第64話 イケメン、おにぎり、水晶玉③


「どうして冒険者協会に?」

「見ていればわかるぞい」


 水晶の映像は三人の背中を映しながら、映画さながらの下アングルで冒険者協会へ入っていく。


 古めかしいが小綺麗な協会内は明治時代の建築物を連想させる。すべてが木製で、床にニスが塗ってあるのかぴかぴかと光っている。歴史ある建物、といった様相だ。


 先頭のエイミーは三十ほどある受付の一つに行くと、受付嬢に何かを言った。受付嬢は残念そう首を横に振る。するとエイミーが映像だけでもわかるぐらいに落胆して肩を落とした。友人の黒髪和風美人とエロ写真家が、必死に彼女をなぐさめた。


 エイミーはもう一度、受付嬢に何かを話すと、壁を指さした。

 ポカじいが「ほれ」と言うと映像が右に動く。


 壁にはなぜか俺の人相書きのポスターが貼ってあり、見つけたら三百万ロン、と記されていた。


 いやいやいや、指名手配犯みたいで嫌なんだけど!

 しかもポスターが妙にリアル!


 輪郭とかニキビの数とか髪型とか体型とか…つーかあの絵のタッチ、絶対ジョーだな。ジョーが俺のモンタージュを描いて、ゴールデン家が『探し人』として懸賞金をかけた、という流れだろう。


「おぬしの姉は毎日おぬしの行方を確認しに冒険者協会へ行っているようじゃな」

「そうなのね…」


 うおーーーエイミーーーーッ!

 可愛い! 久々に見たけどやっぱ伝説級の美しさ!

 俺は生きてるぞーー!


「そういえば送った手紙、届いてないの?」

「おお、手紙は…」


 ポカじいが答えると、冒険者協会のスイングドアがあわただしく開き、傷だらけの青年が転がり込んできた。

 深緑のシャツに深緑のリュックサック。この世界の郵便配達員だ。


 近くにいたエイミーが驚いて駆け寄り、すぐに“癒発光キュアライト”をかけ、冒険者協会の白魔法士が奥から急いで出てきて“再生の光”を唱えた。


 傷が回復した青年は、まだ疲労が回復しきっていないのか息も絶え絶えにリュックサックから手紙を出した。それを見たエイミーと黒髪和風美人とエロ写真家が跳び上がらんばかりの勢いで驚き、引ったくるようにして手紙を取った。


 サインを、と郵便配達員の青年が仕事熱心にポケットから手帳を出してエイミーに渡している。もどかしそうに彼女はサインをし、手紙の封を切った。


「私の手紙?! どうして二ヶ月もかかったの?」

「戦争のせいじゃな。いま自由国境の街トクトールの東は封鎖が相当に厳しい。サンディとパンタの戦いは膠着状態じゃ」

「じゃああの郵便配達員はその封鎖を抜けてグレイフナー王国に入ったってこと?」

「そうじゃな」

「それなら私たちも…」

「無理じゃな。彼の腕章を見てみい」

「腕章?」


 一心不乱に手紙を読むエイミー。

 その横にいる配達員の腕章には星が四つ付いていた。


「星四つ?」

「見たところあの青年はセブンの魔法使いじゃな。おまけに“身体強化”と上位魔法が二つ使える」

「ええ?! 郵便配達員のくせに?」

「郵便配達員は誰しもが憧れる職業じゃぞ? 強くないとなれないし、責任感も必要じゃから国中から尊敬されておる。あれほどの実力の者で瀕死じゃ。いまのおぬしらには封鎖線を越えるのは無理じゃの」


 映像の中のエイミーは読み終えると、手紙を抱くようにして崩れ落ちた。文字通り、ぼろぼろ涙をこぼしている。同じ言葉を何度も叫んでいた。


 おそらく「生きてる」だと思う。

 そうか、やっぱ二ヶ月も行方不明じゃ死んだ思うかもしれないよな。


 エイミーの言葉を聞いて、黒髪和風美人とエロ写真家が抱き合って飛び跳ねた。


 ああくそっ! みんなに会いたい!

 こんなに心配させるなんて、俺は……俺は最高のバカだ!


 映像の中の三人は喜びもつかの間、急いで協会を出てゴールデン家に向かった。


「ほっほっほっほ、エリィは愛されておるのぉ」

「そうね…」

「ほれ、泣くんでないわい」

「泣いてなんかなびばぼ……」

「エリィハンカチ…」

「あでぃがどう……」


 アリアナにハンカチを受け取ると、さらに映像は飛び、ミラーズへと移動した。


 店の前はすごい行列だった。

 相変わらず売れ行きは好調らしい。

 俺がほっとすると、映像が建物内へと入っていく。


 中では女性客が楽しそうにショッピングをし、エイミーが着ていたワンピースが飛ぶように売れる。驚いたことに、縦巻きロールのスカーレットが服を買おうとして、店員に止められていた。いやー、この光景を見られるとは思っていなかったな。


 なにやらレジで店員三人とスカーレット、その付き人が言い争っている。

 スカーレットは激昂して、顔を真っ赤にし、店員をつかみかからんばかりの勢いで怒鳴り散らしていた。きいきい声がここまで聞こえてきそうなほど、レジのカウンターを叩いている。


 くっくっくっくっく……。

 はーっはっはっはっは!

 ミサに厳命していたのだよスカーレット!


 『サークレット家とリッキー家、それに与する者に販売を禁ずる』とね。


 スカーレットとボブ、その取り巻き連中の写真をエロ写真家に撮ってもらい、従業員に憶えさせるという徹底ぶり。見ろ、鉄の意志でスカーレットを追い返す店員たちを。並んでいる客にブーイングまで食らっているスカーレットを!


 スカーレットよ、エリィをいじめたせいで、お前はミラーズ純正の洋服は買えないんだ。どうせ今後真似されて出てくる二番煎じの洋服で我慢しろよな。

 犬合体の件や、国王に臭いを注意される事件で軽い仕返しにはなっていると思うが、当初の計画通り事を進めさせてもらう。俺はやると言ったらやる男だ。



そんなこんなでスカーレット達が帰るとミラーズは普段通りに戻った。

ミサの姿はなく、映像が奥の部屋へと入っていく。



 ジョーが奥にいる。そう思うと、急に胸が苦しくなった。



 これは俺のハートがドキドキしているわけじゃない。エリィだ。きっとエリィの心が反応しているんだ。そう言い聞かせる。だって俺、男だからな。


 ジョーは作業場で服の型を取っていた。厚紙にハサミを入れたり、ペンでデッサンに書き込みをしていく。壁には一面、服をデッサンした用紙が飾られ、色とりどりの模様が作業場一面に広がっていた。


 作業台をよく見ると、俺が使っていた洋服用のノートが置いてあった。

 ジョーはぱらぱらとノートをめくって何度か自分の描いたデッサンと比較すると、よしとうなずいて何か文字を書き加えていく。

 『秋物』『冬物』『タータンチェック』と書いているようだ。


 どうやら俺が、地球で存在していた洋服を思い出しつつ片っ端から描いていったラフ画を、新作の参考にしているようだ。


 やはり彼は天才の部類に入るのではないだろうか。センスが抜群にいい。ジョーのラフ画には地球のものと少し違う雰囲気のタータンチェック柄が描かれており、タイトなスカートは膝上の丈で仕上がるようだ。しかも防御力が高いというおまけつき。走り書きに『ゴブリン角の繊維を配合し防御力アップ』と書かれている。まさに俺が言いたかったことが実行されていた。


「エリィ顔赤いよ…」

「そう?」


 こんぶおにぎりをぱくぱく食べながらアリアナが言った。


 興奮して気づいたら水晶に張り付かんばかりの体勢になっていた。

おっといけない。俺はレディで天才営業だ。

ここは落ち着こう。



     ○



 こうして俺たちは一時間ほど水晶の映像を見続けていた。

 スルメやガルガイン、父と母、バリー、コバシガワ商会の面々など、みんな元気そうだった。


 手紙が全員に行き渡ることに安堵した。実はあの手紙、ゴールデン家、コバシガワ商会、ミラーズ、スルメ宛て、四部構成になっている。封筒を四つにすると料金が四倍、ということだったのですべてを同封して郵便配達員に頼んだ。


 特にコバシガワ商会とミラーズの面々は、あの手紙を参考にすれば洋服ブランドの確固たる地位を獲得するイメージを持てるはずだ。


 もっと映像を見ていたかったところをポカじいに止められた。強くならんと帰れんぞい、と。


 俺とアリアナは後ろ髪引かれる思いで水晶のある地下室をあとにし、ポカじいとの訓練を開始した。


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