第84話 イケメン、ジャンジャン、商店街七日間戦争⑪


 精神統一をしていると外が騒がしくなり、治療院の扉をバンと勢いよく開けて桶屋の息子が飛び込んでくる。


「エリィちゃん、第一陣が来る!」

「みんな、いいわね!」


 全員が返答をすると同時に、ずたぼろになった男たちが搬送されてくる。見たところほとんどが重傷者で、魔物の返り血であろう緑色の液体を全身にこびりつかせ、呻くこともできないほど憔悴している。破れた衣服から痛々しい傷口がのぞき、体のそこかしこに砂と汗と血が入り交じってくっついていた。


 馬車を院の前に乗り付けたのか、患者が一気に運ばれる。

 治療院は戦争映画で観た、野戦病院のような様相に一瞬で変わった。


「うぅっ………」

「治療士はどこだ! 早く治療士を!」

「患者をその毛布の上に寝かせて!」

「君のような若い子が治療士?! 白魔法が使えるのか?!」

「私がこの治療院の代表よ!」

「バカを言うな! くそっ! 今日は何て厄日なんだ!」

「おだまりッ! いいから寝かせなさい!」


 火事のときと同じリアクションをされ、男を一喝した。

 見れば怪我人を搬送してきたその男も満身創痍で、装備は半壊して原型を留めておらず顔が泥だらけだ。


 患者は“癒発光キュアライト”では治らない傷だ。

 俺は患者が寝かされるのを待たず、ずっと循環させていた魔力に白魔法を乗せ、解き放った。


「“再生の光”!!!」


 体が光り輝き、患者の傷が嘘のようにみるみる塞がっていく。

 患者は苦悶の表情から穏やかな顔へと変化し、気持ちよさそうな寝息を立てた。


「へ…………へっ?」

「しばらく安静に。奥へ運んでちょうだい」

「う……うおおおおおおおおおっ! ありがとうお嬢ちゃん、ありがとうっ! こいつはキングが出てきたとき囮になって……それで………全員の命を救った! こいつが死んじまったらおれァ、おれァッッ!!!」


 言葉にならない声を上げて号泣する連れの男に“癒発光キュアライト”を唱える。白い光が瞬き、男の傷をゆっくりと癒していく。


「いいのよ、うん。お疲れ様。もう休んでちょうだい」

「お、お、おぢょうぢゃん、おでばッ……」

「あなたたちがいなければ町は魔物に襲われていたわ……心からの感謝を」

「あ゛あ゛っ!」


 勇敢な男に向かってレディとしてできる最高の礼を取った。今までは俺がお辞儀をすると勝手にエリィの体が裾をつまんで礼をしていたが、俺自身の心も込めたレディの礼だ。ありがとう、勇敢な男よ。俺はお前を尊敬するぜ。


 男は泣きながら何度もうなずき、同胞である患者を奥へと運んでくるとすぐに戻ってきた。


 彼は歴戦の勇士なのか、ほんの数秒で気持ちを切り替えたらしくすっかり精悍な顔つきになっている。日本でもそうだった、こういう武士のような男は土壇場でも音を上げずに成果を出す。


「重傷者をこのお嬢ちゃんの前へ! 全員急げッ!」

「あなた大丈夫なの?」

「こんなときに休んでられっかよ!」

「そう、助かるわ」

「おれァ、オアシス・ジェラ護衛隊長のチェンバニーってもんだ」

「私はゴールデン家四女、エリィ・ゴールデンよ。よろしくチェンバニーさん」

「チェンバニーでいい」

「わかったわ、バニーちゃん」

「ば、バニーちゃん?!」

「話はあとよ!」

「よ、よし、そうだな。おい野郎共、どんどん連れてこい! この白魔法士様が必ず助けてくれるッ!」


 怒号が飛び交い、魔法の光が院内で輝いては消え、血の臭いと砂の混じった埃が宙を舞う。

 次々と患者に“再生の光”を唱える。重篤患者には治癒ヒール組が一時的処置として“治癒ヒール”を唱える。数十秒ではあるが、“治癒ヒール”を唱えると止血の効果がある。だからといって連発しても深い傷は治らない。あくまでも症状の進行を食い止めるだけだ。


「エリィしゃん!」


 “治癒ヒール”を連発して、裂傷、打撲、無数の切り傷を浴びた患者の傷口が開かないようにしていたクチビールが叫ぶ。


 患者が危険、という合図だ。

 そちらへ走り“再生の光”を唱える。

 患者が多すぎて俺の前に運びきれず、俺自身が移動して治療をするほうが、効率がいい。


 柔らかい“再生の光”に包まれた患者の傷が瞬く間に消えた。


「エリィちゃんこっちだ! この患者の意識が飛びそうだ!」

「オーケージャンジャン!」


 素早く移動して“再生の光”を行使する。


「お嬢ちゃん、こいつを頼むッ!」


 護衛隊長バニーちゃんの呼ぶほうへ駆けつける。

 汗が流れ落ち、息が切れてくる。ポカじいの言いつけ通り、魔力循環は絶やさない。


 “再生の光”ッ!!!!!


 くそ、あと何人なんだ!

 まだ患者はいるのか?

 もう“再生の光”を三十発以上唱えているぞ!


「誰なんだあのお嬢ちゃんは?!」

「杖なしッ? 一瞬で“再生の光”を詠唱!?」

「普通じゃねえ! どんだけ魔力があるんだ!」

「なぜあんなに神々しい!」

「う、美しい………」

「彼氏はッ!? 彼氏はいるのか!?」

「しらん! 俺が聞きたいぐらいだ!!」


 俺が魔法を使い、ジャンジャン、コゼットが甲斐甲斐しく治療後の患者を介抱し、クチビール、お調子者マツボックリペアが“治癒ヒール”を唱え、アリアナ遊撃隊が足りない物資を運んできてくれる。他にも救護班であろう男たちが入れ替わり立ち替わり手伝ってくれ、さらには南の商店街からの応援が来た。“治癒ヒール”ができる魔法使いが三人いるそうなので急いで治療に参加してもらう。


「ジャンジャン、あと何人!?」


 問いかけにジャンジャンが駆け寄ってくる。


「山場は越えたと――」

「エリィちゃん! 第二陣だ!」


 ジャンジャンの声をかき消すように桶屋の息子が治療院に飛び込んできた。


「ぎゃあああ! いてえ!」

「た、たすけてくれ!」

「ぐぅーーっ」

「ママン!」

「死にたくねえ! 死にたくねえよぉ!」


 たちまち運ばれてくる患者たち。軽く見積もっても三十人はいる。怪我は、“癒発光キュアライト”か“再生の光”で治りそうなレベルで、斬撃系の傷が目立ち、ほとんどの患者が貧血状態になっているようだ。


 早く傷を塞がねえとやべえ!

 こうなったらアレを試すしかねえな。

 一回成功したことがあるから集中すればいけるはずだ。


「みんな! 患者を私の周囲に集めてちょうだい! 早く!」


 指示通り、メンバーたちは俺を中心に円形に患者を配置していく。


 唱えるのは白魔法・下級“癒大発光キュアハイライト”。

 文字通り“癒発光キュアライト”を大きくした範囲魔法で、半径五メートルほどにいる人間すべてを対象にできる。人数が多いと魔力消費が激しいものの、一度に大勢を癒せる便利な魔法だ。ただ、この魔法、結構難しい。


 よし、集中………

 集中しろ……


「あの灯火を思い出し……汝願えば大きな癒しの光になるだろう……」


 イメージは瞬間的に傷が癒せる培養カプセルだ。すげー前に見たSF映画がイメージの原点になっている。これで一回成功した。


 俺ならできる。

 やれる!!!


「“癒大発光キュアハイライト”!!!」


 大量の魔力が抜け落ちてく独特の感覚と共に、両手両足、全身から光があふれ出す。イメージした範囲、半径五メートルの地面が輝いてドーム状になり、イルミネーションの電球のような白と黄色の光を交互に発した。


 範囲内にいた負傷者の傷がゆっくりと、しかし確実に塞がっていく。

 効果は“癒発光キュアライト”に極限まで魔力を込めたものと同じ。複雑骨折、深い斬撃痕でない限りは完治する。


 院内にいた全員が固唾を飲んで見守っていた。

 やがて漏れる声と、傷が塞がった安堵のため息が響く。


「エリィちゃん……」

「エリィ…」

「すごい……」


 ジャンジャン、アリアナ、コゼットが呟いた。


「痛くねえ。痛くねえぞ!」

「ママン………ってあれ?」

「“癒大発光キュアハイライト”?! 熟練の白魔法使いでも難しいのに…」

「白の中級ができて“癒大発光キュアハイライト”が使えないってのはよく聞くぜ!」

「女神だ、女神がいる…」

「すげえよあんた…」

「彼氏は……いるのか…?」

「しらん……俺が聞きたいぐらいだ…」


 だがこれでもまだ完治していない重傷者はいる。

 額から落ちる汗をぬぐって魔力切れで倒れそうになる体を根性でなんとか支え、三名に“再生の光”を唱えた。これで山場は越えた。あとは他のメンバーでなんとかなる。

 第二陣が比較的軽傷でよかった…。


「エリィ! エリィ・ゴールデン!」


 息をついたのも束の間、泣きそうな顔で治療院に入ってきたのは変な髪型のルイボンだった。続いて熟練の冒険者らしきメンツが鎧をガチャガチャいわせて入ってくる。


「アグナス……アグナス様を看てちょうだい! あの方は頑なに最後でいいと言い張っていて……」

「俺からも頼むっ!」

「アニキを看てくれ!」

「頼むッッ」

「わかったわ、早く連れてきて…」


 魔力枯渇寸前でふらついて倒れそうになった。


 ジャンジャンとアリアナ、コゼットが咄嗟に支えてくれた。

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