャレ服を一挙に集め、さらには賞金を出して新しいモデルとデザイナーをコンテスト方式で募集する。毎年開催されれば、首都グレイフナーがオシャレの聖地となり、デザイナーを目指す人間が増えてデザイン力の底上げになる。その胴元にミラーズとコバシガワ商会が収まれば、雑誌で情報を操作して最大の成果を得ることができ、ゆくゆくはこの世界のファッションを牛耳る裏と表のボスになれる。その壮大な計画の第一歩だ。


「国王様、これは王国の防具発展にも一役買いますわ」

「ほう」

「クラリス」


 クラリスが予め用意していた布を取り出し、俺に手渡した。

 何の変哲もないクリーム色の布を広げて見せる。


「この布はミラーズで開発中の新素材を使った商品です。御覧ください」


 俺が横に移動すると、アリアナが十メートルほど距離を取って布に指を向ける。打ち合わせどおりだ。クラリスとポカじいは、楽しげに口元を緩ませている。


「ではまいります」

「“ファイアボール”…」


 アリアナの指からバスケットボール大の火球が飛び出し、布に着弾した。炎は布を燃やし尽くし、空中へ消えるかと思われたが、何事もなかったかのように俺の手にぶら下がっていた。焦げ跡もない。


「おお! 燃えておらぬ!」


 国王が身を乗り出し、リンゴ・ジャララバードが目を細め、皇太子とササラ・ササイランサが驚きの声を上げる。

 ただの布が下位中級の攻撃魔法を防御したのだ。これは驚くよな。


「エリィ・ゴールデン、その布はなんだ」


 リンゴ・ジャララバードがずいと一歩近づいてくる。


「新素材を使った布ですわ。通常、下位中級の魔法を防御する場合、強力な素材や特殊な縫製技術を使用する必要があります。例えばミスリル。ミスリルをふんだんに使った鎧であれば下位上級の攻撃ならものともしない、と言われております。ですが、あまりにも重い。それこそ、リンゴ・ジャララバード様のように屈強な方にしか装備できませんわ」

「そうだ。あれは全身鎧ともなれば五十キロはくだらん」

「ミスリル繊維を使ったコートやローブも同様です。重くて、繊維が直線的なため形が変わりにくく、動きづらい。シールド騎士団で採用されていないのはそのせいでしょう?」

「ああ、そのとおりだ」

「それに高価すぎます。一着五十万ロンから百万ロンでは、一般兵士や一般人には手が届かない代物ですわ」


 これはミスリル防具の弱点だった。

 鎧にするには重く、服にするには素材が硬すぎる。そして値段が高い。

 それでも根強い人気があるのは、これに変わる防具がないことだ。鉄より硬く、魔法防御力が高い。未だにミスリルハーフプレートや、ミスリルコートは需要がある。どちらかといえば、ミスリルは武器で利用するべき素材だ。これに取って代わる商品が現れれば、瞬く間にミスリル防具は廃れるだろう。


 対するこの新素材は安価であり、軽い。

 ゴールデン家の所有する鉱山から『魔石炭』という燃料鉱石が出土する。この『魔石炭』は燃料になるんだが、灰と煤が尋常でなく出るので、貧乏人の暖房器具の燃料という位置づけになっていた。火を扱う大きな工場では、安価なため大量に使用される場合もあるが、その需要はいまいち、と言わざるを得ない。


 この何の取り柄もなくただ安い『魔石炭』。とある酔狂な魔法使いが、燃えが悪いからと上位炎魔法で『魔石炭』を加熱した。普通はそんな勿体ないことはやらない。上位魔法といったら魔力をかなり使用するので、他に使うシーンがいくらでもあるのだ。


 結果、不純物が綺麗に燃えて新しい素材になった。


 どうやら『魔石炭』には、優れた魔法素材が混入していたらしい。上位炎魔法の力が加わって、うまく不純物が取り除かれたようだ。

 ゴールデン家の領地で起こった出来事だったためクラリスの耳に入り、この素材には何かあると睨んだ彼女は、コバシガワ商会での実験を始め、魔法防御に優れた優秀な素材だと突き止めた。


 そこからは早かった。すぐさまミラーズで新しい生地にならないかと試行錯誤され、『魔石炭』は瞬く間に夢の素材へと変貌した。なんといっても原価が爆裂に安い。ミスリルに対抗できる素材とあれば、予想される利益は莫大なものになる。

 現在も、ミラーズとコバシガワ商会で開発部が発足され、目下実験中だ。


 昨日、新素材の発見経緯を聞いて心が踊ったぜ。こういう偶然から新しい物ができるのって、何かいいよな。地球じゃなかなか味わえない。


「この商品はまだ完成には至っておりませんが、グレイフナー国民が洋服に注目したおかげで、こういった新しい素材の芽が出てまいりました。私はミラーズを通じて、最終的には防御力が高く、オシャレで親しみやすい洋服を作りたいと思っております」


 そう言って、四人の観客へレディの礼を取った。アリアナも、ちょこんとスカートの裾をつまんでいる。きゃわいい。


『オシャレ力×防御力』


 これこそがこの異世界における洋服の最終形態だ。

 いまはその技術がないため、先にオシャレ力を浸透させるべく防御力が低い商品で商品を売り出している。しかし、いずれはこの形に持っていきたい。社会貢献と金稼ぎ。これぞビジネス!


「その第一歩として、王国劇場をお借りしとうございます」

「おもしろい! 許可する!」


 国王がおもちゃを見つけた子どものように手を叩いた。気持ちいいぐらい決断が早い。新しい物好きの人でほんとよかったぜ。


「但し条件がある!」

「なんなりと」

「新素材完成のあかつきには、朕の防具を真っ先に作れ。よいな!」

「お安いご用ですわ」

「さらに王国側も一枚噛ませてもらうぞ」


 やっぱそうなるよなー。開発費を出資してもらう口実ができたから良しとしよう。最終的には新製品のマージンを王国側に支払うことになるだろうが、問題ない。というより、敵がいる今、後ろ盾に王国が付いてくれる意味は非常に大きい。


「して、どういった素材を使っているのだ」

「それは企業秘密、ですわ」

「ほう」

「おいエリィ・ゴールデン。国王様がお聞きになっておられるのだ、答えろ」


 リンゴ・ジャララバードが大胸筋をビクビク震わせながら一歩前に出てきた。視線だけで木っ端役人が逃げていきそうな、恐ろしい顔つきをしている。

 それを受けて、俺はぶりっ子が困ったときにやる、ぷく〜っと頬を膨らませるわざとらしい怒った表情を作った。他の女がやると頭を引っぱたいてやりたくなるが、やらなそうなエリィがやると、破壊力が凄まじい。


「ぐっ……!」


 リンゴ・ジャララバードがうろたえて一歩後退した。

 見たか、ぶりっ子エリィちゃんの威力を!


「ハッハッハッ! あきらめいリンゴよ。おぬしはこのおなごに勝てぬ」

「しかし!」

「よい! このおなごは大した商売人だ。こちらとしても懐は痛まぬ」

「……御意に」

「おい!」


 国王が一声叫ぶと、またしても高速前転で犬獣人の事務員が現れた。言付けを得ると、彼は高速後転で消えていった。この間なんと十三秒。素早いっ。


「あとで契約書を送る。確認せよ!」

「国王様の寛大なお心に感謝いたしますわ」

「それとだ、まったくの別件で提案がある!」

「なんでございましょう」


 先ほどから静かに成り行きを見ていた国王の息子、皇太子が一歩前に出た。


 茶髪を短めに揃え、眉はきりっと一直線に伸び、目鼻立ちもしっかり整っている。将来が有望そうな若者だ。

 彼は右手を胸に当て、足を引いて頭を下げた。


「お初にお目にかかりますエリィ嬢。私は皇太子ディル・グレイフナーと申します」

「エリィ・ゴールデンでございます」


 こちらもスカートの裾をつまんでレディの礼を取った。


「単刀直入に申し上げます。ひと目あなたを見て、この世に女神がいることを初めて知りました。私と結婚していただけませんか」


 ディル皇太子は恭しく右手をこちらに差し出した。


「なっ…?!」

「ええっ!!」

「ほっほっほ」

「殿下!」

「まあっ!」


 唐突なプロポーズに、アリアナとクラリスが驚きで口を半開きにし、ポカじいが笑い、リンゴ・ジャララバードが驚愕で顔を歪め、ササラ・ササイランサがこのときばかりは女性らしく頬を染めた。


 突然の告白を受け、みるみるうちに顔が熱くなっていく。


 あわてて深呼吸を繰り返した。大丈夫、動揺するな、とエリィに言い聞かせ、返事の言葉を脳内で反芻させる。何となく、頭の中でエリィが「恥ずかしいっ」と身悶えている気がするが、たぶん気のせいだと思う。


 そんなことを脳内で繰り広げていると、全員がどう返事をするか俺のことを見つめてくる。


 ディル皇太子は右手を差し出したまま、身動きをせずに微笑みを浮かべている。背景に薔薇でも散らしたら、さぞ絵になることだろう。この皇太子なら剣でもいいな。文武両道のエリートって雰囲気だ。


 冷静に分析していたら顔の火照りが収まってきた。エリィの身体が落ち着いた瞬間を見計らい、俺は満面の笑みを浮かべて皇太子にこう言った。



「イヤですわ」



 思わぬ俺の断定的な口調に、周囲は氷魔法を食らったかのように動きを止め、信じられない、とばかりに口を広げて首を前方へと突き出した。





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