第133話 砂漠のグラッドソング②


 俺とアリアナ、アグナス、バーバラの四人で魔改造施設に足を踏み入れた。

 怪我人の治療と、敵魔法使いの捕縛を他のメンバーがしているため、魔力の残りが多い少数精鋭で乗り込むことになった。それに、男でぞろぞろ行くと子どもがおびえる可能性が高いので、女性メンバーが優先だ。強面で屈強な男、志願してきたクチビールは気持ちだけ受け取り、メンバーからはずれてもらった。


 破壊された外壁から中へ入り、奥へと進んでいく。

 天井も壁も真っ白で光が反射するため、光魔法下級“ライト”を弱めに点灯させる。


 中は病院みたいな作りになっていて、無機質な廊下が延々と前方へ続いており、“ライト”の光がホラー映画のように不気味に奥を照らす。


「エリィちゃん、奥の扉を照らして」

「ええ」


 アグナスに言われてロの字をしている施設の角部屋の入り口へ光を向けると、『使用不可』の看板が鎖につながれている姿が見えた。


 踊り子風の格好をしたバーバラが手際よく鎖をはずすと扉を開け、中を覗き込む。

 続いて“ライト”を人差し指から出しつつ部屋に入ると、そこには何も置いていないがらんどうの室内が待っていた。


「あの壁だ」


 アグナスがサソリ男から聞いたとおり、何もない白い壁に向かい、両手をつけ、一気に押した。

 ズン、という音と共に壁が向こう側へと倒れ、砂埃が舞う。

 俺たちはうなずき合うと、無言で下へと続く階段を降りた。


 その先には木製の診察台のような簡易ベッドが三十ほどずらりと並び、さらにその奥に天井に埋め込まれた鉄格子が無機質な光を帯びて部屋の端から端までを占拠している。

 この大部屋は実験スペースが四分の三、牢屋が四分の一ほどの大きさだ。


 急いで“ライト”を当てると、牢屋の奥で子ども達が三十人ほど震えながら固まっていた。人間と獣人が半々で、年齢は五歳から十歳ぐらいに見える。


 全員、おびえた目でこちらを見つめていた。

 服は白い病人服のようなものを着ており不潔ではない。

しかし、精神状態が良くないためか、顔色が悪かった。


 一番手前にいた、すきっ歯の男の子が、ぎろりとこちらを睨みつけて口を開いた。


「俺だけを連れて行け…小さい子には何もするな」


 ぶるぶると震えながら精一杯の虚勢を張っている。

 それに続いて黒髪でそばかす顔の男の子が立ち上がった。


「さっきの苦い薬はぼくが全部飲む…」


 よろめきながら、二人はこちらへ近づいてくる。

 目は虚ろだが、まだ理性の光を失っていなかった。



 二人の姿を見て思わず言葉がこぼれた。



「………ごめんなさい」



 誘拐事件の発生した時期と、俺の転移した時期はほぼ同じだ。

 俺がこっちに来て過ごしてきた時間、彼らはここに閉じ込められていた。

 その事実、現実を突きつけられた。

 子ども達がどうなっているのか、エリィの夢を見てから、なるべく考えないようにしていた。思考の端へ追いやっておかないと、胸が締め付けられた。


 おかしい。

 ここに来たら、必ず最初は笑顔で「助けにきたぜ」と言うつもりだったのに…。


「ごめんなさい……遅くなって………本当にごめんなさい……」


 謝罪の言葉しか出てこない。

 謝っても仕方がないことはわかっている。

 俺だってこっちの世界に急に飛ばされて、何度嘆いたかわからない。

 あのときはデブで無力で何もなかった。

 図太く立ち回った。

 上手くやったつもりだ。


 だが、もっと早くここに来たかった。

 早く来れたんじゃないのかという考えがぐるぐると回る。


「ごめんなさい………」


 この謝罪はエリィの言葉なのかもしれない。

 胸が締め付けられ、立っているのも億劫になるほどだ。呼吸が乱れ、思わず身体を両腕で掻き抱いた。

 口が勝手に動いている……?

 分からない……ただ、胸が苦しい……。


「お姉さん、誰?」


 すきっ歯の男の子がいつもと様子が違うことに気づいたのか、目を細める。

この子はすきっ歯のライールだ。


「どうして泣いているの…?」


 黒髪でそばかすの男の子が優しげな表情で首をかしげる。

 ヨシマサだ。


 気づいたら涙が頬を流れ、ぼたぼたと顎から落ちていた。

 くそ。ちくしょう。

 涙が止まらねえ。


 これじゃどっちが助けられてるのかわかんねえよ。

 かっこわりいなおい。

 いつだってカッコつけてたいんだよ俺は。

 カッコつけないでカッコいい男になれるわけないだろ。

 だから子ども達に会ったときは絶対に正義の味方みたいな姿を見せるって決めていた。でもさ、ははは……、中々上手くいかないもんだな。

 アホみたいに涙が流れてきやがる。

エリィもすげえ辛そうだ。


 それでも、なんとか格好をつけようと袖で涙をぬぐい、精一杯の笑顔を作った。

 全員の顔を見つめていく。


 すきっ歯のライール、黒髪そばかすのヨシマサ、利発そうな犬獣人の子、兎人ですばしっこそうな男の子、金髪で泣き虫そうな女の子、少しぽっちゃりしている猫人の女の子、その子に抱きついている一番小さい女の子…。

名前は分からないが、しっかりと全員の目を見て、深くうなずいた。



「助けに来たのよ」



 優しく、美しい、鈴の鳴るようなエリィの声が地下の実験室に響いた。

 それは自分で声を発したにもかかわらず、身震いするほど綺麗な声音に聞こえた。



「その声……エリィ…お姉ちゃん?」



 子ども達の真ん中にいた利発そうな目をした犬獣人の女の子が、ゆっくりと立ち上がった。


「マギー……」


 マギーという彼女の名前は思ったよりすんなりと口から出てきた。

 夢の中でマギーと呼ばれていた女の子。

 ライールとヨシマサを叱っていた、お姉さん気質の子だ。


「お姉ちゃん…?」


 マギーは信じられないという顔をし、もう一度、その言葉が真実であることを祈るかのように、ゆっくりと言葉に出した。

 それはいつか見た映画のワンシーン。

親に捨てられそうになっている子どもが、必死に手を伸ばしている光景とよく似ていた。



「エリィお姉ちゃん………なの?」



 マギーが口元を震わせながら言った。

 他の子ども達が、目を大きくして俺とマギーのやりとりを見ている。

 ライールとヨシマサは訝しげな目をし、探るようにこちらを観察する。

 アグナスとバーバラは何も言わず冒険者として鍛え上げた鋭い目を細め、見守ってくれている。


 そしてアリアナは俺の手を取って包み込み、こくんとうなずいた。

 彼女の小さくて細く、しかし誰よりもひたむきな温かい手のぬくもりを感じ、気持ちが軽くなる。

 もう一度涙をぬぐって、マギーの不安そうに揺れる瞳を真っ直ぐに見つめる。


 この子が声でエリィのことを分かってくれた。

 そう思うと、自然と心が温かくなった。




「…そうよ。デブでブスだったエリィお姉ちゃんよ」




 俺とエリィは特大の笑顔を作ってそう言った。





   ○





「お姉ちゃん……」


 マギーは生き別れた両親を見つけたみたいに安堵の表情をし、薔薇が一気に咲いたように破顔して物凄い勢いでこちらに駆け寄ってきた。


「エリィおねええええちゃあああああああああん!」


 すぐに駆け寄り、鉄格子を挟んでマギーを抱きしめた。

 小さくて温かい感触が胸を喜びでいっぱいにしてくれる。うわんうわん泣くマギーの頭をこれでもかと撫でる。

 洪水のように子ども達が次々に飛び付いてくるので、鉄格子に頭をぶつけないように押さえてあげつつ、頭を撫でまわした。全員が大声で泣き、地下室には嬉し泣きの大合唱が反響する。


 アグナスが身体強化で鉄格子を無理矢理こじ開けると、子ども達が飛び出してきて、もみくちゃにされた。


 ライールとヨシマサは恥ずかしそうに輪の外からこちらを見て、泣かないよう我慢しているのかぎゅっと服の裾を握りしめていた。

 よくみんなを守った、と賞賛のウインクをパチッと送ったら顔を赤くして目を逸らされた。


「エリィお姉ちゃん! 来てくれるって思ってた!」


 マギーが俺の腹に顔をこすりつけながら金色をした犬の尻尾をぶんぶんと振っている。

 尻尾が他の子どもの顔にビシバシ当たっているが誰も気にしていない。


「お姉ちゃん美人になったのぉ?」


 だっこしてくれとせがんできた一番小さい人族の女の子が不思議だな、と首をひねった。

 持ち上げてしっかりと腕に抱えてあげる。


「前のエリィお姉ちゃんも好き。今のお姉ちゃんも好き」

「…ありがとっ」


 つぶらな瞳で見つめる女の子を、優しく抱きしめた。

 

よかったなエリィ。

 あの時と全然違う見た目なのに、子ども達はお前だって気づいてくれたよ。

 やっぱお前はすごい女の子だよ。

 エリィの優しさは全員に届いていたんだな…。


「わだぢ……ぼんばびがんどうびだぼぼばばびぼ…」


 なぜかボロクソに泣いているバーバラ。

 何て言ってるか全然わからん。あんたは泣いたときのバリーか。

 化粧がぐちゃぐちゃだ。


「よかったね……」


 アリアナも嬉しそうに泣き、近くにいる子どもの頭をよしよしと撫でている。


「僕は重要な資料がないか見てくるよ」


 アグナスはくるりと踵を返し、地下室の奥へと歩いて行く。袖でごしごしと顔を拭っているので泣いているようだ。

照れ隠しなのか、後ろ姿のまま、何度も髪をかき上げている。


 しばらく全員が落ち着くまで待ってやると、今度は沸々とした怒りが込み上げてきた。

 ほっとしたら、次に怒りだ。

 子どもをこんなに悲しませたの誰のせいよ? ああん?

誘拐したペスカトーレ盗賊団。トクトール領主のポチャ夫。魔改造を施したアイゼンバーグ。すべての指示を出しているセラー神国。孤児院に子どもを集めたガブリエル・ガブルとその下っ端リッキー家。


 何となく話が見えてきた気がするんだけどね、とりあえずアレだな…。

 ふふふ……。

 この施設は資料を回収したあと破壊だな…。


 アリアナが俺の顔を見て、ぼそりと呟いた。


「エリィが怒った…」



   ○



 子ども達の体調は栄養不足をのぞけば概ね良好で、精神汚染は特にないようだった。

念のため“純潔なる聖光ピュアリーホーリー”をかけておいた。アイゼンバーグがあんな状態なので、かけられていたであろう洗脳魔法は解けているみたいだ。今後、子ども達の心のケアもしっかりやらないとな。


 生きている敵の魔法使いは杖を取り上げ拘束し、魔改造施設にあった馬車に収容した。


 護衛隊長のバニーちゃんや他の主要なメンバーは全員無事。

 あれだけの激しい戦闘だったにも関わらず、死者は八名だった。

 パーティーごとの治癒魔法使いに熟練者が多かったことと、俺が“癒大発光キュアハイライト”で範囲回復をしたのが功を奏したようだ。

内部に侵入した兵士から五名。

魔法合戦で防御しきれず死んでしまった冒険者が三名。


近くで誰かが死ぬ経験をこの世界で初めて味わい、戦死者が少ないことを喜んでいいのかどうかわからない複雑な心境になり、やっぱり誰かが死ぬのは辛いなと悲しい気持ちが胸に広がった。


「エリィ、どうしたの…?」


 アリアナが心配そうに顔を覗き込んでくる。


「……人は死ぬんだって思ったら、なんだか悲しくなったの」


 彼女の目が真剣だったので、どうも冗談を言って誤魔化す空気にはできず、正直な気持ちを伝える。


 彼らは兵士で、冒険者で、とても勇敢で、死ぬ覚悟はできていた。

 日本という死が近くにない世界にいた俺に彼らの決意は理解し難く、覚悟があっても死んだことには変わりがないので、現実を見た今この瞬間、心構えが不十分だったと痛感した。

何だかんだ、まだまだ覚悟が足りなかった。いや、覚悟していたからってこのどうしようもないやり場のない気持ちが消える訳じゃないよな…。


悲しいものは悲しい。


営業時代、怒りや、苛つき、不満、様々な負の感情を抱いた。むかつく取引先の奴にストレスが溜まることも多々あった。喜怒哀楽の感情は交渉の際、一種の演出として大事だとは思うが、行き過ぎると必ず冷静な判断ができなくなって大失敗をする。精神を平静に保つことを訓練し、気持ちを動揺させないことが賢い営業マンたるべき姿だろう。


しかし、「悲しい」という感情だけはどうにも制御できない。

 少なくとも、俺には無理だ。


 アリアナは笑い飛ばすわけでもなく、慰めるのでもなく、長い睫毛をぱちぱちと瞬かせてこくんとうなずいた。


「命に永遠はない…」

「……そうね」

「……ん」


 おそらく、彼女の脳裏には母親を人質に取られ、決闘で死んだ父親の姿が映っているのだろう。

 多くを語らない彼女の目は、他の誰よりも言葉を発しているように思えた。


 アリアナは優しく俺の手を取ると、いつもより強く握ってくれた。

 理不尽な決闘で父親を失って母親とは数年に一度しか会えず、弟妹と家を守ってきた彼女は、他の誰もが考えるよりずっと大人で女性的だ。こんなに小さくて可愛らしいにもかかわらず、誰よりも母性を感じてしまう。

 年相応の子どもらしい精神と、大人っぽさが同居する、不思議な女の子だ。


 一瞬だけ、香苗のことを思い出した。


 あいつのことを思い出す度に胸の奥底がずきりと痛み、奈落の底へと突き落とされた得体の知れない浮遊感が全身を襲う。破れかけの心の薄皮はふとした瞬間に破れ、絶望が顔を覗かせる。あいつの笑顔や怒った顔がフラッシュバックし、背後へと続くぼんやりした暗闇へと吸い込まれていく。


 首を振って打ち消した。


 過去にとらわれているのは自分らしくない。

 俺はデキる男で、ヤレる男で、キレる男で、地球一ポジティブな男。通称ポジ男。

 そしてスーパーイケメン営業マン。

 俺、天才、イエーイ。


「さてと…」


 気を取り直して、魔改造施設を見つめた。

 砂漠に浮かぶ真っ白な姿は、忌まわしい建造物にしか見えない。


 施設内の重要な資料やハーヒホーヘーヒホー、魔薬、食糧などはすべて回収した。

 一緒に寝るとぐずっていた子ども達は子守歌を歌うとすぐに熟睡した。全員馬車の中で気持ちよさそうに眠っている。


 馬車は魔改造施設から徐々に遠ざかっていく。

 俺とアリアナは施設の正門を出て、少し離れた所に立っていた。


「大きな花火を打ち上げましょうか」

「……ん」


 そう呟いたとき、木魔法“梟の眼オウルアイ”で夜目を利かせて後方を見張っていたトマホークが顔面を蒼白にした。


「嘘だろ…」

「どうしたの?」

「い、いや……ここからだと見えづらい…」

「何かいるの?!」

「偽りの神ワシャシールの虚言ならどんなにいいか…」



 何が起きているのか教えてくれ、と言おうとした瞬間、凄まじい轟音が地面を揺らした。



―――!!!?



「ゲドスライムがきやがった…!」

「とんでもない大きさ…!」


 白い魔改造施設を重圧で挽き潰し、透明でぶよぶよした塊がうねりつつこちらに迫ってくる。とてつもない大きさで、施設ごと飲み込もうとしているようだ。

 そのゼリー状の肉体は飢餓で我を失っているのか、至る所に触手を伸ばして血肉を求めている。

次に狙われるのは当然、俺たち調査団だ。


「全員待避ーーッ!」


 トマホークが悲鳴に近い叫び声を上げる。


「ゲドスライム?!」

「なんじゃあの大きさは?!」

「全速力だ! 身体強化できる奴ぁは馬車を押せ!」

「走れ走れ走れ!」

「あんなぶよぶよに食われるのは勘弁だぜ!」


 冒険者たちが一斉に行動を開始する。

 ゆっくりであった行軍が、ものの数十秒で最速の行軍へと切り替わった。


「全員行け! ここは必ず僕が食い止める!」


 アグナスが身体強化でこちらに駆け寄ってきて、大人しく立っている俺とアリアナの姿を見ると赤い髪を振って大声を張り上げた。


「二人とも早く行くんだ!」

「大丈夫よ」

「……ん」

「…そういうことか。わかったよ」


 アグナスが俺の意図を汲んで、爽やかな笑顔でうなずいた。


いまあるすべての魔力を循環させ、落雷魔法へと変換していく。

 魔改造施設を覆い尽くすような雷神の怒りをイメージし、ひたすらに魔力を練り上げる。

 隣にいるアリアナが「やっちゃえ…」とつぶやく。


 おおとも。やっちゃうぜ。


 くわっと目を見開き、左手を魔改造施設にかざして、練り上げた魔力を全開放した。



「“雷雨サンダーストーム”!!!!!!!!!!」



――パチ、パチチッ



 小さな電流が数本、魔改造施設の上空に現れる。

 そして――



――ガガガガガガガガガガガガガガガガガリガリガリガリビシャァァンッ!!!!!!



 強烈な迅雷が大地を震わせる咆吼を上げ、幾重にも折り重なった雷光が無数に地面へと落下する。熱量とその勢いで砂の大地は弾け飛び、魔改造施設はエネルギーの暴力に勝てず上部から爆散し、ゲドスライムは突然現れた死の宣告を受け入れる暇もなく、醜い肉体を弾けさせた。“雷雨サンダーストーム”が効果範囲にあったすべての物体を貫いて、消し飛ばし、燃やし尽くす。


 数十秒続いた落雷の蹂躙が終わると、周囲が静寂に包まれ、砂埃がもうもうと立ちこめた。


 砂漠の冷たい夜風が寂しげに吹く。

 顔を撫でるように風が通りすぎる。

 俺とアリアナの長い髪が、ゆったりとそよいだ。


魔改造施設のあったであろう場所は綺麗な更地になり、ゲドスライムはあたかも砂漠の蜃気楼だったように破片すら残さず消えていた。



 夜空には満天の星々がきらめいている。



 トマホークが口をあんぐりと開けると、ターバンが頭からずり落ちた。

 近くにいたドンが小さい身体でずっこけ、俺を助けに来たクチビールが音に驚いて盛大に転んで頭から砂に突っ込み、アグナスが、やれやれ、とニヒルに笑って肩をすくめる。

 馬車から顔を出していたジャンジャンが「これが……伝説の落雷魔法の威力……」と感嘆した。



「これにて一件落着」

「……ん」



 言いたかったセリフをしっかり言うと魔力が切れ、アリアナに抱かれるようにして倒れた。意識がブラックアウトする直前、耳の端でウマラクダの嘶きと冒険者の歓声が聞こえ、星空がアリアナの狐耳といいコントラストになっている様子が目の前いっぱいに広がった。


ああ、やっぱここ異世界だよなー、と何回言ったか分からない言葉を心でつぶやく。

帰りてえなー、男に戻りてえなー、と薄れゆく意識の中で強く思う。


目の前に広がっているこの世界の星空は、東京の夜空よりも美しかった。


 まあ、ちょっとばかし長めの観光だ。

 異世界観光。

 アナザーワールドサイトシーイング。

ふふっ、悪くねえなその発想……。


 ポジティブに考えたところでくすっと笑い、俺は意識を手放した。

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