第131話 イケメン砂漠の誘拐調査団・決着


※作者です!度々すみません。

この回も酔拳エリィがひどいです!

苦手な方は飛ばしつつお読みください。何杯でもいけるぜ、という方のために原文で掲載いたします。当時、これを書いたのは深夜だったと思います。いや、そう思いたい・・・笑

書籍版はそれはもう綺麗にまとまっております。4巻ですね。

まとめようにもまとめられないのでホントそのままです。文字数も分割掲載していないので今までの2倍くらいあります。心してくださいませ・・・。


ということで砂漠編も決着に近づいております。

それでは本編をお楽しみください(*^^*)

―――――――――――――――――――――



      ◯



 煙の中から現れたのは小柄な男だった。

 顔は不細工につぶれ、やけに背中が盛り上がっており、落ち窪んだ瞳は狂信者の光を宿しギョロギョロと動いている。


 そいつを見て思わず悲鳴を上げそうになった。

男の右目にはナイフが突き刺さっており、誰がやったのかは分からないがどろりと眼球がクラッカーみたいにぶら下がって、小さい体躯には槍が二本と剣が三本、まるで自分の腕のように埋まっている。


 まっじでグロ! リアルグロ!


 さらに、この場にいる誰しもが顔に突き立ったナイフに驚いたあと、背中へと視線が吸い込まれた。


 背中からは小柄な男とは不釣り合いな大きさの、サソリの腕らしきものが四本生えていた。

 サソリの腕は一本一本が違う大きさをしており、一般女性の胴体ぐらい太く、表皮は薄気味悪く黒光りしている。身長百五十ぐらいの男の背中から、長さ五メートルの腕が四本も生えている姿は笑えない冗談だ。


 いや、ありえないっしょアレ。

 グロを通り越してもはや特殊メイクとか特撮なんじゃねえかって思えるな。


「セラーの教えにじだがえグギャガ!」


 サソリ男がカクカクと全身を揺らしながら叫ぶ。


 いやごめん。やっぱただのグロだわ。


「俺はハゲじゃない……剃っている……」


 え?!

 冒険者でつるっぱげのラッキョさん、サソリの腕に思いっきり捕まってるけど!?

 つーか誰もあんたがハゲかどうかなんて気にしてねえよ?!


 捕まっているってことは、施設内に潜入して子どもを救出する役目を負った、苦拍のサルジュレイ、炎鍋のラッキョのパーティーは全滅ってことか…?

 まじかよ。


 俺とアグナスがラッキョを助けようと身構えると、もうもうと立ちこめる砂埃の奥から護衛隊長のバニーちゃんが這いずり出てきた。

彼は血を吐きつつこちらに腕を伸ばす。


「逃げ………ろ……」


 崩落し、内部がむき出しになった施設には兵士とサソリ男が争ったであろう痕跡が散らばっており、ジェラ兵士たちが倒れている。

 これだけ見ても潜入組が手痛くやられたことがわかった。

 サソリ男はうるさそうに身体を一回転させ、バニーちゃんを尻尾で弾き飛ばした。


 尻尾!?

 バニーちゃん!!!


「バニーちん!」

「だめだエリィちゃん! あれはキングスコーピオンの腕だ!」


 ほろ酔いの勢いで飛びだそうとした俺の腕を、アグナスは素早くつかんだ。


「アグリャスにゃんどゆこと?」


 いかん。

シリアスな場面なのに身体が酔っ払ってて呂律が回らねえ。

 早くみんなを助けにいかねえと。


「わからない……ただ、キングスコーピオンとなんらかの方法で融合したのであれば、相当に危険だ」

「キングシュコーピンってアグニャスちんがやりゃれちゃった強いまもにゅ?」

「そうだ。あいつの腕とデザートスコーピオンの大量発生には因果関係がありそうだ…」

「よくわからにゃいけどけ早くあいつをちょんけちょんにしてちょうらい。みんなを回復してあげたいにょよ」


 アグナスは軽いウインクでこちらに返答をすると、うなずいて魔法の詠唱を始めた。

 ポーションで回復した魔力のほとんどを使うつもりなのか、杖を構え、燃えるような赤い髪をかきあげた。


 上位上級レベルの魔力が練られていく。

 これは………相当にやばそうな魔法だ。


 サソリ男を見て「あれヤダ…」と呟いていたアリアナも、ひっそりと魔力を練り始めた。


「アイゼンバァグ様! ごの不肖ジュゼッペ、命を賭して子どもにハーヒホーヘーヒホーを投与じまじたゲギョガギョギョ」

「よくやりました。敬虔なるセラーの子、ジュゼッペよ」



―――ん?



 子どもにハーヒホーヘーヒホーを投与したって?



「わだぐじの実験は成功でございまず!」

「セラァァァル! なんと素晴らしい信仰でしょう! あなたこそが我が愛する同胞であり唯一無二の友人です。そんな敬虔なるセラーの子、ジュゼッペに神託を与えましょう。あなたの命を燃やし尽くし……………そこにいる教えを乞わぬ愚か者どもに、永遠という名の時を与えることを命じます」

「がじごまりまじた」



 ……っざけんなよ。



 周囲を睥睨するかのようにアイゼンバーグがゆったりとこちらへ歩いてくる。

 絨毯の上を歩く王様みたいな奴の振る舞いに怒りが増大していく。


 ハゲのラッキョとバニーちゃんと兵士たちに何してくれてんの?

 子ども攫って実験して魔薬飲ませて洗脳……?


 人間舐めんもの大概にしろよ…。

 お前らに生きてる価値なんて少しもねえ。

 尻から電流流して逆さづりにしてマッパで新宿二丁目に放り込んでやる……。



 おしおきだっ!



「おしおきりゃよ! “落雷さんだぁぼりゅと”!」


 まずはサソリ男!

 呂律が回らないまま雄叫びを上げると、雷光がピカッときらめいて空気を切り裂き、サソリ男に突き刺さる。

 三メートル長のサソリの腕が一本弾け飛んだ。


「ぎゃあああっ!」


 捕まっていたつるっぱげのラッキョが高々と放り上げられる。

 それが合図になって各自が戦闘態勢に入った。


「おれはハゲじゃなぁぁぁぁぁぁぃぃぃぃ―――」


 ラッキョはサソリ男の馬鹿力で放り投げられ、夜空の向こうへと消えていった。

 ハゲは星になった。


「エリィちゃん、あと二分で詠唱が終わる。時間を!」

「ホッピー」


 いかん!

 ほろ酔いで「オッケー」が「ホッピー」になってまった。

 でも気にしまへん……わて、美少女やから!


 おしおきぃっ!


「“落雷しゃんだーぼりゅりょ”!」


 威力よりも連射を意識した“落雷サンダーボルト”がジュゼッペとかいうサソリ男に落ちる。

 近づかれてあの腕に殴られたらただじゃ済まないだろう。一撃の大きい魔法で溜めを作って距離を詰められるより、アグナスの詠唱が終わるまで時間稼ぎに徹するが吉とみた。


奴はサソリの腕に身体強化をかけたのか、今度は腕が吹っ飛ばない。


「“落雷さんだーぼりゅと”!」


バリバリィ!

 威力を押さえた連射式“落雷サンダーボルト”がサソリ男に突き刺さり、サソリの黒光りする腕の表面を焦がして、パッと電流が弾ける。


 左前方にいるアイゼンバーグが魔力を一気に練って増幅させた。


 まずい!

 “強制改変する思想家グレート・ザ・ライ”が発動する!

 アグナスに目配せをするが、まだだ、と彼は目を伏せる。魔法の詠唱は終わっていない。


「エリィ、アグナス、目をつぶって…」


 アリアナが小さくつぶやくと、アイゼンバーグとフェスティに向かって人差し指をさした。

 突然、指をさされた二人は魔法の発動かと思って一瞬身構えるが、アリアナは間髪入れずに胸の辺りで手を小さく振り、そのあと両腕を腰に当て、上半身を前屈みにして右足を軽く前へ出して最後に「べぇ」と可愛らしい舌を見せた。


「“トキメキ”」


 いかぁぁぁん! 目ぇ閉じるの忘れてたぁぁぁぁっ!

 巻き起こるトキメキ旋風!!!


「う゛っ!」

「う゛っ!」

「う゛っ!」


 黒魔法中級・魅了系オリジナル魔法“トキメキ”。

瞬間最大トキメキ風速二億四千万トキメートル(当社予想)が吹き荒れ、俺、アイゼンバーグ、フェスティが心臓を押さえて同タイミングで仲良く砂漠の大地に膝をついた。


 アリアナは俺をちらりと見ていたずらっぽく笑うと、身体強化を施し、左前方へ飛び出す。

 何それ可愛いんですけど!

 心臓めっちゃ痛いんですけどっ!


「えい」

「ぐあっ!」


 アリアナの振り下ろしグーパンチを食らったアイゼンバーグが二回跳ねながら十五メートルほど地滑りする。

 うわぁ、あれは痛ぇぞ絶対。

 アイゼンバーグはかろうじて身体強化でガードしたっぽいが、アリアナの身体強化“下の上”プリティパンチが右頬にクリーンヒットしたとなれば、結構なダメージを食らったはずだ。


 すぐさまアリアナは心臓を押さえているフェスティを見据える。


「アイゼンバーグ様ぁぁがぎゃゴベギャギャ!」


 サソリ男が怒り狂ってアリアナへと向きを変え、突進した。

 が、彼女はそれを確認しようともせずにフェスティに駆け寄ると、両腕を掴んだ。


「“熟睡霧ディープスリープ”」


 真っ黒い睡眠の霧が問答無用でフェスティの顔に吹き付けられる。

 彼はしばらく息を止めて抗っていたが、そうそう耐えられるものでもなく、すぐに昏倒した。


「“落雷にゃんだーぼると”!」


トキメキによる心臓発作が治まったので、すぐさま“落雷サンダーボルト”をキモサソリ男へぶっ放した。


 ピシャァン!

 サソリ男の目の前に雷が落ち、砂が爆散する。


アリアナへと向かう進路を阻むようにさらに連射。

金色の雷光が砂漠の大地に三本連続で墜落し、一本はサソリ男を撃ち抜き、残り二本が地面に突き刺さって砂を舞い上げる。


「ゲギョっ!」


 身体強化してやがるから効き目が薄い。

 そしてうめき声が気持ち悪い。

 サソリ男、ゲギョゲギョ言い出して人間やめ始めてんな。“トキメキ”が効かないのも、可愛いとかそういう感情が消えてるからじゃねえか?


 あれを倒すには“極落雷ライトニングボルト”で一点集中攻撃か、本体に電流を流して動きを止め、連続攻撃をする必要がある。

 すぐにでもぶっ放したいところだが……くそっ、やっぱ落雷魔法の連発はキツイ。


「アリアニャ!」


 アリアナはこくりとうなずいて、すかさず身体強化をかけ直し、フェスティを担いで後方へと飛ぶように移動した。


 よおぉぉぉし!

 フェスティゲットだぜ!

 アリアナ最高! もーあとでもふもふしちゃうぜ!


 しっかりと目を閉じていたアグナスがいいタイミングで目を開け、魔法を発動しようとする。


「エリィちゃん!」

「ホッピィー。“電衝撃いんぱりゅす”!」


電衝撃インパルス”が周囲の空気を急速に膨張させて雷鳴を轟かせ、一瞬でキモサソリ男へと到達すると、音を立ててクモの巣状に放電した。


サソリ男はお辞儀をするようなポーズでサソリの腕を前面へ出し、咄嗟にガードしたが、直進する電流をすべて受け止めきれずに後ろへ逸らした。


「アガガガガガガガガッ」


 サソリの腕をかいくぐった“電衝撃インパルス”が男を襲う。


「はぁ…はぁ……」


 さすがに落雷魔法の連射で息切れしてしまう。


「“竜炎の担い手フレアドラゴリウム”!」


 アグナスが詠唱を完成させた炎魔法上級を行使した。

 やっべえ、どんだけ魔力使ってんだよこの魔法。

 噂には聞いていたがこれは……っ!


 赤々と燃える炎がアグナスの身体から発せられると、ドラゴンを模した形へと変形していく。竜炎の頭の部分にすっぽりとアグナスが収まり、その後ろに炎でできた首、胴体、翼、尻尾が続き、まさにベタな少年漫画の主人公の様相になった。


 これは少年心をくすぐる厨二魔法!


「かっくいいじゃにゃいのアグナスちん」

「エリィちゃん、アイゼンバーグを頼む!」

「ホッピィ~」


 うん、とうなずいてアグナスは竜炎に包まれたまま片手剣を抜き放ち、眼前から消えた。

 炎の残滓を残してアグナスがサソリ男へ斬りかかると、サソリではない人間の腕が宙を舞う。


「ギョギャガギャゴギャ! ゼラァァァァの教えを乞わぬ愚がものめががががが」

「僕はこの一ヶ月でサソリが嫌いになったよ」


 アグナスちゃんが本気で相手を殺しにかかる。

 炎の形をした竜が縦横無尽に魔改造施設の中庭を駆け抜け、サソリ男は防戦一方になった。


 上位上級強化系魔法“竜炎の担い手フレアドラゴリウム”。

 術者の身体能力を身体強化“上の中”と同等レベルまで引き上げ、攻撃に炎属性を追加するという強力なものだ。そんな大技だったら詠唱も長いはずだ。



 ということでキモサソリ男はアグナスちゃんにまかせて――



 おしおきだ、アイゼンバーグ!



「おしおきにゃろれす!」


 “下の上”まで身体強化をかける。

さらに強力な“上の下”へ変化させるために魔力を全身へと一気に練り込んだ。


 魔力の渦が反発し合うようにうねり、勝手に霧散しようと拡散していく。


“上の下”レベルの魔力で全身の身体強化をするとなると相当の技術と練習が必要であり、魔力の消費も半端ではない。酔った勢いにまかせて強引に魔力を押さえ込む。


 よし、前までは何度試しても無理だったけど今のほろ酔い状態ならいける。

 おそらく三分ぐらいは維持が可能。それ以上使うと魔力効率が悪すぎて息切れしそうだ。

 でも出し惜しみはしねえぜ!


「ハンバァーグ覚悟りゃっ」


 猛烈にアイゼンバーグへと駆け寄り、起き上がろうとする奴の顔面へ拳を打ち込む。

 一切の手加減なし。

 相手が死んじまってもしょうがない、という気持ちの一発。


 が、当たらずに拳が地面にぶつかって砂がえぐれ、直径三メートルのクレーターができあがった。

 見ると、アイゼンバーグは杖に引きずられていた。


「にゃに?!」


 ざざざざざ、と杖に磔にされたように地面を無規則にアイゼンバーグが移動していく。

杖が地面から五十センチほど浮いて奴を引きずっている様子は、新種のモップがけみたいだった。しかもアイゼンバーグはニタニタと笑顔を張りつかせて俺から目を離さない。

砂の上へ、奴の引きずられた軌跡が描かれる。


 ポカじいがあの杖に気をつけろって言ってたのはこれ?

 つーか不気味すぎる。こっち見んな。


 アイゼンバーグは俺との距離を二十メートルほど取ったところで、ゆっくりと立ち上がった。

 酷薄そうな口元を歪め、突き出たほお骨をぐしゃりとつぶして引き攣ったように笑う。

 こええよ。普通にこええよ。


「この杖の力を解放するときがきま――ぐぅ!」


 ソイヤ! 

相手の話を聞かないイケメンとエリィコンビの拳打がハンバーグ野郎のどてっ腹に炸裂!


「愚か者め……」

「そりぇは自分のことれしょ」


 距離を詰めながら冷静に相手の出方を観察する。

 あの樫の杖、嫌な魔力が滲み出ている。

 迂闊に手を出すと厄介なことになりそうだ。

 今の一撃もそこまでダメージを受けていない。


 ハンバーグが血を吐いて立ち上がると、杖から禍々しい黒い魔力が噴出し奴の身体を覆っていく。

 なんかあれはやばそうだぞぃ。


「“落雷さんだーぼりゅと“!」


 バックステップで距離を取り、身体強化を切って中距離攻撃に切り替える。

 バリバリィッ、と雷撃がアイゼンバーグへと一直線に落ちた。

 が、威力も精度も申し分ない“落雷サンダーボルト”はハンバーグに直撃せずに進路を曲げられ、炸裂音を響かせて地面にぶつかった。


「にゃんなのら?」


 ハンバーグは全身に黒い霧を纏い、見下した目でこちらを見つめる。完全に勝ち誇っている表情だ。

魔法無効化か? だとしたらかなり厄介だな。へいへい!


「この素晴らしいアーティファクトについて教えてあげましょう」

「…聞いてにゃいわよ」

「千年前に世界の果てを作った王国の話です」

「せかいのはてを作ったでしゅってぇ?」

「やはり知らないのですね。無知とは人間の人生を浅くさせる恐ろしいものです」

「それはほんとのことりゃ?」


 なにぃ? この世界ってまじで果てがあんのかい?

 じゃあこの世界は球体じゃなくて真四角で出来てるってことか。

 コペルニクスだかアリストテレスだかニコラスケイジだかが言ってた、天動説ってやつかもしれない。

 地球が動いてるんじゃなくて太陽が動いているっていうアレね。

 世界に果てがあるなら、この世界は球体の星の上に存在してないっとことなのか?

 うーん、にわかには信じられないな。

 ほろ酔いにはちょうどいい与太話に聞こえるぞ。へいへい!


「かの王国は“由々しき事態が起こった”為、持ちうるすべての魔法技術を結集させて世界の果てを作りました。その際に使用された道具や武器がこのアーティファクトと呼ばれるものです。強大な技術によって生み出された杖や剣がまったく色あせることなく、千年の時を経て性能と効果を十全に発揮している…。誠に素晴らしいとは思いませんか?」


「へいへい!」


 い、いかん。結構重大な話なのにホロ酔いで合いの手を入れちまう。

心の声が外にダダ漏れだ。


「……」


 和膳ハンバーグさんがなんか呆れた目でこっちを見てくる。

 いや、どうぞどうぞ、お話を続けて下さい。

 俺が手をさしのべると、ふん、と息を吐いて和膳ハンバーグは口を開いた。


「このアーティファクトはセラー教皇様からお預かりした唯一無二の物。それが我が下にある。毎日この杖を見る度に私の心は感動で打ち震え、セラーの御心に寄り添い、教えを乞うことをやめず、求道せぬ者への導きを示さねばという使命感に駆られるのです」


 そこまで言い切ると、和膳ハンバーグは満足した表情になり、両手を大きく広げた。


「…ラール」

「ん?」

「セラーール」


 凄まじい魔力の奔流。

 目で見えるほどの黒い魔力が杖から吐き出される。


 咄嗟に、左手を手刀の形にして顔の前に構え、右手をその下に持ってきて十二元素拳「風の型」の形を取る。さらに身体強化“上の下”を一気にかけた。


「セラァァァァァァァァァァァァル!」


案の定、和膳ハンバーグが飛び込んできて杖を思い切り振った。

最小限の動きで躱して、みぞおちを狙った掌打を放つ。

 

「やあっ!」


 身体強化“上の下”で放つ強烈な掌打。

 黒ハンバーグは杖でがっしりと受け止めて後方へ跳んだ。

 打撃を杖で受けるってことは効果があるってことだな。

 魔法攻撃だけが無効?


「“化身分身する種々相ブラックアバター”…」



 げっ?!



 壺の中で重なり合う蛇のようにうねうねと杖から魔力が這い出ていき、人間の形を模している。

 黒い魔力の塊がマネキンみたいにのっぺりとした形に変形すると、アイゼンバーグの横へ並んだ。イヤなことに顔のほお骨が同じ形をしていて、見ているだけで胸くそが悪くなってくる。

 出現した黒マネキンは全部で三体。


「さあ、セラーへ慈悲を乞うのです!」

「うるしゃい!」


 地面を蹴って高速移動し、重い拳打をアイゼンバーグに打ち込んだ。

 するとマネキンが庇うように横入りしてきてガードし、拳が当たると同時に弾け飛ぶ。


 ちっ、まるで手応えがねえ。


「たあっ、やあっ!」


 洪家拳に似た力強い「火の型」で本体であるアイゼンバーグを狙う。

 攻撃を受けたマネキンは爆弾を仕込んでいるみたいに、簡単に弾け飛ぶ。


「セラーの導きをしらぬ者は野蛮ですねぇ…」


 アイゼンバーグはにたりと笑うと、黒マネキンが次々と杖から生成されていく。


「うごきづりゃいわね…」


 ルイボンには悪いがここが正念場だ。

 和膳ハンバーグと距離を取り、ワンピースの右サイドをビリビリと破って即席のスリットを作った。


 酔いが回ってふらつき、足元がおぼつかない。

 倒れないように右足を一歩前へ出すと、真っ直ぐな美脚がスカートから現れる。

 自分の足だけどワアォ。


「“電衝撃いんぱるすっ”!!」


 身体強化を切り、“電衝撃インパルス”を撃ち込んだ。

 ギャギャギャ、という悲鳴に近い雷音を上げ、電流がアイゼンバーグへ直進するが“化身分身する種々相ブラックアバター”とかいう胡散臭い黒魔法に阻まれる。

 十体に増えていた黒マネキンが四体消し飛んだ。


どうやら魔法攻撃をあれが吸収するらしい。


「セラーーーーーーールッ!」


 調子に乗った和膳ハンバーグお味噌汁セットが杖を高々と掲げる。

 樫の杖からどんどん黒い魔力が溢れ出て、“化身分身する種々相ブラックアバター”が生成されていく。

 やばいやばい、一気に三十体ぐらい増えてないか?

 ちょっとしたアイドルの出待ちみたいになってやがる!


「己が怒りを発現させよ……“断罪する重力ギルティグラビティ棺桶コフィン”…」


 突然、空中に黒く染まる重力場が現れた。続いて出現した二つ目の地面の重力場と激しく引き合い、間にあった物を押しつぶす。

 黒マネキンがあっという間に二十体ほど挽き潰された。


「エリィ、おまたせ…」

「アリアニャ!」

「フェスティは大丈夫……それよりまだ酔ってる?」

「ぜーんぜん酔ってにゃんかにゃーよ」

「………………ん」

「しょれよりあいつの魔法にゃんなの?」

「“化身分身する種々相ブラックアバター”。自分の分身を作り出す…。アレ自体に攻撃力はないけど、数の分だけ使用者の魔力が高まる。数十体出現した状態で“強制改変する思想家グレート・ザ・ライ”を使われると危険…」

「随分と博識な狐人ですね」


 目論見を看破されたアイゼンバーグが喜色満面でアリアナへと拍手を送る。


「この魔法を知る存在がいたとは」

「偉大なる黒魔法使い、父の教え…」

「偉大なる父はセラーただ一人です」

「……あなた気持ち悪い」


 狐美少女軽蔑の目!

 そんな目で見られたら俺もー生きていけない!

 アイゼンバーグの精神に5のダメージ。


 って全然平気な顔してるなあいつ。


「くくく……あなたの父親の偉大さも今日限りで終わりです。杖に保存された魔力は無尽蔵。さあ、お二人はいつまでその強気の姿勢が保ちますかね…?」

「エリィ…」

「いくわよぉ!」


 こくん、とアリアナがうなずくと同時に、俺たちは打ち合わせもなくアイゼンバーグへ飛び込んだ。

 俺が先に突進し、身体強化をかけて旋風脚で黒マネキンを三体破壊する。


「“トキメキ”…!」


 アリアナを見ていなければ大丈夫だ。

 後方で巻き起こっているであろうアリアナのトキメキ旋風!


「狐娘。あなたの魔法は看破しております」


 アイゼンバーグはアリアナを見ずに魔法を唱え続けていた。


 ちぃ! アグナスちゃんが目をつぶっていることで“トキメキ”の発動条件に気づかれたか。


 最小の動きで最大の攻撃を心がけ、次々と拳打、掌打、蹴り、手刀で黒マネキンを破壊していく。

 が、一向に黒マネキンが減る様子がない。


「“エアハンマー”」


 アリアナが風の拳を“化身分身する種々相ブラックアバター”へぶっ放す。

 しかし一体を半壊にする効果もない。


「アリアニャ! 上位魔法じゃにゃいとダメにょ!」


 こくん、とうなずいてアリアナは距離を取って詠唱に入る。


 俺は前にいる黒マネキンに前転宙返りで一気に近づき、右拳打を打って一体を破壊。

酔っ払ってふらついたので別の黒マネキンに寄りかかり、前方にいたマネキンを蹴り上げてその反動を利用し、寄りかかっている黒マネキンの上で一回転して肩を引っつかみ、着地すると同時にぶん投げる。

身体強化“上の下”で強化された投げが、直線上にいた黒マネキンを根こそぎ吹っ飛ばした。


「“断罪する重力ギルティグラビティマルトー”…!」


 さらにアリアナの援護射撃。

 圧縮した重力の二重打撃攻撃、黒魔法中級“断罪する重力ギルティグラビティマルトー”がアイゼンバーグを守るようにして立っている黒マネキンを盛大に消し飛ばした。


「おしおきにゃのよ!」


 一瞬だけできた“化身分身する種々相ブラックアバター”の隙間を縫うようにしてアイゼンバーグへ突進する。

 身体強化“上の下”のダッシュで左右景色が一瞬で飛ぶ。

 渾身の力を込めた拳打を奴のみぞおちへお見舞いした。



―――!!!!?



 腕が……体が……動かねえ……。


 本日最高の一撃が当たる瞬間、アイゼンバーグがぼそりと「誠に残念」と呟き、“強制改変する思想家グレート・ザ・ライ”を発動させた。

 足元に紫色の不可思議な魔法陣が浮かび上がり、発せられた光が寄生生物のように纏わり付く。


 ぐぅ………これは…………頭が……割れそうだ……。


「エ、エリィ…」


 右後方にいたアリアナへと強引に首を動かすと、彼女が頭を押さえてうずくまっていた。

 ミニスカートから伸びた細い足があらわになり、中が見えそうになる。って俺ってばこんなときでもスカートをチェックしちまう…。や、やはり、て、天才……。


「さぁお二人とも。私の後ろをご覧下さい」


 アイゼンバーグは後方へと飛び退り、距離を取りながら言った。

 ハンマーで叩かれ続けるような頭痛を堪え、調子をこいているアイゼンバーグの後方へと目をやる。


「……っ?」

「なん……にゃのよ…」


 アリアナが絶句するのも無理はない。

 アイゼンバーグは前方に展開させた“化身分身する種々相ブラックアバター”を囮にして、自分の背後へ“化身分身する種々相ブラックアバター”を生成していた。しかも、発見できないように地面に伏せさせていたようだ。

 その数はざっと見て百体。

 こ、これは……。


「私に“化身分身する種々相ブラックアバター”を使わせたのですから賛辞をお贈りしますよ。この魔法は一度発動させると一年は使えませんからね」

「……この……頬骨ハンバーグゥ…」


 悪態をついても事態は好転しない。

 くそ、考えろ。

 どうしたらいい。


「ではそこのキツネ娘。あなたの鞭で白い小娘を叩きなさい」

「……っ!」


 アリアナはぷるぷると全身を震わせながらゆっくり立ち上がると、右手を腰に巻いてある鞭へと伸ばしていく。その手は反発する磁石のように、何度も離れて、近づく、を繰り返すが、徐々に鞭へと近づいていった。


「エ、エリィ……!」


 普段はポーカーフェイスであまり表情が変わらない。

そんなアリアナが可愛い顔を苦悶にゆがめ、右手で鞭の柄をつかんだ。


「親愛なる友人に鞭打たれる。これぞセラーの説教ですよ、白魔法使いの小娘」

「……い………い………」


 アリアナが抗うことのできない圧倒的な洗脳魔法“強制改変する思想家グレート・ザ・ライ”に身体を支配され、悲痛な声を上げた。


「…いや……っ!」


 彼女はどうにかして魔法から逃れようと身をよじる。

 しかし、“化身分身する種々相ブラックアバター”によって強化された“強制改変する思想家グレート・ザ・ライ”の拘束は思っている以上に強力で、逆らうことができない。


「くくく……セラーの慈悲です……」


 アイゼンバーグが薄気味悪い笑みを顔中に浮かべ、さらに魔力を増大させる。

 鞭を持っているアリアナの右手がゆっくりと上がっていく。

 彼女は懇願するようにこちらを見ると、耐えきれなくなったのか、両目からぼろぼろと大粒の涙を流した。アリアナの小さな顎に、涙が両頬を伝って流れ落ちる。



「――――――――!!」



 俺の中で何かがぷっつんと弾けた。

 それも二回。

 たぶん、エリィもキレた。



「あんたねえ……」



 独りでにパチパチッ、と電流が全身を駆け巡り、金髪ツインテールががゆらゆらと静電気で立ちのぼる。

 あまりの怒りで顔が熱くなり、こめかみに走る血管がどくどくと脈を打つ。

 “強制改変する思想家グレート・ザ・ライ”による頭痛がどこかへ消えた。



「うちのアリアニャになにしてくれてんのよぉ!!!」



 怒りにまかせて叫び、“強制改変する思想家グレート・ザ・ライ”の束縛から逃れようと強引に立ち上がった。

 鉛の入ったカバンを背負ってるみたいに身体が重い。


 精神に作用する魔法ならそれ以上の意志で跳ね返せばいいんだろ?

 それだけの話だ。難しいことはねえ。

 

ビジネスの基本「重大な決断のときこそシンプルに」だコラァ!

 アリアナ泣かせてんじゃねえよクソが!

 和膳ハンバーグぶっころす!!!


「やれっ!」


 アイゼンバーグは俺の様子に慌てたのか、アリアナへと杖を向けた。

 彼女はゆっくりと鞭を振りあげ、右手を挙げたポーズで固まった。最後の最後で“強制改変する思想家グレート・ザ・ライ”に抗っているようだ。


 彼女を安心させるように、にっこりと微笑んだ。

 その顔を見たアリアナはハッとした表情をし、目を閉じる。


 そして鞭が振り下ろされた。



――パァン!



 鞭は砂の大地に一筋の軌跡を残した。



「な……どういうことだ……なぜ“強制改変する思想家グレート・ザ・ライ”が効かない?!」

「あんたのちんけにゃ魔法でこのわたしを操れるわけにゃいでしょ!」


 飛び込み前転で鞭をかわし、アイゼンバーグに啖呵を切った。

 魔力を増大した“強制改変する思想家グレート・ザ・ライ”の制御下で俺が動けることに、アイゼンバーグは心底驚いている。


 俺たちだからこそ“強制改変する思想家グレート・ザ・ライ”が効かないんだろう。俺とエリィ、二人分の精神力があるから強力な洗脳魔法に抗える。確かめるすべはないがそうとしか思えない。


それに『アリアナを泣かせてんじゃねえよボケ』という気持ちが完全にエリィと一致して、いつも以上の怒りが湧き起こった気がする。

まあ、その辺の分析は後回しだ。おしおきタイム発動。とにかくこいつだけは“おしおきフルコース・特選盛り地中海風~あなたの地獄は永遠エターナル~”確定だ。


「キツネ娘! やれ! 金髪小娘を殺せェェ!」

「………っ!」


 アリアナが緩慢な動きで鞭を再度振りあげる。

 黒いマネキンのような“化身分身する種々相ブラックアバター”百体がゆっくりと近づいてきた。

 な、なんだ?

 近づくにつれて“強制改変する思想家グレート・ザ・ライ”の効果が増大しているのか?

 頭が…いてえ……!


 このままじっとしていてもジリ貧だ。

 カンフーによる肉弾戦じゃ短時間で全部の黒マネキンを破壊することは出来ない。

 “電衝撃インパルス”、“落雷サンダーボルト”は黒マネキンに身代わりガードされるのでアイゼンバーグに当たらない。“極落雷ライトニングボルト”と“雷雨サンダーストーム”は溜めが長すぎて使い物にならねえ。



―――パァン!!



 間一髪でアリアナの鞭打をサイドステップでかわした。

 身体が重い。

 酔いと怒りで足がもつれる。


 こうなったらアレっきゃない。

ぶっつけ本番で指定した範囲を攻撃する落雷魔法を作るっきゃねえ。


「“周囲感電エリアスタンガン”!」


 思い切り魔力を右足に込めて踏みならした。

 が、オリジナル魔法は発動しない。

 イメージと言葉が上手く合致しないことが感覚で分かる。


「どうされたのですか。急に叫ぶなんてレディとは思えぬ行動ですよ」

「うるしゃい!」

「エ、エリィ…」

「早く私を攻撃しないとキツネのお嬢さんが洗脳されてしまいますねぇ」


 くぅーーーっ!

 まっじでムカツク言い方しやがるぜ!


 足元から電撃を出してアイゼンバーグと“化身分身する種々相ブラックアバター”をすべて感電させるイメージだ。集中しろ!


 地面から電撃――

 地面から電撃――


「“地面電撃アースボルト”!!」


 右足を、ダン! と踏みしめる、が何も起きない。

 くそ! 発動しねえ!

 怒りで血管がちぎれそうだ!!


「どうされたのです? 憤怒はあなたの心に余裕がない証拠ですよ。精神の浄化が必要と診断します」

「だまらっしゃいハンバーグ!」

「あなたもセラーの庇護下に入るのです」

「あんたがあたしを洗脳できるわけにゃいでしょ! “落雷さんだーぼると”!」


 ピカッ、と稲妻が走り、アイゼンバーグに殺到する。

 だが“化身分身する種々相ブラックアバター”が分かっていたような動きで主を守り、電流と共に弾け飛んだ。


「くくく…無駄です」


 ゆっくりと“化身分身する種々相ブラックアバター”が迫る。

 目の前に広がる黒マネキン“化身分身する種々相ブラックアバター”約百体を睨みつけるが、奴らの動きは止まらない。


 アリアナが先ほどよりもスムーズな動きで鞭を打ってきた。

 身をひねって躱すが鞭打が速くてよけきれず、ワンピースが胸のあたりから腰まで破ける。


 アリアナが悲痛な表情で泣きながら鞭を振っており、その姿が俺の怒りをさらに呼び起こした。


「“範囲電打エリアエレキトリック!」


 迫り来る鞭打を転がってよけ、両手を地面について絶叫した。


「あなたは先ほどから何をしているのです? 大人しくセラーの庇護下に入りなさい」

「だまらっしゃい!」


 あああああああもう!

 なんで発動しねえんだよ!

 イメージだってしっかりできてるってポカじいにも言われたんだ!

 めっちゃ練習して魔力だって問題なく練れている!

 くそ! くそっ!


「では、仕上げといきましょうか。キツネ娘、こちらにきなさい」

「……いやっ」

「金髪の娘…エリィとか言いましたかね? 狐人が親愛する相手にしか許さない行動があります。それをご存じですか?」

「しらにゃいわよ!」

「それはですね……耳を触らせることです」

「―――――!?」


 アリアナがその言葉を聞いて絶句した。

 どうにかして命令に逆らおうとするものの、足がアイゼンバーグへと向かう。必然的に“化身分身する種々相ブラックアバター”へ近づく格好になってしまうため、どんどん彼女の行動が流れるような動作になっていく。

 アリアナの小さな姿が “化身分身する種々相ブラックアバター”の群れをかき分けるように進む。


「服従の証としてその耳を触らせて頂きます」


 アイゼンバーグが、感謝しなさい、と言わんばかりのドヤ顔でそう言った。


「……いや! やめてっ!」


 本気で嫌がるアリアナが、振り向いて助けを求めるように俺を見る。

 彼女は普段の姿からするとあり得ないぐらいに感情を爆発させ、いやいやと首を振りながら足をアイゼンバーグへと進める。


「やだ! やだ! 助けてエリィ…!!!」


 前へと進みながら、アリアナが力を振り絞って泣き叫んだ。




 それを見て、俺はぶちギレた。




 過去類を見ないほど理性が吹っ飛んだ。




「あんたいい加減にしなしゃいよぉぉおおおおおおっ! なぁぁぁにがセラーの教えよぉ?! セラァァァァァルってにゃんにゃのよ! しょれにねえ! ハンバーグの分際でねえ! アリアナの耳を触っていいとでも思ってんの?! しょの耳をねぇええええええええええええ! 触っていいのはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ! 絶対絶対ずえーーーーーったいにわたしだけにゃんだからねぇーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」


 全員! 全部! 感電!

 地面! 全部! 感電!

 マネキン! ハンバーグ! 感電!

 黒こげハンバーグだっっっ!!!


「くくく……まったく品性のない娘ですね。セラー教えをあなたにも教えて差し上げましょう。そうすれば――」

「“感電エブリバディ感電えぶりばでぃ”!!!!!!」



口から勝手に謎のフレーズが滑り落ち、怒りにまかせて地面を右足で踏みつけた。



―――ババババババババババチチチチィ!!!!



 俺とエリィの怒りを体現したようなオリジナル魔法が発動した。

高圧電流が爆音を発しながら地面から突き上がる。

 アイゼンバーグの周囲数十メートルが電流でまばゆく発光し、うねるような電撃が砂の地面で踊る。


 地面から湧き上がる魔力を察知したのか、アイゼンバーグの足元へ“化身分身する種々相ブラックアバター”が集結する。


「無駄です! このような魔法は防御にも特化している“化身分身する種々相ブラックアバター”の前では無力!」

「“感電エブリバディ感電えぶりばでぃ”!!!!!!」



―――ババババババババババババババチチチチィ!!!!



 さらに電撃を追加。

 次々に“化身分身する種々相ブラックアバター”が消えていく。

 もちろんアリアナには当てない。



「無駄だと言っているでしょう!? そのような魔法にこの“化身分身する種々相ブラックアバター”が負けるはずがない!」


 そういってアイゼンバーグは防御のために“化身分身する種々相ブラックアバター”を目にも止まらぬ速さで生成していく。


 知るかボケェ!

 感電しやがれ!


「“感電エブリバディ感電えぶりばでぃ”!!!!!!!」



―――ババババババババババババババチチチチィ!!!!



「くくく! この洗脳魔法専用アーティファクトがある限り! 複合魔法にも勝てる!」



 うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!

 黒こげハンバァーーーーーーーーーーーーーグ!



「“感電エブリバディ感電えぶりばでぃ”!!!!」



―――ババババババババババババババチチチチィ!!!!



「小娘! 諦めなさい! セラーの教えに従うのです!」



 どりゃああああああああああああああああああ!

 黒こげ黒こげ黒こげ黒こげ黒こげ黒こげ黒こげ!



「“感電エブリバディ感電えぶりばでぃ”!!!!!!!!」



―――ババババババババババババババチチチチィ!!!!



 うねる電流。

 弾ける雷音。


 俺が指定した範囲。

 地面に接触している物体すべてが感電する。



「セラーの教えを乞わぬ者がこんなにも愚かだとは思いませんでした。これはもう手の施しようがありません。残念ですが、複合魔法を使えるといってもセラー様のお役に立てるとは到底思えない精神状態です。仕方がありませんので私がすべての信者を代表し、あなたに死という名の永遠の時をプ――」

「“感電エブリバディ感電えぶりばでぃ”!!!!!!!!」

「プププププププププププププププププレプレプレプレプレプレプレプレプレプレプレプレプレプレプレプレプレプレプレプレプレプレプレプレプレプレプレプレプレプレプレプレプレプレプレプレプレプレプレプレプレプレプレプレプレプレプレプレプレプレプレプレプレプレプレプレプレゼンツビャァッッッ!!!」



 オリジナル魔法“感電エブリバディ感電エブリバディ”が“化身分身する種々相ブラックアバター”の生成スピードを上回り、ハンバーグを見事に感電させた。


 アイゼンバーグは尖った頬骨をこれでもかと引き攣らせ、携帯のバイブレーションみたいに小刻みに身体を痙攣させて気持ち悪く叫ぶと、よだれと鼻水を垂らしながら仰向けにぶっ倒れた。

 髪型は当然のごとくアフロヘアーになり、こんがりと表皮はハンバーグのように黒く焼けた。


黒マネキン、“化身分身する種々相ブラックアバター”がすべて消え、“強制改変する思想家グレート・ザ・ライ”の魔法陣は気づいたらなくなっていた。


 すぐさまアリアナの下へ駆け寄り“癒発光キュアライト”をかける。


「あいつ……キライッ」


 アリアナが耳を両手で隠しながら口を尖らせる。

 よしよしと彼女の手も含めて頭を撫でてやり、安心させた。


「おしおきして…」

「ホッピィ~」


 満面の笑みでアリアナにオッケーサインを送る。

倒れて頭から湯気を出しているアイゼンバーグを一睨みすると、身体強化で即座に距離を詰めた。

絶対に逃がさねえぞ。


「おしおきよぉ!」

「あばぁっ………!」


 鼻水を垂らしながら、生まれたての子鹿のようにピクピクしているアイゼンバーグの腹に飛び乗った。


「それそれそれそれそれそれそれそれそれそれそれそれそれそれそれそれそれぇ!」

「あばあばあばあばあばあばあばあばあばあばあばあばあばあばあばあばあばぁ!」


 身体が勝手に動いてエリィがこれでもかとアイゼンバーグを踏みつける。

 まったく、本当に困ったちゃんだな、エリィは!

 お兄さん、そんな君が好きだぞ!


「よいしょっと」


 アイゼンバーグの上から降り、肩をつかんで無理矢理直立させた。

 ついでに転がっている樫の杖のアーティファクトは踏んづけて真っ二つにしておく。こんなもんがあるから余計なことを考える輩が出てくるんだ。


「ハァ……ハァ……セラーの…………教えを………」


 意識を取り戻したのか、息も絶え絶えにアイゼンバーグがまだセラーがどうだとかほざき出した。


「その杖を……罰当たりな………小娘ぇ……………」

「小娘? 違うわよねぇ。エリィちゃん、でしょう?」

「セラーの………教えは……絶対………」

「“電打エレキトリック”!」

「アバババババババババババッッババラバビィ!」


 強めの電流を食らってアイゼンバーグが小刻みに振動した。

 違うんだよハンバーグちゃん。

 セラーの正体はエリィちゃんなんだよ。

 そこんとこ間違えないで欲しいなぁ。

 これからお前が崇めるのは『エリィちゃん大好きです教』なんだよぉ。


「セラーなんていにゃいの。エリィちゃんしかいにゃいの」

「何を………ふざけたことを………」

「はい! おべんきょおべんきょ楽しいにゃ~♪」

「セラーの下へ…………」

「りぴーとあふたーみぃ」

「はなせ……っ」


「エ♪」

「あば!」


「リィ♪」

「あば!」


「ちゃん♪」

「あばば!」


「だいすきですきょーーーーーーーーーーーーーーーっ♪」

「アババババベラバラバラババラバンババラバラビィィ!」


電打エレキトリック”!

 電撃音が魔改造施設の中庭に響き、人間の存在をないがしろにして散々洗脳を施したアイゼンバーグが悲鳴を上げる。

 これぞ因果応報!


「りぴーとあふたーみぃ♪」

「は……なせ…」


「いん♪」

「あばっ!」


「が♪」

「あば!」


「おうほーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーう♪」

「あばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばびるべびぃ!」


怒りとおしおきの“電打エレキトリック”地中海風!

 アイゼンバーグの凶悪に歪んでいた顔が心なしか、ほんの少し、ほんのちょっぴり、ほんの1ケルビンぐらい、温かくなった。

……いや、気のせいだ。

 こんなんじゃ足りないな。


「りぴーとあふたーみぃ♪」

「き…さま……っ!」


「エ♪」

「ぃぎ!」


「リィ♪」

「ぃぎ!」


「ちゃん♪」

「ぃぎ!」


「だいすきですきょーーーーーーーーーーーーーーーーっ♪」

「いぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぃっぽっぷぅ!」


「せいあげぃん♪」

「やめ………っ!」


「エ♪」

「てば!」


「リィ♪」

「てば!」


「ちゃん♪」

「てばばっ!」


 オシオキの煌めきが中庭に走り、濃紺の星空が静かに笑う。

 愛の鞭“電打エレキトリック”がバチバチと雷音を鳴らし、美しく瞬いて周囲を蛍火のように浮かび上がらせる。

 世界の理へ一石を投じるかのように、優しくも暴力的な落雷魔法が周囲を照らすと、今この場にいることが夢であり、その先にある世界が現実なのではないかという錯覚を起こさせた。


 にっこりと笑ってアイゼンバーグを見つめる。

 彼は許されるのかと思ったのか、口元をへの字に曲げて卑屈に笑った。

 あ、この顔は悪徳営業マンと同じやつだ。


「だいすきですきょーーーーーーーーーーーーーーーーっ♪」

「テバババババビィィィィィィィィィィィィィィィィッッ!」

「だいすきですきょーーーーーーーーーーーーーーーーっ♪」

「サビブベビィィィィィィィィィィィィィィィィィィィッ!」

「だいすきですきょーーーーーーーーーーーーーーーーっ♪」

「バビブベブボォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!」

「だいすきですきょーーーーーーーーーーーーーーーーっ♪」

「バイブビベブボォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!」

「だいすきですきょーーーーーーーーーーーーーーーーっ♪」

「バイブベブブビィィィィィィィィィィィィィィィィィッ!」


 止まらないおしおき“電打エレキトリック”イベリコ豚のソテー赤ワインソース~死海の塩を添えて~、が線香花火のように一瞬の輝きを見せては消える。


 あはは、ほろ酔いでおしおき楽しいなぁ。


 アイゼンバーグはアヘアヘしつつ、内股になった。

 それでもまだ威厳を保とうとしているのか、眉間に皺を寄せている。

 足りない?

 ああ、そうだよねえ……足りないよねこれじゃあ……。


「せいあげぃん♪」

「……ッ?! 待って! はぁはぁ……待ってくれぇ!」

「にゃによ」


 アイゼンバーグが懇願し、跪いてすがりついてくる。

 触られるのが嫌なのでビンタをお見舞いした。


「ひぶっ!」

アイゼンバーグは強烈なビンタで一回転し、地面に突っ伏したが、すぐさま起き上がって片膝を地面についた。

「……わ……わたしが……わるかった……ハァハァ………ここはセラーの御心のような寛大な心で……見逃してもらえないだろうか……?」


 仏頂面を作って、跪いているアイゼンバーグをじっと見つめる。

 黒こげになり、鼻水が垂れ、足元がアヘアヘと震えて随分と無様であったが、目の奥は炯々と光っていた。


「わたしはただ……セラー神国のためだけに………この身を捧げてきた……。何事も顧みずに、ただただセラーの………ために……この身を粉にして……………私の青春や……若かりし時間はないも同然だった………セラーとセラー神国…………そしてセラー教皇の………………ためにぃぃっ!!!」


 最後に叫ぶと、アイゼンバーグは靴底からアイスピックのような針を出して、俺の太ももに突き立てようとした。


「ほい」

「――なっ!」


 予想していた通りだったので、右手で奴の腕をつかんで仕込み針の攻撃を止める。

 そして腰を折って、左手でツインテールの片方が相手の顔にかからないよう押さえ、アイゼンバーグの顔をゆっくりと覗き込んだ。


「だめじゃにゃい悪さしちゃあ」

「ひっ! はなせっ! はなせぇぇ!」

「だーめーよ」

「私は! 私はセラー神国の司教だぞぉ!」

「しきょー? にゃによそれ」

「し、しらぬのか愚か者め!」

「あにゃた子どもたちや他人を一方的に洗脳してきちゃんでしょ。自分だけ助かろうにゃんてそんな虫のいい話はにゃいのよ。自分のやってきた蛮行をしっかり思い出しまちょうねぇ。悪い子はおべんきょうでしゅよ~」

「ひぃぃっ」

「くえすちょん。あなたの所属している宗教はにゃんでしょう?」

「セ、セラー………」

「ぶっぶーざぁんねん。“エリィちゃん大好きです教”が正解にゃのでした」

「ば、ば、ば、ばかにするなぁぁぁっ!」

「りぴーとあふたーみぃ♪」

「やめ……っ!」


「エ♪」

「めぇ!」


「リィ♪」

「めぇ!」


「ちゃん♪」

「めぇ!」


「だいすきですきょーーーーーーーーーーーーーーーーっ♪」

「めめめめめめめみょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉん!」

「だいすきですきょーーーーーーーーーーーーーーーーっ♪」

「ダビブビベブビョォォォォォォォォォォォォォォォォォッ」

「だいすきですきょーーーーーーーーーーーーーーーーっ♪」

「ダビズビベフビュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ」

「だいすきですきょーーーーーーーーーーーーーーーーっ♪」

「ダビズビデブヒョォォォォォォォォォォォォォォォォォッ」

「だいすきですきょーーーーーーーーーーーーーーーーっ♪」

「はへひはへはふぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」


 愛とおしおきの“電打エレキトリック”!

雷光がピカリと輝いて夜の魔改造施設を照らし、アイゼンバーグの全身に刺すような痛みの電流が流れる。


 ドン、と後方で大きな爆発音がしたので、音の方向をちらりと見れば、アグナスとサソリ男の戦いが終了したようだ。

 遠くてよく見えないものの、アグナスが立ってサソリ男が倒れている様子を見る限り、勝負はアグナスの勝ちで確定だろう。


 さぁて、安心したところで、この頑固者をよい子にしてやろうか。

早く倒れている冒険者に回復魔法をかけたいし、捕らわれている子ども達を助けに行きたいからな。


おしおきを高速で繰り返すこと百三十七回。

 サソリ男を倒したアグナスが合流した。


 アグナスはサソリ男の、サソリの腕と尻尾をすべて切り落とし、本体をロープでぐるぐる巻きにして引きずってきた。厨二な炎魔法はもう解けており、魔力切れ寸前なのか若干顔が青い。


「エリィちゃん、アリアナちゃん大丈夫かい? 怪我は?」

「にゃいわよアグナスちゃん。あなたも大丈夫?」

「僕は大丈夫。ただ、魔力が切れそうだけどね」

「来るのがおしょいからハンバーグ倒しちゃったわよぉ」

「さすが伝説の複合魔法の使い手、ということだね……ありがとう。それで、この男から施設内部のことを聞いたんだけど、子どもたちが地下牢の実験室に捕らわれていることがわかった。早く助けに行こう」

「ありがちょ! 今ちょうどこの子が教えてくりぇた情報と同じにぇ」

「この子?」


 アグナスが目を細め、地面に正座しているボロボロの宣教師服を着た男を見つめた。

 アリアナが俺の横でうんうんとうなずいている。


「さあ和膳ハンバーグちゃん。あなたに質問でしゅ。あにゃたの所属する宗教の名前はなぁに?」

「くくく……」


 アイゼンバーグはゆっくりと顔を上げる。

その不可解な様子にアグナスが身構え、いつでも剣が抜けるように右手で柄をつかんだ。


「くくくく………」


 アリアナもさすがに不気味に思ったのか、俺のワンピースの裾をつまんでくる。


「くくくくく………」

「くくくじゃあ分からないわよぉ。あにゃたの信仰する宗教名は、な・あ・にぃ?」


 アイゼンバーグは日焼けしたサーファーのようにこんがり焼け、電流でアフロヘアーになり、服はずたぼろ。鼻水がカピカピに乾いて鼻の下に跡ができている。

 その横には真っ二つになった杖のアーティファクトが転がっていた。


 変わり果てた姿でアイゼンバーグは正座したまま、数学の解答を答える優秀な生徒のように、ズビシと右手を挙げた。



「“エリィちゃん大好きです教”でぇーーーーーーーーーーす!」



 一人の男が改宗した瞬間だった。



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