第72話 イケメン、アリアナ、上位魔法②
ヒュウゥゥッ――
砂漠の荒野に風が吹く。
「……」
「……」
「交渉決裂ね」
「尻裂となッッ?! もう尻は割れておろうに! ぱっくりと! ぱっくりとなッ!」
「……スケベじい。電気ショックを一発お見舞いして差し上げましょう」
「ふえぇ?! ちょっと待ってくれぃ。なぜじゃ?!」
「せっかくいい話してくれたのに台無しよ。私の感動を返してちょうだい」
「…残念じゃがエリィよ、わしを捕まえられるかのぉ」
じじいはこともあろうに“身体強化”をして反復横跳びを始めた。
巻き起こるじじいの無限残像。
俺とアリアナの周りにポカじいが十人現れた。
「ほっほっほっほっほっほ。ほれエリィ、わしを捕まえてみい」
こんなこともあろうかと、俺は今まで使っていなかった奥の手を使うことにした。
大きく息を吸い込んで、俺は叫んだ。
「見てポカじい! なんてキレイな桃尻でしょう!」
「なにぃ!? どこじゃあ!」
「あそこよ! あそこ」
立ち止まって、俺の見ている方向へと目をこらすポカじい。
完全に棒立ちだ。
ぐっすりと眠っているペットに毛布をかけてやるように、そっと彼の手を握った。
「エリィ、どこにおるんじゃ桃尻は!」
「いないわ。見間違いだったの」
「そんな! わしが夢にまで見ている尻の上にオムレツを乗せる料理“ケツレツ”をやってくれる桃尻女子かもしれんじゃろ!?」
「え? なぁにその夢?」
「尻の上にオムレツを乗せる夢のような料理“ケツレツ”じゃよ」
「あのー、ちょっと意味がわからないんだけど…」
「だーかーらぁー、ぷりんぷりんの尻の上にじゃな、あつあつのオムレツを乗せて食べるという尻ニストの夢――」
「
「ケツケツケツケツケッッッツレレレレレレレレレレレツゥゥゥッッピ!!!!!」
変態スケベじじいは黒こげになって夜の砂漠にぶっ倒れた。
その下にアリ地獄が現れて、じいさんの残骸をサラサラと飲み込んでいく。
ヒュウゥゥッ――
砂漠の荒野に風が吹く。
「下品はいやぁね本当に」
「おげひんは……めっ!」
○
「ということでじゃ」
「ということでじゃ、じゃないわよ! 本当に下品ねあなた!」
「まあまあ、柔らかい尻で固いこと言うでない」
「ちょいちょい下ネタ挟むのほんとやめて」
「………めっ!」
「これからは“身体強化”“新しい魔法の習得”合間を縫って“武器攻撃の練習”という三つを行っていくからの。商店街の問題もあるが、手は抜かん。よいな」
「もちろん!」
「うん…!」
「それからエリィが基礎修行の最中に言っていた孤児院の子どもの件じゃが、探すのは相当に骨じゃぞ」
「どうして? ポカじいの魔法でどうにかならないの?」
水晶で映像を見れるということを知って、俺は孤児院の子どもたちが売られてしまったという謎の訓練施設を見つけられるのでは、と思いポカじいに話していた。だが、そう上手くいかないようだ。
なんだよ。ぱーっと魔法で調べてくれよ。
「おかしな波動の魔力やとびきり強い魔力なら遠くまで感知できるがのぉ、そういったヒントなしの場所や人物を見つけるのは無理じゃぞ。それこそ砂漠の中から一粒の砂を見つけるようなもんじゃ」
言われてみればノーヒントで探すのは無理があるな。
インターネットの地図を地道にマウスで動かしつつ拡大縮小を繰り返して、それっぽい建物を探す。その作業を水晶でするってことだ。パソコンでやれって言われても絶対いやだな。ましてや水晶でそんなこと長時間やったら魔力が減って疲れるだろう。つーか見つけられる気がしねえ。
「はぁ~そう全部がうまくいくってことはないのね」
「ま、そういうことじゃの。もちろんかわいい弟子のためじゃ。時間があるときに探してみるがの」
「ポカじい…ありがとう」
「その代わり」
「お尻は触らせないわよ」
「おぬし…人の心が読めるのか?」
「それぐらいわかるわよこのスケベッ!」
○
こうして“身体強化”“新しい魔法の習得”合間を縫って“武器攻撃の練習”の修行が始まった。
大体の一日の流れはこうだ。
朝起きてご飯を食べ、アリアナのおにぎりをにぎり、魔力循環をしつつポカじいの家からランニングでオアシス・ジェラへ向かう。ざっと四十キロを二時間。オリンピック選手もびっくりのタイム。
これやばくね。軽く地球の最高レベルを越えてきた気がする。
あと鼻歌まじりで走りながら魔力循環を注意してくるじいさんやべえ。
おにぎりを食べてるときだけ循環を乱さないアリアナのおにぎりへの愛がやべえ。
九時頃『バルジャンの道具屋』でシャワーを借りてさっぱりし、ガンばあちゃんの肩を揉み、コゼットとジャンジャンと合流する。そのまま虎人のギランがいる『ギランのケバーブ』へ向かって一日の打ち合わせをし、各商店街の店を回って陳列やポップの書き方、接客方法を教えていく。
最初、俺のようなぽっちゃりの小娘が言うことなんてきけるか、と反発する人が多かったが、ギランが率先して自らの店を改良してくれたおかげでハードルが下がった。そして俺の指示通り店を直すと物凄く見栄えのいい店になると評判になり、あっという間に不満の声は上がらなくなった。ふふ、この辺は天才だよな。
めっちゃ楽しいな、小型店舗営業めぐり。しかも色んな業種を体験できる。
武器屋、防具屋、鍛冶屋、桶屋、パンに似たナンっぽい食べ物の店、小物アクセサリ屋、魔道具やポーション販売店、揚げ物屋、八百屋、絨毯屋、ラクダ販売兼貸しだし屋、宿屋、カフェ、レストラン、本屋、などなど。
異世界で異国情緒あふれる砂漠の町。
砂のレンガでくみ上げられたもろそうに見えて実は頑丈な建造物。
ヴェールを被る小麦色の肌をした女達。
戦争中ということを思い出させる傷ついた帰還兵。
ときおり吹く、湿気の少ない乾いた風。
そんな町で懸命に店のコーディネートをするぽっちゃり系の俺。
ファンタジー。まさにファンタジー。
持ちうる限りの知識を使って商店街を売れる店にする努力をした。
こういった店舗改革に魔法は存在しない。できることをできる範囲で、手持ちの商材を把握し、出し方と見せ方を工夫しつつ地道にデータを集めていく。俺は各店舗に何時に何が売れた、などのデータを取ってもらうことにした。異世界はデータが少なすぎる。一ヶ月での効果は期待できないだろうが、一年、二年と続けていけば必ず商店街の財産になるだろう。
俺がいなくなってからもこの商店街は続いていくのだ。できる限りのことはしてあげたい。
こうしてエリアマネージャーのように一日に三、四店舗の店をコーディネートすると時間は夕方の四時か五時になる。西門の外で二時間ほどみっちり訓練をし、『バルジャンの道具屋』でコゼット、ジャンジャン、俺、アリアナ、ポカじい、ガンばあちゃんの六人で晩ご飯を食べる。たわいもない話をしたり、途中で商店街の人がやってきたりして、わいわいと食卓を囲む。
そうして夜の九時に『バルジャンの道具屋』を出る。
西門から砂漠の荒野に出て、魔力循環をしながら四十キロを走って帰ると時刻は十一時だ。
俺とアリアナは眠くてふらふらしながらお風呂に入ってすぐに寝る。
朝起きてマラソンをし、コゼットとジャンジャンと合流して、商店街の店をコーディネートし、きつい訓練を終え、商店街の人々と夕食を食べ、マラソンをして帰宅する。
こんな日々が三週間続いた。
いよいよ今日は最後の店舗をコーディネートする。
長いようで短かった三週間。
商店街勝負まであと七日。
たこ焼きとポイントカードの準備も滞りなく進んでいる。
治療院格安解放大作戦決行の二日前。
俺たちがマラソンで西門にたどり着くと、門の手前で変な髪型の女子がふんぞり返って腕を組み、こちらを睨んでいた。
「待ちくたびれたわよ小デブ……ってあんた痩せたわね!?」
ルイボン14世が俺を見て驚きの声を上げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます