第117話 イケメン砂漠の誘拐調査団・出発③
「集まったみたいだね」
そう言って爽やかな笑顔を周囲にまきつつ、スイングドアからアグナスと、パーティーメンバーが出てきた。
「さあこれから盗賊狩りだ。五年前の誘拐事件を解決するときがきたぞ。馬車とジェラの兵士は北門に集合している――僕たちも行こう」
まるで気負っていないアグナスは非常に頼りになるように見える。
冒険者たちは「応っ!」と漢字で書きたくなるような野太い声を上げて返事をし、パーティーごとに分かれ北門へ向かった。当然、俺とアリアナ、ポカじいも流れに乗って進む。
ときおり朝日が鎧に反射して目に刺さり、がちゃがちゃと金属の擦れる音が六十人分響く。よく見れば俺とアリアナが一番の軽装だ。
無杖ってことに冒険者たちはびっくりし、そして服装にも驚いていた。そんなぴらぴらの服で大丈夫、と何人にも声をかけられたな。いや、逆に聞くけど、レザーアーマーとかプレートアーマーでカンフーできると思うかね。それにアリアナは新魔法“
今日も……可愛いな、ちくしょう。もふもふもふもふ。
「どうしたの急に…?」
「いえ、何でもないわ。ただアリアナは可愛いなと思ってね」
「ん……」
「あら照れてるの?」
「……………うん」
もう一度、狐耳を触って癒されておく。
こっちの世界に来て、しかも女になって正気を保っていられるのは、アリアナの狐耳のおかげな気がしてならない。
それにしても、オシャレで防御力が高い服、というのは今後ずっとついて回ってくる課題になりそうだな。俺はオシャレで尚且つカンフーに支障がなく、コバシガワ商会で売れる服。アリアナは可愛くて防御力が高い服。
とりあえずこの作戦が終わったら、デニムの加工流通に向けて動かないと。グレイフナーに戻ったら、新素材捜索隊のような、新しい可能性を秘めた生地を開発する部門をコバシガワ商会で設立したい。
○
誘拐調査団は馬車十台、人間約百人という大所帯で北へ北へと進んで行く。
ジェラから旧街道へと繋がる『サボッテン街道』という怠け者っぽい名前の街道があり、砂漠の荒野を何年もかけて踏み固めたのであろう道が真っ直ぐ延々と思える距離で伸びていた。前方を見れば陽炎でゆらゆらと道が揺れ、たまに現れるサボテンがおかしな飴細工のように妙な方向に折れて重なり合っている。
初日はあらかじめ予約してあったらしい『バラドール』という宿場町で宿を取った。この町はなんとか無理をして進めば半日でジェラへ行ける距離にあるので、宿場としては好条件とはいえない場所にある。利用者はジェラから北へ向かう旅人や商人が多い。
百人の団体が一泊してくれるだけでもかなりの収入になるらしく、歓迎ムードだった。
「親愛なる貴方へ贈る、愛を宿して導く一筋の光を、我は永遠に探していた……“加護の光”」
日焼けしないように白魔法中級“加護の光”を自分とアリアナにかけておく。
「ありがと…」
「いいえ。それにしても治療院だったら一回三十万ロンする白魔法を日焼け止めに使うなんて贅沢よね」
「そうだね。でもエリィが頑張って憶えた魔法…。どう使おうがエリィの自由だよ…」
「そうね」
二人部屋を用意された俺たちは、明日に備えてくつろいでいた。
二日目以降は『サボッテン街道』を西に逸れ、町など一切ない砂漠を進まなければならず、ベッドや風呂は当分おあずけになる。思い切りのんびりしておこう。
「“加護の光”って一日前の傷や損傷なら元に戻せるみたいなの。何年も前の古傷のような、かなり時間の経っている傷は治せないらしいわ」
「だから日焼けしても…」
「そう。日焼けしても魔法をかければ元通りにできるってことよ」
「日焼け痛いからキライ…」
「私もよ。お肌が白いから日焼けするとすぐ真っ赤になるのよね。アリアナ、髪を梳いてあげましょうか?」
「いいの?」
「ええ」
「ん……お言葉に甘えるね」
アリアナは嬉しそうに尻尾をふりふりしつつ、ポーチから櫛を取ってこちらに渡しきて、ちょこんと椅子に座る。豊かな彼女の髪を左手で持ち上げて、ルイボンからもらった高級な櫛で梳いていく。
これも寝る前の儀式みたいなものだ。もふもふ。やるとやらないとでは髪のさらさら具合がだいぶ変わってくる。もふもふ。男ならぜってーやらねえよな、櫛で髪を梳くとか。まじで。もふもふ。
「耳…くすぐったい」
「あらごめんね。ついつい触っちゃうのよね」
「ん……いいけど」
「明日から砂漠を行進かぁ」
「頑張ろう」
「そうね」
○
流砂が地面を鳴らし、砂漠の荒涼とした大地が月夜に照らされている。
魔物同士が争う不気味なうなり声と、命を落とした敗者の奇っ怪な悲鳴が周囲に響き渡ると、砂に音が吸い込まれ、辺りは数十秒前の静寂を取り戻す。弱肉強食の砂漠では日常茶飯事である命のやりとりが粛々と行われ、命の火花を見る者は誰もいない。
この『空房の砂漠』では生そのものが儚く、生き続けることが困難な場所であり、生存をするために生息している生物の生態系は異常な変貌を遂げていた。捕食される側の魔物ですらCランク級の強さや狡猾さを有しており、ひとたび気を抜けば死神が熱烈な歓迎し、あっという間に食糧とされてしまう。
そんな過酷な場所に安全地帯を築き上げ、誰しもが道徳的に道を違えてしまったかのような忌避感を募らせる実験を行っている集団があった。薄茶色の砂がどこまでも水平線へ続いている中、集団がいる建物は真っ白な外壁をしており、あたり一体の空間を支配しているように見える。
その一室で、背が低く、生物が脱皮する寸前のように背中が盛り上がった、悪魔じみた外見をした男と、真っ黒な神父の服のような服をきた、ほお骨とエラが張った男が、酷薄な笑みを浮かべて対峙していた。
「六日後には準備が整います」
「そうですか。それは素晴らしい」
身長は百五十ほど、子どものような体躯である男が恭しく一礼をする。男の盛り上がった背中のせいで衣服が弾けそうになり、さらには礼をしたことでいまにも服がやぶれそうになった。
だが男はさして気にした様子もなく、真っ黒い神父姿の男を熱い目線で見つめた。
「グレイフナーから仕入れた子どもは素養が高く、いい素材かと」
「今回は何人ほど残るでしょうかね?」
「八割、といったところでしょうか」
「それは重畳」
「司祭様の黒魔法“
慈愛こもった目を背の低い男へ向けると、黒い神父はゆっくりとうなずいた。
「信じる者には神の導きがあります。我らに等しき愛をくださるのは、父である神のみわざに他なりません」
目下の存在にも敬語をやめない神父らしき男は、妄執に捕らわれたかのように、自らの右手に持っている禍々しい杖を撫で回し、妙に熱い吐息を吐いた。その所作一つを見れば、男が信じているものは神などではなく、己と、己の魔力を高めるアーティファクトの杖だけ、ということは一目瞭然であった。慈愛のこもった目線、などは所詮まやかし。観察眼に優れた人間が男の姿を見れば、自己愛の塊が生きて歩いている、と評価を下すであろう。
しかしその場には、英雄を見てうっとりする乙女のような目をした、薄気味の悪い小柄な背中男しかいなかった。
「では、ハーヒホーヘーヒホーのエキス抽出はおまかせしましたよ」
「もちろんでございます。司祭様のためな砂漠中のハーヒホーヘーヒホーを魔薬に変えてみせましょう」
背中の男が先ほど同様、恭しく一礼をすると、カラスに似た砂漠ハゲタカがどこかで鳴き、満天の星空が振る美しい夜が砂漠の狂気を煽り立てた。
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