第120話 イケメン砂漠の誘拐調査団・空房の砂漠②
「ふぃ~酒を飲みすぎたわい」
「飲み過ぎたわいじゃないわよ! ポカじいのせいで行軍が止まっちゃったじゃない!」
「ほっほっほっほっほ、愛嬌じゃ、愛嬌」
「お酒禁止! 没収っ!」
「そんなご無体な!」
「スケベな師匠なんて知りません。話しかけないでくださーい」
「アリアナよ、じじいの楽しみを取り上げるのはどうかと思わんか?!」
「私のお尻触った……めっ」
「ぐっ……」
「いい子にしてるならこのお酒の入った袋は返します」
「わかったわい。飲み過ぎただけじゃというのにのぅ…」
「まったくもう。酔っ払った勢いでお尻を触るのは女の子に嫌われるわよ。それに飲み過ぎは身体に悪いし、節度を持って楽しんでちょうだい」
「弟子に説教される日がくるとはのう…。尻、ここにあらず。わしはエリィの今の言葉をしっかり受け止めよう」
調査団は『空房の砂漠』の入り口付近まで来ていたらしく、ちょうどいいからここで野営をしようと荷を下ろして陣地を作っていた。
俺達は魔物の襲撃がないかを見張っており、後ろではひっきりなしに兵士や冒険者が入り乱れて、危険がないかどうかの確認をしながらテントを張ったり食事の準備をしたりしている。地中にサンドワームなんかがいたらおちおち寝ることもできない。全員真剣だ。
「そういえばポカじい。空房の砂漠ってどんなところなの?」
「うむ。生態系が大きく変わった砂漠じゃ。空気は乾き、見渡す限り死んだ大地が広がっている。ごくわずかの水源を巡って生き物が争い、命を糧とする魔物どもが互いを狙って狡猾に生き抜く、危険な場所じゃの」
「ちょっと不安ね」
「不安そうには見えんが?」
「不安は不安よ。でも、どんな場所なのかという興味が大きいわね。前に見た映画…じゃなくて本の内容で砂漠のことを色々と知っているから」
「ほほう。おぬしは本が好きなんじゃのう」
「好きよ」
砂漠の行軍をしているとエピソード7の公開が決まった、全世界で大ヒットSF映画のことをやたらと思い出す。あの映画は最初主人公が砂漠に住んでるんだよな。ああ、フォースを感じる、とかふざけてやってたけど、今はああ、魔力を感じるわ、何てことをガチでやってるからな。ったくとんでもない事になっちまったよな…今更だが。こっちに来てから結構な時間が経っているから、今頃、向こうでは劇場公開してんだろうなぁ。
あ……俺ってば異世界来ちゃったからあの映画の続き見れねえじゃねえか!
ぐおおおお…なんてこった。ちくしょー余計なこと考えるんじゃなかった、まじで。
見てえぇぇ、続き見てええええっ。
「エリィ…?」
アリアナがこてんと首をかしげてこちらを見てくる。
ああ、この異世界に来なければこの狐耳には出逢えなかった。よし、そう考えよう。
もふもふもふもふもふ。
それにどうにか日本に帰る方法を見つければいいだけのことじゃねえか。そうそう。その通り。やっぱ俺ってポジティブだよな。最強のポジティブ男、ここに現る。
その後、ジャンジャン、クチビール、アグナスのパーティーと女冒険者三人、ポカじい、アリアナで輪になって食事をしたあとに寝た。
俺は回復魔法が使えること、アリアナは貴重な黒魔法使いということで、いざというときのために夜の見張りは免除されている。何かね、みんながすごく優しいんだよね。ほんとグレイフナーにいたときとは違う居心地のよさを感じる。俺とアリアナが可愛いからというちょっとした下心、というか庇護欲のようなものも理由に少しありつつも、それ以上に魔法や努力が評価されているんだよな。アリアナなんていつも魔法の練習してるし。俺もポカじいと必ず一日一時間は十二元素拳の稽古しているし。そういうところもみんな見てくれているんだろう。
その夜は何も起きなかった。
深夜三時頃にデザートコヨーテが食事の匂いにつられて三百メートル付近でうろうろしていたらしいが、人間の集団を見て襲ってくるわけもなく何もしてこなかった。
○
行軍三日目。
空房の砂漠に入ると、周囲の空気が一変した。
今までの砂漠が過ごしやすかったかと聞かれれば、そんなことはない、と全員が口を揃えて否定するだろう。とにかく暑いし、地面は砂で歩きづらいし、馬車が何度も車輪を砂に取られるし、普通の旅とは全くちがう。
だがこの『空房の砂漠』は空気が淀み、実に居心地が悪い。
吹きすさぶ風が死の予感を運び、カチカチに固まった植物の育たない大地が灰褐色をむき出しにして、ところどころに砂丘が広がったかと思うと、突如として不気味な背の低い樹木が老人のような皮膚を日に照らして現れる。
乾燥した大地と移動する砂がこの『空房の砂漠』の特徴だった。
一日経てば景色は様相を変え、足を踏み入れた者を混乱させる。順路の通り進むには一キロ先まで見通せる木魔法“
アグナスのパーティーメンバー、裂刺のトマホークが木魔法“
そう思ったら、すぐにトマホークが片手を上げ、先頭のアグナスが大声を張り上げた。
「止まれ! 前方で巨大砂漠ヒルとゲドスライムが戦っている」
ゲドスライムって行軍中にみんなが散々「出会いたくない」って言ってた魔物か。
原型がないゼリー状で半透明の灰色をした砂漠でもっとも忌み嫌われる魔物で、その性質は凶暴で残忍、見たものをすべて飲み込んで重みで破壊し、血肉を溶解させて養分にする。常に飢餓と憎悪をまき散らし、核が小指ほどしかないため倒すことが非常に難しい。
「どれどれ」
アグナスの隣まで行って、両目に身体強化をかけて前方へと目をこらすと、砂埃が上がっている様子が見える。
かなり距離があるので、姿形までは確認ができず、それがはっきりと見えているターバン姿のトマホークは眉間に皺を寄せて嫌悪感をあらわにしていた。
「旦那。あのゲドスライム、かなりでかいです」
「らしいな…。砂漠ヒルが飲み込まれたな」
「迂回するか、あいつの姿が消えるまで待ったほうがいいでしょう」
「ああ、そうしよう」
アグナスの指示で、小休止の指示が出る。
ゲドスライムの進路によってはすぐに行動する必要があるため、装備は解かない簡単な休憩だ。こちらに向かってきたら、馬車があり逃げるのは難しいため、戦うしかない。
「ゲドスライムがこちらに向かってきた場合は全員でありったけの魔法を撃ち込んでくれ。時間を稼いでいる間に僕が炎魔法上級の詠唱を完成させ、奴に撃ち込む。いいな」
冒険者と兵士が「おう!」と返事をした。
小さい個体ならいざ知らず、あれほど巨大なゲドスライムに生半可な魔法を放ったところで威力が吸収されてすぐに再生してしまうため、強力な炎魔法で一気に焼き払うしかない。
全員が水を飲んで杖の点検をしつつ、緊張した面持ちで休息する。
暑さと緊張から、変な汗が額から流れる。
トマホークがじっと同じ方向を見ているので、嫌が応にもそちらへと目線がいってしまい、ポカじいへと視線をずらした。
「ゲドスライムってそんなに危険なの?」
「あの大きさじゃとAランク指定される魔物じゃな。中途半端な魔法では倒せぬ」
「落雷魔法なら倒せるかしら?」
「そうじゃのう…エリィのオリジナル魔法“
「わかったわ。いちおう私も万が一ってことを頭に入れておくわ」
「うむ。あまり人前で使ってよい魔法ではないが、おぬしの判断であればわしは構わぬ。この連中であれば、おぬしが落雷魔法を使えると知っても、むやみやたらに吹聴することもなかろうて」
「そうね」
「その前にわしが倒してやる。安心せい」
「ありがとう。でも、どうしようもないときだけね。なるべく自分でやってみたいの」
「わかっておる」
アリアナの狐耳をもふもふして緊張を解き、事の成り行きを待つ。
ゲドスライムが近くにいる、そう思うとさすがの冒険者も不安になるらしく、バーバラと女戦士、女盗賊がこちらにやってきて、自然と輪になった。
「あの気味の悪いブヨブヨした魔物、私はもう見たくないよ」
バーバラが思い出すだけで気分が悪くなるのか、ぶるりと身を震わせた。
「目も、口も、鼻も、手も足もなくて、ただ見つけた生き物を食らう魔物なんてこの世にいていいとは思えない。おぞましくて醜悪な生物なのよ、アレは」
しばらくバーバラが初めて見たゲドスライムをどうやって倒したのか、という話に耳を傾けた。
二年前、商人の馬車を護衛していたら三メートルほどのゲドスライムが突然現れて、ウマラクダが飲み込まれた。そのとき、ブサイクなウマラクダが悲しそうな瞳でゼリー状のゲドスライムの中で溺れながら、顔や身体を消化されていく陰惨な光景を見て、バーバラはしばらくシチューが食べられなくなったらしい。
運が悪かったことに、安全な道だったためバーバラ以外の冒険者や戦闘ができる魔法使いは護衛におらず、しかも彼女は火魔法が苦手で下級の“ファイア”しか唱えられない。彼女が得意な風魔法と空魔法はゲドスライムにはあまり相性がよくなく、“エアハンマー”などでぶっ飛ばしても、不定形の身体が風の勢いを相殺してしまう。上手く身体を分断させても勝手に集まって復活するのでたちが悪い。
そのときはバーバラが囮になり、商品として輸送していた鳥肉の中に燃料として使われる火鉱石を入れてゲドスライムに食わせ、商人達が捨て身でたいまつを放り込んでようやく倒したそうだ。幸い死人はでなかったが、全員の心には言いようのないべとべとしたような胸のむかつきが残って、忘れられない記憶になった、とバーバラは話をまとめて肩をすくめた。
そうこうしているうちにトマホークが何事かをアグナスに話し、安堵したようにうなずいた。
「ゲドスライムは我々の視界から消えた。奴の移動速度はそこまで速くない。このまま進めば方向転換したとしても追いつかれることはないだろう。出発するぞ」
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