第80話 イケメン、ジャンジャン、商店街七日間戦争⑤


「ぐああ! いてえッ。いてえよぉ!」

「寝かせたぞ! 頼む!」


 対象者の全身が生まれたての素肌になるようイメージして、俺は魔法を解き放った。


「“再生の光”!!!」


 俺の身体から神々しい光が漏れ、患者が淡い白光に包まれる。

 火傷した肌の上から絵の具を塗っていくように新しい皮膚が再生され、みるみるうちに傷が消えた。


「い……いたくねえ?!?!」

「おおおおおおっ…詠唱なしで……」

「しばらくは安静に。あっちにベンチがあるわ」

「わかった…」


 安心させるように男の目を見て笑顔で言う。火傷が治った彼はゆっくりした足取りで奥のベンチへ移動した。


「お嬢ちゃんありがとう! ありがとう! ほんとにありがとう! あいつは昔っからの悪友でよぉ!」

「お礼はあとよ! あなた、手伝ってちょうだい! どんどん私の前に患者を寝かせてッ」

「おう! まかせとけ!」


 元気そうなその友人に協力を要請し、次々に患者を治療していく。ポカじいに患者の重症度のアドバイスをもらうと、“再生の光”で全員治せるレベルの傷だったので、重傷者はすべて俺が担当することにした。ポカじいが後ろに控えていてくれるので、思い切り魔法が使える。ありがとよじいさん。


「すごい! 一瞬で“再生の光”を詠唱したぞ!」

「ぎゃあああぁぁ………って治ってる!?」

「なんだあの子は!? 杖なしだぞ!」

「あんな子この町の治療士でいたか?!」

「いかん! あの子が女神に見えてきた!」

「北東の治療士は“再生の光”十回が限度だと聞いたが?!」

「よくわからんけど重傷者をあの子の前へ運べ!」


ジャンジャン、コゼット、桶屋の息子、受付嬢が獅子奮迅の働きで会場内を動き回り、火事現場から患者を運んできた元気な男共が治療に協力する。アリアナ遊撃隊に呼ばれた商店街で手が空いているメンバーも駆けつけ、全員で負傷者の治療に当たった。



そんな緊迫した雰囲気をぶちこわす声が入り口から響いた。



「おーっほっほっほっほっほ! ニキビ小デブ! やっと見つけたわよ…………って何この惨状はッ?!」

「邪魔…」

「どいて!」

「どくニャ」

「失礼ッ」


満を持して登場したルイボン14世は大量の水とタオルを運んできたアリアナ遊撃隊によって奥へ押しやられた。

 ちらっとルイボン14世を見ると、バカにしていい雰囲気でないことをさすがに悟ったのか言葉が何も出てこないようだ。付き人らしき四人も治療院の奥へと追いやられる。


「“再生の光”!!」


 火事の崩落によって右半身に大けがを負っていた患者が、癒しの白光に包まれ回復していく。


「す、すごいわね…」


 思わずルイボン14世が呟く。


「暇なら手伝って…」

「このタオルは向こう!」

「水をコゼットのところに持っていくのニャ!」

「よろしくお願いします」


 アリアナ遊撃隊はルイボン14世とその付き人にタオルと水の入った壺を押しつけて、外へ飛び出していった。


「な、なんで私が!」


 そう叫ぶルイボン14世だったが、周囲から「領主様の娘ルイス様だぞ」「手伝いに来てくれたらしい」「跳ねっ返りのお転婆が?」「なんにせよありがてえ!」という声を浴びてしまい「しょ、しょうがないわねえ!」と大声で言って手伝い始めた。


 基本いい奴のルイボン14世に俺は思わず笑ってしまった。


「あの子が笑ったぞ!」

「まだ魔力が尽きないらしい!」

「誰なんだあの子は! 垂れ目が可愛いッ!」

「うあぁ! からだが熱くっ……………ないッ!?」

「もう二十人は治療してるってのにまだいけるのか!?」

「頑張れみんな! あの女神みてえな子が治してくれる!」

「あんなに発動の早い“再生の光”は見たことがないッ!」


 ルイボン14世を含めた全員が事態を収束させようと駆け回っている。ポカじいがこっそりと動き回っている連中に木魔法の下級“精霊の森林浴キュール”をかけていた。疲労軽減の効果がある魔法だ。


 それから十五分ほどで重症患者は治療し終わり、続いて中傷者の治療をする。治癒ヒール組も奮闘している。まだ魔力は切れていないようだ。桶屋の息子が周囲の状況を確認し、並んでいた患者を院内へ案内し始めた。治癒ヒール組の列がすぐに行列へと変わる。


「まだいける!」

「やるわよ!」

「エリィしゃんとデート!」


 お調子者マツボックリペアとクチビールが奮闘する。


 そこから二時間ほど経過して、ようやく院内が落ち着いてきた。俺はベンチやベッドに寝ている重傷だった患者の様子を見てまわり、治療漏れがないかを確認していく。様子を尋ねると「ありがとう」や「助かった」などの感謝の言葉をもらった。いやー人の為になることってやっぱ気持ちいいね。誰かの役に立って、エリィも喜んでる気がするぜ。


「ハァハァ……言い遅れたけどねッ! 今日から一週間が勝負だからね!」


 煤で汚れた治療院を掃除していたルイボン14世が山盛りパーマをゆさゆさ揺らして、思い出したかのように指さしてくる。


「わかってるわ。絶対に西が勝つけどね」

「ふふん、私にはとっておきの秘策があるから負けないわよ!」

「どうせあれでしょ、有名な吟遊詩人でも呼ぶんでしょ?」

「………………………………ち、ちがうわ」


 俺がスパイから得た情報を披露した。

動揺を隠せないルイボン14世。


「へーそうなの、へー」

「ち、ち、ちがうわ」

「へぇ~。そうなのぉ~」

「むきーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」


 彼女は腹に据えかねたのかタオルを床にたたきつけた。


「そうよ! 超有名な吟遊詩人様が東の商店街で演奏してくださるのよ! 集客はうなぎのぼり間違いなし!」

「それはそれは……」

「な、何よ」

「頑張ってね」

「きぃーーーーーーー! バカにしたような目で見ないでちょうだい!」

「別にバカにしてないわよ。財力で集客するなんて当然の戦略でしょ」

「ま、まあ、そうよね。ふん」

「それからルイボン14世……治療を手伝ってくれてありがとね。あと付き人の人も」


 俺は心から礼を言った。顔が勝手に微笑むのはエリィのせいだろうか。

 ルイボン14世は熱に浮かされたようにぼーっと俺の瞳を見つめて顔を赤くし、振り切るように首を振った。


「領主の娘として当然よ! 礼なんていらないわ!」

「そう。何にせよ助かったわ」

「ふん! 一個貸しよ、貸し!」

「いいわよ」

「忘れないでちょうだい!」


 ルイボン14世は念を押すように何度も俺の顔を指さした。

 こらこら、そんなに人を指さすのは失礼だぞ。


「それにしてもあなた…白魔法使いだったとはね……さすがに驚いたわ」

「頑張って練習したから」

「そうなの、偉いのね」

「ルイボンの適性魔法は何なの?」

「私は……土。でもダメ。魔法の才能が全然なくって」

「へえ。でも練習はしっかりしておかないといざってとき対応できないわよ」

「そうね、家庭教師にもう一度言って練習しようかしら」

「それがいいわよ。たまになら練習に付き合ってあげるし」

「本当に?!」

「私も自分の修行があるから、たまによ?」

「いいわよたまにでも! 絶対に約束よ!?」

「ええ、別にかまわないわ」

「本当の本当に忘れないでよね!」

「わかったわよ…そんなに大声を出さなくても…」


 そこまで言って自分が何を念押ししているのか気づき、あわてるルイボン14世。

 余程恥ずかしかったのか、ルイボン14世は立ち上がって「勝負は勝負だからね!」と言ってつむじ風を巻き起こさん速度で去っていた。

 あれか? ルイボン、友達いないのか?


 その後、特に大きい事故などはなく、患者が散発的に来院してきた。

 他のメンバーが早くに魔力枯渇になってしまったので、後半は重軽傷者関係なく俺がすべて治療をした。



 この日の来院者数は339名。



 たこ焼きは301パック売れた。



 ポイントカード景品交換所を商店街のど真ん中に持ってきたおかげで、カードに興味を持ってくれるお客さんが増え、商店街には過去最高数の人が集まった、と報告を受けた。



   ○

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