第68話 イケメン、ルイボン、商店街①


 俺とルイボン14世が言い争いを始めてから、かれこれ体感で三十分は経過していた。『西の商店街』のど真ん中で大勢に囲まれて罵倒し合っていたため、オーディエンスがかなり集まってきている。


「このデブッ。小デブッ!!」

「ぬわんですってぇ! 誰が小デブよ!」

「あんたのことに決まってるでしょ! むちむちして暑苦しいわ!」

「それを言うならあなたのそのルイ14世みたいな髪型どうにかしなさいよ! 暑苦しいったらないわよ!」

「だ、だ、誰がルイ14世よ! 誰だか知らないけどバカにされている気しかしないわッ」

「ファイアボール百発撃たれたってそんな髪型にならないわ! 何なのその巨大おにぎりみたいな天然パーマは!」

「あんたァ! 髪型のことは言わないでちょうだい! これはボンソワール家の由緒と伝統のある髪型なのよ! 私はね、これっぽっちもこの髪型が嫌だって思ったことはないわ! デブ! このデブッッ」


 ジャンジャンがポカじいの家に転がり込んできて言われた通りついてきてみれば『西の商店街』を潰して冒険者協会の訓練場にする、というとんでもない事態になっていた。


 商店街がなくなればジャンジャンの実家もなくなる。その陣頭指揮を取っていたのが領主の娘ルイボン14世だった。


 俺とアリアナとポカじいが着いた頃には、取り潰しが決定しており、何の打開策も見出せないまま商店街の人々はただ抗議を繰り返していた。ジャンジャンが俺たちに泣きついたのは、どうにかしてくれそう、だったからだろう。


 そして俺は商店街のど真ん中でルイボン14世に喧嘩をふっかけた次第だ。


 ルイス・ボンソワールは変な髪型を振り乱して叫んでいる。

 てかいい加減にデブデブと連呼されてカチンときた。


「だれがデブよ! 私はぽっちゃり系よ! ぽっちゃり女子の進化形よ!」

「ぽっちゃり系?! 笑わせないでちょうだい!」

「それはこっちのセリフよ! 変な髪型!」

「デブ!」

「ルイ14世!」

「デーブデーブッ!」

「おにぎり頭ッ! 富士山盛りッ!」

「意味がわからないこと言ってバカにしないで!」

「おバカ髪型事件簿ッ!」

「贅肉肉体サウナ!」

「じっちゃんの名にかけてッ!」

「きぃーーーーーーッッ!!!」

「髪型活火山!」

「おデブ行進曲!」

「鳥の巣ッ!」

「駄肉製造器!」

「あんたねえぇぇぇぇぇーーーーーッ」

「なによぉぉぉーーーーーーーーッ」

「私たちに勝ってから言いなさいよ!」

「いいわよ! 勝ってやるわ! 楽勝よ!」

「そっちの商店街とこっちの商店街で集客の勝負よ!」

「のぞむところよ!」

「こっちが勝ったら商店街、孤児院、治療院の取りつぶしはなしよ! いいわね!」

「こっちが勝ったらあんたは一年間わたしの従者になってもらうわ!」

「ふふん。いいでしょう。私たちが負けることなんて絶対にありえないけどね!」

「言ったわねぇぇ!」

「それじゃここにサインしなさい!」

「やってやろうじゃない!」


 俺が『東と西の商店街・集客増加率勝負。西が勝ったら取り潰しなし。東が勝ったら一年従者』という用紙を殴り書きした。


 それにルイ14世みたいな髪型のルイス・ボンソワール、ルイボン14世が勢いでサインする。


「ルイボン14世! 負けて悔しがるあなたを見るのが楽しみだわ」

「誰がルイボン14世よ! 変なあだ名つけないでちょうだい!」

「いいたいことはそれだけよ」

「準備期間は一ヶ月ッ。そこから一週間勝負! いいわね!」

「いいでしょう!」


 ジェラの領主の娘、ルイス・ボンソワールはこちらを一睨みすると、ぷん、と言って、ルイ14世みたいな珍妙な山盛りパーマの髪型をゆっさゆっさと揺らしながら『西の商店街』から姿を消した。


 散々バカにされて今頃怒り狂っているだろう。ふふ。俺がわざと怒らせたとも知らずにな。


「それにしても…」


 俺はやれやれとため息をついた。

 なぜこうも問題ばかり起きるのだろうか。

 早く帰りたいのにこんなことになっちまうなんて…。

 ま、恩人であるジャンジャンのピンチだしな、一肌脱がずして男が語れるか。否、語れない。ここは全力で問題を解決しようじゃねえか。


 犬も歩けば棒に当たる。イケメン歩けばアクシデント。

 ことわざ完成。イエーイ。


 ――やはり天才ッ!!


「エリィちゃん……あんなこと言って大丈夫なのか?」

「大丈夫よジャンジャン。問題ないわ」

「ルイス様にあんなこと言うなんてすごいわね」

「コゼット。相変わらずドクロの帽子がお似合いね」

「ありがとう~」


 ヒートアップして最後のほうは何を言っているか自分でもよく分からなくなったが、何とか条件付きでの勝負に持ち込めたぞ。


 ルイボン14世が、親から『東の商店街』の運営権利をもらっていることを引き合いに出してきたので、それを逆手に取ったのだ。


 そうでもしなければ今すぐに取り潰しを着工しそうだったから仕方がない。つーか商店街を潰しても住民たちの生活は保障をしない、ってどんだけ専制政治なんだよ。やべえよ。


「その女の子は誰だ?!」

「あんなこと言ってタダで済むはずがない!」

「ぼくたちの家が…」

「この商店街を守ろう!」

「ぽっちゃり進化形女子とは?」

「勝てる見込みはあるのか?」


 商店街のメンバーから悲痛、対抗、疑問など様々な声が上がる。商店街に五十強ある店舗の店主たちが俺を取り囲んだ。どのみち勝つしか存続の道はない。やるしかないだろう。


「わたくしはグレイフナー王国ゴールデン家四女、エリィ・ゴールデンと申します。皆さんまずは落ち着いてお話を致しましょう」


 営業の基本である挨拶から入った。



     ○



 西の商店街で一番大きな店『ギランのケバーブ』という店に店主一同が集合した。


 現状の把握と、事の経緯が説明され、会議が進行する。


 会議を聞いた結果、俺の頭の中に問題点がいくつも浮上した。


 まず東門がオアシス・ジェラの玄関口になっており、北門へと街道が続いているため、人の流れが東から北へと流れる傾向がある。よって西門を通る人間はほとんどいない。しかも、青々と水をたたえたオアシスが町の真ん中にある。わざわざオアシスを迂回して西側には来ない。


 商店街に人気がないのは外的要因が大きかった。


 『西の商店街』に来る客層は、近隣住民と西の危険地帯へ魔物狩りに行く冒険者、この二種類だ。それ以外の住民や旅行者は、西に来る必要性が全くない。


 続いて『東の商店街』は冒険者協会が角地に建っており、頻繁に人々が行き交っている。通りにはジェラ有数の大店おおだなが多数あり、単純に、何もせずとも人が集まる。


 西の商店街の面々は絶望的な顔をしている。

 普通に考えたら絶対に勝てない勝負だ。みなが暗い顔になるのも無理はない。

 中には俺を憎悪の目で睨んでくる輩もいる。


 だが、可笑しくて仕方がなかった。あまりのちょろさに笑いが込み上げてくる。アホだ、アホすぎる。ルイボン14世のまぬけさが愛すべきものにすら思えてきた。


「皆さん。勘違いしているようだけど、この勝負は西の商店街が圧倒的に有利だわ」

「エリィちゃんどういうこと?」


 ジャンジャンがすぐさま聞いてくる。

 集まっていた面々が半信半疑な視線をこちらへ投げた。


 俺は立ち上がり、その目線をすべて受け止めた。


「集客数勝負ではなく、集客増加率勝負なのよ?」

「ん?」


 勢いで書いたふうを装った、ルイボン14世のサインつき用紙を掲げて見せた。


「純粋な商店街の集客人数ではなく、どれだけ増加したかってことが重要なの。つまり、一日で五百人の集客とすると、その倍の千人を呼び込めば、増加率は二百パーセントになるわ。対する東の商店街は仮に集客を一万人とすると、倍にするには二万人。今より一万人も人を呼ばなければいけないのよ。集客を倍にするには相当の施策……作戦が必要になるでしょうね」

「てことは一時的に客を呼び込めれば勝ち目があるってことか?」

「ええ、そうよ。むしろこんな好条件の勝負、他にないわ」


 俺は『西の商店街』で一番の大店『ギランのケバーブ』の店主を見た。彼はギランという名前の大柄な虎の獣人で、虎の耳が頭についており、獰猛な牙が口元からのぞいている。文字通り砂漠の国でポピュラーな、ケバブに酷似したケバーブを販売している。


 さらに彼が口を開いた。


「何かいい案でもあるのかよ」

「あるにはあるけど、まずはみんなでアイデアを持ち寄りましょう。準備は一ヶ月。勝負期間は一週間よ」

「ま、それがいいか。ここでしゃべっていても埒があかない」


 ギランが立ち上がった。


「では明日、朝の八時に集合だ。それまでに全員集客のアイデアを考えておいてくれ」


 こうして二時間ほどの会議が終わった。

 各店の店主が挨拶やこの先の展望を話しながら三々五々消えていく。

 俺とアリアナも会議場である『ギランのケバーブ』から出て行こうとした。


「お嬢ちゃん、ちょっと残ってくれ」


 声をかけてきたのはギランだ。難しい顔をして腕を組んでいる。俺はうなずいて、会場である店から人がいなくなるまで待った。


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