第82話 イケメン、ジャンジャン、商店街七日間戦争⑦


 咄嗟に裾をつまんでレディの挨拶を返した。


「南の商店街代表、エゲレンタ・ボンテミーノと申します。先日は火事の際、助けて頂きありがとうございました。運悪く私は現場にいて巻き込まれたのですが、幸運にも女神の助けを得られました。すべての被害者を代表して心からのお礼を申し上げます」

「グレイフナー王国ゴールデン家四女、エリィ・ゴールデンと申します。グレイフナー王国のレディとして当然のことをしたまでですわ」

「エリィさん……いや、白の女神エリィちゃん。私たちは君に感謝と尊敬を送ると共に、突然現れた君に対してどう接すればいいのか気持ちを持て余している、ということを伝えなければなりません。あなたの治療を受け、白い光で身体が包まれたとき、何か大事な気持ちを思い出したような気がするのです。この気持ちを砂漠の男として表現しない、という選択肢はありません。我々砂漠の男は常に情熱的で行動的であれ、と先祖から教えられております。ですのではっきりと言います。私と友達からでいいので付き合ってくださいッッ!!!!」

「じじいてめえ偉そうなこと言って抜け駆けすんじゃねえよ!」

「エリィちゃん初めまして!」

「俺と付き合ってくれ」

「あ、てめえ! 俺も君が好きだ! 惚れたッ!」

「その瞳に負けた……もう好きにしてくれ」

「優しげな瞳に宿した情熱の炎に身を焦がされたい!」

「毎晩“治癒ヒール”を唱えてくれ。俺はケバーブを作ろう」

「んんああッ! すべては君の瞳の中にッ!」


 男たちが右手を差し出して一斉に頭を下げる。ワイシャツを広げて乳首を見せつけている訳のわかんねえ奴もいる。こんなシチュエーションどっかのテレビ番組でしか見たことねえよまじでッ。


 何が起きてるッ!?

 一体何がッッ!!

 もー何が何だかよく分からん!

 

 当然、こんな男たちの一斉攻撃を受けたら顔が赤くなるわな。

 熱ッ。己の意に反して顔が熱いぜ。

 そして可愛らしい女の子みたいにきょろきょろしてしまう俺。


 だぁーーっ!

 もう何なの?!

 やだこれもう!!!


 力を振り絞って、声を出した。


「あ、あ、あの皆様? 私はそんな美人でも可愛くもないんだけれど…。最近ちょっと痩せたとは思うけど…それはほんのちょっとっていう話で…」

「何を言うか!」

「その所作、行動、微笑み、あんたは白の女神だ!」

「そんな大きな垂れ目、見たことがない! かわいいっ!」

「それにエリィちゃんのその肩の下についているおっぱ――ぐぎゃあ」

「てめえエリィちゃんをそんな目で見るんじゃねえ!」

「ふつくしいぃ」

「魔力枯渇寸前まで何度も何度も治療魔法を唱えてくれたあんたの姿、この目に焼き付いてるぜ…」

「アリアナ、アリアナ、助けてちょうだい」


 俺は精神安定剤であるアリアナに助けを求めた。

 思えば助けてくれと言ったのは初めてかもしれない。

 

 彼女は待ってましたと言わんばかりの勢いで飛び出してきて、俺をかばうように両手を広げた。


「エリィが困ってる…やめて」


 男たちが、ぐうと唸って一歩引いた。


「アリアナ、ちょっといいかしら」

「ん…?」

「耳を触らせて」

「ここで…?」

「自分が自分でないぐらい動揺してるのよ。お願い!」

「別にいいけど…」

「ありがと」


 もふもふもふもふもふ。


 あー癒されるーこれ。

 精神錯乱、情緒不安定、肩こり、リウマチ、悪寒、すべてに効能がある“アリアナの狐耳”があって本当によかったー。一家に一人、アリアナの狐耳って感じだー。


「ん…エリィ、もうちょっと下」

「この付け根のところね」


 気持ちよさそうにアリアナが目を細めるので、つい微笑んでしまう。


「南の商店街代表、エゲレンタ・ボンテミーノはここに宣言するぅ! 我々は、いま、ここに、人類の楽園を見たと!!!」

「何なんだよあの狐娘はッ! 反則的な可愛さだろ…」

「超可愛い狐娘の耳をこれでもかといじる白の女神……生きててよかった」


 やいのやいの言っている男たちの言葉が聞こえてきたので夢中になっていた狐耳から手を離した。

 すると、獣人三人娘がすり寄るように集まってくる。


「リーダーだけずるいぞ!」

「そうニャそうニャ!」

「できれば…お願いしますボス」


 虎、猫、豹の娘っ子にあっという間に取り囲まれた。

 よーし、こうなったら――


 もふもふもふもふ。

 もみもみもみもみ。

 つんつんつんつん。

 さわさわさわさわ。


「ん…」

「うああっ!」

「ニャニャニャッ」

「わふぅ~」


 アリアナはいつも通りに、虎娘は全体的に、猫娘はつまむように、豹娘は撫でるように、これでもかといじり倒してやった。


「ケモノミミに囲まれる女神…」

「あちら側とこちら側には隔絶した差がある」

「むこうは楽園だ…」

「あの輪に入りたいッ」

「なんてこった、なんてこった…」


 そうこうしているうちに開院の時間になってしまった。

 告白してきた男たちはコゼットが行う『恋患いこいわずらセラピー』の特設ブースへ移動させ、いつも通り治療を開始する。



 この日の来院数は557名。



 たこ焼きは428パック売れた。



 治療院も昨日同様大混乱で大忙し。たこ焼き屋のほうは阿鼻叫喚の地獄絵図になっていたそうだ。商店街から出せるギリギリの人員で水を配っていたが、熱中症で倒れるお客さんが続出。そのまま治療院に運ばれるというなんともよくわからない事態になった。


 ポイントカード効果が功を奏しているのか他の店舗の売り上げも上々だ。商店街のメンバーは疲れてはいるものの、一様に表情が明るい。


「ねえアリアナ。私ってそんなに変わった?」

「うん…」

「どの辺が?」

「目がおっきくなった」

「それって顔の脂肪が取れたって事?」

「うん…先週より痩せたと思う」

「え?! 先週と全然違うの?」

「エリィの目、エイミーと似てるよ…」

「まあ! まあ! 姉様と?!」

「似てる……でもエリィのほうが少し大きいかも?」

「ええーっ! それはないわよ~」


 俺は全力で否定した。

エイミーの目はでかい。そして顔が小さい。まじで小顔だ。


「それはどうでもいいこと…。私はエリィのほうが可愛いと思う」


 語気を強めてアリアナが言った。

 いやーそれこそないと思うよ。うん。

 ニキビあるし、髪もまだまだ綺麗じゃないし。



   ○



 商店街七日間戦争・四日目――



開院前だというのに百二十人が並んでいる。

 前日より随分少なくて、正直ホッとした。


 西の商店街情報担当の話によると、今日はルイボン14世が言っていた『超有名吟遊詩人』が演奏を披露する日程になっているそうで、明日も講演が組まれているらしい。二日連続ステージか。悪くない作戦だ。そうこなくっちゃ面白くない。


 だがいいのかルイボン。呼ぶだけじゃダメなんだぞ。商店街を利用してもらわないとカウント魔道具が動かない。つまりはコンサートを開いても、その帰りなり途中で買い物をしに店を使ってもらわないといけないのだ。


 もう一つは『東の商店街』の大店『バイマル商会』がたこ焼きのレシピを盗みに来ているそうだ。絶対渡すな、と伝えてある。せいぜい自分たちでレシピを解明するんだな。調理法は見えているんだし、そんな時間はかからないだろ。

 だが、元祖たこ焼き屋はゆずらねえぜ。


 いつもの流れで開院した。


 治療をしつつ、俺とアリアナにフラれた男をコゼットセラピーに送り込んでいく。みんな疲労が蓄積しているのか魔力の枯渇が早い。本来だったら一日は休みを入れているはずだ。それを無理して全員に出勤してもらっている。クチビールとマツボックリペアは弱音一つ吐かずに自分の限界まで魔力を使い、患者を治していく。健気で献身的な姿に俺はちょっと感動を覚えた。



 この日の来院数は333名。



 たこ焼きは325パック売れた。


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