第144話 スルメの冒険・その14


 突然、空から落ちてきた閃光の眩しさに目を閉じ、身の危険を感じて身体強化をかけた。

 凄まじい魔法の余波に、オレとガルガインのボケナスは土やら岩の破片と共に吹っ飛ばされ、後方から万力で引っ張られるような浮遊感を味わった。轟音で耳が痛み、何が起きたのかさっぱり理解できず、一瞬頭が白くなる。


 邪竜蛇は?!


 したたかに打ちつけられた頭を振り、バスタードソードを地面について起き上がる。あれほどの衝撃でも剣を手放さなかったのは訓練のたまものだ。

 シャツの袖で目を何度か擦り、クソ蛇のいた場所を確認する。

邪竜蛇の不気味な身体は消えていた。

アメリアさんの爆発魔法によるってできた大穴と、謎の超弩級魔法でできた円形の穴の間に、ぽつんと、クソ蛇の生首だけが鎮座していた。


「はああっ?!?!」


 ありえねえ!

 クソ蛇がうねっていた場所は、大地ごとごっそり抉り取られている。さすがの邪竜蛇も生首だけじゃ死ぬらしい。ってあたりめえか。


「やべえな…」


 それしか言葉が出てこねえ。

 どんだけ強力な魔法なんだよ。しかも見たことねえやつだ。白魔法の光線魔法か?

 白魔法に唯一存在している攻撃魔法で、光を収束させてぶっ放す、子どもに大人気のど派手なものだ。


 あれ? 光線魔法って門外不出で、使えんのグレイフナー六大貴族のサウザント家だけじゃなかったか? しかも魔力効率がクッソ悪いって話だ。あれほどの威力でんのかよ?

 

 左を見ると、ガルガインのスカタンが頭を打ったのか完全にノビていた。

 ま、生きてっから大丈夫だろ。


 右を見れば、長い黒髪で顔が隠れているサツキが、ぐったりと横たわっている。胸が上下に動いてっから生きてんな。オッケー。


「スルメーーーーーーーッ!」


 前方の小高い丘からやたら可愛らしい声が聞こえてきた。

 すぐに顔を上げると、金髪ツインテールの女子がこっちに飛び降りて、手を振りながら駆け寄ってくる。


 うおっ、クッソかわいい。


 碧眼の垂れ目が嬉しげに細められ、小ぶりな口はエイミーみてえにピンク色でちょっと肉厚な感じだ。見たことのねえやけにぴっちりしているズボンを履いていて、美脚をこれでもかと主張してやがる。襟んとこが丸い白シャツがでけえ乳に押し出され、上下にばいんばいん揺れていた。やべえ。


「スールーメーーーーーッ!!」


 つーかオレのあだ名呼んでるけど、誰?

 あんなカワイ子ちゃん知らねえんだけど?


 ちょっと待て、ここまま飛び付いてくる気じゃねえだろうなって――


 うおおっ!

 カワイ子ちゃん抱きついてきやがったッッ!


 やっべ。意味わかんね。いい匂いするし乳当たってるし、やっべっ。これやっべぇぞ。


 金髪ツインテールのカワイ子ちゃんが、オレの顔を見上げて嬉しそうに笑った。


「久しぶりっ! もうほんとに危ないところだったじゃないの。私達が来てなかったらどうするつもりだったの?」

「はっ……?」


 久しぶり?

 いや、ぜってー会ったことねえけど?

 てめえみたいな美人忘れるはずがねえよまじで。


 事態が飲み込めねえ。カワイ子ちゃんの美しい顔と、ハーフプレートに押しつけられて形の変わっている乳と、邪竜蛇の生首へ何度も目を走らせちまう。


「今回のことは貸しにしておいてあげるわ。いいわね、スルメ」

「……あれ、おめえがやったのか?」


 いやまじで誰?

 すんげえ知り合いっぽく話してくるけど。


「ええそうよ」

「てか…………おめえ、誰よ?」

「エリィよ。エリィ・ゴールデン」

「エリィ………………ゴールデン?」

「そうよ」


 はっ?

 何の冗談だ?

 エリィ・ゴールデンっつったら九十キロはあるおデブお嬢様だろ。

 ドヤ顔でウインクを寄越すカワイ子ちゃん。


「エリィ…………………ゴールデン??」


 嘘だとわかっていても何となく聞き返してしまった。


「ええ、そうよ」


 抱きついていたオレから離れると、彼女はブラウスの裾をつまんで一礼した。


「……はあっ?」


 お淑やかで洗練された身のこなしはどっかのお嬢様だな。

 しっかし意味がわかんねえ。オレ、こんなカワイ子ちゃんとどっかで会ったことあるか?


「………………はああっ?」


 混乱の極致。

 もはや「はあ」しか言葉が出ねえ。

 自分がエリィ・ゴールデンっていうギャグを使ってくるってことは、魔法学校の生徒か? にしても全然似てないから、ギャグにすらなってねえんだけど。


 放心しているオレを余所に、カワイ子ちゃんは当然といった顔で、近くに転がっているガルガインのタコナスに“癒発光キュアライト”をかけ、素早く移動し、サツキにも“癒発光キュアライト”を使用する。

 やや離れた場所にいるアメリアさんには、白魔法下級“再生の光”をかけた。


 白魔法?!

 しかも杖なし?!

 やっべえ、まじ意味わかんね。パネェ。


「“再生の光”は魔力枯渇にも効くわよ。意識を取り戻す程度の効果だから、あまり無理させちゃいけないけどね。スルメはそっちの人、エイミー姉様の友達のサツキさん? の方をお願い」


 そう言いつつ、カワイ子ちゃんは身体強化でアメリアさんを丁寧に運び、ガルガインの隣に寝かせた。

 オレは言われるがまま、サツキの頭と膝下に左手を右手を差し入れ、なるべく柔らかそうな草の生えている地面へ横たえる。

 サツキの二の腕はやけに柔らかかったが、今はそれどころじゃねえ。


「ジョン・ボーンさん……向こうに色黒でスキンヘッドの人がいると思う。ちょっと見てきてくれねえか?」

「いいわよ」


 そう言うと同時に、カワイ子ちゃんは身体強化で目の前から消え、三分ほどで戻ってきた。

 小脇にジョン・ボーンさんを抱えている。


「かなり危なかったけど、“加護の光”を唱えておいたから大丈夫」

「ああ、助かるぜ。なんてお礼していいかわかんねえぐらいだ」

「いいのよお礼なんて」

「って“加護の光”?! 白魔法中級じゃねえかよ!」

「そうだけど?」

「………まじパネェな」

「みんなじきに目を覚ますわ」


 ジョン・ボーンさんを横たえ、懐かしげな視線をガルガインとアメリアさんに送り、満足げに腕を組むカワイ子ちゃん。


 見れば見るほど疑問しか浮かばねえ。

 超弩級の光線魔法をぶっ放し、白魔法を無詠唱で使用できる。しかも驚くほどにスムーズに身体強化から上位魔法へ魔力の切り替えを行い、すべての魔法は杖なし。冒険者協会でも滅多にお目にかかれない優秀な魔法使いだ。

あの雰囲気からして身体強化の使用は“上の下”までいけそうだな。冒険者協会定期試験を受けたら、何点ぐらいだ?


 アメリアさんが、身体強化“上の中”を数十秒使え、炎魔法中級を無詠唱で行使でき、数々の修羅場を潜った経験もあり、879点。

 ジョン・ボーンさんは身体強化“上の下”で数十分動け、“上の中”は使えない。攻撃魔法は得意じゃねえから、ゴーレムを倒しまくる試験では不利だ。それで、756点。

 カワイ子ちゃんが、身体強化“上の下”まで使用できると仮定しよう。あの超弩級殲滅魔法が使用できるってことは、攻撃魔法が結構得意なのかもしれねえ。だが、あの魔法が光線魔法なら、燃費がわりいから連発はできない。詠唱にも時間がかかりそうだ。それを加味しても、700点代後半から800点の得点になるはず。下手すりゃ800点中盤までいけるかもしれねえ。

 と考えると、シールド所属のジョン・ボーンさんより格上の、Aランクってことになるぞ。


 そんな、強くて、可愛くて、やたら美人な、オレのことを親しげにスルメと呼ぶ、同年代の女子か……。



 いや、まじで誰ッ!?



「あら、あなたも怪我してるわね。“癒発光キュアライト”」


 カワイ子ちゃんは透き通るブルーの瞳でこちらを見ると、指先をオレの肩に当てた。

 温かな光がオレの身体を優しく包み込み、肩や腕にできていた切り傷がみるみるうちに塞がっていく。


 ああ、めっちゃ気持ちいい……。

 こんなに癒される“癒発光キュアライト”は初めてだ。


「まじで助かる。ありがとよ。んで、おめえ誰よ?」

「え? だから、エリィ・ゴールデンよ」

「いやいや、そういうのはいいから」

「どういうのよ?」


 あ、わかった。

 このカワイ子ちゃんが誰かわかった。

 そういうことか。


「はっはぁん、同姓同名か」

「違うわよ!」

「じゃあ誰だよ」

「グレイフナー魔法学校三年生で、あなたと合宿に行ったエリィ・ゴールデンよ!」

「んな馬鹿な!」


 だってエリィ・ゴールデンってこんなに目ぇでかくねえし、もっとデブだったし、顔中ニキビだらけだったし全然ちがうだろ。髪の毛さらっさらでむっちゃいい匂いすんし、すっげえ可愛いし、ずぇんずぇんちげえ。


「バカはあなたでしょう!」


 なんかカワイ子ちゃん、ぷんぷん怒り出した。


「スルメってあだ名であなたを呼ぶの、親しい友人ぐらいでしょ」

「………」


 確かに言われてみりゃそうだけど、スルメとかいう不名誉なあだ名はエリィ・ゴールデンがアホみてえに連呼していたから、知ってる奴はグレイフナーに結構いるぞ。このカワイ子ちゃんが、誰かからあだ名のことを聞いて、オレをスルメって呼ぶんだろうな。つーかそれしか考えられねえ。


 まあいいや。これ以上考えるのめんどくせ。

 細けえことは苦手だ。

 まずは礼だな。


「ま、冗談はさておき。あぶねえところ助けてくれてまじでサンキュー。助かったぜ」

「どういたしまして、って冗談じゃないからね?!」

「おめえみたいな美人がエリィ・ゴールデンって名乗ったら本物がびっくりすんぞ。あんまエリィ・ゴールデンいじめんなよ。あいつ、めっちゃいい奴なんだ」

「んまぁ………って違う違う。私が、エリィ・ゴールデンなの! 本物! モノホン!」

「はいはい。にしてもさっきの魔法すげえな。あれ白魔法の光線魔法か?」

「華麗にスルーしないでくれる!? ほら、よく見なさいよ! こうして、こうすれば」


 そう言いつつ、カワイ子ちゃんは両手で自分の目を細くして、頬をぷくっと膨らませた。

いや、可愛いだけなんだが。


「似てる似てる。にしても白魔法中級まで使えるってすげえな。練習大変だっただろ?」

「ちゃんと見てよぉぉぉっ!」


 カワイ子ちゃん、悔しくて内股でバシバシ地面を踏んづけるの巻。

 ツインテールがひょこひょこ揺れてかわいいったらありゃしねえ。

 いい加減その冗談終わりにしようぜ。


「つーかおめえサウザント家の親戚か? さっきの光線魔法だろ?」

「だから! さっきからエリィ・ゴールデンって言ってるでしょ!」

「はいはい。んで、おめえ一人? よく一人で旧街道に入ったな」

「え? 一人じゃないわよ」


 そう言うと、彼女は後ろを振り返った。

 酒瓶持ったじいさんと狐人の女子が、丘から飛び降りて、こちらに歩いてくる。


 じいさんの両目は魔法の効果で変色しており、白目が金色、黒目んとこが真っ白だ。

えっ? これって噂に名高い木魔法の魔眼シリーズじゃね? 使えんのシールドでも二、三人って聞いたけど?


 つーか隣にいる狐人の女子、むちゃんこカワイイじゃねえか……。

 睫毛クッソなげえ。口ちっちぇえ。鼻がつんとしてほっぺたぷにぷに。

弟のスピード、黒ブライアンが土下座して交際を申し込みそうだな。あいつはこういう女が好みだったはず。


「スルメ、元気してた…?」


 はっ?

 狐美少女もオレのことスルメって呼ぶのかよ。オレってそんな有名人だっけ?


「おめえ誰だよ」

「忘れたの……?」

「ん? おめえ誰かに似てんな……どっかで会ったことあるか?」

「ほほう。淡いブルーか。うむ、やはり美尻には薄色の下着じゃのぅ」


 木魔法魔眼シリーズを使っているじいさんが、オレ達の会話に割り込み、カワイ子ちゃんの尻を見ながら仰々しくうなずいた。


「ポ・カ・じ・い? まさか透視でパンツ見たんじゃないでしょうね」

「しまっ―――あまりの美尻に口が滑ってしもうたっ」


 じいさんの魔眼は透視能力“暗霊王の眼クレアボヤンス”か。

 透視能力でパンツ覗くとか、アホほどに魔法の無駄遣いだな。気持ちはわからんでもないが。


「アリアナ、お願い」

「“トキメキ”…!」


 狐美少女が人差し指を下唇に当て、右頬だけぷくっと膨らませ、左目でウインクをした。

 やっべ、クッソかわいい、と思ったら目の前が桃色に染まって心臓がキュウゥゥっと締め付けられ、あまりの激痛に胸を押さえてうずくまった。


「う゛っ!」

「う゛っ!」

「う゛っ!」


 いてえええええええっ! 死ぬ! 死ぬわこれ! なんかの魔法か?!

 スケベ魔眼じじいもうずくまってるし! つーかカワイ子ちゃんも!?


 狐美少女がじいさんを捕まえると、カワイ子ちゃんが立ち上がって腕をつかみ「“電打エレキトリック”!」と叫ぶ。


「おししししししししししししししりぃぃぃぃっ!」


 魔眼じいさんが残念なほど痙攣し、黒こげになってぶっ倒れた。

 なんだこいつら? よくわかんねえけどまじやべえぞ。

 オレがしらねえ魔法ばっか使ってやがる。


 心臓いてえのはすぐおさまった。ひやひやしたぜ。


「透視の魔眼は禁止! 私の許可なく使ったらおしおきだからね。わかったポカじい?!」

「………………ふぁい」


 ぷすぷすと黒い煙を上げたじいさんは口だけを動かして答えると、魔眼を解除した。

 おい、じじい死ぬぞ。


「まったく。油断も隙もないわね」

「スケベ……めっ!」


 それにしても、むちゃクソ可愛いなこいつら。

カワイ子ちゃんのほうがぴちぴちのズボン。狐っ子のほうがエプロンにスカートがくっついてるみてえな変な服。どちらも見たことのない青い素材だ。防御力が低そうだが平気なのか?


 いや、どう考えてもこのカワイ子ちゃんは、エリィ・ゴールデンじゃねえだろ。毛が生えてねえガキだってもうちょっとマシな嘘つけるぜ。


「ス、ス、スルメ君。へ……蛇は?」


 振り返ると、後方に下がっていたエイミーが、恐る恐るこちらに向かってきた。彼女は特大の魔法でできた大穴を見つめている。その横にテンメイが並び、杖を構えながら油断ない視線を周囲へ送っていた。


 エイミーは二つの特大魔法で空いた地面をじっくり見たあと、邪竜蛇の生首を見つけ、「ひっ」と小さな悲鳴を上げた。まだ動くと思っているのか、ポケットから杖を引く抜く。腰が引けているのがちょっとまぬけだ。

 テンメイは「エェェェクセレンッ」と叫んで生首を激写しに走っていく。写真バカは放っておこう。


「死んでるよ。こいつが倒してくれた」

「よかった……」


 オレが伝えると、強ばっていた全身を弛緩させ、緊張で肺にたまっていた空気を「ほぅ」と吐き出す。

安堵し、いつものエイミーらしい笑顔が戻った。


「旅のお方、危ないところを助けて頂き――」


 彼女はそう言いながらこちらへ近づいてくる。

 だが、言葉が最後まで紡がれることはなかった。


 エイミーはカワイ子ちゃんの姿を捉えた途端、垂れ目をぐわっと開き、右手に持っていた杖を落とした。魔遊病にかかった魔法使いみてえに、口元を力なく開閉させ、小刻みに身体を震わせる。


「…………エリィ?」


 エイミーは壊れ物に触れるような弱々しい声で、カワイ子ちゃんに尋ねる。

 すると、カワイ子ちゃんも、オレとしゃべっていた威勢はどこへやら。か細い声色で、そこにエイミーがいる、存在している、と確認するみてえにゆっくりと呟いた。


「姉様……」


 二人はため息とも嗚咽とも取れない嘆息を漏らしてふらふらと近づき、やがてどちらからともなく駆けよって、もう離さない、といわんばかりに抱きついた。


「エリィィィィィッ!!!!!」

「ねえさまぁぁーーーッ!!!!!」


 おうおう感動させるじゃねえか。美人が抱き合うのは、悪くねえな。


「エリィエリィエリィ!」

「会いたかったぁぁ!」

「よかった! 無事でよかったよぉ! 私、心配したんだからね! 手紙が届くまで、生きた心地がしなかったんだからね!」


 背の高いエイミーがカワイ子ちゃんの肩に頬ずりする。


「ごめんなさい姉様」

「ううん、謝らないで。むしろ謝るのはエリィを誘拐から守れなかった私たちなんだから」

「それでも謝りたいの。みんなに心配かけちゃったから」

「これからはずっと一緒よ? もう勝手にいなくなったり、危ないことしちゃダメだからね?」

「うんっ」


 嬉しそうにカワイ子ちゃんがうなずくと、二人は両手を取り合ったまま、身体を離してお互いを見つめる。


「エリィってばこんなに痩せちゃって……身体は大丈夫なの?」

「鍛えてるから大丈夫」

「そう……それにしても……」


 エイミーは握っていた手を離し、カワイ子ちゃんをつま先から頭のてっぺんまで眺め、そしてぺたぺたと顔を触った。


「ああっ……かわいい……物凄く……」

「姉様、くすぐったいわ」

「お肌もすべすべ。綺麗になったね」

「ジェラの友達がニキビに効く化粧水をプレゼントしてくれたの」

「いいなぁ~」

「あとで姉様も使う?」

「え、いいの?」

「もちろん。でも、姉様あまり必要ないと思うけど」

「そんなことないよぉ。旅のせいでちょっとお肌荒れちゃったの」


 やっべ、ガールズトーク始まりやがった。こうなると長い。うちのメイドと母ちゃんは日が暮れるまでくっちゃべってるからな。


 ………って何か大事なこと忘れてねえ?


「あーちょっと待て」


 オレはいいようのない不安と焦燥、邪竜蛇と対峙した緊張感でかいた冷や汗とも違う、気持ちの悪い汗が背中から流れ出るのを感じた。粘っこくオレの心臓を包み込んでいく、奇妙な感覚が全身をのったりと走る。


「エイミー、カワイ子ちゃん。ちょっとこっち向いてくれ」

「なに?」

「カワイ子……って私?」


 素直に身体をこちらに向け、肩をくっつけて並ぶ二人。


 左側には透き通るもち肌に金髪ツインテールのカワイ子ちゃん。

 右側には陶器みてえな肌に金髪セミロングのエイミー。


 カワイ子ちゃんは大きな瞳がほどよく垂れ、よく見るとほんの少しだけ両目が離れている。だが、目と鼻と口の並びが絶妙で、何とも例えられねえ神々しさと、清廉潔白な美しさを醸し出していた。優しげな眼差しに、過去の過ちを懺悔したい衝動に駆られ、思わず歩み寄りそうになる。だが同時に愛嬌とユーモアを感じ、それを自身で理解していて相手に押しつけない、心の余裕や場慣れした経験が見て取れ、オレは出しかけた足を戻した。こんなところで、出発前にじぶん家の女風呂を覗いたことを懺悔したってしょうがねえ。


 一方、エイミーはカワイ子ちゃんとよく似た大きな垂れ目を、のんびりと瞬かせている。真っ直ぐ伸びた眉に、高く整った鼻梁。ピンク色をした唇はカワイ子ちゃんと瓜二つだ。全身から溢れんばかりの優しさが発せられ、その雰囲気に似つかわしくないでけえ胸が、旅のマントからでも分かるほど張り出しており、二つのアンバランスさがエイミーの魅力を底上げしていた。さらには、完璧に見えてどこかヌケている顔つきが、守ってやらなければ、という男心をくすぐる。


「どうしたのスルメ君?」

「あまりじろじろ見ないでほしいんだけど」


 いや、なんつーんだろ。

 似てるんだよな。それこそ家族、とか、姉妹レベルで似てるんだよ。二人が姉妹です、って言ってもなんら違和感がねえ。


「似てんな……」

「似てる?」

「あたりまえよ。姉妹なんだから」



 ―――ッッ!!!!!!!??



 その瞬間、まさか、という三文字がオレの脳裏で弾けた。


 頭の中で盛大に“爆発エクスプロージョン”をぶっ放されているような衝撃が走り、思わず足がガクガクと震える。人間は己の信じられないものを無理矢理受けれようとすると、精神と身体が分離して、思ってもいない反応をしちまうらしい。やべえ。まじでやべえ。


「おま……おま………」

「おま?」

「……??」


 エイミーとカワイ子ちゃんが、同時に首をかしげる。

 その仕草が確信めいていて、オレは吐いた息と一緒に全身の力が抜けていき、さっきの、嘘だ冗談だと言っていたそれが間違いだったという事実が強引に喉元へ突っ込まれ、口がぱくぱくと空気を探して勝手に動いた。


「おまえ………まさか………まじで………」


 ありえねえ、と思いながらも、もう一度カワイ子ちゃんを上から下まで確認する。


 すらりと伸びた脚。くびれた腰。大きな胸。吹き出物の一つもない、つるっとした顔。錦糸みてえな金髪。

 それは野菜のダーダイコンみてえな脚じゃなく、突き出た三段腹でもなく、ニキビ面でもなく、しなびた髪の毛でもねえ。

 いやいやいやいや、同一人物とかありえねえ。ありえねえけどエイミーと似ている。似すぎている。


 オレは呼吸の足りていない口から、言葉をひねり出した。


「おま………まじで…………………エリィ・ゴールデン?」


 まぬけヅラをしたであろうオレの質問を聞いて、カワイ子ちゃんは胸を張り、両手を腰に当てる。ふふん、と嬉しそうに笑うだけで、何人もの男が惚れそうだ。


「そうよ。私はエリィ・ゴールデンよ。ダイエットして修行して痩せた、エリィ・ゴールデンよ」

「…………」


 そう言って、カワイ子ちゃんはこちらに近づき、耳元でそっと呟いた。


「手紙に書いた『スルメおでかけチェックシート』は役に立ったかしら?」

「なっ……!?」


 オレは思わず後ずさりした。

 あれを知っているのは、エリィ・ゴールデンとオレだけだ。


「おま、おま、おま、おまえっ! おま、おま……おまぁっ!」


 もう、自分でも何を言ってるかわからねえ。

 腰砕けになり、地面に尻餅をついて、カワイ子ちゃんの顔を指さし、乳を見て、エイミーを指さし、エイミーの乳を見て、二人の垂れ目を交互に見やる。


 二人、姉妹、垂れ目、唇、金髪、でけえ乳、二人、姉妹、エイミー、エリィ・ゴールデン、嘘、冗談、本物―――



 ――――本物ッ!!?



「ハアァアアァァァァァァァァアアァァアアアアッァアアアァァァァァァアアアァァァァァァアアアァァッァァアアアアアアアアアアアッッ!!?」



 ――――まじでッッ!!!?



「ありえねえええええええええええええええええぇえぇえええぇえぇぇぇえええええええええええぇぇぇえぇええぇえぇっぇええええぇぇっっ!!!!!」



 ――――ホンモノッッ!!!?



「ウソだろおおおぉぉぉおおぉおぉぉおおおおおおおおぉおぉおおぉおおおおおおぉおぉおぉおぉおおぉおおおおおおぉおおおおおおおっっ!!!!!!?」



 喉仏がぶっ壊れるほどオレは絶叫した。



     ○

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