第83話 イケメン、ジャンジャン、商店街七日間戦争⑧
商店街七日間戦争・五日目――
今日も吟遊詩人のコンサートがあるのか、並んでいる人数は百人ちょっとだ。
合わせてルイボン14世のほうでも、治療院をこっちの格安金額に三日間だけ合わせるらしい。いい判断だが、ちょっと遅かったな。
そろそろ体がきつくなってきていた頃だったから、来院者が少ないのは正直ありがたい。
たこ焼きは軌道に乗っているし、ポイントカードもお客さんに面白がってもらえている。お調子者のマツボックリペアがポイントカードを百枚コンプリートすると、『エリィ、アリアナのどちらかと半日デートできる券』というのをギャグのつもりで景品交換所に書いたらしい。
このポイントカード、一枚で百ポイントまで貯められて、一ポイント千ロンだ。つまり
一枚満タンにするのに日本円にして十万円必要で『エリィ、アリアナのどちらかと半日デートできる券』と交換するには一千万ロン必要だ。まさかポイントカード百枚貯めるアホはいないだろう。
ちなみに一ポイントから景品と交換できる超良心的システムを採用している。
すぐ交換できたほうが楽しめると思ったからだ。
この日も陽射しは強く、晴れ渡る空が砂漠の町に広がっている。
俺とアリアナ、ジャンジャン、コゼット、ポカじいがいつものように治療院の準備を進めている。治療院の開放も準備期間の一週間と勝負五日目、あわせて十二日目に突入しており、準備は流れるように行われる。
ただ、変わったことが一つ起きた。
いつもは隙を突いて尻を触ってくるポカじいが今日に限って妙に静かだ。
俺は事情を聞こうとポカじいに近寄ると、賢者らしく瞑想して何かの気配を探っているところだった。探索系魔法を使っているのだろうか。じいさんの使用できる魔法は数が多すぎてすべて把握しきれていない。
「む、エリィか……」
「何かあったのポカじい」
「ふむ……ちぃとな。こっちにきてみい」
ポカじいは俺を近くへ呼ぶと、窓の外を覗くように言ってくる。
なんだ? なんかあるのか?
雲一つない晴天の空に、大きな赤い鳥がトンビみたいにゆっくり旋回していた。
「エリィ、わしはどうしても家に帰らねばならんようじゃ」
「あの鳥、何なの?」
「なぁに、アレ自体は大したモノではないのぅ。だが、警戒しておいたほうがええじゃろ。面倒じゃが結界の張り直しが必要じゃな」
「平気?」
「時間がかかるからそのつもりでおるんじゃぞ」
「どれぐらいかかりそう?」
「丸一日じゃな。詳しくはあとで話すわい」
「…わかったわ」
「今までの教えを守っておれば大丈夫、おぬしなら平気じゃ」
「ありがとう…ってお尻は触らせないわよ!」
「最近妙に勘が鋭くなって尻をさわるのも大変じゃ!」
捨て台詞を残してじいさんは治療院から出て行った。去り際に「まーたイカレリウスがのぅ…」というぼやきが聞こえてくる。
イカレリウス?
どっかで聞いたな…。
確か南の魔導士、だったか?
そうだ。砂漠の賢者ポカホンタス、南の魔導士イカレリウス、ってクラリスが何度も言ってたもんな。じいさんとどういう関係にあるのかは分からないが、まあとりあえずポカじいが平気って言ってるなら大丈夫だろう。
俺たち治療組は久々に余裕のある治療ができるので、患者さんと談笑しながら仕事を進めていく。ジャンジャンとコゼットも穏やかな顔だ。
するとここ何日かですっかりお馴染みになったルイボンが高笑いしながら登場した。
「エリィ・ゴールデン! お邪魔するわよ!」
「あらルイボン、どうしたの?」
「別にあなたのニキビを数えにきたわけではなくってよ」
「そう。患者さんがいるから静かにね」
「あらごめんなさい」
素直に声のトーンを落とすルイボン14世。
「で、あなたいつ東の商店街に来るのよ?」
「え? 何の話?」
「ほ、ほら。敵の大将の私が来たんだから、あなたが来ないとおかしいでしょ!」
「私、治療で忙しいから無理よ」
「そうよね…」
ルイボンはがっくりと肩を落として、付き人から扇子を受け取り、パタパタと力なく扇ぐ。
俺は患者に向き直り、魔力を放出させた。
「
「おお…杖なしか。美しい」
「それよりもう怪我しちゃダメよ」
「わかったよ。白の女神の頼みじゃ断れないな」
「その呼び方………まあいいわ」
「白の女神エリィちゃん、ありがとう」
「どういたしまして」
患者に手を振り、ルイボンを見た。
「それで、何か用なの?」
「コンサートのチケット……いる?」
「吟遊詩人の?」
「ええそうよ。超特別に最前列の席を確保しておくわ」
「うーん、でもやっぱり時間がなぁ…」
「そうよね……仕方ないわよね…」
「観てみたいけど今回は諦めるわ」
「そう…そうよね」
明らかにがっかりしているルイボン14世がちょっと可哀想になってしまう。
仕方ないから時間を作って顔を出そうかと思っていると、治療院の扉が慌ただしく開いた。桶屋の息子が血相を変えて飛び込んでくる。治療組、患者たち全員が何事かと注目した。
「た、たいへんだエリィちゃん!」
「どうしたの桶ヤン?」
「デザートスコーピオン討伐組が帰ってきた!」
「あら、討伐はうまくいったのね」
「成功は成功らしいんだ! でも予想されていた出現魔物B級のクイーンスコーピオンの他に、B級キングスコーピオンもいたらしく――!!」
「キングスコーピオンですって! クイーンとキングは本来別行動をしているはずよ?! 竜炎の! 竜炎のアグナス様はご無事なのですか!?!?」
ルイボン14世が顔面を蒼白にして桶屋の息子に詰め寄る。
「わっぷ! 髪ッ。髪の毛で息ができないッ!」
「こらこらルイボン落ち着きなさい!」
俺は桶屋の息子に頭から突っ込むルイボンを引っぺがした。
「生きているよ! でも右腕をやられて出血多量、意識不明の重体だそうだ! いまからこの治療院に搬送される!」
「討伐地域は北側でしょ? 北東の治療院のほうが近いじゃない」
「それが…格安で開放したせいで治療士が魔力切れなんだ! 白魔法を使える状態じゃないらしい! 討伐に同行した領主お抱えの白魔法士もまずい状況みたいだ。おそらくここに七十名ほどの患者が来る!」
途端、ざわつき始める治療院。
ルイボンが信じられないのか腰砕けになってへたりこんだ。
「あの、あの竜炎のアグナス様が……炎の上級まで使えるお方が……」
緊急事態は日本でもよくあったな、と思いつつ立ち上がった。
「みんな静かに! やることは前回の火事のときと同じよ! 私の指示を聞いてちょうだい」
治療院は俺が発した可愛らしい声によって静まりかえった。
「まず桶ヤンは南の商店街から応援を呼んできて。みんないい人たちだから協力してくれるわ。アリアナ遊撃隊は今まで通り、たこ焼き屋、ポイントカード、治療院に情報を伝えつつ穴埋めを。ジャンジャン、コゼットは治療士の魔力を温存するために、今並んでいる怪我人を魔法ではない通常の処置で治療してあげて」
「よっしゃ!」
「うん…」
「やるぞっ!」
「がんばるニャ!」
「やります!」
「オーケーエリィちゃん!」
「がんばりまーす!」
桶屋の息子、アリアナ遊撃隊、ジャンジャン、コゼットが準備のために走り出した。
「マツボックリペア! クチビール! ここが正念場よ! 気合い入れなさい!」
「エリィしゃんのために!」
「よぉーし!」
「やるわよ!」
三人は互いの手を叩き合って、魔力ポーションを一気飲みした。いつの間にかめっちゃ仲良くなってるし。
「ルイボン! あなた家に帰ってありったけ魔力ポーションと光魔法が使えそうな人間を引っ張ってきてちょうだい! 領主の家なら色々あるでしょ?」
「そ、そんな………アグナス様……」
「ルイボン! 聞いているの?!」
「あのお方はお強くて……凛々しくて……」
「ルイボン!」
跪いて彼女の肩を両手で揺らした。
かくんかくんと力なく首が垂れ、変な髪型が揺れる。
「意識不明だなんて……そんな……」
「ルイボン14世!」
「あのお方が…………」
「ルイス・ボンソワールッ!!!」
俺はパン、と音が鳴るほどの力でルイボンの頬を張った。
「いたっ……何するのよ!!」
「…なんだ、まだ元気じゃない」
ルイボンを抱きしめて、背中をゆっくりと撫でてやった。
わかる。わかるぞルイボン。好きな異性が死にそうだったら誰だって狼狽えるよな。
俺だってそうだった。
思い出したくない記憶だってある。
でも大丈夫だ、何とかする。俺が何とかしてやるから。
「え…ああ。私すっかり……」
「いいのよ、恋する乙女だもの。好きな殿方を心配しないほうがおかしいわ」
「エリィ…あなた……」
「大丈夫よ」
「本当に?」
「まかせて」
「ふん、さすがは私のライバルね…」
「あなたの想い人、竜炎のアグネスちゃんは私が治すわ」
「アグナスよ。あとちゃん付けしないで」
「あら失礼。アグナスは私が治すわ。だからあなたもその人が好きなら自分のできることを精一杯しなさい!」
「言われないでもそうするわ! 行くわよ!」
さすが領主の娘、立ち直るのが早い。付き人を連れて走って治療院から出て行った。
俺たちは重体患者がいつ来てもいいように治療院内のベンチや診察台を移動させ、場所を広く取った。
ポカじいがいないので正直、不安だ。
しかもアグナスは腕をやられた、と言っていた。まさか切断されたのか?
もし切断されていたら白魔法の下級“再生の光”では腕は元に戻らない。中級“加護の光”が必要になる。
ふう、落ち着け。
こういう時こそ落ち着きが大事だ。
焦っていては正常な判断ができない。
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