第132話 砂漠のグラッドソング①

 

 敵を沈黙させた俺とアリアナ、アグナスは、中庭で倒れている冒険者と兵士の治療を開始する。

折良く「待機班」の面々が魔改造施設に駆けつけたので、負傷者の回収は早かった。

 始めに、白魔法が使えるクリムトに“再生の光”をかけて回復し、さらにトマホークを治癒して木魔法で酔い冷ましをしてもらった。


「“酒嫌いの清脈妖精クリアウォーター”」


 清涼感のある水が口内に溢れ出てきて、それを飲み込むと、何とも言えない清々しさが体内を巡る。

 

 この魔法、なんと木魔法の中級。

 難しい魔法らしく、このせいでトマホークは魔力枯渇を起こした。


 本当に申し訳ございませんお酒飲んで……って別に俺のせいじゃないよな。

不慮の事故だ。今後は酒に気をつけよう。


 続いて一カ所に集めた怪我人を白魔法下級・範囲回復魔法“癒大発光キュアハイライト”で一気に回復させる。部位の欠損までは治らないが、大抵の外傷なら治癒できる。

 重傷者はクリムトが看てくれていた。


「……ふぅ」


 まだ魔力は残っている。

純潔なる聖光ピュアリーホーリー”数発分ってとこか。


 それにしても、周囲からの視線が痛い。

 一体何だって言うんだ?

 酔っ払って醜態を見せたせいだろうか。


 まあ、さっきのことを考えると顔が即座に熱くなるから、エリィが相当恥ずかしがってるみたいだな。

 俺だって思い出すと恥ずかしいよ。

もー何かあれだ。是非とも時間を巻き戻してやり直したいってやつだ。

 

 なんだよ“感電エブリバディ感電エブリバディ”って…。

 エブリバディが感電しちゃってるよ…。

 今まで格好いい名前だったのにさぁ…。

 しかもこの魔法、さっき試したら名前を叫ばないと発動しないダメダメ性能だ。

 あとで絶対他の名前にして改良するからな。


 それより問題は“エリィちゃん大好きです教”だよ…!

 完全に危ないカルト宗教っ!

 誰だよそんなこと言ったの!?

 俺だけど。

 そんなふざけた名前の宗教が誰かの口から発せられて、誰かの耳に届くとは、この世界にいたであろう賢人とかユキムラ・セキノとか、誰しもが想像だにしなかっただろうよ。言ったの俺だけど。

 人類史上最上級にバカな発言だ。

 ったく誰だよそんな恥ずかしい小学生しか思いつかないようなこと言ったのは…。


 って俺だよ!!!!

ほろ酔い気分でテンション上がった俺だよ!!!!!


 はいはい知ってます知ってます俺でした!

 どーせ自分の仕業だって分かってたし!

 外人に「ソレ誰ノ言葉デスカ?」って聞かれたら「オォゥ、アイキャンノットスピークイングリ~ッシュ」って全力で解答を回避するレベルで恥ずかしいよコレ!!!


 くぅ………っ!


 正座で大人しくしている和膳ハンバーグが、さっきからぶつぶつ「エリーール」って呟いてるし。

 いや、エリィとセラール混ざってるからまじで!

 新しい言葉作らないでくれるほんと!?


 金輪際、酒は飲まないからな!


 …というよりだ。

 酒を飲んで恥ずかしい思いをしたのはまっことに遺憾だが、これではっきりした事実がある。まあ、ある意味では飲酒は良かったのかもしれない。



 “エリィの心が生きてる”ことが確定した。



 今までは肉体が記憶を憶えていて、貞淑な動きやお嬢様な言葉遣いになっていたと思っていたんだが、それはどうやら違うらしい。

 エリィは雷を浴びるという自殺行為をして、心が死んでしまった。

 身体は生きているが心がなくなった。

 そこに俺が精神体で憑依した、と今までは推察していた。

 たまにこの身体がオートマチックに動くことがあったから、それはエリィの心の残滓、魂の欠片なのかと思っていた。


 でも違う。

おそらく今のエリィは眠っているような状態で、小橋川という人間である俺が代わりに動かしているのだろう。強い酒のせいで、エリィの心が表面上に現れたのではないだろうか。声を出して怒って行動する、ってのは心がないとできないだろ。


俺がエリィというロボットを操縦していると仮定しよう。

身体であるロボットが酒を飲んだらパイロットまで酔うのだろうか?


分からない。分からないが、俺とエリィが、田中の大好きな某ロボットアニメのようにシンクロ率何パーみたいに精神で繋がっているとしたら、俺の精神体も酔うのではないだろうか。というかそうなったんだから、そうなんだろう。

身体に精神が引っ張られた、みたいな案配か。


そう考えれば身体が酩酊していて、精神がほろ酔い、という説明もある程度は納得がいく。

エリィの身体とエリィの心は酩酊状態、俺はほろ酔い状態になった。


そうか……そう考えると、“エリィの身体”は“エリィの心”との結びつきが俺より強いんじゃねえか?

そりゃそうだ。だって本人の身体だもんな。


あっ!


てことはだ……。

俺の精神体とエリィの身体は完全に融合していないってことにならねえ!?

なるよな?

いやなるっしょ! つーかそうであってほしい!

そうすれば俺の精神体だけ引っぺがす、みたいなことが可能なんじゃないか?


自分自身の身体に戻るのが一番の理想だが、それが無理だった場合せめて男の身体に戻りたい。

汚い話、立ちションできないの、まじつらいんだよな…。

精神的にくるもんがある。こっちきて一年近く経つから慣れたっちゃ慣れたけど…。


とにかく、男に戻れる可能性はあると!


よしよし、これはいいぞ。テンション、あがる~っ。


息子カムバァ~ク。

股間に息子カムバァ~ック。


アグナスちゃんに、あとであの魔力ポーションの成分を聞いておこう。

ひょっとしたら精神作用系のファンタジー的な何かが混入している可能性がある。その成分をうまく抽出して服用すれば、エリィを表面上に出現させることができるかもしれない。



――彼女がそれを望んでいるかは分からないが…。



 そもそも今この状態って、エリィの身体に二つの心が入っているんだよな。

 俺は「魂」だけ、みたいなもんなのか?

 でも、思考も記憶も日本にいたときのまま残っている。

 現代医学で考えると、思考や記憶は脳内にある海馬や大脳皮質なんかでコントロールされているんだろ? だとしたら魂だけエリィの中に入っている状態で、自分の記憶があること事態がおかしい。

いや、どっかのビジネス書に人間の記憶がおおよそ10テラバイトの容量だっていう記述があった。その情報をデータ化して、何らかの方法で日本からこの異世界に運んで、エリィの身体に移植したら…。


いやいや、これ考えるの何回目だよ。

散々考えたじゃねえか。

急に科学的になっちまうんだよなぁ。

絶対こういう科学的な理由付けは事の真相と違う。


おそらく、というか確実に、ファンタジー的な何かが原因で俺は異世界に転移したんだろうな。魔法って何でもアリだもんな。

 まあ、それだとしても正確な解答はいずれ欲しい。

 というか正確な解答が得られない限り日本には戻れない。


 やっぱポカじいに相談するっきゃねえか……。

 修行中、人間の魂を入れ替えたりする魔法があるかって聞いたら、やんわりと回答拒否されたんだよな。

 うーん、どうしよう。

 この天才を悩ませるとは異世界ファンタジーめ、中々やるじゃねえか。


「エリィ…エリィ…」

「あら、どうしたの?」


 我に返り、ワンピースの裾を引っ張られた右を向くと、アリアナが浮かない顔で睫毛を伏せていた。


 とりあえず狐耳をもふもふしておく。

 ああ、癒されるーっ。


「服を……」


 そう言って、彼女は俺の着ているワンピースを申し訳なさそうに指さした。


「服?」


 彼女がそれを言うと、周囲で怪我人の包帯を巻いている冒険者や、身繕いをしている兵士、何度も靴紐を直してちらちらこちらを見ていた待機班の若い冒険者などが、一斉に目を逸らした。


 アリアナの耳から手を離す。

 首を下げて確認すると、右胸の下あたりから斜めに切れ込みが入り、腰まで伸びていた。そのせいで、ワンピースがぺろりとめくれてヘソが丸出しになっている。よく見ればほんの少しだけ下着が見えていた。


 そういやアリアナの鞭で服が破れたんだっけ。

 そっかぁ、そうだったなぁー。


「いやぁー強かったなー敵はーーー」

「ほんとうになーーー」

「ぴゅう。ぴゅうううっ」

「包帯巻いて、イチ、ニッ、サンッ」

「さあてそろそろ子どもたちを見にいくぞぉ」

「エリーール」


 男たちは白々しく世間話を開始し、意味不明な口笛を吹き始め、約一名がカルト宗教のかけ声をつぶやく。

タイミングがいいのか悪いのか、世紀末でヒャッハーしていそうな鎧をガチャガチャいわせながら、クチビールが向こうから走ってきた。


「エリィしゃん! 上位魔法でないと治らない怪我人がいるのであとで――エ、エリィしゃんその服破れてましゅ?!」


 クチビールはでかい図体にそぐわない両手で目を覆う、という仕草をした。

 が、両手は瞳の部分でがっつりと空いていて、全く意味をなしていない。


 あわてて破れた部分を隠したが、エリィの顔は一瞬でゆでだこのように熱くなった。



――――!!!!



「“感電エブリバディ感電エブリバディ”!!」



 ダン、と砂の地面を踏みならすと電撃が男達の足元から突き上がった。


「ツツツツツツヨカタッ!」

「ホホホホホホントニィ!」

「ピュブブブブブブブビィ」

「イチニサァァァァァン!」

「コドボボビニクグボォ!」

「エリィィィィィィィル!」

「エリィしゃんひどいでしゅしゅしゅしゅーーっ!」



「破れてるなら教えてちょうだいよっ!」



   ○



 さて、シャツを上から着たのでこれで安心だ。

 アリアナにはそんなに気にしないように言っておく。彼女はいつまでも落ち込んでいそうだ。


「アイゼンバーグさん。あなたに質問があるの」


 短時間で怪我人の治癒も済み、地下牢の実験室にいるであろう子ども達を開放しに行こうとしていた。

 アグナスがサソリ男から、子どもは全員無事、という情報を得ているので皆の表情は明るい。サソリ男は死なないようロープで簀巻きにされ、ジェラへ護送する予定だ。今頃、どのようにして異形の生物になったのか、冒険者たちに尋問を受けているだろう。


 アイゼンバーグもジェラに連行して領主の裁きを受けるのだが、その前に聞いておかなければいけないことがある。


 不穏な動きをしないよう、俺、アグナス、アリアナ、その他冒険者十数名で取り囲んでいる。

 アイゼンバーグは砂の大地に正座をしたままだ。


「くくく…なんでしょう?」

「あなたは一体何のために子どもを魔法使いにしていたの?」

「セラー神国のためです」

「子どもを魔法使いにする利点があまり思い浮かばないのだけれど」

「穢れなきセラーの兵隊にするためです、エリィちゃん」

「セラー神国は何か企んでいるのね?」

「企んでいるとは言い方が少々乱暴すぎますねエリィちゃん。大いなる神の意志に従う、と言って下さい」

「詳しく説明してちょうだい」

「私も詳しくは知らないのです、エリィちゃん」

「…ごめんなさい、その、エリィちゃん、っていうのやめてもらえないかしら?」

「なぜですエリィちゃん。あなたは我がセラーと並び立つ女神。敬愛する名で呼んで悪いことなどあるはずがない。敬虔なる信者なればこそ、その御芳名を呼びたくなるものなのです」

「……もういいわ。じゃあ、あなたはこれから何が起こるのか、どうして子どもを魔改造するのかを把握していないのね?」

「そういうことです。司教の私にも推し量れぬ事柄がありますから」


 この男は骨の髄まで『セラー教』に染まっている。

 電撃の痛みで『エリィちゃん』と今は言っているが、よい子ちゃんにならなかったので、いずれ元に戻るだろう。


 こいつは子どものころからセラー教という宗教の“洗脳”を受けて生きてきたようなものだ。

“洗脳”とは本来完全に消すことのできない精神作用。

営業の足しになるかと思って洗脳関連の本をかなり読んだが、わかったことは、洗脳は容易に解けないという実態だけ。現実的な解除方法は、洗脳を上回る洗脳で上書きすることのみだ。それほどに人の心とは厄介で簡単に改変できるものじゃない。


 この世界は浄化魔法がある。

 しかし、魔法で行使された洗脳以外は解けないだろう。

 もし仮に浄化魔法でアイゼンバーグのセラー教の信仰が消えるのであれば、それは根本的な性格や精神を変えることと同義だ。


 浄化魔法にそんな効果はないため、洗脳を長く受けていた子ども達が心配だ。

 特にフェスティは誘拐されてから五年の月日が流れている。

 “強制改変する思想家グレート・ザ・ライ”の洗脳を五年にわたって受け続け、彼の性格や思考までもが根本的に変わっていたらまずい。

 あとで落ち着いたら浄化魔法を本気マックス、激しい田中のリンボーダンス付きでかけるつもりだが、果たして効果が出るかどうかわからない。今頃、ジャンジャンが一緒にいるはずだ。フェスティが目を覚ましたときに兄の顔を見て、何か思い出してくれるといいが…。


 アイゼンバーグがいつまで“エリィちゃん大好きです教”を信仰するかは謎だな。


「エリール…」


 そんなことを思った瞬間、アイゼンバーグがまた独自のかけ声を呟く。

 俺は注意するように指先を顔の前へ突きつけた。


「エリールは禁止っ!」

「なぜです?」

「恥ずかしいからよ」

「私は恥ずかしくありませんが…?」

「私が恥ずかしいの!」

「しかしこのかけ声はエリィちゃんとセラー様が千年前に…」

「千年前に私はいないわよ!」

「な、なんですって…?」


 どうしよう。

記憶が混濁して和膳ハンバーグさんの知能が著しく低下している気がする。

 すげえ面倒くさい。


「とにかく禁止! それから魔改造した子ども達は他にもいるんでしょう?」

「ええ、その通りです」

「どこに、何人、何の目的で、誰と、いつ、どうやって、どうなったのか、資料を作っておきなさい! 一時間以内!」

「エリール」

「ハンバーグ! 私はあなたのこと絶対に許しませんからね! あなたがどれだけひどい事をしてきたのか毎日反省して、しっかりジェラでお裁きを受けるのよ! いいわねっ!」

「エリーール」


 アイゼンバーグは不敵に笑い、正座をしたままゆっくりと頭を垂れた。

 あーもうやだこいつ。



   ○

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