第114話 イケメン砂漠の誘拐調査団・準備②
コゼットがやっと落ち着いたので、ジーンズを試着して満足し、アリアナにデニムシャツを着せてもふもふしつつ、ガンばあちゃんとジャンジャン二人の手伝いをして昼ご飯を食べた。
ジャンジャンはまだ冒険者協会に用事があるとのことだったので、俺たち三人は、ポカじいが戻ってくるまでコゼットの部屋で服を選んで待つことにした。
ジーンズを手に取り、しげしげと眺めてみる。
見事なブルーのスキニージーンズに仕上げたコゼットは縫製の才能があるのかもしれない。引っ張ってみても、ちょっとやそっとでほつれたりしなそうだ。
うきうきしながら履いてみると、何だか懐かしさが心に去来した。
尻がちょっときついがデニムートンの皮は伸縮性があるので、慣れると全く問題ない。ただ、ぷりんとした尻の形がこうも全面に出ると確実にスケベじじいが狙ってくるだろう。さらなる警戒をせねばならん。
上はシンプルに白シャツでいい。
にしても、尻、胸、足、全部のバランスが神がかってるな。何度見ても飽きない。しかも成長痛で膝がぎしぎしいってるから、まだ足が長くなる気がするぞ。スタイルよすぎだろこれ…。
アリアナはコゼット特製の通気性のいい魔物の革を使った黒いミニスカートを履き、肌が透けないようにインナーの上から白い薄手のノーカラーシャツ。その上からデニムシャツを羽織って時計が見えるように軽く袖まくりしてもらった。腕にはアリアナファンの紳士からもらった一本百万ロンする、細工の美しいオシャレ腕時計をしている。スケベはきらい…でも時計に罪はない…とのこと。可愛らしさにどことなく高貴さを漂わせるアリアナの、カジュアルでありつつ女の子らしいフェロモンを放つ、デニムシャツコーディネートの完成だ。メイクはちょっぴり濃いめを要望し、靴は動きやすい脛まであるブーツを履いてもらった。
いかん……。地面が割れてそこから石油がどばどば出て、速攻で石油王になって、左右からでっかい葉っぱみたいなやつでぴらっぴらの服を着たエロい姉ちゃんに扇がれ、わしが狐王国狐耳の王様フォックス・ザ・モッファーだ、ぐっはっはっは、と笑っちまうぐらい可愛い。俺に電流、走るっ。くそ、自分でも何言ってるかわかんねえぜよ。
時間はあっという間に過ぎ、夕方になった。
「やれやれじゃわい。全くあのアグナスとかいう小僧はしつこくて敵わん…」
ポカじいがぶつくさと文句を言いながらやっと戻ってきたので、ガンばあちゃんとアリアナ、コゼットで夕飯を作り、ジャンジャンが帰ってきたところで食卓を囲んだ。
コゼットは健気にも「明日いよいよ出発だね」と言って楽しい雰囲気にしようとしている。
ポカじいがアグナスに一勝負しようと散々持ちかけられ辟易した、という話をし、ジャンジャンが話題を変えて誘拐事件解決への意気込みを皆に伝える。アリアナがおにぎりを無心で頬張り、コゼットがジャンジャンに寄り添って野菜炒めを取り分けた。
のんびりとした夕食の時間がゆっくりと過ぎていく。
「しかしエリィ。そのズボンはいかんともしがたい魔力を秘めておるのぉ」
「あら? デニムートンの皮って魔力付与されているの?」
「そうじゃ。尻ニストの心を呼び覚ます魔の力が込められておる」
「わかったわポカじい。もう二度と私に話しかけないでちょうだい」
「冗談じゃ! 冗談じゃぞい!」
「ギルティ…」
「賢者様、スケベさえなければ心から尊敬できるのに…」
「ポカじい、エリィちゃんに嫌われちゃいましたね!」
「わしゃがんばっとるよぉ」
「若い娘の考えていることはわしにはちぃとも理解できん! どうしてそんなにも尻を強調する服を着るんじゃい」
「オシャレでしょ?」
「斬新…」
「これでは生殺し! いや、生尻殺しじゃぞい!」
「意味のわからない下ネタを食事中に言わないでちょうだい」
いつも通りのやりとりをして、夕食を終わらせ、食器の後片付けをしてからジャンジャンの家を出た。砂漠の夜空には地球の倍ほどある大きな月が、煌々と西の商店街を照らしている。
「エリィちゃん、気をつけてね! アリアナちゃん、エリィちゃんが無茶しないようにちゃんと見張っておいてね!」
「無茶なんかしないわよ」
「ん、まかせといて…」
「それからジャンのこともお願いね!」
「おいおいコゼット。俺が二人を守るよ」
「ジャンジャン、頼りにしてるわよ」
「ジャンは頑張る男…」
アリアナがコゼットとジャンジャンに向かってびしっと親指を立てた。
「二人が無事に帰ってくることを祈ってる。本当はお見送りしたいんだけど…」
「領主が見送りは不要、ってお達しを出しているからね。仕方ないわよ」
「コゼット、元気で…」
「うん! 私は大丈夫。だから二人とも思いっきり盗賊団をこらしめてきてねっ」
「待たせたのう」
お隣のバー『グリュック』で酒を買い込んだポカじいが、ほくほく顔で俺たちに合流したので、外まで見送りに来てくれたコゼット、ジャンジャンに手を振り、身体強化を全身にかける。
「じゃあまたねコゼット!」
「ちゃんとご飯食べるんだよ…」
「しばしの別れじゃ」
両手を胸に当て、コゼットはこちらを見つめている。
その横でジャンジャンが心配そうにコゼットの様子を見ながら、俺たちにうなずきかけた。
「エリィちゃん、アリアナちゃん、ポカじい…。必ず帰ってきてね…」
「大丈夫よ。私は由緒正しきゴールデン家の四女、エリィ・ゴールデン。約束は必ず守るわ」
「私も…」
「わしゃ酒が飲みたいから帰ってこざるを得ないのう」
もう一度コゼットに手を振り、“下の上”の身体強化で一気に駆けだした。
○
俺とアリアナはポカじいの家まで戻ってきて、風呂に入り、寝る準備万端でベッドに入った。ルイボンにもらった化粧水をしっかりと顔につけ、ストレッチも済ませてある。
明日は五時にジェラの北門に集合なので、早めに寝ておかないとつらい。
アリアナはルイボンの専属メイドからもらった化粧品の確認が終わったらしく、当然のように俺のベッドへ潜り込んできた。
月明かりが窓から差し込み、布団からはみ出た狐の尻尾を照らす。
「エリィ…」
アリアナが狐耳をぴこぴこさせ、何か言いたげに袖を引っ張ってくる。彼女特有の甘い香りが心地よく鼻孔をくすぐった。
「魔法の確認しておこう…」
「いいわよ」
「念のため」
「明日出発だもんね」
「うん」
「……コゼットのこと心配なの?」
「……うん」
「平気よ。フェスティは生きているわ」
ここぞ、とポジティブシンキングを前面に押し出す。
ネガティブイメージを持って成功した人間はいない。とにかくいいイメージを持つことが重要だ。
プラス思考が成功を引き寄せ、運もタイミングも引き寄せる、と俺は勝手に思っている。
「なんたって私が助けに行くんだからね。私ほど幸運な女子はいないわよ」
「ふふっ」
「世界の幸運が私に降り注いでいるんだから」
「…そうだね」
「あ、ちょっと。その顔は信じてないでしょう?」
「そんなことないよ…。エリィのことはいつでも信じてる」
そう言って胸に顔をこすりつけてくるアリアナの狐耳を、これでもかともふもふした。
「そういえば魔法の確認だったわよね」
狐耳から手を離してアリアナの長い睫毛を見つめ、枕元に置いてあるノートに手を伸ばして取り、再び寝っ転がって広げた。
ポカじいの教えや、憶えきれない詠唱を書き込んである魔法ノートだ。
―――――――――――――――――――――
炎
白 | 木
\ 火 /
光 土
○
風 闇
/ 水 \
空 | 黒
氷
下位魔法・「光」
下級・「ライト」
中級・「ライトアロー」
「
「
上級・「ライトニング」
「
上級魔法・「白」
下級・「再生の光」
「
中級・「加護の光」
「
下位魔法・「風」
下級・「ウインド」
中級・「ウインドブレイク」
「ウインドカッター」
上級・「ウインドストーム」
「ウインドソード」
「エアハンマー」
上級魔法・「空」
下級・「空間把握」
下位魔法・「水」
下級・「ウォーター」
中級・「ウォーターボール」
上級・「ウォーターウォール」
下位魔法・「土」
下級・「サンド」
中級・「サンドボール」
上級・「サンドウォール」
複合魔法・「雷」
「
「
「
「
「
「自分の周囲に放電する落雷魔法(開発中)」
「エリアを指定して感電させる落雷魔法(開発中)」
下位魔法「光」「風」「水」「土」
上位魔法「白」「空」
―――――――――――――――――――――
ノートに書かれた魔法を見て、アリアナは複合魔法のところで首をかしげた。
「自分の周囲に放電……これは何となくわかる。自衛のための落雷魔法。でも…エリアを指定して感電させる…?」
「ああ、これは地面にスタンガンを置いたような……ええっと、地面から電気を放射して対象者を感電させられないかと思って。電気の絨毯を想像してくれればいいと思うわ。“
「エリィは面白いことばかり考えるね…」
「そうでしょ」
「できそう?」
「どうかしら。かれこれ三週間ぐらいチャレンジしているんだけど、ネーミングとイメージが合わなくて魔法が発動しないのよ」
「オリジナル魔法って難しいんだよ? Aランクの冒険者でも開発に成功した人は一割ぐらいってポカじいが言ってた…。それに、高ランクの冒険者にしかオリジナル魔法の情報は伝えないらしいよ…存在とか作り方とか…」
「へえ、そうだったの。てっきり強い魔法使いならみんな知っていると思ったわ」
「ん…そうでもないみたい」
「なるほどね。何とか出発までには完成させたかったんだけど、厳しいかもしれないわ」
「ノート貸して…私の魔法も書くね」
「前にアリアナにもらったメモを写しておいたわ。四ページ前よ」
ぱらぱらと前のページに戻り、アリアナは俺が書いた使用可能魔法の写しを見ると、枕元からペンを取って、新しく覚えた魔法をつけたしていった。
―――――――――――――――――――――――
炎
白 | 木
\ 火 /
光 土
○
風 闇
/ 水 \
空 | 黒
氷
下位魔法・「闇」
下級・「ダーク」
中級・「ダークネス」
上級・「ダークフィアー」
「
「
「
「
「
「
「
上位魔法・「黒」
下級・「黒の波動」
「
「
「
「
「
「
「
「
中級・「黒の衝動」
「
「
「
「
「
「
「
「
下位魔法・「風」
下級・「ウインド」
中級・「ウインドブレイク」
「ウインドカッター」
上級・「ウインドストーム」
「ウインドソード」
「エアハンマー」
下位魔法・「火」
下級・「ファイア」
中級・「ファイアボール」
上級・「ファイアウォール」
下位魔法・「水」
下級・「ウォーター」
中級・「ウォーターボール」
下位魔法・「土」
下級・「サンド」
中級・「サンドボール」
上級・「サンドウォール」
下位魔法・「闇」「風」「火」「水」「土」
上位魔法・「黒」
―――――――――――――――――――――――
初めて見る魔法は“
おそらく闇魔法“
“
「エリィこっちを見て…」
「なあに?」
「“
ノートから目線をアリアナへずらすと、彼女は何を思ったのか突然ウインクしながら人差し指をほっぺたに当てた。
何コレ超かわいい…。
ああなんだろうこの気持ち……熱に浮かされ全裸になって、ハワイのビーチでリンボーダンス。胸が締め付けられて、今にもハートがファイヤーボール。この世に生を受けた喜びを噛みしめて、海辺で絶叫エターナル。
「エリィ、エリィ…」
「はっ! わたしったら何を…?!」
「うーん、これじゃまだ“
「急に実験台にしないでちょうだいッ」
「もうちょっとで完成しそう…」
「あら。可愛いから許すわ」
「可愛いって言ってくれるのエリィだけだよ」
「そんなことないわよ。東西南北の商店街合同でアリアナファンクラブができてるんだから」
「え……ほんとに?」
「あら、知らなかったの?」
「やだっ……」
そう言いながら頬を染め、口を尖らせながらうつむくアリアナがあまりにも――
「う゛っ!」
「…エリィ?」
「な、なんでもないわ」
なんか今、心臓を鷲づかみにされたような気がした。
これはまさか…。
「アリアナ、今の気持ちでもう一度“
「え……? うん、わかった」
「さあきなさい!」
ベッドから出て仁王立ちし、へその下に力を入れて構えた。
ついでに軽く身体強化もしておく。これで準備万端。
よしこいや!
「じゃあいくよ…」
「いいわよ」
そう言うのが早いか、アリアナが無造作に両手を頬に当て、にっこりと笑った。
普段あまり表情が変わらないアリアナの笑顔は、手榴弾を投げたように、その辺で爆発して俺を刺し貫いた。
「“
「う゛っ!」
咄嗟に胸を押さえてうずくまる。
ぎゃああああああっ!
心臓止まるわ! これまじであかん!
これが………これがトキめいて心臓が止まるってやつなのか…?
これが本当の………“TOKIMEKI”………?!
「今の…私がイメージしてる魔法に近い…」
「そ、そうなの?」
「“
「少しでも?」
「ん……」
「恥ずかしがらないで言ってちょうだい」
「少しでも………可愛いって思うことっ…」
語尾が消えそうになっているウブなところが、たまらなくきゃわいい。
「これぐらいの発動時間なら戦闘中に使えそうね」
「タメを入れて三、四秒ぐらいかな…」
「やられた相手はたまらないわねこの魔法…。心臓がギュっとなって、グッって握られる感覚よ。心臓が止まるから魔法も使えないし、行動が大幅に制限されるわ」
「効果は五秒ぐらいかな?」
「相手がどれぐらいアリアナに好意を抱いているかね。私は好感度マックスだから十秒ぐらい魔法が使えないと思うわ」
いやまじで。
「なんとなくコツが掴めた…ありがとうエリィ」
「どういたしまして」
「でも……恥ずかしいからあんまり使いたくないな…」
「な、何を言っているの! せっかくのオリジナル魔法なんだらバンバン使わなきゃ意味ないわよ! バンバン使って! バンバン!」
「ん…がんばる」
「そうよそうよ。それがいいわ」
あの笑顔が見られるなら、心臓が止まることも辞さない覚悟だ。
○
その夜、何度か“
アリアナがぐっすり眠ったあと、狐耳をもふもふし、次第に睡魔に襲われ意識が飛んだ。
かなり時間が経ったと思われる頃、はっきりとした夢を見た。
その夢は、夢を夢だとわかる、いわゆる明晰夢というやつで、俺が乗りうつる前のエリィが登場し、孤児院で朗読をしている最中だった。
エリィはまだデブで、ニキビが顔にたくさんあり、両目が脂肪で細く見えるようなブスだったが、俺の目には可愛らしい少女に見える。性格を知っているからなのか、今の自分が可愛いからなのかはわからない。ただ、デブスのくせにやたらと可愛く見える。
もはやこれはブスじゃねえよな、と夢の中で独りごちていると、彼女が本棚から一冊の古ぼけた本を手に取り、絨毯の上に女の子座りをした。
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