第116話 イケメン砂漠の誘拐調査団・出発②



「エリィ…エリィ…」


 眠たげで可愛らしい声が聞こえると、肩がゆっくりと揺すられていることに気づいた。

 目を開けると、鼻がくっつきそうになるほど顔を近づけているアリアナが心配そうに見つめていた。


「大丈夫?」

「……ええ。おはよう」

「怖い夢だった…?」

「私うなされていた?」

「ううん…」


 そう言って、アリアナはタオルで俺の頬を拭いてくれた。


「あら……泣いていたのね」

「うん」

「大丈夫よ…ちょっと昔のことを思い出していただけだから」

「そう…」


 彼女は優しく俺の額に手を当てて、そのまま手櫛で髪を梳いてくれた。アリアナのほっそりした指は、けだるい朝の寝起きに心地よく、また眠りたくなってくる。ポカじい特製の砂漠用の薄い布団をたくし上げて、彼女に聞いてみた。


「もうちょっと寝ていいかしら」

「時間…」

「そうよねえ」


 だよなぁ。


「行こう」

「……そうねっ」


 まあ、寝起きはいいほうだ。遅刻なんて一度もしたことがない。

 アリアナと風呂場に行き、ポカじいからもらった通気性のいいピンクのパジャマを脱いで、俺が“ウォーター”で水を入れてアリアナが“ファイアボール”で水温を上げると、あっという間に湯船の完成だ。軽く入ると、さっぱりしてシャキっとした気分になる。


 風呂から出て体を拭き、“ウインド”でお互いの髪を乾かし、スキニージーンズを履いて、偶然にも市場で見つけた形のいい、地球ではTシャツと呼ばれるであろうインナーを着た。色は白だ。このままだとあまりにも胸が強調されて周囲の目の毒なので、シースルーの白シャツを羽織る。

アリアナにやってもらったツインテールを垂らすと、金髪でちょうど胸が隠れて都合がいい。あんまじろじろ見られてもあれじゃん。俺、美少女だしさ。そこんとこもっと気をつけようと思う。

 美少女つれぇー。男に戻りてぇー。


 アリアナはお気に入りのデニムサロペットスカートを着て、メイクは薄めにしている。利き手である右腰にはコゼットが改造してくれた、鞭をくくりつけるデニムのホルスターがついており、肩から斜めがけしたショルダーバッグには、夜のうち作り置きをしておいたおにぎりがしっかりと入っていた。メイク道具を入れた小さいバッグを持っている姿は、ティーンファッション誌に出ていてもおかしくない佇まいだ。


 荷物のほとんどは馬車に積んであるので、俺は手ぶらだ。あー楽ちん。


 準備が終わると、前日にバー『グリュック』から酒を買い込んでいたらしいポカじいが、ずた袋に入れた酒瓶をガチャガチャいわせながら地下から出てきた。


「いくぞい」

「ええ」

「うん…」


 ポカじいの合図で身体強化をし、駆け出した。

 朝五時の砂漠には淡い太陽の光が差し込み、砂をじわりと照らす。太陽が気温を上げ、砂に反射した光が大気を焦がし、これから数時間で一気に気温が上昇するだろう。

 走り慣れたジェラへの道を、俺たちは人間を超越したスピードで走る。ポカじいの指示で、身体強化は“下の上”の強度だ。景色がガンガン後方へと飛び、空気が肌を強く撫でる。空圧は身体強化のおかげでまったく問題ない。


 四十キロの道のりが、なんとわずか二十五分。

 もうなんだろう……ツッコむ気力すら失せる人間離れした速さ。軽く計算すると、時速百キロは出ていることになる。やばっ。


 砂漠の荒野に、高さ五メートルの土壁で覆われたオアシス・ジェラが見えてきた。


 さすがにこの強度の身体強化でぶっ通し走ると息が上がる。アリアナは肩で息をし、ポカじいは涼しい顔をしながら酒瓶が割れていないかの確認をしていた。


 息を整えてから西門をくぐると、いつもいる門番が手を振ってきた。


「ハローエリィちゃん」

「ハロー」

「今日出発なんだよね?」

「そうよ」

「町のことは俺達に任せてくれ」

「ええ、頼りにしているわ」

「お…おうよ!」


 笑いかけると、彼は自分で肺を潰しかねない勢いで胸をドンと叩いた。

 門番って朝から大変だよな、夜勤もあるだろうし。給料いくらぐらいなんだろう。


 朝の商店街は鎧戸が閉められ、ひっそりとしており、もう少しすれば住民達が起きて準備を始める頃だ。ポカじい、アリアナとオリジナル魔法について話し合いながら歩いていると、上から声をかけられた。


「エリィちゃん、アリアナちゃん」


 顔を上げると、バー『グリュック』の二階からコゼットが顔を出して手を振っている。俺達がここを通ると思ってずっと見ていたらしい。

 どたんばたんいたーい、という声がして、尻をさすりながらコゼットが裏の勝手口から出てきた。上下水色のパジャマ姿で、しっかりとドクロを頭に被っていた。


「尻を揉んでやろうかの?」

「朝からスケベを発動させないでちょうだい。“治癒ヒール”」

「ありがとうエリィちゃん」


 コゼットは、俺、アリアナ、ポカじいの順に手を取り、にっこりと笑った。


「私、みんなが帰ってくることを待ってる。待っているのは得意なんだ」

「早く終わらせて帰ってくるわね」

「すぐ帰るよ…」

「ほっほっほっほ、心配せんでもええぞい」

「そうだね…。強い人がいっぱいいるもんね!」


 強がって言うコゼットはやはり不安なようで、小動物のように震えている。俺とアリアナは彼女の手を取った。


「大丈夫。フェスティはきっと見つかるわ。なんだかそんな気がするの」

「本当? エリィちゃん本当?」

「ええ。私の勘、結構当たるのよ」

「そっかぁ……」


 小刻みに震えていたコゼットの手が少し静まり、彼女は不安げに揺れる瞳を真っ直ぐ向ける。期待しているけど、その期待に押しつぶされそうになってしまい、どうしていいか分からない、といった複雑な笑みをこぼした。


「いってらっしゃい、エリィちゃん。昨日もお別れ言ったもんね」

「いってくるわ」

「アリアナちゃん、気をつけて」

「うん…」

「ポカじい、二人をお願いします」

「ほっほっほっほ」


 すぐ戻ってくるんだ。別れはあっさりでいいだろう。

手を振ってコゼットと別れて西の商店街を抜け、大通りへと向かい、東の商店街に冒険者協会へ向かう。協会の前にはすでに半数以上が集合しており、朝日に照らされた、屈強な冒険者たちの個性溢れる服装が目に入ってくる。どの冒険者にも気合いの入った表情が見え、士気は相当に高いようだ。

 こっちに気づいたジャンジャンが駆け寄ってきた。


「ハロー、エリィちゃん。準備はオーケー?」

「もちろん」

「アリアナちゃん、よく眠れた?」

「うん。いつもエリィと一緒だから…」

「賢者様、このたびはご参加ありがとうございます」

「可愛い弟子の修行の成果を見ることが目的じゃ。気にすることないわい」

「いえ、それでも敵の戦力や出方が不明なので、心強いです」

「ほっほっほっほ」


 冒険者協会に泊まり込んで最後の確認をしていたらしいジャンジャンは、固い決意を伺わせる顔でポカじいに頭を下げた。


 知り合いの冒険者が続々と俺とアリアナに挨拶をしに集まってくる。

というか、なぜか全員こっちに集合し、いつの間にか俺の場所が集合地点みたいになっていた。


「いやーエリィちゃんがいると作戦が失敗する気がしないよな」

「ほんとほんと。幸運の女神って感じだもんな」

「いつ見ても可愛いなあ」

「エリィちゃん、アリアナちゃんコンビは見ているだけで癒される」

「怪我したら言ってね。治してあげるから」


 これから何があるか分からない旅だ。脱落者は一人も出したくない。

 そう言う気持ちも込めてみんなを見ると、屈強な男たちは眩しいものを見るように目を細めて照れるように笑い、数少ない女性冒険者の三人が代わる代わる抱きしめてくる。その中には試験6位の撃踏のバーバラと呼ばれる踊り子風の冒険者もいた。

 なんで抱きしめてくるの?

 女同士ってこういうスキンシップ結構多いのか?

 いまだに女同士のコミュニケーションって意味不明なところがあるな…。


 にしても、女性冒険者がいると安心するな

寝る場所やテントなんかも同じ場所を使う配慮をアグナスがしてくれたし、あいつは俺の次ぐらいに気が利く男だ。

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