第59話 イケメン、冒険、追跡者③


 西門に向かっている途中、ジャンジャンが俺とアリアナに耳打ちしてくる。


「誰かにつけられている」

「え?」

「んん…?」


 アリアナがぴこっと耳を後方へ動かし、歩きながら耳をすます。


「後ろのほう。ひとり…」

「誰よ?」

「わからない」


 ジャンジャンが首を捻った。


「敵意はなさそうだ。西門から出れば砂漠の危険地帯に入る。追ってはこないだろう」

「そうね」


 俺とアリアナはうなずき、一度『バルジャンの道具屋』に戻って、水と食糧を持ち、熱を遮断するヴェールを借りて外に出る。ガンばあちゃんは頑張って店番をしていた。あとで手伝うから待っててくれ、ばあちゃん。


「よおジャン! 元気か!」


 西の門番の男が懐かしげにジャンジャンへ声をかけた。


「おう! お前も相変わらずだな」

「まあな。で、コゼットとはどうなったよ?」

「いやー! まあ、タイミングってやつが……まだな!」

「はっはっは。その様子じゃ結婚は俺のほうが先だな」


 ジャンジャンはしばらく昔話をし、門番の男に気をつけて、と言われて外に出る。


 町の外はすぐに砂漠、というわけでなく、荒野が続いている。固い地面に草がちらほら生え、乾いた風が吹き抜ける。どこまで続くとも分からない地面が延々と続き、目をこらせばうっすら遠くのほうに砂丘が見えた。


 暑い。まじで暑いよこれ!

 痩せちゃうよ! シェイプアップしちゃうよ!



 俺たちは途中で休憩を取りながら一時間ぐらい歩いた。



「まだついてくるな」


 ジャンジャンがしかめっ面でぼそっと言った。

 アリアナが耳を動かして、首肯をする。


「ほらエリィちゃん、町の方角を見てみなよ」


 言われた通り、町の方向へ目を細めた。

 確かに、熱気で空気が揺らめいているが、人間がひとりこちらに近づいてくる。

 距離はかなり遠い。追っ手の姿が米粒大に見える距離だ。


「先ほどからつかず離れずだ。町の外までついてくるとはな…」

「あやしい…」


 電衝撃インパルス落雷サンダーボルトの範囲外だ。さすがにあそこまで遠くに飛ばせない。おおっぴらに落雷魔法を見せるわけにもいかねえしな。ジャンジャンがビビるだろう。

 俺たちは無視することに決め、先へと進んだ。


 討伐ランクEのデザートスコーピオンは砂漠と荒野の境目を巣にしている全長五十センチほどの魔物で、尻尾に毒があり刺されると危険だ。定期的に倒しておかないと町まできてしまうことがあるらしい。

ジャンジャンが毒消しポーションを持ってきているので万が一刺されても問題はない。


「二人とも風魔法が使えるってことだからウインドカッターは使えるよね?」

「ええ」

「ん…」

「遠距離からウインドカッターで攻撃し、急所の頭に当たれば一撃で倒せる。落ち着いてかかれば問題ない。はずしても俺が盾になる」


 ジャンジャンが前衛をつとめてくれる。心強い。

 彼の装備はロングソードに革の鎧、左腕に小さな盾をつけている。


 水を飲んで一息つき、五十メートルほど進むと、黒い影がうごめいている様が見えた。

 数は二つだ。


「あれがデザートスコーピオンだ。俺の合図で魔法を。エリィちゃんは左、アリアナちゃんは右だ」


 俺たちはうなずき、いつでも魔法が撃てるように魔力を練った。


「あれ、エリィちゃん、杖は?」

「私は杖なしよ」

「なんだか…君は色々とすごいな……」


 ジャンジャンは感心し、すぐに表情を引き締めた。


「Eランクといえど油断は禁物だ」


 もう十メートルほど進む。まだ敵は気づかない。

 ジャンジャンが手を上げた。

 いけ!


「ウインドカッター!」

「ウインドカッター」


 風の刃が二十メートル先にいるデザートスコーピオンに向かう。

 俺の“ウインドカッター”はデザートスコーピオンの頭を両断して絶命させ、アリアナの“ウインドカッター”は右にいたデザートスコーピオンの尻尾を切り飛ばした。


「いいぞ二人とも! これはすごいや! もう一発いけ!」

「ウインドカッター!」

「ウインドカッター」


 俺とアリアナの放った“ウインドカッター”が尻尾を失って動きの鈍っているデザートスコーピオンに突き刺さり、頭部と胴体を分離させた。

 あんま強くねーな。


「あれほど正確に狙うなんて。ひょっとして…二人はすごく優秀?」


 嬉しそうにジャンジャンが聞いてくる。


「私とアリアナはスクウェアよ」

「え? スクウェア?」

「そうよ。そういえばジャンジャンは?」

「てっきり風適性のダブルかトリプルだと……ああ、俺もスクウェアだよ」

「私は光適性でアリアナは闇適性よ」

「ウソッ?! 光と闇?!」

「そんなに驚くこと?」

「驚くもなにも、レア適性じゃないか!」

「そうなのかしらねぇ…うちの学校じゃ結構いるし」

「それはグレイフナー王国の魔法学校だからだよ…」


 光と闇の適性は二十人に一人ほど。適性を活かした凄腕魔法使いになれるのは五十人に一人、と言われている、とジャンジャンが力説する。


 そういえば一般人から見るとこんな位置づけらしいな。


 シングル、普通。

 ダブル、トリプルは優秀。

 スクウェア、ペンタゴン、ヘキサゴンはすごい。

 セブン、エイト、ナインはやべえ。

 テン、イレブンはとてつもない。

 グランドマスター、そんな魔法使いいないでしょ。


 って感じだ。

 てか単位が


 まあ、魔法の種類をいくつ使えるかって呼び方だから、強さの目安に多少なる程度だ。ヘキサゴンは六種魔法が使える。でもすべての魔法が下位の下級のみって可能性もあるわけで、たくさん使えるから強い、ってことでもない。

ただし、セブン以上の魔法使いは自動的に上位魔法を取得しているってことになるから、扱いが別格になる。


「それじゃ尻尾を切り取ろう。討伐の証になる」


 ジャンジャンがデザートスコーピオン近づくと、乾いた地面が、急にボコッと盛り上がった。


「サンドワーム?! 二人とも下がって!」


 ジャンジャンが言い終わるか終わらないかのタイミングで地面から巨大なミミズが土埃を舞い上げながら出現した。直径が二メートルほどある。


 やべええええっ。

 めっちゃきもい! これはグロ!

 リアルグロ! まじで!


「逃げるぞ!」


 ジャンジャンが必死の形相で言う。

 アリアナがぼそっと「討伐ランクC…」と言った。


「何している二人とも。早く逃げるんだ」

「その必要はないわ」

「え?」


 一気に魔力を練り込み、放出した。


落雷サンダーボルト!」


 荒野の砂漠に一筋の雷光が瞬き、空気の膨張で起こる真空により轟音が響いた。


 芸術家が作った意味不明な巨大オブジェのように醜悪な姿でそそり立っていたサンドワームに“落雷サンダーボルト”が突き刺さり、一瞬で黒こげになった。


 もう躊躇しないよね。

 敵は完膚無きまでに打ち砕く。

 それが魔物ならなおのこと、だ。


 にしても、ちょっと威力が強すぎたかな。

 爆風でジャンジャンが尻餅をつき、口をぱくぱくさせている。


 驚愕の表情のまま、無言で俺を指さし、サンドワームを指さし、落雷が落ちる軌跡を辿るように指を上から下へ動かし、また俺を指さし、またサンドワームを指さした。


 いや、驚きすぎだから。


「エリィはすごいの…」


 アリアナが説明になっていない解説を入れる。


「今のまさか……伝説の……伝説の……魔法……………サ、サ、サ、………サ」


 ジャンジャンがなんとかして言葉を紡ぐ。

 あまりの衝撃に口が上手く動かないようだ。


 よしわかった。


 俺は彼の意志を受け取り、続きを言うことにした。



「………サ、サ、サ、………サ」



「サマン○タバサ」



 伝説の魔法、その名もサマン○タバサ!

 その鞄を持った者はすべてプリティ系へとクラスチェンジする伝説の魔法ッ!

 異世界に激震、走るッ!!


「サマン○タバサ!?」

「鞄のブランドよ」

「エリィちゃん意味分からないよそれ! ぜんぜん意味が分からないッ! 何語?!」

「エリィはたまに意味不明……」

「ちょっとしたギャグね」

「いやそんなことより今のってあの、伝説の、ユキムラ・セキノが使っていた“落雷サンダーボルト”だよね?! そうだよね!?」

「そうよ」


 ジャンジャンはそんなキャラだったっけ、とツッコミを入れたくなるほどに興奮し、両手の拳を握りしめて天へと突き上げた。

 なぜかアリアナもガッツポーズを作っている。


「うおおおおおおおお! すごいよ! すごいよエリィちゃん!」

「エリィはすごいの…」

「あの伝説の落雷魔法だよ?! 全世界で複合魔法が使える魔法使いっていないんだよ?!」

「いないのぉ?!」

「いないよ! 謎の魔法だっていくつかあるし!」


 てっきり使える奴、何人かいると思ってたんだが。


「とにかくこれはすごい! これならランクA…いやランクSだって夢じゃない!」

「エリィならできる…」

「そうかしら? でも落雷魔法で目立つのはちょっとね…」


 絶対、面倒事に巻き込まれるだろ。軍事利用されるとかほんと勘弁だし。俺は自由に生きたいんだ。


「ああ、人気者になっちゃうもんね!」

「そこ!?」

「え? 違うかい?」

「え、ええ…。まあ違わないけど」

「それよりどうやって憶えたのさ! どういう呪文を詠唱をするんだい? 俺なんかにできるはずないけど是非とも詠唱したいんだよ!」

「ちょ! ジャンジャン、顔が近いわ。テンションが高いわ」

「ごめんこの興奮は抑えられないッッ」

「なんかね…エリィが変なおじいさんにもらったんだって…」

「わしのことじゃな」

「そうそうこんな怪しいおじいさんにもらったのよ」


 エリィの日記にはグレイフナーで変なじじいに落雷魔法をもらった、と書かれていた。


「それで詠唱してみたらできちゃったのよ」

「エリィは天才…」

「へえ! へえ! すごいね!」

「まあ私は天才だからね」

「エリィ……尊敬」

「うわぁー俺ってば今、まさに伝説を目の当たりにしているんだな…」

「ほっほっほ、そうじゃな」


 感動したジャンジャンがさらに俺に詰め寄る。


「で、エリィちゃん! 是非とも、是非とも落雷魔法の呪文を教えて欲しい!」

「いいわよ」

「詠んでもおぬしには使えぬぞ。いいのか?」

「ああ、それでもいいんだじいさん」

「ほぉーまあそこまで言うならな。ほれ」

「ふむふむなるほど…………」

「………」

「………」


 俺とアリアナとジャンジャンは首を一斉に一カ所へ向けた。


「あなた誰ッ!?」

「じいさん誰!?」

「あやしい奴…ッ!」


 自然すぎる流れで会話に入っていたじいさんが、何食わぬ顔で俺たちの輪にいた。赤ら顔で白髪に白髭、さっきバーに来ていたじいさんじゃねえか。


「ほれ、青年よ。落雷魔法が詠みたんじゃろ」

「え……」


 じいさんはおもむろに落雷魔法が書かれたメモを見せてくる。

 ジャンジャンは思考が停止したのか完全に固まった。


 つーかこのじいさんなんで落雷魔法を?!

 てかさっき俺に落雷魔法を教えたのを、わしのことじゃなって……。

 ま、ま、まさか!!


「久しぶりじゃのエリィ・ゴールデン。わしの見込んだとおりじゃ」

「あなた……一体何者ッ!?!?!?!」


 やべえやべえ! 

 落ち着け俺! クールになれ!


 こいつには色々と聞きたいことがあるんだよ。つーか日記に書かれていた謎のじいさんがこんな突然現れるとかまじ反則でしょ?!


「わし? わしは一介の魔法使いじゃ」


 じいさんは飄々とした様子であごひげをゆったりと触っている。

 砂漠に一筋の風が吹くと、じいさんの白髪がなびいた。


「わかりやすい自己紹介をせんといかんようだな。仕方ない……。皆、わしのことをこう呼ぶ。砂漠の賢者ポカホンタス、とな」


「……………………え」

「…………………え」

「………………え」


 俺とアリアナとジャンジャンは絶句し、そして絶叫した。


「えええええええええええええっ!?」

「えーーーーーーーーーーーーっ…」

「えええええええええええええっ!」


 ほっほっほっほっほ、とじいさんは満足そうに笑った。


 後ずさりをし、言葉を失う。


「ま、まさかあなたが、あの……」


 魔法ミーハーのクラリスがここにいたら喜びで失神するぞ。

 さすがのアリアナですら結構びっくりした顔をしている。


 ジャンジャンは先ほどと同じように名前を言いたいが言葉が出ないようだ。

 無言で俺を指さし、サンドワームを指さし、落雷が落ちる軌跡を辿るように指を上から下へ動かし、また俺を指さし、最後にじいさんを指さし、頭からつま先まで何度も動かした。


「あ、あなたが……あの……伝説の魔法…使い…………ポ、ポ、ポ……」


 この世界で伝説とされ、生死すらわかっていない魔法使いが目の前に現れたのだ。無理もない。


 そりゃびっくりするよな。

 彼の意図をくみ取り、しっかりと言葉の続きを言うことにした。


「ぽ、ぽ、ぽ…………ポォッ―――」



「アンポンタァンッ!!!!!!」



 全力で言い切った。


「だぁれがアンポンタンじゃ! ポカホンタス! 砂漠の賢者、ポ・カ・ホ・ン・タ・スッ!」


 じいさんは怒るが説得力がない。

 なぜなら、なぜならば……。



 ――なぜならば!!



 俺は怒りのあまり絶叫した。



「私のぉーーーーーーーーーーーおしりをぉーーーーーーーーーーーーーー触ってるじいさんが砂漠の賢者なわけないでしょーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッ!!!!!!!!!!!!!!」



 電打エレキトリック!!!!!!!!!!



「これはいい尻ぃぃぃぃぃぃぎゃばばばばばバガガガガリピィィィィッ!!!!」



 じいさんは電動マッサージ器みたいに小刻みに痙攣しながらぶっ倒れ、桃源郷を発見した遭難者のように、幸せそうな顔で昇天した。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る