第81話 イケメン、ジャンジャン、商店街七日間戦争⑥


 商店街七日間戦争・二日目――



 午前九時五十分。

 開院前だというのに百五十人が並んでいる。


 ちょ! まじ並びすぎっしょ?!

 何が起きた?!


 聞くと、治療を受けた人から噂を聞きつけた患者が八十八名。朝のアリアナ遊撃隊の呼びかけを聞いた患者が二十五名。アリアナが可愛くて我慢できず、上半身裸になって飛び付こうとしたら虎娘に噛みつかれ、猫娘に引っかかれ、豹娘に回し蹴りを食らった、という男が一名。アリアナに告白しようとしたところ、ライバルと鉢合わせになり勝手に決闘をして、相打ちになって血まみれ、というアホなのが四名。アリアナに「……いやッ」と一言でフラれ、心の傷を癒して欲しく来院したのが六名。俺に感謝の花束を持ってやってきた昨日の患者が二十六名。


 なんか、すごいことになってるな……。


 治療の前に、花束を持った二十六名を中に通した。

 彼らは“再生の光”に感動し、これから俺のことを『白の女神』と呼ぶ、と口を揃えて言った。

 待ってくれ。ちょっと待ってくれ。すげえ恥ずかしいんだが!


「それはやめて……!」

「はっはっはっは、恥ずかしがる白の女神もかわいいね」

「君には感謝してもしきれないのさ」

「呼ぶくらいはいいだろう?」


 ということで押し切られてしまった。

 デブでブスだった俺がいつの間にか『白の女神』かよッ。


 急展開すぎてついていけないんだが…。

 ニキビだってまだ半分ぐらいしか消えてないし…。

 まだそんな女子としての自信がないんだけど、俺。


 うろたえている間に、大量の花束が治療院に飾られた。

 赤、白、黄色、水色、色とりどりの花で埋め尽くされ、治療院が一気に華やかになった。甘い香りが院内を包み込む。


 まあ、こうなったらもう期待に応えるしかねえな。よし、妥協せずに精進し、スーパー魔法使いアンド超絶美少女を目指すぞ。天才的なプラス思考を今ここで発揮するべきだ!

 俺、超かわいい。白の女神。イエーイ。



 それから患者が来るわ来るわで大盛況だ。

 なんでも昨日の火事の対応が良かったとの噂が一気に広まり、北東の治療院からわざわざこちらへ患者が来ているようだった。女神のような白魔法使いがいる、という声が聞こえ、俺を探す視線が痛い。好奇の目、というか、尊い者を見るような目線を向けられた経験はさすがの俺にもなく、どういう反応をすればいいのかわからなかった。

 人気者って結構困るな。いや、まじで。


 なるべく視線を気にしないように患者を捌き、魔力ポーションや、マンドラゴラ活性剤などで体力を維持しつつ全員でなんとかその日を終わらせた。アリアナ遊撃隊がお昼とおやつにおにぎりとたこ焼きを持ってきてくれたのはまじで助かった。下手したら飯抜きだったぜ。



 この日の来院数は520名。



 たこ焼きはなんと400パック売れた。



 アリアナ遊撃隊が上手く立ち回ってくれ、治療院とたこ焼き屋を行ったり来たりして不足分を補充してくれたようだ。後半はたこ焼き屋にかかりきりだったみたいだな。向こうも行列ができてやばいらしい。たこ焼き器を三機追加しても捌ききれず、閉店時間で並んでいる客を帰してしまうほど、人員が間に合わなかったそうだ。閉店した今も材料をギラン、ヒロシ、チャムチャムが必死にかき集めている。喧嘩してないみたいだし、えらいえらい。


 あれからちょこちょこルイボン14世が治療院に顔を出すようになった。彼女から聞いた話によると、明日からデザートスコーピオンの討伐作戦が開始されるようだ。『竜炎のアグナス』というA級冒険者を筆頭に、B級が七名、C級が二十名、オアシス・ジェラの兵士が八十名、計百八名という大規模な作戦だ。


 ちなみにルイボン14世は『竜炎のアグナス』というイケメン冒険者にお熱らしい。語り口調がやけに情熱的だった。あなた恋してるんじゃないの、と聞くと、かつてないほど狼狽して治療院から走り去っていった。初心うぶだなー。


なんだか、魔力循環が日に日に上手くなっている気がする。

 ポカじいに、これならすぐにでも“身体強化”できる、と言われた。修行したいのも山々だったが、疲れすぎてアリアナと風呂に入ってすぐ寝てしまった。



   ○



 商店街七日間戦争・三日目――



午前九時五十分。

開院前だというのに二百人が並んでいる。


 どうしてこうなった!?

 並びすぎいいい!!

 オアシス・ジェラ中の患者が西の治療院に来ているんじゃねえの? まじで!


 聞くと、治療を受けた人から噂を聞きつけた患者が百二十五名。朝のアリアナ遊撃隊の呼びかけを聞いた患者が三十名。アリアナが可愛くて我慢できなかったが、アクションを起こすと怪我をするとようやく学習した野郎共が集団で告白したところ「………いやッ」と一言でフラれ、心の傷を癒して欲しく来院した、という同情していいのか笑っていいのかわからない患者が十五名。そして、実に真剣な面持ちで俺に感謝の花束とラブレターを持ってやってきた元患者が三十名。


 何が起きてるッ!

 一体何がッッ!

 俺の理解の範疇を超えて事態が動いてるぞ!!


 アリアナはわかる。ちっちゃくて可愛くて、まつげが長いつぶらな目で見られたら男は一撃でノックアウトする。おまけに狐耳がその可愛さを増幅させてるからな。あれは反則だ。別に小さい子が好きじゃなかった俺ですら、もうアレだ。あかんのや。刑事さん、白状するで。俺ですら………あかんのや。

それに、グレイフナーの家族が平気だとわかってから益々元気になったからな。見た感じ、またちょっとアリアナの体重が増えた気がする。もうちょい太って筋肉がつくと細身でバランスのいい体つきになるな。そうなったら………いや、やめよう。妄想だけで結構やばい。鼻血出そう。俺、女だけど。

エイミーとは真逆のベクトルの美人になるな。


 エイミーが“綺麗”に“可憐さ”と“可愛い”を内包させた『伝説級美女』だとすると、アリアナは“可愛いは正義”を地でいく“可愛い”を極めし『アルティメット狐美少女』って感じか。つーか日本でもあそこまでの美人、美少女はみたことがねえ。


 って何の分析してんだよ。

 アホかッ。


 そういや昨日、治療院の端っこで、コゼットがアリアナにフラれた男たちを懸命になぐさめていたな。あれはもはや恋の精神科だった。男達の晴れ晴れした表情が印象的で、みんな吹っ切れたみたいだ。コゼットすげえな。今日もフラれた男達の心のケアはコゼットにまかせよう。


 にしても急に『白の女神』とか呼ばれてラブレターたくさんもらっても本気で困るんだが…。全員フッて、コゼットに丸投げするのがいいかもしれねえ。さすがに尊敬されるような眼差しで見られて「おとといきやがれですわーおっほっほっほ!」とかふざけた対応できねえ……。ちょっとやってみたいが。

 何にせよ、真摯に対応しよう。営業時代とその辺は同じだ。


 とりあえず俺へのラブレターと花束を持った男達を院内へと通した。


「皆さん、花束をありがとう」


 両手で抱えきれないほどの花束を受け取った。

 つい色とりどりの花がきれいでうっとりと微笑んでしまう。

 男だろうが女だろうが美しい物を見ると自然と口角が上がるもんなんだな。俺、前からきれいなものとか美しいもの好きだし、ついね。


 我に返って前を見ると、男たちや治療院のメンバーが俺のことをぼーっとした顔で見つめていた。何? 何なの? なんか問題あるなら言ってほしいんだけど!


 花束を持ってきた男たちの代表っぽい豪奢なターバンを巻いた初老の男性が、厳かに一歩前へ出て胸へ右手を当てた。

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