第71話 イケメン、アリアナ、上位魔法①
夜の砂漠は冷える。
荒涼とした景色が月夜に照らされ水平線の向こうまで続いている。
意識を集中させ、何度も唱えて何度も失敗した白魔法の下級“再生の光”をイメージした。
光魔法の上位である白魔法は使用者が少なく、光の適性者の中でも習得できる人間はほんの一部。確率としては二十人に一人と言われている。グレイフナー魔法学校の「ライトレイズ」クラスの人数が毎年四十人前後ということを考えると、光魔法適性クラス一つにつき、二人しか使えないという計算だ。
白魔法は効果が凄まじい。
中級では斬られた腕をくっつけたりできる。
上級では欠損部位がにょきにょきと生えてくるらしい。
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光魔法
下級・「ライト」
中級・「ライトアロー」
上級・「ライトニング」
白魔法
下級「再生の光」→斬撃、やけどの治癒等。
中級「加護の光」→切断直後の部位接着等。
上級「万能の光」→欠損した部位の再生等。
超級「神秘の光」→あらゆる事象の再生等。
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治療効果に浄化効果が付随するので、アンデッド系の魔物に絶大な効果がある。
それこそ白の上級であれば、ボーンリザードを消滅させることができる威力を秘めているらしい。上位魔法の上級の使用者ともなれば、二つ名が付くレベルで、様々な団体から引っ張りだこだ。しかも白魔法は使用者が燦然と光り輝くため、派手で人気がある。
俺もできたら人気者だな。
ま、できれば、の話だが。
ポカじいが言うには俺はすでに白魔法の中級まで習得が可能とのことだったが、果たして本当にできるのだろうか。
下級“再生の光”の呪文は『我、慈しみの心を持ち、光を受け、愛する友に光を授けん』だ。
ゆっくりと呼吸をし、ポカじいが何度も唱えていた白く神々しい白魔法を思い出す。魔力をへその中心から髪の毛、爪の先までしっかり循環させ、全身に魔力が巡る状態を作り出した。
「我………慈しみの心を持ち…………光を受け………………」
湧き上がる魔力の本流を循環によって操り、暴走させないようにする。
以前は詠唱のこの辺で必ず魔力が寸断されてしまい、失敗して詠唱が霧散した。
しかし、今は嘘みたいに楽だ。
これなら……いける。
「……愛する友に光を授けん」
魔力がどっと抜けていく感覚と共に、傷をつけておいた目の前のサボテンが光り輝き、瑞々しい緑の表皮がビデオの逆再生ように塞がった。
うおおおおおおっ!
思わず俺はレディらしくないガッツポーズを取ってしまった。
いや、エリィもそれほどに嬉しいってことだろう。普段、男っぽい行動をすると必ずエリィの身体が嫌がって淑やかな動作になるのだ。それがないってことは乙女の動作を忘れちまうほど嬉しいってことだろう! きっとそうだ!
やった! やったぜエリィ!
上位魔法がついにッ!
クラリス! バリー! エイミー! みんな!
「やったわーーーーー!」
俺は嬉しさのあまりアリアナに飛び付き、次にポカじいに飛び付いた。
突然の出来事にじじいは目を白黒させたが、ほっほっほっほっほ、と親のように笑ってくれている。ただ、右手はしっかり俺の尻に添えられていた。
「ほっほっほっほッピイ!!」
俺のビンタでじじいが錐揉み三回転し、ぶっ倒れる。
だがスケベじじいは何ともない表情で起き上がって笑顔でうなずいた。
「おぬしが基礎訓練を頑張った成果じゃな」
「ええ。ありがとうポカじい」
「なあに。上位魔法なぞ序の口じゃぞい」
「わかってるわ!」
続いてアリアナがシャケおにぎりを飲み込んで気合いを入れると、闇魔法の上位、黒魔法の詠唱に入った。
足を揃えて両手を広げ、目を閉じる。
集中しているのか、ふさふさの尻尾が時折思い出したかのように揺れ、離れていてもわかるほど長いまつげが微かに動く。
闇魔法と黒魔法の基礎を思い浮かべた。
――――――――――――――――――――
下位魔法・「闇」
下級・「ダーク」
中級・「ダークネス」
上級・「ダークフィアー」
上位魔法・「黒」
下級・「黒の波動」
中級・「黒の衝動」
上級・「黒の激動」
超級・「黒の重圧」
――――――――――――――――――――
黒魔法は精神と重力を司る魔法だ。
下級・「黒の波動」は小規模の闇が発生し、精神を不安定にする。
中級・「黒の衝動」は中規模の闇が発生し、精神を異常にさせる。
上級・「黒の激動」は大規模の闇が発生し、精神を崩壊させる。
超級・「黒の重圧」は精神を掌握する。
すべての魔法に重力干渉が不随する。
これだけ見るとやばそうだが、魔法を食らっても精神訓練をしていれば問題なく処理できるそうだ。例えば下級「黒の波動」は精神を不安定にするが、同レベルの魔法使いにはあまり効果がない。
ただ、ポカじいは上級まで使えるそうで、格下の俺たちに上級・「黒の激動」を使用した場合、半日ほどパニックを起こす症状が出ると言っていた。一般人や魔力が弱い人間に使用した場合、効果は文字通りで元の人格を保っていられないような精神崩壊を呼び起こす、とのこと。
いや、まじでこええよ。
さらに基礎魔法から派生する魔法が非常に強力で、重力を使った攻撃が相当にやばい。
下級の派生魔法である重力負荷を対象にかける“
ボーンリザードが唱えた上級の派生、“
アリアナの父親は黒魔法の中級まで使えたそうだ。
そりゃ決闘をしたガブリエル・ガブルってクソ狼人も奥さんを人質に取りたくなるってもんだろう。炎、氷などのわかりやすい強力な攻撃魔法と黒魔法を併用されたら対応するのが相当にきつい。“
とはいっても全くガブガブには共感できない。卑怯で卑劣な奴は許さん。
ちなみに黒魔法、下級“黒の波動”の呪文は『魂なき操り人形は貴方の記憶を観測し暗雲に迷える物を記録せん』だ。超恥ずかしいな。日本で唱えたらめっちゃイタい奴だ。異世界全力フルスロットルって感じだよな。
と、俺が考えている間にアリアナがくわっと目を見開き、詠唱を始めた。
どうやら杖なしでやるようだ。
練習の成果でアリアナも杖なしで魔法が使えるようになっている。問題ないだろう。
「魂なき操り人形は…………貴方の記憶を観測し………………」
アリアナの顔が苦悶にゆがむ。相当に魔力操作が難しいみたいだ。
頑張れアリアナ!
声に出さずエールを送るぜ。
いけ! ぶっ放せ!
「暗雲に迷える………………」
狐耳がピンと上がり、尻尾が逆立つ。
もうちょいだ。いける。いけっ!
「物を………記録せん」
うおおおおおっ!
全部詠唱した! いけたか!?
数秒の間があり、黒魔法下級“黒の波動”が発動した。
アリアナを中心とした一帯だけ鉛筆で塗りつぶしたかのように闇が濃くなり、彼女の姿が瞬間的に見えなくなる。なんだか漠然とした不安に包まれるのは黒魔法のせいだろうか。
試しに、俺は気持ちを強く持った。
俺は天才、俺ならできる、俺はイケてる男、俺は最強の男。
スーパーイケメン営業小橋川。アーイェオーイェ俺テンサイ。
大事な商談やプレゼンの前に唱える言葉。自己暗示をかける。
すぐに漠然とした不安はかき消えた。
やはり黒魔法は気持ちを強く持たないと精神的に参ってしまうようだ。疲労困憊のときやフラれた瞬間とかにやられたらやばそうだな。まあ俺がフラれるってことはないが、スルメとかスルメとか、あとスルメとか、フラれたとき要注意だな。念のため会ったらあいつに教えてやろう。
しばらくすると、闇は消え、砂漠の夜空に照らされたアリアナがこちらにやってきた。稀に見る満面の笑みだ。余程嬉しかったのだろう。
きゃ……きゃわいい。
「エリィ…!!!!」
尻尾を振ってアリアナが俺に飛び付いてきた。
「やったわねアリアナ!!」
「うんっ。うんっ!」
「これでお父様に一歩近づいたわね」
「うんっ! エリィのおかげ……!」
「二人で修行頑張ったからね。砂漠を延々と走りながら魔力循環……思い出しただけで吐きそうよ」
「ポカじいも…ありがとっ…!」
「ほっほっほっほっほ。さあわしの胸に飛び込んでおいで」
ポカじいがスケベな顔をして両手を広げている。
アリアナはじっと見つめると、小さな声でこう言った。
「……………やっ」
「うっ!」
スケベじじいは可愛い子に拒否される、という精神ダメージを負い、心臓を押さえてうずくまる。スケベ心がなければアリアナも抱きついたんだけどな。
「なんじゃろう、この胸の痛みは…」
「自業自得よ」
「わしは嬉しいんじゃよ! 孫のような可愛い弟子が成長してのぉ! 少しぐらいええじゃないか!」
「エッチなこと考えてたでしょ!」
「どさくさに紛れてアリアナの小さい尻……いや、わしは何も考えとらん!」
「ポカじい…えっちなことは……めっ」
冷たい表情でアリアナに怒られ、しゅんとするスケベじじい。
どうせ五秒で復活するんだが。
「わしは尻のすべてを
じじいは二秒で立ち上がった。
「ほっほっほっほ。二人とも上位魔法習得おめでとう。これでようやく新しい魔法の世界へ踏み出せるな」
「なんで急に真顔でそれっぽいこと言うのよ。調子が狂うわ」
「ん……」
「締めるところは締めんとな。尻の筋肉と一緒じゃ」
「ちょいちょい下ネタ挟むのほんとやめて」
「えっちぃのは……めっ」
「ほっほっほっほっほ。よいか二人とも、下位魔法と上位魔法には隔絶した威力と効果がある。使い方を間違えば簡単に人を不幸にすることができ、正しく使えば素晴らしく有用で大切な人を守る力になるじゃろう。おぬしたちなら大丈夫であろうが、魔法の使い方、魔法使いとしてのあり方について、これから一生向き合っていかねばならん。肝に銘じるのじゃぞ」
俺とアリアナはじいさんの言葉を受け止めて、飲み込んだ。
そして姿勢を正して返事をした。
「はい!」
「はい…!」
ポカじいは久々にいいことを言った。
確かに強くなることは大事だ。しかしどうやって自分の力を使うか、これは重要だ。ビジネスマンの中でも自身の力に溺れ、人を騙して金を稼ぐ奴らもいる。そういう奴らは大抵目が濁っていて笑顔が不自然だった。俺のような営業畑出身の人種や、観察眼に優れた人事部、数多の職種を見てきた総務部の奴など、デキる男達は、そういった悪意に染まった種類の男を見るとほぼ百パーセント嫌悪感を抱く。
半端なビジネスマン、信念のない営業マンは奴らにころっと騙されてしまう。あいつらは狡猾で自身の悪意を消すことに長けているが、ほとんどの場合、吟持はない。ただ醜いだけだ。
ポカじいは俺たちにそういった魔法使いになってほしくないのだろう。
大丈夫。俺は大事な人を守るために強くなると決めた。それが男ってもんだろ、じいさん。
「特にエリィには注意したいことがある」
「なに?」
「もう少しでいいんじゃが、あのバチバチ攻撃を弱くしてくれんかのぉ…」
「お尻を触らなければしないわ」
「いや、それは無理じゃな」
なぜか睨み合う俺とポカじい。
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