第44話 イケメンエリート、恋のから騒ぎ③


 何事だ、と野次馬が一斉にこちらを見た。

 あわてて、いえいえなんでもありませんのでどうぞ続きをオホホホホ、と言ってごまかす。


 そんなバカな!!

 すぐさまクラリスを見た。


「どういうこと?! 私にはまったくそうは見えないけど」

「左様でございますお嬢様。一見すると健康な毛に見えます。ですが生え際のあたりをよーく見ると、どうも不自然なのでございます」

「私には全然わからないわ」

「これはヅラを長年研究せし者にしか分からないでしょう。耳の上にかかっている髪の毛と、頭後ろの襟足部分の髪質がほんのわずかではございますが違うのです」


 注意して観察してみる。

 ゲロガエルの髪型は脂ぎッシュに頭に張り付き、茶色の髪がうねって耳の下まで伸びている。


 あれが、ヅラ? 見えねえええっ。

 アデラ○スも真っ青だよ異世界のヅラ技術!


「もしそれが事実なら……」

「ええお嬢様……」

「ついに“あの魔法”を使うときが来たようね……」

「そうでございます。我々が昼夜かけて編み出した“新魔法”……」

「風の初歩“ウインド”の“最終進化形”……」

「先日、この魔法に関しては無杖での使用ができるようになりました……」

「さすがよクラリス……タイミングは私が決めるわ」

「仰せのままに」

「私は左ヅラ。クラリスは右ヅラよ」

「かしこまりましてございます……」


 そうこうしているうちに決闘することになったらしい。

 野次馬サイドに学校関係者の中で偉い魔法使いがいたらしく、その人が審判をするようだ。会場はすごい熱気だ。ステージにいた演奏隊が近くまで来て、決闘を煽るような激しい音楽を奏でている。


 当然のごとく、利に聡い人間が、賭けの仕切りを始めていた。


 決闘は『偽りの神ワシャシールの決闘法』

 ルールは三つ。

 一つ、下位中級以下の魔法のみを使用。

 二つ、合図と同時に放つ。

 三つ、両足を地面から離すと負け。


 中々に面白い決闘だ。これなら実力も図れるしやりすぎて死んでしまうなんてこともない。合図への反応スピードと魔法の錬成スピード、威力がモノをいうな。素早く、高威力で魔法をぶっ放せば勝てるわけだ。


「ゲロガエルをぶっ殺せ!」

「やっちまえ!」


 スルメとガルガインが叫んでいる。他の連中も似たような感じだ。

 アリアナはぼそりと「あの人きもちわるい」と言っている。


「おもしろいものが見れるわよ」


 三人に耳打ちし、エリザベス陣営へ駆け寄った。すでにエイミーとエリザベスの友人数名が彼女を保護している。彼女たちは結構ガチでゲロガエルに怒っていた。


 そしてハミルとゲロガエルが向かい合う。距離は十メートルほど取ってあった。その周りを観衆が円になって、固唾を飲んで見守っている。俺とクラリスは魔法が放ちやすい位置へと移動する。


「ではこれよりエリザベス嬢と愛を語らう権利を賭けて『偽りの神ワシャシールの決闘法』を行う。数字の合図で魔法を使うように。よろしいかな?」


 ハミルは凛々しくうなずき、ゲロガエルは何が面白いのかにやにやとエリザベスを見つめたままうなずいた。


「では……参る!」


 観衆が静まりかえった。


「……イチッ!」


 審判のかけ声で、二人はすぐさま杖を振った。


「ウインドカッター!!」

「ファイヤーボール!!」


 不可視の風の刃と熱を帯びた火の玉が、決闘者の中間付近でぶつかり合い、空中にかき消えた。

 うおおおおお、というオーディエンスの叫び。実力は互角のようだ。


 勝負は拮抗していた。

 若さと勢いで押すハミルに対し、狡猾に相手の魔法を読んで少ない魔力で相殺させるゲロガエル。このままではハミルが先に魔力切れを起こしてしまう。


 審判のかけ声が「ジュウナナ!」まで来たところで俺はクラリスに目配せをした。

 クラリスが黙ってうなずく。


 イメージはクレーンゲームのアームのような形をした極薄で強固な“ウインド”。俺の担当は左ヅラなので『し』の形をした“新魔法”を奴の耳元に撃てばいい。すこしでもヅレるとヅラが飛ばせないので、相当の集中力が必要だ。タイミングはクラリスと何度も練習をしているので、新魔法が超高速で上空に舞い上がるクレーンゲームのアームのようになり、それに引っ掛かったヅラが天高く弾け飛ぶ、という寸法だ。


 審判が大きく息を吸い込んだ。


「ジュウハチィッ!!!」


 決闘十八回目の魔法を両者詠唱する。

 “サンドウォール”が左右から飛び、中央付近でぶつかって、バガァンという大きな音を立てて粉々になった。


 観衆から悲鳴が上がる。手際のいい連中がウインドでぶつからないように、輪の中へと残骸を押し戻す。



―――今だッッ!!!!!



―――クラリスッ!!!!!!



ハゲチャビンいけすかない貴族のヅラを飛ばす方法!!!!!!!!!」



 右手の人差し指を、くいっと上へ上げた。

 クラリスも同時だ。


 見事、新魔法“ハゲチャビンいけすかない貴族のヅラを飛ばす方法”が発動し、目に見えない極小の風がゲロガエルの頭をかすめるように駆け抜ける。


 ゲロガエルの髪の毛は急に持ち上げられて一瞬“ハゲチャビンいけすかない貴族のヅラを飛ばす方法”に逆らったが、あまりの的確な力加減に耐えきれず、べりぃっ、と糊がはがれるような音を出して、上空へすっ飛んだ。


 ほんの一瞬の出来事。宙を舞い、皆がその物体を注目する。テニスのボールを追うように、顔がヅラを追い、自由落下してくる髪の毛を人々は唖然として見つめた。


 ぱさっ……。


 悲哀と哀愁のこもった音と共に、ヅラがゲロガエルの肩に落ちた。


 つぶれたような顔は狂気に引き攣り、シャンデリアの光がつるつるの頭部に反射した。


 しばらくの沈黙。


 観衆はヅラとゲロガエルのハゲ頭を交互に見やる。

 気を利かせたトランペット風の楽器担当の青年が、パンパカパーン、と大きな効果音を演出した。


 みんな爆発した。

 笑いの渦。阿鼻叫喚の嵐。頭を抱えてうずくまるゲロガエルことベスケ・シルバー。


 彼は「おぼえてろよぉ!」とお決まりの捨て台詞を吐いて会場から消えた。

 いや、忘れたくても忘れられねえよ? わりと本気で。

 あの顔でハゲは相当きついもんがあるな……。


 この日を境に、決闘前に「ヅラを飛ばすんじゃねえぞ」と相手を挑発するネタがしばらくの間、流行った。



      ○



 やっと会場が落ち着き、俺とアリアナ、エイミーはミサに洋服を披露した。エリザベスはハミルといい雰囲気になっていたので、そっとしておいた。二人はシャンパンを片手に顔を赤くしながら初々しく話をしている。甘酸っぱい雰囲気を見ているだけで、お腹いっぱいです。よかったなエリザベス!


「色々あったけど楽しかったわ」

「そうだね…」


 俺の言葉にアリアナがうなずく。


「そういえばエイミー姉様は誰かとダンスしたの?」

「わたし? サツキちゃんと踊ったよ」

「いやいや男よ。お・と・こ」

「えーわたし別にモテないし、そういうの無理だしいいよー」


 あんた間違ごうてる。わての心の声がエセ関西弁になるほど間違ごうてる。あんさんがモテへんとかどこの冗談やねん。


「エリィはどうなの?」

「わたしはブスでデブだから」

「そんなことない……」

「アリアナちゃんの言うとおり! エリィはこんなに可愛いのになあ」

「うん……うん……」


 やけに積極的にうなずくアリアナ。尻尾もぶんぶん動いている。

 いや、この二人の目はおかしい。


「だよねーそうだよねー!」

「エリィは……可愛い」


 エイミーとアリアナが俺をそっちのけで勝手に盛り上がり始めた。なんか面白い取り合わせだな。


 しばらくミサと談笑していると、シャツにネクタイを締めて細身のズボンを履いたジョーがやってきた。お、なかなかいいセンスしてるな。さすが。


「よかった間に合った」


 ジョーはハンチングを取って肩で息をしながらそう言った。


「よく入場できたわね」

「知り合いに招待状を譲って貰ったんだ」

「私はクラリスさんと入れたわよ」

「え、そうなの!? なんだ、ミサと一緒に来ればよかった」


 ミサの言葉にジョーは骨折り損だった、と笑う。


「それで、どうしたのよジョー。また新作でもできたの?」

「いや、そういう訳じゃない」

「じゃあ?」

「それは……」

「それじゃ私は明日の準備があるから帰るわね」


 ミサがボブカットを揺らしてこちらの返事も待たずに颯爽と会場を後にした。まだ話したいことがあったけど、まあ明日の雑誌の発売で会えるからいいか。


 俺とジョーはミサの後ろ姿を見つめ、向き直った。

 なぜか無言で見つめ合う。

 ジョー、なんか言って。


「エリィ、これを」


 ジョーの右手には包装された白いバラが一輪握られていた。


「え、これを私に?」


 予期せぬプレゼントについ声のトーンが上がってしまう。


「エリィに似合うと思ってね」

「なに言ってるのよ」


 ジョーはバラの茎を半分に折ると、俺のワンピースについている胸ポケットにそっと刺してくれた。よく見ると棘はすべて取ってあり、触っても安心だ。「いいね」といって嬉しそうに笑うジョーは魅力的だった。


 って俺は何言ってんだよ。俺は男。ジョーも男。

 オーケー。ビー、クール。


 そんな俺の心中なぞ知らず、ジョーは真剣な表情で右手を差し出し、ハンチングを胸に当てた。


「一緒に踊って下さいますか、お嬢様」

「…………え?」


 俺は慌てた。とてつもなく慌てた。

 気づいたらどうにも頬が熱くなっている。


「一緒に踊ろう、エリィ」

「ダメよ。わたしみたなデブでブスと踊ったらジョーが笑われるわ」

「そんなのは関係ない。俺がエリィと踊りたいんだ」

「な、な、なに言ってるのよ……」

「いいだろエリィ。さ、早く」

「でも……」


 だぁーー「でも……」じゃねえよ俺!

 何よこの胸のどきどきは!

 あかん、これはあかん! 制御不能!

 冷静でも体のほうがしっかり反応してしまう!


「ほら!」


 ジョーは強引に俺の左手を取り、爽やかに笑いながらホールの中央へと俺を連れて行くのであった。


 きらめくシャンデリアにジョーの笑顔がまぶしく映る。

 この胸の高鳴りは俺のものなのか、それともエリィのものなのか…。

 まさか、これが……………………“KOI”……?



 ってばかやろうッ!



 一瞬よぎったエロ写真家と同じ言葉を、首を振ってかき消した。

 両手を取り、簡単なリズムでジョーとダンスをする。


 ひとまず、色々なことは忘れてこの場を楽しむことにした。このうきうきする、胸の内から湧き上がる興奮は本物だ。楽しまなきゃ損だろう。


 俺たちはステージの演奏が終わるまで、いつまでもダンスを踊り、乾杯をし、そして笑い合った。素晴らしい楽曲は、時に激しく、時に優しく奏でられ、若い男女を包み込むように陶酔させる。この時間がいつまでも続けばいい、と近くにいたカップルの女性がつぶやく。音楽と喧騒はパーティーの終わりまで止まることはなく、いつまでも、いつまでも夜のパーティー会場に鳴り響いた。


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