第145話 スルメの冒険・その15
ありえねえ。まじでありえねえ。
別人とかそういうレベルじゃねえよ。まじパネェ。
すっげえ悔しい。クッソ可愛い。すっげえ悔しい。
「やっと信じてくれたの?」
「あ……ああ、まあ」
叫びすぎて力が抜けたオレを見て、エリィ・ゴールデンは呆れ口調で手を差し伸べてくる。それを取り、立ち上がった。
「あなた合宿のとき私に散々おデブって言ったから、頼まれてもデートしないわよ。と、思っていたけど、さっき私のこと、いい奴だからイジめるなって言ってくれて……すごく嬉しかった」
「ああ……まあ」
「だから一回ぐらいならいいわよ」
「ああ……そう」
「でもアリアナは誘っちゃダメだから」
「ああ……リアナ?」
放心ぎみの意識のまま、エリィ・ゴールデンの向けた視線の方向を見ると、狐美少女がエイミーに耳をなでられていた。
「まあっ! まあっ! なんってプリティーなのぉ! 可愛すぎて死んじゃう~!」
「エイミー、久しぶり……」
「うん! うん! 会いたかった! ふたりに会いたかった!」
「んっ……」
そういや狐美少女、さっきからずっと楽しそうにオレとエリィ・ゴールデンのやりとりみてたけど……ってまさかっ。
「おま、おま、おま、おま………!」
オレの様子がおかしいと思ったのか、狐美少女はくるりと振り返り、こてんと首をかしげる。エイミーが頬を緩ませ、大切な人形を抱く子どもを彷彿とさせる姿で、狐美少女を後ろから抱いた。
誘拐、エリィ・ゴールデン、一緒に、アリアナ、狐人、無口、無表情――
―――ひいいいっ!!
「おめえアリアナァッ?!!」
オレは叫んだ。
叫びすぎて声帯が悲鳴を上げている。
「うん」
「どんだけ可愛くなってんだよ?! いや意味わかんねえよ?!」
「……」
「お前らどんな魔法使ったんだよ!?」
ぷい、っとアリアナは後ろを向いてエイミーの胸に顔をうずめた。
羨ましいなあおい! ってそうじゃねえ。
「スルメ、アリアナが恥ずかしがってるわよ。堂々と可愛いなんていうから」
「え? ああ、まあ、事実だしな」
「そうやってはっきり褒めるのは、すごくいいと思うわ」
「まじ?」
「まじよ、まじ。女は褒めて欲しい生き物なのよ」
ニヤリと指摘するエリィ・ゴールデンは、見た目こそ変わったが、仕草や言動はあのおデブだった頃のエリィ・ゴールデンと同じだった。
まじか……まじなのか………。まだ信じられねえ。
オレが、衝撃の事実、驚愕の真実を受け入れるため気持ちの整理をしていると、魔力枯渇ではなく脳しんとうで気絶していたガルガインのアホチンが、むっくりと起き上がった。
髭面できょろきょろと周囲を見まわし、オレを見て、カワイ子ちゃんを眺め、狐っ子を観察し、生首の邪竜蛇を見つけて両目をかっぴらいた。大体の状況を把握したらしい。
「あの魔法はあんたが?」
ガルガインはあぐらをかいて顔を上げ、カワイ子ちゃんに化けたエリィ・ゴールデンを視界に入れて目を細める。
「ええそうよ」
「すげえな。あれ、白魔法か?」
「さっきスルメが言ってた光線魔法じゃないわ。落雷魔法よ」
「………………は?」
ガルガインが固まった。
え? ちょっとまて。今なんて言った?
「落雷魔法よ」
「だはははっ。あんた、サウザント家の親族か? 礼はそっちに言えばいいか?」
ガルガインが自分の膝を叩いて笑うと、エリィ・ゴールデンが説明をしようと口を開く。そのタイミングで、アメリアさんとサツキが目を覚ました。
「お母様」
エリィ・ゴールデンが跪いてアメリアさんの手を取った。エイミーがサツキに近づき、肩を抱く。
「邪竜蛇は……?」
ナイフみてえな鋭い眼光を即座に走らせ、アメリアさんはポケットから予備の杖を引き抜いた。
「私が倒しました」
「あなたが……?」
「はい」
アメリアさんは、こいつは誰だ、という疑問符を顔中に浮かべたが、それも一瞬の出来事で、すぐに何かに気づいたのか両目を見開いた。
「……エリィ? エリィなの?」
「はい、お母様。ご心配おかけして申し訳ございませんでした」
「ああ……なんて……なんて……」
アメリアさんは力なく杖を地面に落とし、娘の頬を愛おしげに撫で、自分の胸に掻き抱いた。
エリィ・ゴールデンはアメリアさんの胸に顔をうずめ、両手を背中に回した。
「どれだけ心配したと思っているの?」
「ごめんなさい……」
「まったく、あなたって子はいつもみんなに心配かけて……本当に手のかかる子ね」
「はい……」
アメリアさんは優しげな手つきでエリィ・ゴールデンの頬を両手で包み込み、目が合うよう自分の顔の前へ移動させた。
「グレイフナーに帰ったらお説教よ。いいわね」
「わかりました」
エリィ・ゴールデンは素直にうなずいて、細い手をアメリアさんの両手に添えた。
やはり、誘拐されて家族と離ればなれになったことが結構堪えていたみてえだ。涙が溢れている。
しばらく見つめ合うと、アメリアさんが感慨深げにため息を漏らした。
「目はあの人そっくり。鼻は私に似ているかしら。口元はエイミーと一緒ね。痩せるとこんなにも変わるのね。それに相当訓練しているでしょう? 三年生とは思えない魔力の循環よ」
「素晴らしい師匠にご指導していただいております」
「お礼をしなければなりませんね」
「あそこにいるじいさんが師匠です、お母様」
「あら、ご一緒下さっているのね」
そう言ってエリィ・ゴールデンは、白魚のように長く綺麗な指をエイミーの背後へ向けた。
じいさんが、エイミーの尻へ熱い視線を注いでいた。いつの間に復活?!
「凄い魔法使いなんですけど……スケベです」
「……それは」
「お礼はしなくていいです。どうせ誰かのお尻を触りますから」
残念なものを見る目で、エリィ・ゴールデンとアメリアさんがじいさんを見つめる。
エイミーは尻をガン見されていることに気づいていないのか、こちらの視線に合わせて、人懐っこく目を開いて口元をすぼめた。
「うむ。いい尻じゃ。うむっ」
あのじいさんがエリィ・ゴールデンの師匠?
強そうには見えねえけど。
「そんなに強いのか?」
「そうね。全員で挑んでも勝てないわね」
「ま、まじか?!」
「スルメなんか一瞬で干物にされるわよ」
「てめっ、うるせえよ! すでに名前が干物じゃねえかよ!」
「すっかり浸透しているようで名付け親としても嬉しいわ」
「誰が名付け親だよ誰がッ!」
「私よ、わたし」
「そうか、おめえか」
確かに名付けた奴はエリィ・ゴールデンだった。
ってちげえ。
「って何かそれっぽい雰囲気にしてっけどオレは認めてねえからな!」
「スルメ。いいじゃないスルメ。憶えやすいじゃないスルメ」
「連呼すんなボケ!」
「レディにボケとは頂けないわね」
「頂けっ! 頂いちまえ!」
「エリィちゃん、きちんと話すのは初めてだよね。私、エイミーの親友、サツキ・ヤナギハラです」
オレ達のやりとりが終わらないと思ったのか、サツキが割って入ってきて、エリィの両手を握った。
「いつも姉がお世話になっています」
「か、かわいい………くっ………!」
サツキ。なんでおめえは悔しげな顔してんだよ。
つーかオレを睨むな。意味がわからん。
「あー、ちょっといいか?」
あぐらをかいて会話を観察していたガルガインが、堀の深い顔に困惑を貼りつけ、右手を挙げた。
「会話のやりとりから察するに……そこのツインテールの美人が、エリィ・ゴールデンか?」
「美人なんて……まあ」
「おいスルメ。これは冗談じゃないんだよな?」
「あん? オレだって信じられねえよ」
「ま、まじなのか?」
「マジらしい」
「ほ、ほんとうに?」
「ああ」
ガルガインは柄にもなく狼狽えて、ずりずりと地面を擦りつつ後ずさりした。
「し、信じられねえ……」
愕然とし、ガルガインはエリィ・ゴールデンの姿を穴が開くほど見つめる。
「別人じゃねえか……」
自身の許容量をオーバーしたのか、ガルガインが前方へ目を向けたまま完全に停止した。
顔の前で手を振ってもなんの反応もしねえ。
すると、邪竜蛇の生首を撮り終えたテンメイが猛ダッシュで合流し、何か知らんけどエリィ・ゴールデンの前に跪いた。
「んああああっ! なんんんということだ! 婉美の神クノーレリルが霞んでしまうほど神々しく、そして戦いの神パリオポテスの如く真っ直ぐな瞳っ! あなたはまさか?!」
「あらテンメイ。私よ」
テンメイは、神託を受けて大げさな振る舞いをするアホな神官みてえに、呆けた顔を作って、両手を広げた。
「その声は…………我が愛する内なる妖精、エリィ嬢っ!」
「さすがテンメイ。よくわかったわね」
「この私が敬愛するエリィ嬢を見分けられないとでも? ああっ。数多の男達が海の藻屑になった魔海の如く深い瞳! その瞳はもはやチューベンハイムに集まる狂乱者が、手斧を一心不乱に振るい、生と死をわかつ黄泉の世界へ旅立たんがための饗宴と同義!」
テンメイがピーチクパーチクやり始めた。クッソうるせえ。
「嫉妬の神ティランシルが妬むことすら忘れ、恋慕の神ベビールビルが恋に落とせずフォーリンラブ。偽りの神ワシャシールがエリィ嬢の前では真実を語り、契りの神ディアゴイスが最愛の妻との約束を破ってあなたを逢瀬に誘う。なんということだ! なんんんんんんんということだっ!」
「あ、あの、テンメイ……?」
困惑するエリィ・ゴールデンを余所に、テンメイはそっと彼女の手を握り、押し頂いた。
「会いたかった! 会いたかった! どれほどエリィ嬢に会いたかったか! 俺の一生に彩りを与えてくれた我が運命の女神よ! よかった! 無事でよかった! しかもこんなに美しくなって! うおおおおおおおおおおおおおっ!」
テンメイ、号泣。
顔中から色んな汁が噴き出ている。
「ちょ、ちょっと。あなたって本当に大げさね」
「これが大げさなものか! エリィ嬢に会わなければ俺の青春は灰色のままだった! 己の臓物を偽りの神ワシャシールに差し出してでも、あなたに会いたかった!」
「テンメイ……」
テンメイ興奮しすぎだろ。
「さあエリィ嬢、グレイフナーへ帰ろうじゃないか! そしてまた新しい青春の一ページを共に刻もう!」
「ええ、そうね! 青春一直線よ!」
「えいえいおーっ!」
テンメイが空に向かって指をさし、エリィ・ゴールデンが拳を上げ、エイミーが変なかけ声を嬉しそうに叫んだ。
サツキとアメリアさん、やけに可愛くなったアリアナが微笑ましく三人を見ている。
エリィ・ゴールデンの師匠らしきじいさんは、ひたすらエイミーの尻を見ていた。
「いよっしゃあああああっ!」
とりあえずやけっぱちでオレも叫んでおいた。
まあ、無事にエリィ・ゴールデンとアリアナ・グランティーノに合流できたし、良しとしておこうじゃねえか。こいつが目玉の飛び出るぐらいの美人になったのは、慣れるっきゃねえ。
もうどうにでもなれ。まじで。
その声で、ジョン・ボーンさんが目を覚ましたのか、むくりと起き上がった。
特徴のない顔で全員を見ると、神妙な顔つきになり、エリィ・ゴールデンを見つめた。
「あなたは、女神デスカ……?」
エリィ・ゴールデンがちょっと困った顔をすると、ジョン・ボーンさんが神妙な面持ちで三度うなずき、居住まい正す。
「白魔法中級を杖なし詠唱とは……脱帽デス」
「白魔法中級ですって?!」
「うそ……!!」
「へえ~」
「やばぁっ!」
アメリアさんが驚愕し、サツキが衝撃を受け、エイミーがすっとぼけている。
ガルガインのボケチンは放心したままだ。
まじか。まじなのか。
白魔法を中級まで使えるって、だいぶ先越されてるじゃねえか。
「頑張って憶えたのよ。あと、浄化魔法も使えるわ」
エリィ・ゴールデンは胸を張って、笑顔になる。アリアナが無表情を幾分か誇らしげにし、こちらを見た。
「じょ、浄化魔法?!」
「ええええっ!」
「すごいねぇ」
「うそぉっ!?」
さすがのアメリアさんも信じられないのか、普段からは考えられない大声を上げた。サツキはさらに驚き、エイミーは嬉しそうにエリィ・ゴールデンに飛び付いた。
いやいや、浄化魔法はやべぇよ。
グレイフナーの白魔法使いでも使用できる人間はほんの一握りだ。それが使えるってだけで、休みがねえぐらい引っ張りだこになる。冠婚葬祭で浄化魔法があると箔が付くからな。何人いても浄化魔法使用者は足りねえ。
「それから、邪竜蛇を倒した魔法は光線魔法じゃないからね?」
エリィ・ゴールデンは抱きついたエイミーと離れ、手を握ったまま囁いた。
「姉様、アレよ、アレ」
「アレ?」
きょとん、としたエイミーは、合点がいったのかすぐに「ああ~」と大きくうなずいて、ぽんと手を叩いた。
「落雷魔法ね! すごい音だったもん!」
「そうそう。ということで、さっき使ったのは落雷魔法です」
「エリィ、冗談はおよしなさい。伝説の複合魔法を使えるはずがないわ。白魔法中級、しかも浄化魔法まで唱えられると聞いて、お母さんは充分鼻が高いのよ。よく頑張ったわ。お説教をなしにしてもいいぐらいよ」
「ありがとうございますお母様。でも、本当に使えるんです。……今まで黙っていてごめんなさい」
「何を――」
アメリアさんが口を開こうとしたところで、エリィ・ゴールデンは魔力を練り、「“
バリバリバリッ―――
ズドォン!
一筋の閃光が雷音を響かせ、地面を破壊した。
「………」
「………」
「………」
「………」
「やっぱりカッコいいねぇ」
アメリアさん、サツキ、ジョン・ボーンさん、オレは、あまりの驚きで完全に思考が停止し、ひとりエイミーが気の抜けた声を発する。
シャッターチャンスを伺っていたテンメイが「サンダァァァボルッ!」と叫んで、無駄に写真を撮った。
ガルガインはそれを見て、顎が外れるぐらい口を開いた。
アリアナは無表情でエリィ・ゴールデンにぴたりとくっつき、師匠らしきじいさんはエイミーとサツキの尻を交互に見ている。
遠くのほうから「見たまへ諸君っ! このぶぉくが邪竜蛇をっ!」と、バカの声がうっすら聞こえる。
「これが“
カワイ子ちゃんになったエリィ・ゴールデンが薔薇が咲くみてえに、にっこりと笑みを浮かべた。
知らねえうちにカワイくなり、白魔法中級を唱えられ、しかも伝説の落雷魔法まで唱えられる、元おデブお嬢様。
いや、まじで意味わかんねえよ……。
よく分からないまま、腰砕けになり、オレは淡い敗北感を抱いて、地面に膝をついた。
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