第62話 イケメン、おにぎり、水晶玉①


 へそから湧き上がる魔力を全身へ巡らせる。素早く、両手、両足、つま先、髪の毛の先まで満遍なく循環させるイメージで、魔力が粒子になってぐるぐる回るような感覚を維持する。


 俺とアリアナは一ヶ月半、ひたすら魔力循環をさせながら砂漠をランニングした。


 正直、思い出すだけで吐きそうになる。

 スケベじじいはまじでスパルタだった。


 少しでも魔力循環が乱れれば容赦なく“サンドボール”が飛んでくる。


 体力が切れて倒れると、すかさず白魔法“再生の光”で回復され、すぐに走らされる。魔法で体力は回復するが、精神的な負荷までは回復しない。どこの軍隊だよ、と心の中で何度ツッコミを入れたかわからない。


 このトレーニングを休みなしで一ヶ月半、俺とアリアナはやり遂げた。


 じじいに、今日で基礎練習はおわりじゃな、という言葉を頂戴したとき、俺とアリアナは跳び上がって熱い抱擁を交わした。ほんとに辛かった。いやまじで。もう一回やる? と聞かれたら断固として拒否する。


 この俺を追い詰めるとはやるじゃねえかスケベじじい。


 今では魔力循環しながら五十キロは走れるぜ。


 ちなみにこの一ヶ月半で俺は痩せた。

 激痩せ。いや、爆痩せ!

 ば・く・や・せ!

 

 体重計がないから何キロになっているのか気になるところだが、見た目はデブからぽっちゃり系ぐらいになっている。相当痩せたに違いない。


 ふっふっふっふっふ。

 はーっはっはっはっはっはっは!!


 刮目せよ!

 エリィをデブと言った者ども!

 目ん玉かっぴらいてこの姿を焼き付けろ!


 しかも魔力循環のおかげか、顔中にあったニキビがちょっと減った。

 超嬉しいいいい!


 ニキビはガチで消えなかったからな。

 グレイフナーにいた頃、ひとつも消えなかった。むしろ雑誌制作の不摂生で増えてたし。これは進歩だ。エリィ美人化列伝ついに始まる、って感じだな。

 とはいうものの、どうやらエリィは顔に肉がつきやすいタイプらしく、まだ顔面の肉が取れない。なんとなくゴールデン家の片鱗である、大きな垂れ目、すっとした鼻筋は見えているんだが、もうちょっと、といったところか。



 俺より変わったのはアリアナだ。



 あれはそう……遡ること一ヶ月前。

 スケベじじいが夕食に米を出してくれたときのことだ。


 久々の米に感動し、異世界に米ってあるんだなと不思議な気持ちになりつつ舌鼓を打って白米を堪能していた。アリアナは一口米を食べ、電流が走ったかのように固まった。文字通り完全に固まった。


「ポカじい……これ……なに?」

「米じゃな」

「こめ…………?」

「どうしたのアリアナ? 好きじゃなかった?」


 彼女はふるふると首を横に振った。

 椅子が飛び出す尻尾を見ると、ワイパーの一番激しいやつみたいにぶるんぶるん左右に動いていた。


「おいしい……」

「あら? 私もお米、好きよ」

「うん…! うん…!」


 その後、じいさんの計らいもあって、俺がアリアナのおやつ用におにぎりを作ってあげた。

 これが大ヒットだった。


 毎日毎日、おにぎりを食べたいとせがまれ、最近じゃアリアナおやつ用のおにぎりを作ることが日課になっている。彼女は常に自分専用の肩掛けショルダーバッグにおにぎりを忍ばせ、小腹がすいたらぱくぱく食べていた。


 近頃は具にも力を入れている。


 豚肉みたいな『ピッグー』の生姜焼きを入れたり、鮭に似た味の『ヨツコブラクダ』の塩焼き、ホタテのようにジューシーな『ヒメホタテ』の丸焼き、おにぎりの定番梅干しっぽい『ウンメイボシ』の漬け物、まんま地球の昆布と同じ『コンブ』などなど。


 呼び方は、わかりやすく日本風に『豚焼肉』『シャケ』『ほたて』『梅干し』『こんぶ』と命名した。


 料理が人並みにできてよかった。

 おかげでアリアナの姿は見ちがえたぞ。

 まじでもーほんとごめん。

 誰に謝っているのか分からんけど、謝りたくなるほど彼女は可愛くなった。


 げっそりしていた頬に肉がつき、腕や足にもほんのりと贅肉と筋肉がついた。暗く淀んでいた大きな瞳が今ではきらきら輝いて見る者を吸い込もうとし、瞬きをすると“ウインド”が起こりそうなほどの長いまつげが惜しげもなく揺れる。黒に近い色合いの茶髪に、狐耳がぴょこんとくっついていた。


 一言で言うならば、ほっそりした超かわいい狐のお嬢さん、という感じだ。


 これでもうちょっと肉がつけば女性的な体つきになり、男どもが黙っていないような美人になるだろう。今の状態だと、ロリ好きの変態どもが飛び付きかねない。見つけたら全員死刑だな。


「あら、お米がついてるわよ」

「どこ…?」

「しょうがないわね」


 アリアナの口元についた米を取ってそのまま食べた。


「ありがと…」


 ちょっぴり笑うアリアナ。

 ぱちぱちと大きな目が瞬きをする。


 ぎゃああああああ。

 かわいい! かわいすぎる! これはあかん!

 俺はロリ好きではない。断じて違う。だが……だがこの破壊力はなんだ?

 まさか、この俺がロリ好きに?!

 いや、ちがう。ちがうんだ。


 彼女の中には芽生え始めた大人の色気がほんのりと垣間見える。可愛さの中に、ひっそりと龍が谷底に伏せていつか飛び立たんとしているような、女性的なものが見え隠れするのだ。

 だがちがう! 俺はこんな年下の女の子にときめいたりしないんだ! 

 これはアリアナだけに抱く感情。

 いや、まさか……まさかこれが………。


 これが……………“KOI”?


「ねえエリィ……おにぎりなくなった」

「……ハッ! ああ、ほんとね。じゃあキッチンに行きましょ。スケベじいさんの分も作りましょうか」

「シャケが食べたい…」

「いいわよ」


 これは違う。

 これは“KOI”ではない!

 きっとこれは………“OYAGOKORO”だ。


 アリアナは俺の妹的存在で、保護者のような目線でいつも見ているじゃあないか。だからこの感情は“KOI”ではない。


 だが……しかし……。

 くっ、初めて体験するこのハートの真ん中あたりがあったかくなってキュン、となる感じ。

 俺は……俺は人生で初めて自分の感情を持てあましている。

 この“KIMOCHI”をうまく説明できない!


「またオニギリかのぅ」


 ポカじいがひょっこりキッチンに顔を出した。


「じいさん!」

「なんじゃエリィ!」

電打エレキトリック!!」

「相談があるならバババババババババンナンバババデキュウニベベベベベベッ」


 じいさんが電流をしこたま食らってぶっ倒れた。


「ふぅ、すっきりした」

「仕事やりきったみたいな職人のような顔するんじゃないわい! じじいを殺す気かッ!」


 すぐに復活してツッコミを入れてくるじじい。


「やっぱり持つべき者は師匠ね」

「わしゃ避雷針かッ!」

「それだわ! 今日から避雷じいと呼ぶわね」

「破門! そう呼んだらすぐ破門ッッ!」

「平井じい」

「何かいま違うニュアンスで言ったじゃろ! 近所のじいさんみたいに言ったじゃろ?! 破門ッ!」

「ポカじい……エリィ破門……だめっ」


 アリアナがむぅと怒る。

 すかさずポカじいは笑顔になった。


「そんなわけないじゃろアリアナ。冗談じゃ」


 完全に初孫ができたじじいの顔になるポカじい。


「冗談でもダメッ…」

「わ、わかった。もう冗談でもそんなこと言わんよ…」

「うん」

「ほっほっほっほ、わしもアリアナには勝てんのぉ」

「それは仕方のない事よ」

「ん…?」


 よく意味がわからない、とアリアナは首をかしげた。

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