第143話 砂漠のラヴァーズ・コンチェルト④



 寂しさを振り切り、北門を出てからはあっという間だった。


 身体強化“下の中”で三時間進んで食事休憩をし、さらに四時間進んで野営の準備だ。

 その後は、魔法の練習と十二元素拳の訓練。アリアナは鞭術練習。


 一日の移動距離は時速50キロとすると、50×7で350キロか。

 途中で魔物に襲われてる商人を助けたり、行商人から食糧を買ったりしていたから走行距離は350キロより少ないだろう。

 

 それにしても生身の人間が原付ばりのスピードで走るって、完全にツッコミ待ちでしょ。


「そんなバカな」

「どうしたの…?」


 久々の一人ノリツッコミをすると、アリアナがこてんと首をかしげた。


「アリアナは可愛いなぁと思って」

「……もぅ」


 俺の誤魔化しの言葉に、素直にはにかむ狐美少女の反則的なプリティさね。

 どこのアイドルよりもキュートだわ。


 なんてことを身体強化で走りながら話しつつ、どんどん進む。

 バックパックを背負ってのランニングにも二日ほどで慣れ、さらに走行距離が伸びる。

 アリアナが身体強化のコツを掴んだのか、“下の中”と“下の上”を混ぜての長時間ランニングにも耐えれるようになってきた。


 商人や旅人を走って追い越すと、みんなびっくりするんだよね。

 馬車より速く走る美少女二人と酒を飲むじいさんの図。そら驚くわ。

 身体強化で旅するのは郵便配達員ぐらいらしい。


『サボッテン街道』を北上し、『サイード』という宿場町で一泊して、『旧街道』の入り口を守る兵士にジェラ領主の通行手形を見せた。

あっさりと門を通過でき、正直、拍子抜けした。



    ○



 旧街道からは、がくっと移動距離が落ちた。

 魔物のせいだ。


 街道に使用されているレンガには、魔物除け効果のある魔頁岩石と、魔物が嫌う臭いを発する金木犀が練り込まれており、低ランクの魔物は近づいてこない。

 そのため、Cランクが頻繁に現れる。


 危険度Cランクの魔物は、上位魔法一発で大体倒せる。

 下位魔法でも上手くやれば一撃だ。敵には種族特性や魔法耐性があるため、見極めて魔法を使わないと泥試合になる。


 でもさ、“落雷サンダーボルト”一撃で倒せるんだよな……。

 バリバリ、ドカァンで一発。

 途中で出現した、フィフスドッグっていう頭が五個あるBランク魔物も一撃だった。


 訓練にならないから、“落雷サンダーボルト”は禁止され、十二元素拳のみで倒すように指導を受けた。

 拳で魔物を退治するってファンタジーすぎる。

 田中が見たら泣いて喜ぶな。

 大事なのは思い切りの良さと平常心で、最初は生物を殴るという行為が躊躇われたものの、中途半端に攻撃するとすぐさま反撃されるため、半日ほどで吹っ切れた。


 ついでに言うと「やあっ!」ってものすごい可愛らしい声でパンチして、魔物が吹っ飛んでいくのは現実感がなさ過ぎる。まあ、それをいったら、アリアナが鞭で猿の魔物を滅多打ちにしてるのも、作られた映像っぽくて現実感がないが。

狐耳の美少女が鞭で魔物を倒すって……完全にアメコミかアニメの世界だろ。田中が見たら狂喜乱舞するぞ。


 出てきたCランクの魔物は、トリニティドッグ、ガノガ猿、蛇モグラ、魔式コウモリ、ジャコウオオカミ、魔火鳥、グリーンパンサーの七種だ。Bランクの魔物は、フィフスドッグだけ。


 アリアナとの連携を高めるために下位魔法のみで二人で敵を殲滅したり、身体強化の攻撃のみで倒したり、一人ずつ魔物を相手にしたりと、ポカじいから様々な実戦訓練の指示が出される。

 二人で課題をクリアしつつ、奥へ奥へと進んでいく。


 旧街道一日目は交替で見張りをしなが野営。

 旧街道二日目は第一休憩地点で野営をした。


 この『旧街道』には休憩地点が五つ存在している。

 人々の往来が激しかった時代に作られた、魔除けの“金木犀キンモクセイ”を大量に植林したキャンプ場がまだ使えるのだ。かれこれ百年は経ってるんだとか。


 安全地帯なので火を起こし、米を炊いて今食べる用と朝ご飯用におにぎりを作り、横でアリアナがトマトベースのスープを作る。ポカじいは野草を取ってきて“ウォーター”でよく洗い、サラダにして皿に盛りつけた。

 百年前に設置されたであろう風化したベンチに三人で座り、焚き火を囲む。


「ねえポカじい。もっと早く進めないかしら」

「ふむ。はやる気持ちはわかるがのぅ、こういった場所で実戦できるチャンスはグレイフナーに戻るとないじゃろう。わしはじっくり進みたいと思うておる」

「早く帰りたい気持ちは分かるよ。でも、私はもっと強くなりたい…」


 アリアナが珍しく反対意見を出した。

 そうか、彼女にはガブリエル・ガブルを倒すという目標があるんだ。早く帰ってエイミーやみんなに会いたいが、ここは親友のために歩調を合わせよう。どのみちジェラで相当足止めをくっている。一日や二日なら変わらない。


「そうね。そういうことならじっくり進みましょう」

「ん……ありがとエリィ」

「いいえ」

「ポカじい。明日新しく憶えた魔法、試してもいい…?」

「ええぞ。まずは敵と距離を取って使ってみようかの」

「うん…」


 見た目も威力も強烈だからな、あの魔法…。



     ○



 朝になり、準備体操をして身体強化“下の中”で街道を走る。

 ところどころ壊れている赤レンガを踏みしめ、左右に気を配りつつ進む。左手にはちらほらと木々が生え、右側は窪地になったり、途中で池があったりと、開拓されていない自然がそのまま残っている。


 粘っこい独特の空気が顔をなでつけるため、あまり気分がいいランニングとはいえない。

 旧街道は魔物の臭気がいたるところで発せられ、嫌が応にも人間の勢力圏外だということを肌で感じてしまう。


「どうもおかしいのう」


 ポカじいが走りながら器用に酒を飲み、何気ない口調でつぶやく。


 確かにそうなのだ。

今日に限って魔物がまったく現れない。


「そうね」

「ん…」


 アリアナも警戒しているらしく、狐耳をひっきりなしに動かしている。


「ふむ。ちいと見てみるか」


 ポカじいは今からコンビニ行ってきます、みたいな気軽さで魔力を練り始め、身体強化をして走っているにも関わらず詠唱を始めた。


「右に或るは星の瞬きを捉え、左に或るは輪廻を観測し、或るべき姿を捉え解明する……“暗霊王の魔眼クレアボヤンス”」


 朗々と詠唱を読み上げると膨大な魔力がポカじいの両眼に集結する。

閉じられたまぶたが開かれると、白目の部分が金色、黒目の部分が真っ白になった、不気味な瞳が現れた。


「木魔法上級、魔眼魔法……」


 アリアナが驚愕してポカじいを見ている。


 木魔法上級?!

 相変わらずうちの師匠は規格外だな。身体強化しながら上位上級唱えるとか、すごいを通り越してもはや変態的だ。

 どうやら時間制限付きで、両目が透視能力を持つ魔眼になるらしい。


 亡霊みたいな両目でポカじいはじっと街道の前方を睨みつけ、眉をしかめた。


「このような場所に邪竜蛇とはのぅ…」


 ポカじいが独りごち、さらに言葉を紡ぐ。


「数人が交戦しておる」

「じゃりゅうへび?」

「危険度AAランクの魔物じゃ」

「うそ?! AAっていったら上位上級魔法でも倒せるかどうかの魔物じゃないの!」

「ちぃとまずい状況じゃのぅ」

「えっ?」

「……?」

「行くぞい!」


 ポカじいが叫ぶと、爆音が前方から七発響いた。ビリビリと空気が震え、微かに周囲が振動する。


 なんだ今の魔力の波動は?

 上位上級レベルだぞ。

 使ったのは敵か味方か? いや、そんなことより移動だ!


「身体強化を“下の上”まで引き上げ全力で走るんじゃ!」

「はい!」

「ん…!」


 ポカじいの指示通り、魔力を練り込んで身体強化を一段階上げ、全力疾走する。

 特急電車に乗っているみたいに景色が後ろへ飛んでいき、踏み込んだ足元のレンガが弾ける。

 動線上にいたガノガ猿をポカじいが蹴り飛ばし、俺とアリアナは跳躍してかわす。


「左手の小高い丘へ! アリアナは新魔法で敵を足止め! エリィは“極落雷ライトニングボルト”を詠唱じゃ! 全力でやらんと死ぬぞい!」


現時点で、俺とアリアナが使える最高威力の魔法を指定してきたポカじいの指示からして、相当に厄介な魔物らしい。

うなずいて了承し、街道を外れて一気に駆け上がる。


「ッ……!」

「……?!」


 敵の不気味さに俺達は思わず息を飲んだ。


 五十メートルほど先の眼下には、尻尾がちぎれた大蛇がのたうち回っていた。頭に透明な羽がくっついており、限界まで裂けた口からは醜悪なよだれが垂れ、表皮は黒光りして人間の頭ほどあるコブが不規則に盛り上がっている。


 邪竜蛇に、二人の冒険者らしき人影が見える。


「誰か戦ってる! 助けるわよ!」

「ん……!」


 俺とアリアナは身体強化を切り、限界の速度で魔力を循環させる。


「深紅の涙は汝を漆黒へといざない……」


 アリアナが新魔法の詠唱をする。

 集中し、魔力を練り上げる。



 ――――!!!!?



 ええええええええええっ?

 ちょっと待って。

 てゆうかよく見たらあれスルメ? ガルガインも?


 エリィママ倒れてるし。

 さっきの爆発は絶対エリィママだろ。


 エイミーとテンメイが奥に向かって走ってる。

 ってテンメイも旧街道に?! 誰か説明プリーズ!


 スルメとガルガインが標的なのか、邪竜蛇がおもむろに移動する。

 やばいやばいやばい。


 余計なこと考えるな。集中だ!


「神聖なる戦いを弄び……」


 アリアナが新魔法の詠唱をさらに進める。

 全力で魔力を循環させ、じりじりと魔法の完成を待つ。


 スルメとガルガインは、邪竜蛇に向かって剣とハンマーを向ける。

 蛇が不気味な咆吼を上げ、ひやっとして思わず目を見開いてしまう。


 ゆらゆらと蛇が巨体を揺らし、人間を丸呑みできる大口を開けた。

スルメがやられる! 何度も咀嚼されて味が出て死ぬ!


もう魔法ぶっ放すか?!

いや我慢だ。

極落雷ライトニングボルト”は発動させてからタイムラグがあるため、魔法を撃ってから移動されたら当たらない。


アリアナ、早く!

 限界ぎりぎりまで待つぞ!


「赤く染まる……」


 邪竜蛇がさらに口を開けたところで、アリアナが大きく息を吸い込んだ。


「“血塗れの重力ブラッディグラビティ十字架クルーシファイ”…!」


 詠唱が完了。アリアナが両手を邪竜蛇に向かって振り下ろす。


 奇妙な重低音が響き、多角重力干渉、黒魔法中級派生“血塗れの重力ブラッディグラビティ十字架クルーシファイ“が発動し、赤黒い十字架が邪竜蛇にまとわりつく。重力のベクトルが一方向ではなく、対象の形に合わせて多角的に発生するため、ただ重力を倍化させる“二重・重力ダブルグラビトン”より拘束力が遙かに強い。


 邪竜蛇がアリアナの新魔法で血のように赤く染まり、地面が真っ黒に変色した。

 突然の拘束に対応できず、苦しそうに身もだえ動きが止まった。


 新魔法を実戦で成功させるとはさすがアリアナ!

 あとでご褒美のもふもふをプレゼントフォーユー!


 間髪入れず、邪竜蛇に向かって指を打ち下ろした。


「“極落雷ライトニングボルト”!!!!!」


 魔力が指先から急激に抜けていく。

 それと同時に、静電気が邪竜蛇の頭上で小さく起こると、千年生きた大樹のような光の柱が、怒りの咆吼を上げて地面に叩きつけられた。さらに何本もの電流が絡まり、巨大な一本の電流になって醜悪な皮膚を貫いて体内に入り込み、およそ生物が耐えきれないエネルギーで肉体を削り取って通過し、邪竜蛇を蹂躙する。大蛇を貫通した落雷は地面で爆ぜ、土と岩が盛大に爆散した。


 スルメとガルガインが、あまりの波動で吹っ飛ばされ、ごろごろと地面を転がる。

 邪竜蛇は己の身体をなくし、首だけになって完全に沈黙した。

 やがて、周囲が静けさに包まれる。


「アリアナ!」

「ん…!」

「ほっほっほっほ、上出来上出来」


 俺たちはハイタッチをし、ポカじいが顔を綻ばせる。

 あぶねー。冷や汗かいたぜ。


 いち早く立ち上がったスルメが、狐につままれたような顔で口をあんぐりと開け、正気に戻ると「はああああああああああああああああああああああっ?!?!」と叫んだ。


 離れたこっちまでしっかり聞こえる大音声だ。

 相変わらずうるせえ奴だな。


「だからモテない…」

「ふふっ」


 アリアナの言葉に含み笑いを返し、俺は身体強化をして小高い丘から飛び降りた。

 かれこれ半年以上会っていなかった、バカな男友達を見て、つい笑顔になってしまう。


「スルメーーーーーーーッ!」


 ぶんぶんと手を振って駆け寄ると、あんぐりと口を開けた、見れば見るほど味が染み出てきそうなしゃくれ顔のスルメが近づいてくる。

 スルメは俺を見ると、開いていたしゃくれ口を閉じ、目をまん丸にした。


「スールーメーーーーーッ!!!」


 泥で汚れた皮鎧とハーフプレートなんぞ気にせず、思い切り飛び付いた。

 嬉しいときは飛び付く。これぞゴールデン家流。


 随分と精悍な体つきと顔つきになっているスルメの成長が垣間見え、嬉しくなって抱きついたまま顔を見上げる。

 スルメは困惑した表情で、俺の顔と胸元を交互に見ていた。何を言えばいいか分からないらしい。


「久しぶりっ! もうほんとに危ないところだったじゃないの。私達が来てなかったらどうするつもりだったの?」

「はっ……?」


 スルメは事態が飲み込めず、エリィの美しい顔と、胸元と、邪竜蛇の生首へ何度も目を走らせる。


「まあ今回のことは貸しにしておいてあげるわ。いいわね、スルメ」

「……あれ、おめえがやったのか?」

「ええそうよ」

「てゆうか…………おめえ、誰?」

「エリィよ。エリィ・ゴールデン」

「エリィ………………ゴールデン?」

「そうよ」

「エリィ………………………………ゴールデン???」

「ええ、そうよ」


 抱きついていたスルメから離れ、ブラウスの裾をつまんで一礼した。

 今日はスキニージーンズなのでスカートで一礼できないのが残念だ。


「……はあっ?」


 スルメは、俺の顔を見て、胸元を眺め、美脚を見つめ、長い沈黙を作る。


 しばらく何かを言おうと逡巡したが、上手く考えが纏まらなかったらしく、スルメは錆び付いた機械のようにゆっくりと顔を上下させ、目をまん丸くし、眉間に皺を思い切り寄せ、しゃくれた口をあんぐりと開け、目をしばたたかせたあと、喉から声をひねり出した。


「………………はああっ?」

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