第69話 イケメン、ルイボン、商店街②
「ジャンの小僧からお嬢ちゃんが凄腕魔法使いだと聞いて会議に参加してもらった。そしてルイス・ボンソワールに対しての機転には商店街一同感謝している。あのとき君が割って入らなければ、誰も打開策を見いだせず商店街は取り潰しになっていただろう。だが……俺は自分の目で見ないと信用できないタチでな。お嬢ちゃんが凄腕だという証拠をどうしても見たい」
虎人のギランが気むずかしそうな人物だとは思ったが、やはり、といったところか。ジャンジャンの奴、余計なこと言いやがって。黙っておいてくれれば俺のほうで勝手に関係値を高めたものを。
ま、こういうことはよくある。誰かが余計なおせっかいをしたり、不利な発言を気づかないうちにしたり。こういうのがおもしれえよな、営業って。
とは言うものの、ここは最終手段を使うしかない。
証拠ってアレだよなぁやっぱ。
「いいわよ。じゃあ一緒に西門から外に出ましょう」
「む…。いいだろう」
俺たちは暑い陽射しの中、西門を通り、外に出た。
ちなみにポカじいはバー『グリュック』で酒を飲んでいる。俺たちとの基礎訓練中、酒が飲めなかったからどうしても飲みたかったらしい。じいさん、酒を飲まずに特訓してくれてありがとな。スケベだけど。いつもご飯作ってくれてありがとな。スケベだけど。
移動しているときも魔力循環を忘れない。
ポカじいには常に循環させるように言われている。俺もアリアナも、かなりできるようになってきているが、会話をしたり、別の行動をすると循環が途切れがちになってしまう。こうした何気ない移動などは絶好の練習機会だ。
ついてきたメンバーは、アリアナ、ギラン、ギランの隣に店を構える猫人、その向かいで野菜を売っている豹人。この獣人三人だ。
猫人にはヒロシ、豹人にはチャムチャム、とあだ名をつけた。
ヒロシは背が低くてマラソンが得意そうだから。
チャムチャムは取引先の社長夫人が飼っていた豹の名前から拝借した。
どうやらこの三人、相当に仲が悪いらしい。歩いている最中、口をきこうともせず、目が合うと睨んで威嚇し合っている。
「猫と豹と虎は仲が悪いの?」
こっそりとアリアナに聞いた。
彼女はショルダーバッグから『ササの葉』にくるまれたおにぎりを取り出し、一口食べてから首を横に振った。
「もぐもぐ。聞いたことない…」
「じゃあ種族間の問題ではないってことね」
「うん」
「凄腕魔法使いのお嬢ちゃん、一体どこまで歩けばいいんだ」
ギランがあまりの暑さからか、批難めいた口調で言ってくる。
町から充分な距離があることを確認し、足を止めた。
「ここでいいでしょう」
「で、証拠、見せてくれるんだろうな」
「もちろんよ」
「それじゃあ頼む。時間がおしい。早くやってくれ」
「わかったわ。それじゃみんな、大きい音がするからびっくりしないでちょうだいね」
「ああ」
せっかくなので、呪文を詠唱することにした。
「やがて出逢う二人を分かつ
空の怒りが天空から舞い降り
すべての感情を夢へと変え
閃光と共に大地をあるべき姿に戻し
美しき箱庭に真実をもたらさん」
へそのあたりから湧き上がる魔力の本流。
詠唱のせいか思ったより魔力を込めてしまう。
砂漠だし、どれだけ強力でも問題ないだろう、と俺は結論づけて、一気に魔力を解放した。
「
バババリィィィッッ!!
焼き付けるような鋭い閃光が不規則な線を描いて乾いた地面へ突き刺さる。高熱のエネルギーを受けた地面がえぐり返され、熱風と共に四方八方へと爆散し、砂塵を巻き起こした。あれ? 前より少ない魔力なのに威力が上がっている?
「……は?」
「………ひ?」
「…………ほ?」
ギラン、ヒロシ、チャムチャム、獣人三人組が“
驚きすぎて声が出ないのか“
やがて、現実に戻ってきたギランがゆっくりと口を開いた。
「で、で、で、伝説の落雷魔法……………?!」
「ユキムラセキノの………」
「使ったと言われるあの………???」
仲が悪いと言いつつ会話のコンビネーションは抜群だ。
「お、お嬢ちゃん……もう一回、いいか? まだ目の前で起きたことが信じられん」
「いいわよ」
俺は段々面倒くさくなってきて詠唱なしで“
「アババババババババ」
その場で痙攣するギラン。
「どう、これでわかったでしょう」
「こ、これが落雷魔法…!!」
三人は相当に興奮した様子で詠唱呪文の内容やどうして使えるようになったかなど質問をさんざん俺に繰り返し、教えてくれと懇願してきたので、呪文のメモを渡してやった。当然、使えない。三人は失敗のせいであっという間に魔力枯渇寸前まで追い込まれた。急激な疲労で、ギラン、ヒロシ、チャムチャムは立っていられない。虎と豹と猫が四つん這いになって並んでいる姿は結構面白かった。
こんな堅物そうなおっさん達が子どもみたいに魔法を試すんだから、やっぱ落雷魔法ってみんなが憧れる魔法なんだな。猫人のヒロシなんかは気絶ギリギリまで試したのか、フルマラソンを走ったみたいに疲れて顔を真っ青にしていた。
そんなこんなで少し休憩をしてから俺たちは商店街へと戻った。
三人の態度がだいぶ軟化しており、今後の話がしやすくなった。俺が営業について詳しいってことは、実家のゴールデン家の領地管理をしているから、ということにしておく。
「三店舗合同で屋台を出したらどう?」
俺は会議の最中からずっと考えていたアイデアを伝えた。
しかしすぐ三者から悲鳴があがる。
「なにっ?!」
「なぜこいつらと!」
「合同?! やなこった!」
「まあまあ。これには理由があるのよ」
「どういう理由だ?!」
ギランが虎っぽくグルルルと唸りながら聞いてくる。
「ギランのお店はケバーブでしょ? ヒロシのお店は肉屋。チャムチャムのお店は八百屋。ということは?」
「いうことは?」
「なんだ?」
「全然接点はないぞ?」
俺はアリアナに目配せをした。
彼女が会議の前に見つけた特殊な形をした鉄板を三人の前に置いた。
「エリィがおにぎりより美味しい物を作ってくれる…」
「おにぎり?」
「狐っ子よ、さっきから気になっているんだが」
「その食べものはなんだ?」
ギラン、ヒロシ、チャムチャムの視線が一斉にアリアナの右手に集まる。
アリアナは小腹が空いたらすぐにおにぎりをかじっていた。ずっと気になっていたらしい。
「やっ…ぜったいあげない…」
瞳をうるませるアリアナ。
そんなに?!
そんなにおにぎりが好きか!?
「あと一個しかない…」
可愛い子が泣きそう。
こうなると男は狼狽えるか焦るかのどちらかしかない。獣人三人組も例外に漏れず、わたわたと両手を動かして必死に否定する。
「お嬢ちゃんの物を取り上げたりしないよナァ!」
「お、おうとも!」
「おじさん達はそんな悪い獣人じゃないよ!」
肩を組んで苦笑いに近いむさ苦しい笑顔を作り、妙なことで一致団結する三人組。
「ちょっと見せてくれるだけでいいんだ」
「お、おうとも!」
「食べたりしないよ!」
「ほんとう…?」
「当たり前だ。ナァ!?」
「お、おうとも!」
「そうだそうだ!」
「………はい」
アリアナが渋々、食べかけのおにぎりを三人に見えるように差し出した。
ギラン、ヒロシ、チャムチャムは顔をくっつけておにぎりを覗き込む。
「ほお、米の真ん中に味の濃い食べものを入れているんだな」
「うまそうだ」
「しかも持ち運べる」
「これは私が考案した料理よ」
驚く三人におにぎりとはなんぞやを熱く語った。
おにぎりは日本人の魂だからな。米なしでは生きていけない。
俺の解説に感動した三人が、一ヶ月後の勝負でおにぎりを露店販売することに決め、いよいよ本題の鉄板へと目を向けた。
鉄板は三十センチ四方の大きさで、直径五センチほどの丸いくぼみが等間隔についている。そう、完全にたこ焼きの鉄板と一致しているのだ。どうやらこの鉄板、半球状のクッキーを焼くための物らしい。
たこ焼きについても熱く語った。
ギランのケバーブからはソースと小麦粉を、ヒロシの店からはタコに似た肉を、チャムチャムの店からは野菜を仕入れれば、異世界バージョンのたこ焼きの完成だ。
いまいちピンときていないのか、俺は実演することにした。
たこ焼きをひっくり返す棒の代わりになるアイスピックを『グリュック』から二本借りてきて、記憶を辿りながら具を作る。タコは味と食感が酷似しているパラインコヨーテという魔物の肉で代用する。ついでのようについてきたポカじいはかなり酔っていて、一緒に様子を見にきたコゼットの尻を触ろうとしていたので電気ショックを与えておいた。
大学時代に下宿先でさんざんたこ焼きパーティーをした経験がまさか異世界で活きるとはな。何が人生で役に立つかわからないもんだ。
鉄板を熱し、いよいよたこ焼き作りに取りかかる。
熱くなりすぎないよう火加減を調整し、小麦粉と具の入った液体を鉄板に流し込む。油が跳ねる音と、美味そうな匂いが『ギランのケバーブ』に充満する。
手際よく液体の入ったくぼみへアイスピックを入れる。ぶつ切りにしたパラインコヨーテの肉である偽タコを入れて、さらに形を作る。ひっくり返すたびに、おおーっ、と歓声が上がり、俺は調子に乗ってどんどんたこ焼きをひっくり返した。
くるくるとひっくり返す動作がなんとも楽しい。
たこ焼きが丸くなっていく様子を全員が食い入るように見つめていた。
「おまちどうさま!」
アイスピックでたこ焼きを刺して皿の上にキレイにうつし、ソースをかけて青のりに似た調味料を振りかければ、異世界たこ焼きの完成だ。
うおおおおお、懐かしい!
まじでなんか感動した。
もうこっちに来て四ヶ月か五ヶ月ぐらい経ってるもんな。
つーかホームシックにならない俺ってまじで鋼の精神。天才すぎる。自分の才能がこわい……。
「エリィエリィエリィ」
俺の袖を引っ張るアリアナの目がキラッキラ輝いている。
もふもふっと狐耳を撫でて、俺はみんなに言った。
「さ、食べてちょうだい!」
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