第122話 砂漠の賢者と南の魔導士①
「むっ!」
ポカホンタスは咄嗟に飛び出して右手を開いて上空へと突き出した。
休憩中の簡易テーブルに飛び乗ったせいで食べかけの食事が砂まみれになり、エリィやアリアナ、メンバーが批難めいた目を向けようとしたところ、全員瞬時に息を飲んだ。
二階建てほどある円錐状の氷塊が、目に見えぬほどの勢いで回転しながら落ちてきた。銃弾レベルの初速で飛んできた氷塊は、クラッカーのような形をしており、鋭い先端が明らかな殺意をもって殺到した。
ポカホンタスは瞬時にその魔法が、氷魔法中級“
ガガガガガ、という耳障りな音と、ギィィィィィン、という鉄板を電ノコで削るような音が響き、氷塊がポカホンタスの右手を貫こうとする。みるみるうちに身体強化した右手との摩擦で“
「むん」
ポカホンタスが気合いを入れて右手を握り込むと、“
「一体なんなのっ?!」
エリィが可愛らしい声を上げ、金髪のツインテールをなびかせながらすぐさま戦闘態勢を取る。
弟子の何事にも怖がらない胆力に、ポカホンタスは師として満足感を憶えたが、ここであれこれと指導をしている時間はない。予想通りであれば最悪の敵だ。そしてその予想は外れないだろう。魔法の練度、正確さ、強さ、すべてを鑑みるに、相手は間違いなく“あやつ”だ、とポカホンタスは心の中で独りごちる。そして上空にいる人物を視認し、思わず舌打ちしたい気分になった。
「馬車を引いてここから離れるんじゃ!」
ついぞ聞いたことのないような大声で、ポカホンタスが調査団へ指示を飛ばした。
「ポカじいどういうこと!?」
「あの男、イカレリウスじゃ」
ポカホンタスのまさかのつぶやきに驚き、エリィが再度疑問を投げようとしたときだった。
上空から男がゆっくりと近づいてきた。
ローブ姿の男は異様な殺気を放っており、見た瞬間に冒険者とジェラの兵士達を萎縮させるほどだった。肩にコンゴウインコのような赤い鳥を乗せ、真っ青な長髪を腰まで伸ばし、口ひげが胸のあたりまで伸びている。二メートルはある金色の杖を片手で持っており、顔には頑固そうな鷲鼻が存分に存在感を主張し、怜悧さを伺わせる切れ長の双眸が憎悪を渦巻かせながらポカホンタスへと向けられていた。精緻な金の刺繍が施された紺色のローブは、子どもが見ても高価でありおそろしく貴重な物だと思わせる。
青髪、青髭の男は五十代前半に見えるが、頬がこけていることと眼光があまりに鋭いせいで、もう少し歳を食っているように見えた。しかし二メートル近い身長のせいで威厳はまったく衰えず、無邪気な町人が見たら、泣きながら逃げ出すほどの恐怖と戦慄をその身に纏わせていた。
青髭の男はふわりと砂漠に降り立つと、おもむろに杖を掲げ、静かにつぶやいた。
「“
ありえないほどの魔力の波動が周囲に放たれる。突如として男の背中には直径十メートルほどの幾何学模様をした魔法陣が二つ対になって出現し、背中の中心付近へと収束していく。
すると、氷が砕ける音が甲高く響き、巨大な昆虫が紛れ込んだのかと疑うほど背中が蠢くと、男のローブを突き破って氷で作られた二本の腕が出現し、だらりと垂れた。
氷の双腕は、太く、いかつく、青髪の男よりも一・五倍ほど長い。
「超級……魔法っ?!」
ジェラ一の冒険者アグナスが恐怖に顔を引き攣らせ、一歩後ずさった。
青髭の男は“
超級魔法。世界でも使用できる魔法使いは二人しか確認されておらず、詠唱時間は一時間前後、というのが常識であった。いや、そもそも超級魔法事態が非常識な存在だ。白魔法の超級“神秘の光”は過去、死者を蘇らすことにも成功した例があり、炎魔法の超級“ボルケーノ”は火山が噴火したほどの火力で周囲を燃やし尽くし、氷魔法の超級“アブソリュートデュオ”は周囲の気温を絶対零度まで引き下げる。
もはや超級魔法には魔法の域を超えた、いうならば“天災”や“超常現象”といったレベルの破壊力や効果があった。
青髭の男が発動させた“
アグナスは今までの経験から、超級魔法をわずか一分足らずで唱えたことへの畏怖と、にわかには信じがたい現実に直面し、普段の彼ならば絶対にしないような行動、一歩下がる、という行為に及んだ。しかも魔法の効力が不明だ。“アブソリュート”という言葉と、桁違いの魔力で超級と判断したものの、氷の腕が肩から生えてくる魔法など今まで聞いたことがない。
それでもエリィとアリアナを守るように、二人の前へ移動したことは、さすが凄腕A級冒険者といえる。
男が、にぃ、と口角を上げて笑うと、不気味さが増して敵意がむき出しになり、見た者に絶望が伝播した。
「ようやく貴様のねぐらを見つけたぞ…」
そう囁くように声を出すと、男はゆらりと一歩近づいた。
肩にとまっているコンゴウインコに似た赤い鳥が、ぎゃあと一鳴きし、青髪の魔法使いは可笑しくてたまらない、といった表情で頬をひくつかせながら金色の杖を砂の地面へと突き刺した。
「ポカホンタス……!」
探し続けていた親の仇をようやく見つけたかのように、狂気の笑みを浮かべ、男は杖をポカホンタスへと傾けた。
「貴様を殺し、小汚い貴様の家の結界を破壊する」
その言葉にこの場にいた百名近い人間が息を飲んだ。
ポカホンタス、という伝説上の魔法使いの言葉を聞いて体が固まり、エリィの師匠であるスケベじじいがそれにあたるなど、すぐに納得ができない。さらに、目の前でアグナスが顔を青くし、超級魔法とつぶやいたことが全員の思考を止めた。
だが当の本人であるポカホンタスは涼しげな顔で、幾分か険のある声色を作って異常な魔法使いに向かって声をかけた。
「おぬしは本当にいつも間が悪いのぅ、イカレリウス」
「………?」
「イカレリウス…?」
アリアナとアグナスが現実に起きていることが理解できずに思わず疑問の声を上げる。
周囲の面々も、またしても口にされた伝説上の魔法使いの『南の魔導士イカレリウス』の名前を聞き、もはや意味がわからない、といった呆けた顔になった。
ポカホンタスの言葉に、イカレリウスと言われた青髪の魔法使いは、機嫌の良さそうだった顔を嫌悪で満たした。
「ほざけじじい。こそこそと隠れ、俺を恐れていたのだろう」
「おぬし、面倒くさいからのう」
まるで近所に住む面倒くさい知人へ小言をいうように返答をしつつ、ポカホンタスは抜け目なく木魔法中級“
エリィ、アリアナ、アグナス、その他の冒険者は「イカレリウス」という言葉を状況からようやく己に納得させたが、超級魔法によって出現した双腕に釘づけになった。存在しているだけで胸の内をかき混ぜられるような、不快な波動を感じる。
「ポカホンタス……イカレリウス……」
メンバーの中で唯一正気を保っているアグナス、エリィ、アリアナがポカホンタスへ目を向ける。しかし彼らの表情には余裕がない。声を上げたアグナスは、自分の声が若干震えていることにも気づいていない。
「貴様の仲間か…」
イカレリウス、と呼ばれた青髭の男はつまらなそうに一瞥すると、エリィとアリアナに向かって杖を振りあげる。
氷魔法中級“
「――ッ!!」
「……?!」
出現スピードがあまりに早すぎ、氷弾を目で追い切れない。
追加して、これほどの威力の魔法を、殺意を持って撃たれたことがなく、二人は身を強ばらせた。
それを見逃すポカホンタスではない。
靴底に力を込めて飛び出すと、疾風のように二人の前へ飛び込み、勢いのまま右足の蹴りで“
砂漠にまったく似つかわしくない氷の粒が、バラバラと砂の上へと落ちていく。
「余程大切なようだな」
酷薄な笑みを浮かべると、イカレリウスは杖を振りあげ、氷魔法中級“
エリィ、アリアナ、アグナスに一軒家二階建てほどある円錐状の“
命の危険を感じ、調査団はすぐさま迎撃しようと杖を引き抜く。
だが、遅い。
いや、イカレリウスの魔法の発動が速すぎるのだ。
調査団の中でかろうじて反応できたのはアグナスと、伝説の魔法使いであるポカホンタスと普段から行動を共にし、敵の強大さを把握できたエリィ、アリアナだ。
「フレアキャノン!」
「
「
アグナスの放った炎魔法中級、基礎魔法“フレアキャノン”が“
ポカホンタスはイカレリウスが魔法を唱えてすぐに、今にも凶悪な氷の牙を閉じようとしている“
「“
上位中級に限界近くまで魔力を練り込んだ、強烈な爆発魔法が上空三十メートル四方に展開される。耳をつんざく破裂音と共に、氷が爆発四散して地面へと落ち、氷粒がキラキラと周囲に散った。
馬車を引いていたウマラクダが突然の爆発音にいななき、辺りは一気に騒然とした空気になった。
「落雷魔法だと……!?」
イカレリウスは自身の魔法が相殺されたことには驚かず、落雷魔法が行使されたことに心底驚愕し、怜悧な目でエリィを刺すように見つめる。そして、間髪入れずに哄笑を始めた。
「はっはっはっはっはっはっはっはっ! そういうことか! そういうことなのか、ポカホンタス! 予定は変更だ! 貴様を殺し、その娘は頂いていく!」
「エリィ、アリアナ、あのバカはわしがヤる。おぬし達は動かせる馬車を移動させ、一刻も早く魔改造施設へいけい」
「ふん、そう簡単に――」
可愛らしい弟子二人を一瞥すると、ポカホンタスはゆらりと一歩右足を踏み出し、エリィ達の前から姿を消した。
―――!!!?
身体強化“上の中”で地面を蹴ると同時に、空魔法中級“
砂を盛大に後方へ吹き飛ばしつつポカホンタスがジェット機のような急発進でイカレリウスの眼前に突如として現れ、精練された拳打を放った。
「打ッッ!!!!」
スケベなじいさんが放てるとは思えないミサイル級の拳打。
イカレリウスは氷魔法中級、防御特化魔法“
―――ガッ!!!
ポカホンタスの拳が二重展開された“
「………はっ??」
「な、何が起きた……?!」
「わからない……」
「あのじいさんが…砂漠の賢者っ…?!」
後方へすっ飛んだイカレリウスと、拳を突きだして残心を取っているポカホンタスを交互に見やり、一同は驚嘆の声を上げる。
「一刻もこの場から離れるんじゃ! 巻き添えを食うぞぃ!」
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