第43話 イケメンエリート、恋のから騒ぎ②
人垣をかき分けると、スケベで羞恥プレイが好きそうな脂ぎったおっさんに我が麗しのエリザベス姉様が両腕を押さえられていた。
いかん! 早く助けないと!
エリザベスは確かペンタゴンの魔法使い。そう簡単に負けたりはしないが両腕を押さえられては杖が持てず魔法が使えない。
「そんなものは知らない! 嫌がっている女性がそこにいる! それがすべてだ!」
一方、エリザベスを救おうとしているイケメンの優男は身長が高く、凛々しい顔立ちをしていた。
「私とエリザベス嬢はすでに婚約しておるのだよ…。なあそうだろう?」
脂ぎったカエル顔の男に顔を寄せられ、エリザベスは思い切り顔を背ける。
婚約ぅ?
そんな話、一切聞いたことがないんだけど……。
「あのお話は反故になったはずですわ!」
「いいや、まだ有効だ」
「ではこの場でなかったことにさせて頂きます!」
「いいのかなそんな事を言っても。どれほどシルバー家がゴールデン家に支援していると思っているんだね?」
「それは……」
言葉を詰まらせるエリザベス。
カエル野郎、まじで汚ねえ!
経済力を利用して脅す気だな。
日本もこっちもこの辺は全く変わらねえもんだなぁおい。
「エリザベェス。君は職場でも私に冷たく接してくるからね。今日からは婚約者としてちゃんとしてくれないと困るよ」
「冷たく接するのはお前のボディタッチが激しいからだろう!」
イケメンが果敢にも反論する。
カエル野郎はスケベそうな外見でセクハラおやじだったんだな。
サイテーじゃねえか……。
「お嬢様」
振り返るといつの間にかクラリスが後ろに立っていた。
「クラリスどうしてここに?」
「ミサ様がどうしてもお嬢様方の舞踏会で華やいでいるお姿を見たいとのことでしたので、特別許可を頂いて入場致しました。それでお嬢様。なぜベスケ・シルバーがあのようなことを?」
「急にエリザベス姉様の婚約者だって言いだしたのよ」
「あの男まだそのようなことを言っているのですね」
「その婚約は間違いなく破棄されたのよね?」
「もちろんでございます。婚約はただの政治的ポーズにすぎません」
「それを聞いて安心したわ」
げろげーろカエル野郎が舐めるような視線をエリザベスに送り、今にも二の腕にかぶりつこうとしている。
「離しなさいこのカエル男ッ!」
エリザベスがついに耐えきれなくなったのか、いつもの強気な性格で相手を睨んだ。だが男はどこ吹く風と言った様子で、エリザベスの後ろに回り込んで、舐めるように背後から顔を寄せる。
“エアハンマー”を唱えようと魔力を練った。
「そこの下卑! 今すぐ決闘しろ!」
エリザベスを助けようとしていたイケメンが杖をげろげーろへ向けた。
決闘とかカッコいーっ。
ひとまず練った魔力を霧散させておいてと。
「おやめ下さいハミル様!」
「んん、決闘? 私にそんなことをする利点がないな。もうすでに私とエリザァベスは婚約しているのだから」
「だからそれはもうすでに破棄されていますわ」
「おーそうかそうか、では援助は打ち切りでよろしいんだな」
事の成り行きを見つめながらクラリスに小声で聞いた。
「うちの家ってあいつんとこの支援がないとまずいの?」
「今年は特にまずうございますね。ゴールデン家は鉱山の領地を多数所有しておりますが、流行風邪のせいで鉱夫がばたばた倒れ、生産力が落ちております」
「でもお父様がこの事態を見たら……」
「あのゲスは地中に埋められます」
「でしょうね」
エリザベスが泣きそうな顔でイケメンのハミルという男に叫ぶ。
「もういいんですの! こちらの事情ですのであとは私が解決します!」
「しかし……!」
「お気持ちだけお受け取り致しますわ」
「男として放っておけない!」
「同期のよしみとして、これ以上関わらないことをお勧め致します」
「エリザベス嬢!」
ああ、姉様違う! そこはそうじゃなくて、上目遣いで「たすけて……」でしょうが!
「エリザベスお姉様ッ!」
思わず叫んでしまった。
ばちばちとウインクをして合図を送っている俺を見て、エリザベスはハッとした様子になり、顔を羞恥で真っ赤にさせてもう一度俺を見た。その目には、本当に言うの? と書かれている。もちろん、と俺は深くうなずいた。
エリザベスは迷ったように目を伏せると、勢いよく顔を上げて口を開いた。
だがすぐに閉じてしまう。完全に言いよどんでいた。
「どうしたんだいエリザベェス。さあ、中庭で愛について語り合おうではないか」
カエルげろげーろがエリザベスの手を強引に引く。
体勢を崩して、彼女は転んでしまった。会場の人々から、あっ、という声がいくつも漏れる。女の子座りになってスカートからキレイな足をのぞかせるエリザベスは失礼だが美しかった。
彼女はようやく決意したのか、恥ずかしがりながら、目だけを上げてハミルを見つめた。
「ハ、ハミル様……助けて……くださいまし」
ずきゅーん、という効果音が聞こえてきそうなほどの可愛さに、男どもが息を飲み、女は頬に手を当てる。釣り目の潤んだ瞳で、性格のきつそうなエリザベスがそんなことを言うのだ。そらそうなるわ。言われたハミルはエリザベスに見惚れて一瞬呆けたような顔をしたものの、すぐさまカエル野郎に近づいた。
「ここは男らしく決闘をしろ、ベスケ・シルバー!」
効果はばつぐんだ!
エリザベスはカエルげろげーろの気持ち悪さよりも自分があんなセリフを言ったことで動けなくなっていた。
げろカエルはイケメンの提案をのらりくらりとかわす。徐々に会場の野次馬からブーイングが起き始めた。ここは武の王国グレイフナー。群衆の前で決闘を断るのは恥であろう。
「お嬢様」
クラリスが耳に顔を寄せてくる。
なぜが顔を青くして切羽詰まった様子だ。
「どうしたの」
「わたくし重大なことに気づいてしまいました」
「えっ、何に気づいたの?」
「まさかとは思ったのです。ですがわたくしの知識、経験、判断力、すべてを総動員して、結論に至りました。お嬢様ッ。その、まさかです」
「何? 具体的に言ってちょうだい」
「お嬢様……」
ごくっ、とクラリスが唾を飲み込む。
つい耳を寄せてしまう。
彼女がここまで驚いており、そして焦っているのはめずらしい。
「あの者は……」
「ええ……」
「あの者はですね……」
砂時計が遅々と減っていくようにゆっくりとうなずいた。
一体どうしたというんだクラリス!
「まさかとは思ったのですが……」
俺はさらにクラリスに顔を寄せる。
聞かれてはまずい情報かもしれない。
「あの者……」
「ええ……」
「あのゲスカエル野郎は……」
「ゲスカエル野郎は…」
「確実に……」
「確実に……?」
つい緊張して生唾を飲み込んだ。
クラリスは小声で絶叫する、という器用な声で叫んだ。
「ヅラでございますッッッ!!!!!!!!!!!!!」
――ヅラでございますッッ
――でございます
――ざいます
――います……
――ます……
――す……
「……」
「…………」
「ぬわんですってええええッ!?!?」
俺の耳にはクラリスの言葉がエコーして聞こえた。
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