第119話 イケメン砂漠の誘拐調査団・空房の砂漠①


 暑い。

 とにかく暑い。

 照りつける太陽が容赦なくすべてを熱し、延々と続く灰褐色の荒涼とした大地が熱で揺らいで陽炎のように通りすぎていく。調査団は馬車を引きながら黙々と行軍進路を進み、ただひたすら砂の大地を靴底で踏みしめる。


 露出の高い服だと確実に熱中症になって日焼けするので、通気性のいいギャザースカートを履いてヴェールを頭に巻き、直射日光を浴びないようにしている。隣にいるアリアナは歩きながら黒魔法“重力軽減グラビティリリーフ”を自分と俺にかけて、魔法の発動練習をし、喉が渇くと袖を引いてくる。


「エリィ…いい?」

「いいわよ。“ウォーター”」


 魔法を唱えて場所を指定すると、バレーボールぐらいの水球がアリアナの前に現れた。彼女は空中に浮いたままの水球をよけずに顔を近づけて、こくこくと小さい口で水を飲み、満足するとそのまま頭を水球の中へといれた。


 そこで魔法を解くと、水球が引力に引かれて真下に落ちる。


「冷たくて気持ちいい…」


 上半身が常温より少し冷たい水に濡らされ、気持ちよさそうに目を細める。狐耳が水を弾いてぴくぴくと前後に動いた。耳と尻尾は完全に動物の動きと同じだよな。


「そういえばどうして自分で“ウォーター”を唱えないの?」

「……ダメ?」


 とてつもなく悲しい顔して狐耳をへにょんと萎れさせ、アリアナが上目遣いでこちらを見てきた。


 あ、なんかごめん。そういう意味で言ったんじゃないんだ。

 そんな顔されるとお兄さん胸が苦しいっ。


「そうじゃなくてね、アリアナも“ウォーター”は使えるじゃない? 私に頼むより自分でやったほうが早いと思って」

「エリィの“ウォーター”のほうが…味が甘い………気がする」

「あらそう?」

「うん。そんな気がする…」

「違うわよね~。アリアナちゃんはエリィちゃんにやってもらいたんだよね~?」


 そう言って俺とアリアナの間に入ってきたのは、試験6位で722点の実力を持つ踊り子風の女性『撃踏のバーバラ』だ。彼女は砂漠の女性らしい褐色の肌に白い歯を覗かせ、切れ長な目をいたずらに細めて笑っている。どうやらアリアナが好きらしく、かまいたくて仕方ないみたいだ。


 歳は二十一歳って言ってたから地球だと大学生だな。妙に大人っぽいのはやっぱ修羅場をくぐり抜けてきていることと、婚期が早い異世界のせいだろう。魔物の危険があるこの世界では死亡率が高く、早くに結婚して子どもを残す文化が根付いている。


 聞いたら、バーバラは結婚していないそうだ。冒険者になる女性は婚期を逃すパターンが往々にしてあるのよ、とやけっぱち気味に言った。


「ほ、本当にエリィの“ウォーター”は甘いから。だから…」

「いいのよアリアナちゃん。頼むときはちゃんと『エリィにやって欲しいから“ウォーター”を唱えてくれないかな?』ってはっきり言いなさい。ほら、できるでしょ。せーの、はい」

「………………むぅ」

「むう?」

「できない…」

「できない? なるほどなるほど。そう言うってことは、エリィちゃんに“ウォーター”をして欲しいだけなのよね?」

「……!」

「ああーやっぱりそうなんじゃない。甘い“ウォーター”があるなんて聞いたことがないもの!」


 アリアナは歩くことをやめて、恥ずかしいのかぷるぷると下を向いて小刻みに震えている。行軍の足は止まらないので、彼女の姿が後ろへと流れていく。


「バーバラ、あまりアリアナをいじめないでちょうだい」

「だってえ~可愛いんですもの」

「それはすごくわかるけど、あまりいじめちゃ拗ねて口を聞いてくれなくなるわよ?」

「んん~それはイヤね」

「でしょう?」

「でもっ! 私あんなに可愛い狐人の女の子に会ったことがないわ!」


 胸を抱くようにしてバーバラが身もだえすると、他の女性冒険者の二人が近づいてきて神妙にうなずいた。


 一人は盗賊風の女性で、ヴェールの下に投げナイフや棒手裏剣を専用のホルスターに数え切れないほど刺し、帯のように腰に巻き付けている。頭に巻いたターバンにもナイフが仕込んであるらしい。うん、普通にこええよ。ランクはC、点数は543点なのでジャンジャンよりちょい強いって感じだな。


 もう一人は戦士風の女性で身長が百九十センチほどあり、よく日に焼けている。茶髪をポニーテールにしていて、パッと見は女性サーファーみたいな活発で爽やかな印象だ。身体強化が得意なのか、この世界では珍しい両手剣を腰に差していて、よく手入れのされたシルバープレートを胸につけている。ランクは同じくC、点数は598点だ。


「私はエリィちゃん派だ」

「あっしは二人とも可愛いと思う」


 そう言って三人は歩きながら固まってわいわいと意見交換をはじめた。なんだか気まずい。エリィが反応して顔が熱くなってきたので身体強化“下の上”をかけて、まだぷるぷるしているアリアナところまで走り、抱きかかえて行軍の列へと戻った。地面を蹴ったときに上がった砂埃が気に食わなかったのか、馬車を引いているブサイクなウマラクダが、ぶひんと批難めいたいななきをしてこちらを見てくる。


「あらごめんなさい。馬車を引いてくれてありがとうね」


 そう言って優しく撫でて、軽く“治癒ヒール”を唱えてやると、ウマラクダはすっかり気分が良くなり、軽快な足取りに戻る。非常に分かりやすい奴だ。


「動物も美人に褒められると嬉しいんだよ」


 御者をしているジャンジャンが、御者席から笑って顔を出してきた。


「お世辞を言っても何も出ないわよ」

「本当のことさ」

「ありがとう」

「どういたしまして」

「コゼットに伝えるわね」

「ちょ、ちょっとエリィちゃん? 最近そうやって俺をいじめるよね」

「あらごめんなさい」


 ジャンジャンは誠実なあまりついからかいたくなるんだよな。これはしょうがないことだ。


「エリィちゃんは将来魔性の女になりそうね…」

「いやいや、すでにほとんどの男が陥落しているぞ」

「あっしもそう思う」


 バーバラ、女盗賊、女戦士の三人がこっちを見て楽しそうにしている。


 アリアナを元気づけてから地面に下ろし、いたずらのつもりでサイズが大きくて勢いが超弱い“ウォーターボール”を三人におみまいした。

 バシャアンという音と共に、女冒険者の三人が濡れ鼠になる。


「きゃあ! エリィちゃん何するの! 涼しくてすごく気持ちいいけど!」

「これは涼しい」

「もう一回やってほしい!」


 三人は突然食らった“ウォーターボール”にも動じず、むしろ喜んでいる。


 …にしてもまじで暑すぎるな。

 今濡れた地面がすぐに水分を吸い込んで一瞬で乾いてやがる。

 暑いし俺も水浴びしておくか。どうせすぐ乾くし。


「じゃあみんなで。アリアナも一緒にやりましょ」

「うん」

「“ウォーターボール”水浴びバージョン!」


 五人を包み込むように“ウォーターボール”を出現させ、しかもうまいこと空中に漂わせる。アリアナの顔が出るくらいの高さに調整し、地面にくっつかないようにすれば“ウォーターボール”水浴びバージョンの完成だ。魔力を結構使うが、そのまま空中に維持し、進行方向へと水球を動かせば水に入ったまま移動できる。


 アリアナは水球の中でくるくる周りながら歩き、バーバラが「ああー生き返る~」と言って恍惚とし、女盗賊は「ナイフが濡れる。だがそれもよし」とうなずいて、女戦士は「あっしは潜る」と宣言して高い背を猫背にし、頭から“ウォーターボール”に入って腕だけを平泳ぎの動きにして進む。


 この調査団で女は俺達五人だけだ。アグナスの計らいで、女性陣でパーティーを組んでいる。まあなんだかんだ結構パーティーのバランスもいいしな。


 バーバラと女戦士が前衛、アリアナと女盗賊が中衛、俺が回復役で後衛、という配置だ。Bランクのバーバラとアリアナがいるので、調査団の中でも強力なパーティーの一つに数えられている。


 ちょっと魔力息切れしそうだったので、“ウォーターボール”水浴びバージョンを解除した。

ああー気持ちいいー。水から出るとまじで暑いーっ。


 ちなみに魔法は維持し続けると、持久走のように息切れを起こす。下位中級の“ウォーターボール”なら三十分ぐらいの維持が可能だが、“落雷サンダーボルト”などの強力な魔法はすぐ息切れする。ポカじいなら“ウォーターボール”を一日中浮かせていることができるだろうな。


 それにしてもね……まじで周囲の男共の視線がすごい。

 ちらちらと何度もこっちを見てにやけている。


 まあね、俺も男だからよくわかるよ。水浴びして服がぴっちりくっついている胸とか腰とか尻、男だったら絶対に見ちまうよな。しかもエリィは超絶美少女、アリアナは宇宙崩壊レベルの可愛さ、イイ女のバーバラ、ミステリアスな色気の女盗賊、とにかく巨乳な女戦士の五人だ。見ているほうはウッハウハのウッキウキで、心の中でターザンみたいに腰ミノ一枚の姿でイヤッホォォォウと叫び、ぶんぶんタオルを振り回してそのまま飛んできたボールを打ち返してヘッドスライディングでランニングホームラン、って感じだろう。いや、相変わらず自分で言ってて意味わかんねえな。やっぱり、俺、天才。


「ひゃっ!」

「どうしたの?」


 バーバラが急に尻を押さえて飛び上がった。


「いま誰か私のお尻触った?」

「さわってないわよ」


 四人全員で首を横に振る。


「撫でるようにしてお尻を触られたわ」

「バーバラは油断しているからそういうことになるのだ。私のように用意周到にナイフをこうやって全身に――きゃあ!」


 今度は女盗賊が飛び上がった。


「い、いま誰かが私のお尻をまるで採寸するように丁寧に触った」

「うそでしょう?」

「本当だ」

「二人ともだらしないなぁ。あっしみたいに常にこうやって周囲へと気を配っていれば尻を触られることなんてないぴゃあ!」


 次に女戦士が尻を押さえて飛び上がり、咄嗟に両手剣を引き抜いて構えた。


「い、いまあっしの尻を、鍋の縁をなぞるようにして触った奴は誰だ?!」

「……」

「……」


 俺とアリアナはお互い顔を見合わせて黙ってうなずき、馬車の縁に腰をかけてわざとらしく口笛を吹きながら酒を飲んでいるポカじいを見た。そりゃもうじいっと穴が開くほどに見た。目で相手を殺せるほどに見た。


 ただ、そこはさすが百戦錬磨の尻じじいだ。何食わぬ顔が板についてやがる。


「ポ・カ・じ・い」

「なんじゃ。可愛い弟子よ」

「ポ・カ・じ・い?」

「なんじゃエリィ。稽古をつける時間かのう?」

「ポ・カ・じ・いっ?」

「な、なんじゃい」

「ポカじいっ!!!」

「いかん!」


 尻じじいを捕まえようと身体強化をし、地面を蹴って座っている馬車まで一気に駆け寄った。が、おしおきを恐れたじいさんは大人げないスピードで馬車から一瞬で離れ、何食わぬ顔で酒をあおった。


「人様のお尻を触るなんて最低だわっ!」

「濡れ衣じゃ。いや、濡れ尻じゃ」

「ギルティ…」

「三人とも! お尻を触ったのはこのじいさんよ!」


 俺の言葉を聞いて、三人は魔物と遭遇したときと同じフォーメーションでポカじいに迫った。


浮遊レビテーション

「だりゃっ!」

「シッ」


 バーバラが杖を出して浮遊魔法を唱えて空中へと上っていき、前衛の女戦士が豪快に剣を振って、女盗賊が投げナイフを身体強化した腕でぶん投げる。


 バーバラの戦法はかなり面白く、浮遊魔法で空中へ限界まで上がり、落下の速度を加えて相手を踏みつける、というものだ。“撃踏”の二つ名がぴったりの戦い方だ。

 女剣士は両手剣の腹でポカじいをぶん殴ろうとしている。身体強化“下の上”まで強化されているので、かなりの剣撃スピードだ。

 女盗賊は容赦なく足を狙ってナイフを投げた。


 ポカじいはおどけたような口調で一歩前に足を踏み出すと、身体を捻って剣とナイフをかわし、俺達の周囲を回り始めた。光魔法中級“幻光迷彩ミラージュフェイク”と身体強化を駆使しているせいでじいさんが十人いるように見える。


「そんなに高く浮遊すると危ないぞい」


 そう軽く言って、ポカじいはバーバラに向かって“重力グラビトン”を一点集中させた。

 モーターの起動音みたいな不気味な音色を響かせ、黒いひずみがバーバラの足元に現れて、彼女は重りを足につけられた鳥のようにゆっくりと地面に落ちてきた。


「何なのこのじいさんは!」

「剣が当たらない?!」

「ちぃッ」

「私とアリアナの師匠なんだけどね……すごくスケベなの…」

「えっちぃのは…めっ」

「ほっほっほっほっほ、授業料じゃよ。さあ、イイ尻を持つおなごらよ、わしを捕まえてみぃ」


 気持ちよく自分が犯人だと認めたポカじいのスピードがさらに上がる。

 先手必勝とバーバラが身体強化してポカじいに突撃し、女戦士が勘で剣を振り、女盗賊は容赦なくまきびしを地面にばらまいた。


 しかしポカじいはバーバラと女戦士の尻をぺろんと触って軽くあしらい、まきびしは身体強化で踏みつけても痛くないように調整しているのか、平気で踏んづけている。


「きゃあ!」

「あっ…!」


 ポカじいは結構酔っているのか、こともあろうに俺とアリアナの尻も撫でた。

 エリィの尻はこれ以上触らせねえぞ。アリアナの尻尾付きの尻もそうだ。


「アリアナ」

「ん……」


 一言だけ言うと、すべての意図を汲んだアリアナがゆっくりした足取りで一歩だけ前に出て、両手をげんこつにして顎の下に持ってきて、ぷくっと頬を膨らませた。


「“トキメキ”…!」


 新魔法“トキメキ”が見る者を魅了してほとばしり、瞬間最大トキメキ風速一億トキメートルを記録した。


『う゛っ!!!!!!!!!!!』


 アリアナを視界に捕らえていた、ポカじい、俺、バーバラ、女戦士、女盗賊、ジャンジャン、ウマラクダ、兵士十五人、冒険者五人が、心臓を押さえて地面にうずくまった。

 後列の行軍が急に停止したので、何事かと前方のグループがこちらに注目する。


 この魔法やべええええ。


 ライブ会場の特設モニターみたいにアリアナの顔が広がって、ハートマークが視界を覆うようにしてチカチカ明滅したかと思ったら、幸せな気持ちと一緒に心臓が握りつぶされる。


 あかん。これは禁魔法だ。恐ろしい…。

 てか見てたやつ全員うずくまってるし、ウマラクダ二頭も器用に前足で心臓押さえて倒れてるし、すげえ威力だ。パワーでいったら“トキメキ”は黒魔法中級レベルだからな。


「スケベ捕まえた」


 対象者を釘付けにする効力は平均して五秒ぐらいだ。ポーズの決まり具合がいいと、トキメキの力が上昇するらしい。俺は最大で十五秒動けなくなったことがある。

 アリアナは身体強化で瞬時にポカじいの後ろへ回り込み、右腕をしっかりと握った。


「な、なんじゃ今の魔法は?!」

「秘密」

「このわしともあろう者が! しもうたわぃ!」

「スケベぇぇぇ!!」

「くらえっ!」

「シッ」


 “トキメキ”から開放されたバーバラが浮遊魔法で上昇して落下し、ポカじいを思い切り右足で踏みつけ、女戦士が強烈なビンタを食らわし、女盗賊が鼻に激辛香辛料を突っ込んだ。


「ほっほっほっほっほ…ごほっごほっ。効かぬのぅ」


 砂に半分埋まって、顔にビンタのモミジを作り、鼻に真っ赤な香辛料をつっこんだままポカじいが偉そうに言った。アリアナがこちらを見てうなずいたので、ゆっくりとポカじいに近づく。


「ポカじい。他の人に迷惑かけちゃダメじゃない」

「そうじゃのう、反省しとるよ」

「あら、じゃあどうして右手が私のお尻を触っているのかしら」

「それは、尻がそこにあるからじゃ。尻・フォー・オール。オール・フォー・尻」

「全然意味がわからないわ」

「なぜじゃ! 尻は人類が生まれた場所であり気高き部位っ。そこに思いを馳せぬ男なぞ所詮まがい物じゃとわしは思うのじゃ。尻こそが命。命の尻。尻がすべて。すべてが尻。尻の名の下に我らは集いし使者であると共に、アヴァンギャルドに尻イズムを貫いた者こそが新の英雄と言えるのじゃ」

「………」

「尻を愛でし者こそが真の魔法使いでありアヴァババババババババババババババババババババババババババババッバババババババンギャルドッ!!!!」 


 スケベじじいが超強風で揺れる旗のように“電打エレキトリック”で痙攣して黒こげになり、ふらふらと上空を飛んでいた全長三メートルある温厚なデザートゲルゲル鳥に鷲づかみされて、空中に持ち上げられた。ばっさばっさという羽音が鳴り、大空高く舞い上がってどこかへと消えていった。


「スケベ、ダメ、絶対」

「………めっ」


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