第63話 イケメン、おにぎり、水晶玉②


 俺のにぎったおにぎりとポカじいの作った特製スープで昼食を取った。

 アリアナは『シャケ』おにぎりが食べれてご機嫌だ。


 じいさんは稽古以外の時間、地下室にある特大の水晶で世界の様子を観察している。自らを『観測者』と名乗っていた。何を格好つけて言ってんだよ、と思ったが、実際に見るとまじですごい。特異な魔力の波動を感じると、水晶で監視カメラみたいにその様子を見て、危ない場合は裏から手を回すそうだ。

 それじゃ『観測者』というより『調整者』じゃねーの、と言ったところ、まあ時と場合によるのぉ、と返された。


 俺に落雷魔法の詠唱呪文を渡したのも、魔力量が多かったことと、『月読み』という予知魔法で良い“卦”が出たかららしい。十年に一回、月が砂漠の頂点にきたときにのみ使える予知魔法だそうだ。砂漠を拠点としているのも『月読み』に合わせてらしい。いやーこういうのファンタジーだよな。


 そしてどうやらエリィの中身がイケメンの俺だとは気づいていないようだ。

 伝説クラスのじいさんでも思考を読んだりはできないらしい。


 なんかじいさんは『月読み』で出た結果から、俺以外の二人にも複合魔法の詠唱呪文を渡したそうだ。

 どうやら落雷魔法ではないようだ。それ以上は教えてもらえなかった。

 すんげー気になるんですけど。


 ちなみにじいさんの年齢は百八十三歳だ。


 ははは……もうファンタジーってことで片付けよう。

 これに関してごちゃごちゃ考えちゃダメだ。

 エルフとかドワーフは長寿なので、その辺の血が混じっているんじゃないかの、とじいさんは言っていた。


「今日から稽古は第二段階じゃ。“身体強化”とメインウエポンの訓練。並行して魔法の種類を増やすぞい」

「メインウエポン?」

「“身体強化”ができるなら接近戦の訓練も必要じゃ。魔物によっては魔法を完全に防ぐ奴もおるでの。それに、戦闘の幅が格段にあがるぞい」


 そういやスルメとガルガインは武器を使っていたよな。

 今思えばあれは“身体強化”を視野に入れていたのかもしれない。


「ポカじいは何なの?」

「わし? わしは素手じゃ」

「素手?」

「ざっくり言うと体術じゃな」

「ちなみにエリィもわしと同じ体術で決定じゃからな」

「なんでよ」


 えー。剣とか刀とかのほうがかっこいいじゃねえか。

 それに武器を持っていたほうが、攻撃力が上がりそうだが。


「おぬしのビンタを食らったときに決めた」

「あなたがことあるごとにお尻を触るからでしょ!」

「お尻さわっちゃめっ…」

「あのビンタの威力。おぬしには才能があるはずじゃ…」


 遠い目をするスケベじじい。

 なんか、俺の尻がお気に入りらしい。

 いやまじで気軽に人の尻をお気に入り登録すんなよ。ふざけたじいさんだ。


「ポカじい、アリアナの武器はどうするつもり?」

「そうじゃの……」


 そう言ってじいさんはタンスから武器各種を取り出して並べた。


 大剣、片手剣、小太刀、双剣、ハンマー、アックス、長槍、短槍、ボウガン、弓、棍、ヌンチャク…まだ出てくる。タンスに武器入れすぎ。


「うーん…」


 アリアナは腕を組んでテーブルに並べられた武器を見つめる。

 なかなか決まらない。


「どれがいいかな…?」


 どれもこれもアリアナっぽくないんだよな。

 剣は持ってなさそうだし、弓は魔法で遠距離攻撃できるからいらない。


 俺たちはあれこれ試しながら武器を手に取り、振り回したり、試しにじいさんを斬ってみたりしたが、結局決まらなかった。


「決まらぬなら水晶で故郷の様子でも見てみるかの?」

「えっ!? 見れるの!?」

「見れるぞい」

「それならもっと早く言ってよ」

「見せてッ…」


 俺とアリアナはじじいに詰め寄った。


 俺たちがどんだけ心配したと思ってるんだよ。アリアナは弟妹たちがちゃんとご飯を食べているか心配で、毎日俺のベッドに入ってくるんだからな。大丈夫だって言って頭を撫でてやらないと寝付けないほどだ。


 クラリスとバリーなんかはきっと未だに俺のことを血眼になって探しているはずだ。エイミーは落ち込んでいるだろうし、ミサとジョーは経営を軌道に乗せることで必死だろう。


「すまんかったのぉ。基礎訓練ができるまでは黙っていようと思っていたのじゃ。わしのほうで安否確認はしておったから安心せい。おぬしらの家族は無事じゃぞ」

「そうなの? というよりなんで私たちの家族がわかるの?」

「エリィのことはたまに確認していたからの。その流れでアリアナのことも少し観察しておった」

「そういうことね」


 ハッ!!!

 そこまで言って俺は重大な事実に気づいた。

 これは見逃せないことだ。


「ポカじい、まさかとは思うけど、お風呂のぞいたりしてないわよね」

「ギクゥッ」

「伝説にまでなっている魔法使い、砂漠の賢者ポカホンタスがのぞきとか、するわけないわよね」

「も、もちろんじゃ。わしを誰だと思うておる!」

「そうよねぇ……。ごめんなさいね、師匠を疑ったりして」

「いいやいいんじゃよ。げふん。誰にでも間違いというものはあるからの」

「ところでポカじい。私の姉様はスタイルよかった?」

「そりゃもう! 三人ともたまらない体つきじゃったのぉぉ!」

「へえ、どんなふうに?」

「こう、くびれがキュっとなって、出るところがしっかり出ておる。全員いい尻をしておった!」

「誰のおしりが一番よかった?」

「甲乙つけがたいが、わしとしてはあの、ぷりんっとしておる三女エイミーの尻に、尻ニストとしての清き一票を――」

電打エレキトリック!!!」

「投じたいとおもモモモモモモモモモモモジジジリィィッ!!!」


 スケベじじいは頭を黒こげにしてぶっ倒れ、びくんびくんと痙攣すると、ぴくりとも動かなくなった。

 やめなさいアリアナ。奇妙な物体を拾った枝でつんつんするみたいに、杖でじじいの残骸をつんつんするのはダメよ。ばっちいですわ。



      ○



「ということで投影するぞい」

「今後スケベな場所をのぞいたらこの水晶を粉々にするわ」

「ほっほっほっほっほっほ」

「返事は…?」

「ほっほっほっほっほ」

「へ・ん・じ・は?」

「……わかったわい」

「わかればいいのよ。じゃあポカじい、お願い」


 アリアナが食い入るように水晶を見つめ、今か今かと待ち構えている。


 ポカじいは楽しみがなくなったのぅ、とかぶつぶつ言いながら両手を水晶にかざした。

 両腕を伸ばしても抱えきれないほどの大きさがある水晶がゆっくりと輝き、霧のようなもやがかかってしだいに輪郭が形成されていく。俺が異世界に来るまで地球で流行っていたドローン撮影機みたいに、上空から街の様子を撮影しているようだ。


 映像は懐かしき首都グレイフナーを映し出し、滑るようにして中心部から貧民街へ進んでいく。時刻はまだ昼過ぎなので人通りが多い。


 じいさんは気を遣って、アリアナの家を最初に見せてくれるようだ。

何だかんだじいさんは優しい。

 朝昼晩のご飯を作ってくれるし洗濯も掃除も全部してくれる。俺たちが好きな食べものをさりげなく聞いて街までこっそり買いにいってくれていた。いいじいさんだ。スケベだけど。感謝してもしきれない。スケベだけど。


 水晶の映像はどんどん進み、アリアナの家の前まで来た。

 いくつもの世帯が暮らす長屋住宅のような家だ。おまけにボロい。弟妹たちがどうなっているのか不安で、アリアナが俺のスカートの裾をつかんでくる。

家の前には、白い高級そうな馬車が停まっていた。


「あれってうちの馬車よね」

「誰かな…?」


 ゴールデン家の家紋をつけた馬車がアリアナの家の前に停車していた。


「家の中を映すぞい。音は出ないから映像だけじゃ」

「ええ」

「ん…」


 映像が長屋の壁をすり抜けて室内へ移動する。

 アリアナの家ではこれから食事なのか、弟妹が席についてテーブルを囲んでいる。

 全員、狐耳で尻尾がふさふさだ。

 雑誌制作の際に記者としてスカウトした長男のフランクが、一番下の妹を抱っこしてあやしている。十一才の長男フランク、九才の次女、八才の三女、六才の次男、四才の四女、三才の五女、みんな元気そうだった。俺は何度か家にお邪魔したことがあり、狐耳に囲まれるという素晴らしい体験をした。なんかすごく癒されたなーあのとき。


「みんな元気そうね」

「うん……!」


 アリアナは心底ほっとして嬉しそうにうなずいた。


 しばらく弟妹たちがきゃいきゃいと騒いでる様子を見ていると、キッチンのほうから俺のよく見知った、苦労皺の絶えないオバハンメイドがでかい鍋を抱えて現れた。

 クラリスだ。

 彼女は満面の笑みで鍋をテーブルに置くと、お椀にスープを移し始めた。みな、手伝っている。九才の次女がパンを皿に取り分けると、祈りを捧げるようなポーズを取り、一斉に食べ出した。


 アリアナの弟妹たちは楽しそうに食事をしていた。

 クラリスが何かを話し、全員が笑ったりうなずいたりしている。


 一番下の三才児がほっぺたのまわりをスープだらけにすると、クラリスがまめまめしくハンカチで拭いてやっていた。次女と三女は何かを言い合いながら、パンを取り替えっこし、その横で長男のフランクがお兄さんらしく、みんなに公平にパンが行き渡るよう切って配り直したりしている。


 色付きの無声映画を観ているような気がしてきて、水晶の映像がいまこの場で起きている出来事で手を伸ばせば届きそうな距離にあると錯覚した。


 クラリスは俺との話をしっかりと憶えていてくれた。一緒にアリアナの家を助けましょうね、という話だ。子どもたちを不安にさせないよう気を遣っているのか、クラリスは笑顔で子どもたちの相手をしている。彼女は素晴らしいメイドであり、機転の利く女性であり、情に厚いんだ、と俺は改めて思った。


「クラリス……」


 思わずつぶやいてしまった。

 会いたい。クラリスに会いたい。


 思えば初めてこの世界に来たときも、すべては彼女のおかげで色々なことを知ることができた。彼女は俺という存在ではなくエリィのことを心配している、ということは分かっていたが、それでも俺にとってはありがたかった。


「エリィ……」


 アリアナは泣いていた。

 俺はあふれそうな涙をごまかすために、何度もアリアナの頭を撫でた。



 そうして三十分ほど、水晶の映像を俺たちは見ていた。



 ポカじいが「そろそろエリィの姉妹を映すかの」と言ったので黙ってうなずいた。


 映像が上空へ上がると、街が衛星写真のように小さくなり、一気に下降した。場所はグレイフナー通り一番街『冒険者協会兼魔導研究所』だ。

 エイミー特大ポスターはすでにはずされているのかいつもの日常的な通りの風景が映し出される。


 ちょうど映像が冒険者協会の入り口を映した。

 麗しのエイミーと、友人の黒髪和風美人、テンメイ・カニヨーンことエロ写真家の三人が協会へ入っていくところだった。

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