第79話 イケメン、ジャンジャン、商店街七日間戦争④
商店街七日間戦争・一日目――
ついに戦いの幕は切って落とされた。
西と東の商店街七日間戦争ここに開戦ッ。
「全員いいな! これから一週間が勝負だ! 治療院とたこ焼き屋のおかけで集客は先々週の倍以上になっている。549人から1302人。集客増加率は137%、まだまだ集客は伸ばせるぞ。ポイントカード景品交換所の場所はエリィちゃんの提案で商店街の奥の方ではなく、治療院とたこ焼き屋の間に移動することにした。受付は先週と同じ、各店のローテーションで行うので順番を再度確認してくれ」
まとめ役のギランが虎人らしく、戦場に出掛ける武人かくやと言わんばかりの勢いで獰猛に牙をむいて交換所のローテーション表を掲げた。
商店街の全長は百五十メートル。
まず商店街の入り口に『治療院』と『たこ焼き屋』があり、五十メートル奥に『ポイントカード景品交換所』、もっと奥へ進むと『バルジャンの道具屋』で、終点が『西門』という一直線の作りだ。
『ポイントカード景品交換所』を人目のつきやすい商店街の入り口ど真ん中に移動することによって、ポイントカードの存在を印象づけ、消費者に訴求する作戦だ。
開院前の治療院に集まっている西の商店街五十二店舗の全店主、その家族、従業員、約三百名は真剣な面持ちでギランの話を聞いている。
「敵である『東の商店街』も本日から大々的にセールを行い、集客増加を狙ってくる。だがその実情は脆い! 連携が取れていない! 先々週の集客は8114人。先週は8233人で集客増加率はたった1%! セールは所詮、付け焼き刃の攻撃にすぎん! 一時的に客は増えると思うが良質な商品が売れてしまえば客足は途絶える! 俺たちの団結力と情熱を見せれば必ず勝てるッ! 勝てるんだ!」
集まったメンバーから威勢のいい雄叫びが上がる。
「体調管理はしっかり行ってくれ! 最近特に暑くなってきている。外に出る機会が多くなるから水分はきっちり摂るように。一週間で熱中症になった、なんて洒落にもならんッ。うちの店とたこ焼き屋は常時水を飲めるよう開放しているので、つらくなる前に水分補給をしてくれ! いいな!」
再度、返答の雄叫びが響いた。
これからが本番なのだ。全員が、領主の小娘ごときの思いつきで自身の家と大切な商店街を潰されてたまるか、と瞳にぎらついた炎を宿している。
開店三十分前。
気合いも充分。ギランの演説は良かった。全員がこれで気持ちを一つにして一週間戦えるだろう。最高の士気だ。
その後、猫人のヒロシから簡単な伝達事項があり、決起朝礼会は終了した。
三百人が治療院から自分の持ち場に移動しつつ、互いに挨拶をしたり肩を叩き合って激励したり、綿密にポイントカードの内容を確認し合ったりと、三々五々入り口から外へ出て行く。
「ギラン、ヒロシ、チャムチャム、ちょっといいかしら」
俺は別々に出て行こうとする獣人三バカトリオを呼び止めた。
何を言われるのかわかっているのか、三人はバツの悪そうな顔をして互いに顔を背けながら俺の前にやってきた。
「わかってるわよね?」
あえて言葉少なに俺は三人の目をじっと見つめた。
すべての伝えたい事柄とビジネスマンとしての魂をエリィの美しいサファイヤの瞳に込めた。
ギランはたじろいで一歩後ずさりし、ヒロシは電撃を浴びたように尻尾を逆立て、チャムチャムは俺の瞳から目を逸らして瞑想するかのようにまぶたを閉じる。
しばらくの沈黙。
ほとんどのメンバーが治療院から出ていく中、アリアナ、獣人三人娘、ジャンジャン、コゼットが心配そうにこちらを見つめていた。端から見れば獣人のおっさん三人を金髪少女が叱っているという不思議な光景だろう。
沈黙に耐えきれなくなったギランが深く首肯して口を開いた。
「わかった…。エリィちゃん。それから、ぐっ………すまなかった、二人とも」
拳を握りしめ、ギランは小さく頭を下げた。
ギランがぎこちなく謝る姿をみて、虎娘が驚愕したのかぽかんと口を開けた。
「父ちゃんが…謝った?」
突然の出来事にヒロシ、チャムチャムも驚きを隠せないのか、床を見たり、頭を掻いたり、耳をさわったり、動揺が隠せない。
どんだけ動揺してんだよ…。
「い、いやぁ、俺も……悪かった」
「すまなかった………この一週間、心を入れ替えて協力しよう」
ヒロシとチャムチャムがギランの誠意に折れて、謝罪を表明した。
「お父ちゃん、やればできるニャ」
「それでこそ豹人です、お父様」
猫娘、豹娘がホッとしたのか笑顔になってうなずいた。
ギランは商店街のためによくプライドを捨てられたな。すげーじゃねえか。これでプリティーな三人娘も心配せずに済むな。
○
開院十分前になった。
もうすでに六十名ほどが並んでいる。
これから始まるであろう商店街七日間戦争、開戦の狼煙はそのうち来ると思っていたルイボン14世の罵声ではなく、会場整理の桶屋の息子から発せられた。
「ハァハァ……エリィちゃん大変だ!」
彼は院内に駆け込んできて、肩で息をしながら叫んだ。
開院前なので治療組は精神統一をしたりリラックスをしたりと各々で準備をしているところだった。全員が一斉に桶屋の息子へ注目する。
「南門近くの工場で火事があった。建物は全焼。今から怪我人がここに来る!」
うお! それはやべえ!
オッケーオッケー。こういう時こそ冷静にいこう。
「落ち着いてちょうだい。会場整理がそんなに慌てたらダメよ」
俺はあえてにっこりと笑い、余裕の表情を作った。
タフな精神を持っているので彼をこの役職に抜擢したのだ。桶屋の息子はすぐ冷静になった。
「まず人数を。それから症状を教えてちょうだい」
「怪我人の人数は五十人から七十人ほど。軽傷者が半分ぐらいで、中傷者と重傷者がもう半分だ」
「わかったわ。桶ヤンは入り口で待機。アリアナ遊撃隊は今並んでいる患者さんで辛そうにしているひとを見つけて先に通してちょうだい。選別しつつ軽傷の患者さんに事情を話して待ち時間が延びる旨を伝えて。火事の負傷者からは受付でお金を取らなくていいわ。あとでまとめて請求しましょう」
「よっしゃ!」
「うん…」
「やるぞぉ!」
「いくニャ」
「行きますっ!」
桶屋の息子とアリアナ遊撃隊が飛び出していく。
「みんな治療の準備をしてちょうだい! ジャンジャンとコゼットは患者用の水を!」
「はいよ!」
「オッケー!」
「はいでしゅ!」
「オーケーエリィちゃん」
「がんばるねっ!」
全員が急いで準備に入る。
アリアナ遊撃隊が連れてきた、並んでいて尚且つ症状が重い患者五名、捻挫、打撲、深い切り傷、裂傷、骨折、を“
「ほっほっほ、いい集中じゃ。発動もなかなかに速い」
「ありがとポカじい」
「失敗したらわしが治してやるからの、気楽にやれぃ」
「わかったわ」
じいさんはまじで頼りになる。スケベだけど。
そうこうしているうちに桶屋の息子が、バァンと治療院の扉を開いて「来たぞ!」と大声を上げた。
続々と患者が搬入される。
入ってきた全員が煤だらけだ。担架で運ばれる患者は火傷でうめき声を上げ、両肩を支えられて何とか歩ける者たちが苦しそうな顔をし、動けない患者は力持ちらしき屈強な男達におぶられて運ばれる。
指示を出したとおり、会場整理である桶屋の息子が手際よく重傷患者を俺の列へ並ばせ、軽傷な者を
瞬く間に治療院は戦場になった。
「いてえ! いてえよぉ!」
「おい治療士! 早く魔法を! こいつは俺をかばって火の中に飛び込んだんだ!」
「そこに寝かせてちょうだい!」
「お嬢ちゃんが治療士だって?! 冗談はよせ!」
「おだまりッ! いいから早く寝かせないさい!」
必死に友人の助けを求める男を一喝し、俺は即座に魔力を循環させる。
全身を火傷して腕と両手がただれている。これは相当量の魔力を込めた“再生の光”でないと治らない。
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