第60話 イケメン、特訓、砂漠の賢者①
「冗談はさておき、じゃ」
「さておきじゃないわよ! なんでそんなすぐ復活するのよ! レディのお尻を触るとか淫行罪よ!」
「まあまあ、柔らかい尻で固いことを言うでない」
「ちょいちょい下ネタ入れるのほんとやめて」
懲りずに俺の尻を触ろうとするじいさんの手を、ベシッと叩いた。
「証拠…証拠を見せて…」
アリアナがスケベじじいに鋭い目線を向ける。
「あなたが砂漠の賢者だっていう証拠…」
「ほう、証拠、ねえ」
確かにアリアナの言うとおり、落雷魔法の呪文メモを持っているだけで、砂漠の賢者ポカホンタスだ、という証明にはならない。
「そうだ! 貴様のようなスケベなじいさんが賢者ポカホンタスなはずがない!」
ジャンジャンが怒り狂って杖を向けた。
伝説がスケベだった、とか悲しいよな。
「そうじゃのぉ……まあとりあえずおぬしら全員本気になってもわしに勝てんよ」
「な、なんだと!」
「若いのぉ」
「よしわかった。その言葉、後悔させてやる!」
いきり立ったジャンジャンが飛び退いて杖を構えた。
そしてなんの躊躇もなく水の上級“
水の刃が地を這い、じいさんに迫る。
「あぶない!」
「あっ……!」
さすがにやりすぎだ!
俺とアリアナは思わず両手で口を押さえた。
亜麻クソの得意技と同じだが、威力は断然ジャンジャンのほうが上だ。魔力が相当に練り込まれている。でかい岩ぐらいなら簡単に真っ二つだ。
スケベじいさんは朝刊を読むおっさんのようにあくびをして“
鋭利な水の刃がじいさんの身体を切り裂く――!
―――ボシュッ
そう思ったが、“
「えっ?」
唖然とするジャンジャン。
魔法が固い物質にぶつかったかのように霧散した。
どうなってんの?
「ほれほれどうした。そんなもんかい」
「くっそぉ!」
「ほっほっほっほ、若いのぅ」
「水に潜む邪悪なる牙よ、敵を穿て“
ジャンジャンの杖から、鮫の牙に似た、回転する水の弾丸が発射される。
前方へ“
じいさんは寝起きのおっさんみたいにぽりぽりと尻をかいて動こうとしない。
下位の上級。下位魔法では最強クラスの魔法だ。
あんなのを食らったら散弾銃で撃たれたみたいになっちまう!
―――ボボボボボシュゥ
“
「へっ?」
「青年よ、ちと修行が足りんのぉ」
「ば……化け物か。高ランクの魔物ならまだしもただのじいさんが…」
「ほれ、そんなことで動揺しとったら腕利き冒険者にはなれんぞ」
そう言って、じいさんは右指をジャンジャンへ向ける。
するとバスケットボールほどの“サンドボール”が出現し、撃ち出される。
「何を偉そうに! ただの“サンドボールじゃ――!?」
―――ドドドドドドドッ!
うおおっ! すごっ!
数が尋常じゃねえ。じいさんの指からは絶え間なく“サンドボール”が撃ち出される。機関銃さながらの波状攻撃。
ジャンジャンは初撃を魔法で防いだが、あとは砂漠を全力で走って “サンドボール”から逃げる。
「ちょっと! なぜ! 連続! で! 魔法を!」
「ほれほれ。よけるだけじゃ倒せないぞぉ」
「いや! 待ってくれ! あの! ちょ! あっ!」
「よく見てよけるんじゃ。あーだめじゃのぉ~」
「タンマ! ちょい! あっ! あああああッ!」
発射のスピードをさらに上げるじいさん。しかも、たまに“ファイヤーボール”を混ぜるおまけつき。ジャンジャンはついによけきれず、高速で飛ぶ岩の塊“サンドボール”にぶち当たり、五メートルほど吹っ飛んだ。
「……どうやって……そんな連射」
「それでも冒険者かのぉ。“サンドボール”ぐらい気合いでなんとかせい」
「うっ……じいさんあんた……」
「
突然、アリアナが魔法を唱えた。じいさんの顔面が“
彼女の得意魔法“
じいさんはすぐに夢の中だな。
「あれくらいなら私たちも練習すればできる…」
「じいさんのことちょっと見直したのに」
「あっけない…」
アリアナが、魔法の連射は修行次第で会得できる、と言っている。実際に魔闘会であれぐらいの連射をする貴族を見たことがあるらしい。
俺とアリアナはじいさんを一瞥する。
そろそろ眠りの効果で倒れるだろう。
「ほっほっほっほ…」
だがじいさんは倒れるどころか、黒い霧の中で笑い出した。
不気味に思い、俺とアリアナは咄嗟に飛び退く。
「そんな弱い魔法はきかんぞぉ」
そう言ってじいさんが腕を一振りすると“
「たまには人と闘うのも悪くないのぉ」
「どうやって…!」
「わからない! わからないけどタダ者じゃないわ!」
「ただのスケベじゃない……?」
「アリアナ、ジャンジャンの敵を取るわよ。あとお尻のうらみッ」
「オーケーエリィ…」
「お、やる気になったかの。ええのぅええのぅ。強気な女はええのぅ」
俺たちとじいさんの距離はざっと十メートルある。これは“
「アリアナ、足止めを」
「うん…」
「ほれ、早く仕掛けてこい」
「後悔するわよ!」
「
アリアナの杖から鱗粉に似た闇魔法“
一気に魔力を練り上げ、スケベじじいに照準を合わせ、指を振りおろした。
「
――バリバリィィッ!
空気が切り裂かれ、強烈な落雷がじじいを襲う。
先ほどまで彼が立っていた砂地が“
これじゃいくら強くたって助からないだろう。
まあ所詮こんなもんだ……。
「ほっほっほっほ、さすが複合魔法。だが遅い」
―――え!!!?
“
なんなんだよこのじじいは!
普通なら混乱で正気を保てないはずだ!
「
じいさんが気球のように、ふわっと浮き上がった。
「ほい“
右腕を振ると、俺たちとじいさんの間に直径五メートルほどの竜巻が突如として現れ、“
突風で動けねえ!
アリアナが俺にしがみつく。
このときばかりは体重が重くてよかったと思う。
気を抜けば吹っ飛ばされる。
アリアナをかばいながら、俺は“
ギャギャギャギャギャ、という悲鳴のような真空から起こる摩擦音。
地面と水平に“
「ほっほっほっほ、オリジナル魔法じゃな。おもしろい」
「くっ……」
「もう終わりかの?」
「まだよッ!」
もう一発“
けたたましい音が周囲をつんざく。雷光が一筋の軌跡を描き、じいさんに直撃して放射状に電流がはじけ飛ぶ。
刹那の轟音。砂漠に訪れる静寂。
さすがにアレを食らってただで済むはずがない。
「……ほっほっほっほ。さすがに効くのぉ」
「は?」
ちょっとちょっとこのじいさんまじでやべえ!
雷が直撃で無傷とかどうなってんだよ!
おかしいよこいつ! 変態! 変態じじい!
「
すぐさま魔法を唱える。
稲妻が砂漠に轟き、じいさんを狙ってまっすぐに落ちた。
「当たらんよ」
ドッヂボールの球をよけるかのような気軽な仕草。
老人ということを疑う反応速度でじじいは落雷を回避する。
「
「あ・た・ら・ん・よ」
俺がやけくそになって連発する“
アリアナも同時に魔法を唱える。
「ほっほっほっほ、これはいい運動じゃ」
「
「ウインドストーム」
「ほい」
「
「ファイヤーボール」
「もっと速く」
「
「
「もっと魔力を循環させい」
「
「
「遅いぞぉ」
「
「ウインドカッター……」
「どうしたどうした」
「はぁはぁ……」
「ふぅふぅ……」
俺とアリアナはいったん距離を取った。
ふたりとも完全に息が上がっている。
このじじい、中身は全然じじいじゃねえ。息一つ切らしてねえぞ。
まじで化け物だ。
こうなったら唱えるのは“
当たらねえなら範囲攻撃で逃げられないようにすればいいだけの話だ。このじいさんなら死にはしねえだろ。
自分の目の前に雷が無限に落ちるイメージで魔力を練りこむ。
アリアナが詠唱を援護するため呼吸を整えてから“ウインドカッター”を連発した。威力より手数だ。
「ほっほっほ、ぬるいぬるい」
じいさんは不可視の刃を食らってもびくともしない。そよ風にあたっているかのようだ。
「はぁ…はぁ…エリィこれ以上は…」
アリアナが魔法の連続使用で息が上がって膝をつく。
「いくわよッ」
俺たちは力を振り絞って、飛び退いた。
いっけえええ!
「
ガガガガガガガガガッバリバリバリィィィッ!!!!!
じいさんを中心とした半径二十メートルに一発で人を黒こげにする威力の雷が入り乱れ、強烈なエネルギーで範囲にあるすべての物体を破壊しようと周囲を蹂躙する。地形が変わるほどの衝撃と破壊が起こり、砂埃で完全に視界がふさがれた。
「はぁ…はぁ……これで終わったでしょ」
「ん……」
静かになった砂漠に風が吹き、砂をゆったりと押し出していく。
やがて“
―――――――!!!!!!
「ほっほっほっほ、普通の魔法使いなら死んでおるのぉ。あぶないあぶない。ほっほっほっほっほ」
「へっ?」
「うそ…」
俺とアリアナは驚愕し、魔力切れ寸前でがっくり膝をついた。
「だらしないのぉ。ほれ“再生の光”」
俺たちを淡い光が包み込む。
魔力がほんの少し戻った感覚があり、体が軽くなった。
続いてすっかり存在を忘れていたジャンジャンの体を白く美しい光が包み込む。
光の上位、白魔法だ。
初めて見た白魔法はきらきらと輝き、神々しかった。
つーかじいさん、鼻歌交じりに上位魔法を使うとかやばいな。
「お、おお…。全然痛くない。アバラが何本か折れたはずなのに」
ジャンジャンが起き上がり、神妙な顔をしてこちらにやってくる。まるで上司に叱られた部下のようだ。
俺とアリアナは、落雷魔法をあれだけ食らってピンピンしているじじいに尊敬の目を向けざるを得なかった。
いや、まじで人間じゃねえよ?
どういう原理なんだよ。教えてくれ。
まじで教えてくれッ!
「あなた本当に砂漠の賢者……なの?」
「だから言っておるじゃろ、砂漠の賢者ポカホンタスじゃと」
「さ、さ、先ほどは大変失礼をいたしましたァッ!」
きれいなジャンピング土下座を決めるジャンジャン。
「ポカホンタス様! 俺を、弟子にしてください!」
彼は決意を固く、顔を上げる。
じいさんは重々しくうなずき、ウム、と声を出す。
ジャンジャンは歓喜の表情を作った。
「やじゃ」
「え?」
「やじゃよ男の弟子なんて」
「え、え? 今さっき……ウム、と…」
「しかしもヘチマもない。弟子にするのはエリィとそこの狐人のお嬢ちゃんじゃ」
「えっ!?」
「ん……?」
がっくりうなだれるジャンジャン。
急に弟子入りさせる、と言われて俺とアリアナは驚いた。
是非とも弟子入りはしたい。アリアナを見ると、こくこくとうなずいている。
「ちなみにわし、今まで弟子を取ったことないぞ」
「そうなの?」
「ん…?」
「おぬしらとてつもない魔力を内包しておるくせに魔力制御が下手すぎる。これは放っておけん。特にエリィ。おぬしには落雷魔法を授けた責任もある」
ちょいまて。
急にそんなこと言われても。
「エリィは魔力の循環が下手。狐人のお嬢ちゃんは――」
「アリアナ・グランティーノ…」
「いい名じゃな。アリアナは杖に頼りすぎじゃ」
「今なんて? 魔力の循環が下手?」
エイミーにもちょろっと言われたが、俺ってそんなに魔力循環がへたくそなのか?
自分じゃ全然わからない。
あんだけ複合魔法使えるし、結構うまいほうなんじゃねえの、俺。
「おぬしが太ってるの、魔力のせいじゃからな」
「―――ッッ!?!?」
な、な、な、な、な、な、なんだとォォッ!
どういうことだじじい!
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