第121話 イケメン砂漠の誘拐調査団・空房の砂漠③


 行軍七日目。


 ゲドスライムが現れたのはあの一回きりで、他にも凶悪な魔物がちょくちょく現れたが、砂漠で活動する冒険者達と勇敢なジェラの兵士によって次々と倒された。空房の砂漠の生物は、久々に見る大量の獲物である俺達を見つけると、嬉々として襲ってくる。全部返り討ちにし、食糧になりそうな魔物はしっかり回収した。一週間分の食糧を消費しているため、予備として確保しておくのは当然だろう。


 危なかったと言えば五日目の野営中に、兵士の一人が用を足すため、勝手に一人で野営地点から離れてスナジゴクにハマったことぐらいだ。あのときは近くにいた俺とアリアナ、バーバラが駆けつけ、バーバラの浮遊魔法で兵士を脱出させ、アリアナが重力魔法でスナジゴクを倒し、俺が白魔法で兵士を治療して事なきを得た。


「あの砂丘の向こうに魔改造施設があるのね」

「そうだね…」

「何としても全員を救出しましょう」

「ん…」


 調査団はついに目的地まで到着した。

 いやーまじで長い一週間だった。

空房の砂漠の奥深く、魔改造施設のある場所だ。偵察のためにアグナスパーティーが砂丘を越えたところ、真っ白い外壁をした不気味な施設が砂漠の真ん中にぽつんと建っている姿を確認した。


 夜を待ってから救出作戦を実行する運びになった。


 流れとしては、夜になり次第、砂丘の前まで馬車を進めて木魔法下級“樹木の城壁ティンバーウォール”を使用して陣地を作成。その後、「潜入班」と「待機班」に別れて魔改造施設へ侵入し、子ども達を確保した「潜入班」パーティーから順次陣地へと帰還して、救出しきれない場合は魔力の余っている者が魔改造施設へ再度向かう、というものだ。


 仮眠を取って休息した後、周囲は暗くなった。


 馬車が十台一列に並び、兵士が“ウォーター”で桶に出した水をウマラクダが首を突っ込んで美味そうに飲んでいる。


 腹が減っては戦ができない、ということで作戦前の食事が振る舞われた。

 火魔法があるので目立つほどの炊事の煙は立たない。念のため、煙は“ウインド”で散らし、魔物を呼び寄せるような匂いは土系統の消臭魔法で消している。

 

 あースープうめえ~。

 肌寒くなる砂漠の夜に温かいスープは心を落ち着かせるな。


「アリアナ、しっかり食べなさい。長い夜になりそうよ」

「ん、そうだね…」

「体調はどう?」

「ばっちり」

「私もよ」

「エリィちゃんの浄化魔法が今作戦の鍵だ。何かあればすぐ言うんだよ」


 そう言ってスープを持ったアグナスが白い歯を覗かせて笑う。

 アグナスはリーダーシップが取れるから日本で管理職についてもいい人材になりそうだよな。態度に余裕があって機転も利き、部下の人望も厚い。


「ほっほっほっほ、禁止されたあとに飲む酒はうまいのう」


 じいさんは酒が飲めて幸せそうだ。


 俺、アリアナ、アグナス、ポカじい、ジャンジャン、女冒険者三人とアグナスパーティーの三人、合計十一人、土魔法で作った簡易イスとテーブルを囲んでいる。トマト風の野菜たっぷりスープとピッグーの干し肉を水でふやかして炒めた激辛焼肉。アリアナと俺は作ったおにぎりを人数分配って食べた。クチビールは見張りの順番が回ってきたようで、ここにはいない。


「またご飯粒がついてるじゃないの」


 おにぎりを食べているアリアナの口に米粒がついているので取ってあげる。

 保護者か。俺は保護者なのか。


「ありがと…」

「いいえ」


 はにかみ笑い、可愛い。

 保護者でもなんでもいいや。


「二人がいると和むな」

「そうですね」

「アニキもそう思いますか」


 アグナスが可笑しそうに笑い、神官風のクリムトが神妙にうなずいて、背の低いマント姿のドンがにかりと笑顔を作った。


 満天の星空の下で食べる夜食は美味かった。

 地球とはまったく違う正座に彩られた夜空が今にも落ちてきそうな星々を輝かせ、照らされた砂の大地がどこまでも続いて砂丘を作り、ロマンチスト達が求めて止まない幻想的な空間を広げている。


 作戦を前にして変に気負わずにいられるのは、数多の修羅場をくぐり抜けてきたこの冒険者たちが近くにいてくれるからだろう。全員が自然体なので心地いい。


 しばらく物思いに耽りながら、空を見上げた。

 グレイフナーにいるクラリス、バリー、エイミーのこと。新しいデザインを生み出しているジョーとミサ。恋が上手くいっているのか気になるエリザベス。コバシガワ商会のみんな。スルメとガルガイン、ついでに亜麻クソ。心配性のゴールデン家。


 そして日本での出来事がいくつも頭を通り抜けて閃光のように消えていく。できることのなかったプレゼンや、何度も挨拶を交わして数々の名刺を交換した日々。田中は俺が死んで悲しんでいるだろうか。いや、まさかとは思うが、奇跡的に俺の身体がまだ何らかの方法で残っているなら、あいつはそれを見守ってくれるだろう。例えば植物人間になっているとか。


 そんな奇跡ありそうもねえー。


 死んでいることが確定で、火葬されていたら元に戻るのはアウトだろうな。

 いや、どうにかして残骸をこっち呼び寄せて、スーパーでミラクルな白魔法で再生できたりするだろう。つーかできるって思っておかないとまじで精神がおかしくなるぜ。さすがのアイアンハートな天才の俺でも、希望がない状態で生きていくのはいささか厳しい。


 そんで、俺が俺として復活したら、スーパーでウルトラミラクルな何かしらの魔法で日本に移動する。

 やばっ。俺ってばまじでポジティブ。ポジ男。いえーい。


「むっ!」


 思考はポカじいの声で中断された。



 ――ガガガガガガガガッ!



 いきなり、二階建ての建物ぐらいある氷の塊が弾丸のように飛んできて、ポカじいがテーブルの上に飛び乗って右手で受け止めた。ガチャン、という食器が割れる音と共に、土魔法で作られた簡易テーブルが一瞬で壊れ、ポカじいが数メートル地滑りする。


 嫌な摩擦音が鳴り響き、身体強化したらしいポカじいの右手の上で、矢のように鋭くなった氷の塊が踊るように回転し、どんどん溶けていく。


「むん」


 そうポカじいが気合いを入れると、その氷の塊が粉々に砕け散った。


「一体なんなのっ?!」


 慌てて飛び退き、戦闘態勢を取る。


「馬車を引いてここから離れるんじゃ!」


 ポカじいがついぞ見たことのない剣幕で叫んだ。

 そう言われても、理由もわからずにすぐ馬車を発車させられない。


 何が起きてもいいように魔力を練りながら氷が飛んできた上空を見上げると、夜空にローブ姿の男が浮遊魔法で浮かんでいて、その異様な雰囲気に思わず息を飲んだ。



 な……なんだあの男?



 男の顔には全世界からかき集めたような傲慢さが張り付けており、すべてを睥睨する冷たい目を冒険者とジェラの兵士に向けていた。しかし、ほんの数秒で興味を失ったのか、すぐにポカじいへと視線を移した。


 身長が二メートル近くあり、頬がこけているくせに目だけがらんらんと獲物を狙う猛禽類のごとく見開かれ、見る者に恐怖と理不尽な嫌悪を抱かせる。


 地球ではありえない真っ青な髪は腰まで伸びており、髭までもが青い。

 手に金色の二メートルぐらいある禍々しい杖を持っている。


 やばい。絶対にあいつやばい!

 今まであった中で一番強いだろ。

 敵意がむき出しの魔力をビンビン感じる。

 ポカじいの敵?

 さっきからポカじいを睨みつけている。

 つーかどんだけ魔力練ってるんだよ!

 俺でも異常だって分かるほどの魔法を使おうとしてやがる!


 青髪の男は二メートル近い長身を揺らし、ゆっくりとこちらに近づきながら、油断なくポカじいを見つめている。


 年齢は五十代ぐらいだろう。憎しみを魔力に乗せて全身から放ち、肩にはでかいインコみたいな赤い鳥が乗っていた。


 まじ何なんだあいつ!

 つーか絶対に攻撃しようとしてるだろ?!


「ポカじいどういうこと!?」


 ポカじいはこちらを見ると、俺に向かって「あの男、イカレリウスじゃ」と呟き、目で早く逃げろと伝えてくる。


 はあっ!?

 イカレリウス?!

 イカレリウスって、あの、クラリスが何度も言っていた、ポカじいと昔に戦ったことがあるとかいう伝説の魔法使いイカレリウス?!


 正式にはたしか、南の魔導士イカレリウスだっけ?

 肩に乗っているのは、以前ポカじいが見てみろって言ったあの赤い鳥じゃねえか。


 おいおいおいおいどーすんだよまじで!

 向こうさん、戦う気満々じゃねえかよ!


 青髪、青髭の男、イカレリウスは、王者がかしずく配下の脇を通りすぎるように、ゆっくりと砂漠の大地に舞い降りた。そして、杖をおもむろに掲げると、静かな声でこう呟いた。



「“絶対零度の双腕復体アブソリュート・ゲンガー”……」



 突如として男の背中から幾何学模様をした十メートルサイズの魔法陣が二つ現れ、羽のように背中に取り付き、吸い込まれるようにしてイカレリウスの両肩に吸収された。

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