第61話 イケメン、特訓、砂漠の賢者②


 突然、核心に触れるようなこと言うなよ!?

 心の準備ぜんぜんしてなかったよ!

 一刻も早く説明プリーズ!


「どういうことなの!!!?」

「魔力が御しきれず、細胞に吸収されてしまうんじゃよ。一般的に知られていないようじゃが世の中の太っちょはほとんどこれが原因じゃ。わしが落雷魔法を教える前、何度ダイエットをしても痩せなかったじゃろ?」

「…た、たしかに」

「ほっほっほっほ、やはり年頃の乙女は皆ダイエットをするんじゃな」


 クラリスが、エリィお嬢様はダイエットを三百回ぐらい失敗してる、とか言ってたよな。てっきりエリィの意思が弱かったから痩せれなかった、と思っていたんだがどうやら違うらしい。まじかー。


「落雷魔法を憶えて魔力がある程度循環するようになったからここまで痩せたんじゃよ。わしと会ったとき、もっと太っていたもんのぉ。あれほど強力な魔法を何度もぶっ放せばいい感じで魔力が消費されるからの」

「じゃ、じゃあ魔法を使えば使うほど痩せれるってこと?!」


 それはいい!

 昼夜問わず“落雷サンダーボルト”を使い続けよう!

 はっはっは! 何て簡単なんだ!


「“循環”と“制御”が下手なのじゃ。上手くならない限り、自らの魔力を自由自在に操れんし、一生痩せんの」

「一生!? 一生痩せないっていうの!?」

「おぬしこのままダイエットしていてもずっと今と同じままか、痩せてもほんのちょっとじゃったぞ。よかったの、わしに出逢えて。ほっほっほっほっほっほ」

「どさくさに紛れてお尻を触らないでちょうだいッ!」

「けちけちするんじゃないわい。減るもんじゃあるまいし」

「減るのよ! レディのお尻は減るのよ!」

「えっちぃのはダメ…」


 アリアナがわりと本気で怒っている。

 じじいはそんな突き刺さる目線を気にせず話を続ける。ついでに尻を触ろうとする。マイペースすぎるだろ。


「ジャージャー麺とか言ったなおぬし」

「ジャン・バルジャンです賢者様!」


 ジャンジャンが嬉しそうに名乗る。


「そうか。ではジャンよ、この子たちは今からわしが預かる。基礎ができるまでは会えんものと思ってくれ」

「け、賢者様! 俺も弟子入りを!」

「だめじゃ。おぬし普通すぎ。わし、興味なし」

「ぶひいいいいぃぃっ」


 あまりのショックで豚のように吼えるジャンジャン。

 キャラ崩壊してるじゃねえか。


「ねえ賢者ポカホンタス。基礎ができるまでってどれぐらい?」

「エリィ、アリアナ、わしのことはポカじいと呼んでくれい」

「わかったわスケベじい。で、どのくらいのスパンになりそうなのよ」

「ポカじいじゃ! ポ・カ・じ・いッ!」

「わかったわエロじい」

「おしりさわっちゃダメ…」

「呼んでくれんと弟子入りはなしじゃ」

「ええ~っ」

「むぅ…」


 子供のようにじいさんはそっぽを向いた。

 くっ、ここは交渉の余地がない。完全にイニシアチブを取られてしまっている。

 アリアナを見ると、どうする、という目をしていた。

 俺は観念して口を開いた。


「………わかったわよ、ポカじい」

「ポカじい……」

「ウム! ウム! それでこそ我が弟子たちじゃ!」

「だからどさくさにまぎれてお尻さわらないでぇぇぇぇぇ!!」

「別にええじゃないか」


 お尻から“電衝撃インパルス”!!!!!


「減るもんじゃジャンババババババババッバババラバラバヤァッッ!」



      ○



「とまあ冗談はさておき」

「さておきじゃないわよこのスケベ!」

「めっ……お尻さわっちゃめっ……」

「あ、ジャン、おぬしもう帰ってええぞ」

「そんなああああああッ」

「ポカじい、あまりジャンジャンをいじめないでちょうだい」


 そんなこんなでスケベじじいの家に向かうことになった。今日から棲みこみで稽古をつけてもらえるらしい。


 ジャンジャンにはサンディとパンタ国の戦争の経過を伝える連絡係になってもらい、戦争が終わった場合すぐさま知らせてくれる手筈になった。じじいの話では二カ月は基礎訓練になるそうで、しっかり魔力の土台を作らないと強くなれないと言われた。


 二か月…二か月か。

 なげえな。グレイフナーがどうなっているか心配でしょうがねえ。

 それに孤児院の子供たちがめっちゃ気になる。

 ついでに、ジャンジャンとコゼットの恋もな。


 でもまあ、強くならないとな。

 強くなきゃすべての計画、報復は成り立たない。

伝説の賢者に弟子入りとか滅多にないチャンスだし、ここはこの機会を最大限に活かそう。グレイフナーに帰るのも、孤児院の子供たちを探すのも、ひとまずはお預けかな。


「ねえ、どうして“落雷サンダーボルト”が直撃しても平気だったの?」


 じいさんの家へ行く道すがら、俺は疑問を口にした。


「直撃はしとらんの」

「え? どういうこと?」

「よけたのじゃよ。オリジナル魔法はちょっと食らったがの」

「雷をよけるって人間業じゃないわよ…」

「木魔法の中級“豹のレパードアイ”という魔法のおかげじゃな。動体視力と反射神経を増幅させる支援効果で反応スピードを上げ、“身体強化”で素早く動く、というタネじゃ。こんな風にの」


 じいさんはつま先で地面をトントン叩くと、一気に右足を踏み込んだ。

 砂が後方へ蹴られ、じいさんが一瞬にして十メートルほど前方へ跳んだ。そしてバックステップし、すぐ元の位置に戻ってきた。


 はやっ!

 人間の動きじゃねえええ。


「こんな感じでの、“身体強化”をしながら反復横跳びをすると…」


 じじいが残像して三人に見える。

 これはじじいの残像祭りッ。


「同じ事をできる魔法使いはグレイフナー王国にもいるじゃろうの」

「上の中……詠唱が必要……」

「まあわしぐらいになると詠唱などいらん。ほっほっほ」


 アリアナが心底驚いたのか俺の裾を引っ張ってくる。


「上位魔法は使えるだけでもすごい…」

「たしかにそうよね。エイミー姉様も使えるのかしら」

「使えると思うけど長い詠唱が必要…」


 エイミーすごっ。

 そういや木魔法の中級までいけるって言ってたっけ。


「しかしおぬしら“身体強化”すらできておらんじゃないか」

「できるわけないじゃない。高レベルの魔法使いがやっと使える技でしょ?」


 難易度が相当高いため、グレイフナー魔法学校でも教員で数名が使える程度だ。生徒たちは“身体強化”を率先して憶えるぐらいなら別の魔法を練習したほうがいい、と思っている。就職では身体強化より魔法の数や質のほうが優先される。それが原因だろう。


 にしても学校でちょいちょい“身体強化”の話題があがっても、全く気にしてこなかった。なんとなく流されちまったな。つーかやり方がわからんかったし。


「“身体強化”が使えれば多少の無茶がきくぞい。さっきみたいに落雷魔法が当たってもダメージが軽減されるからのぉ」

「えーっ。それだったらずっと“身体強化”していれば最強じゃないの」

「そういうわけでもない。“身体強化”は魔力を体内で活性化させるから消費が激しい。常時発動していたらすぐ魔力枯渇じゃな。それこそ“落雷サンダーボルト”を食らっても耐えられる強度の“身体強化”なぞ維持は相当の負荷じゃわい」

「使いどころが重要ってことね」

「そうじゃのぉ、使いどころ、というよりどのくらいの魔力を込めるか、が重要じゃな。微弱に流しておけば“サンドボール”や“ファイヤーボール”ぐらいびくともせんよ」

「そういうことね」

「どうしてもよけられん強力な魔法を受ける際に、魔力の出力を上げるのじゃ」


 悔しいが、スケベじじいの話はとてつもなくためになった。


 身体強化は魔法の中で唯一どの属性にも属さない技だ。魔法、というより魔力操作の発展型といったほうがいいかもしれない。身体強化しながら魔法の行使はもちろん可能で、じじいいわく、それができなきゃ話にならないそうだ。


「“身体強化”は『シールド』の必須技術…」


 アリアナが目を輝かせて呟いた。

 よーしよしよしよし。

とりあえず狐耳をもふもふして癒される。


「ん……入隊試験中に習得させる訓練をするらしい……」


 彼女の話では、身体強化ができれば打撃攻撃に参加でき、不意の一発をもらっても死ぬ確率が低くなる。グレイフナー王国最強魔法騎士団は全団員、身体強化が可能だそうだ。


 団長のリンゴ・ジャララバードはすごそうだな……。


「ということで“身体強化”も会得してもらうからのぉ」

「のぞむところよ!」

「楽しみ……」

「あっ」


 じいさんは何か嫌なことを思い出した、という顔つきになって立ち止まった。


「どうしたの?」

「イカレリウスの奴が黙ってなさそうじゃのぉ……面倒くさいわい……」

「イカレリウス?」

「何でもない。ただの独り言じゃ」

「あ、そうだポカじい。家に着いたら手紙を書いてもいいかしら?」

「国の両親宛かの?」

「そうよ。みんな心配していると思うから」

「ええぞええぞそれくらい。その代わり、尻をひとなでさせてくれぃ」

「いやよスケベ! せっかく尊敬しかけていた気持ちがぶち壊しよ!」

「めっ……」



     ○



 一ヶ月半が経過した。


 俺とアリアナはじいさん特製『深緑草』のベッドから出て、顔を洗う。じいさんの家でくみ上げる地下水は冷たいが、顔が引き締まって美容によさそうだった。


 じいさんの家は居心地が良かった。


 砂漠の蜃気楼に隠された別荘のようなオアシス。二階建てのログハウスの周囲にだけ草が青々と茂り、十メートル進むと何の前触れもなく地面が砂漠になる。砂漠にでかい草のカーペットを引いたみたいだ。


 魔力結晶を原動力にした氷魔法の結界が張られており、じいさんの許可がないとログハウスを見つけることすらできない。一度、許可なく来ようとしたジャンジャンが遭難しかける、というハプニングがあった。


 外に出ると、熱線のような砂漠の陽射しの中、じいさんが水晶片手にランニングをしていた。年寄りの朝が早い、というのは異世界でも通例らしい。


 俺とアリアナは軽く目配せをすると、じいさんのランニングに加わった。


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